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いけにえ  作者: 酒田青
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 それから半月、ショウゴはわたしに粗末な残り物や簡易な食べ物を持ってきた。わたしは体調を崩し始めていた。寒い小屋で半月も暮らし、冷たく栄養の整っていない食べ物を食べ続けたのだから当然だ。

 困ったなあ。ショウゴは顔を曇らせた。このまんまじゃ食われるまでもなく死ぬぞ。

 ひと月待たずに帰る方法はなかと? わたしは弱々しく訊いた。ショウゴは首を振った。満月の日にしか、向こうの世界とは繋がらん。次の満月を待たんといかん。

 はあ、とわたしはため息をついた。確かにこのままじゃ死にそう。

 ショウゴはしばらく考える様子を見せた。おれんち来るか? わたしは驚いた。何言っとる。あんたの仲間に見つかるやろ。

 彼は考えながら、姉ちゃんは友達んちに泊まるって言うし、父ちゃんと母ちゃんは地域の会合に行くっていうから、夜はおれ一人らしか。ご飯は三人分やけどちゃんと余分に作ってもらえるし、それ食えば? と言った。わたしはくらくらと視界が揺れる気がした。温かい家、温かいご飯。絶対に、絶対に行きたい。

 わたしは一も二もなく承知した。学校に行く前のショウゴは、じゃ、学校終わって、父ちゃんと母ちゃんが出かけたら迎えに来る、と笑った。

 それからわたしは夜を待った。じりじりと、待ち遠しく思いながら。これが危険な橋だとわかりつつも、わたしの欲求はそれを上回る勢いでショウゴの家に行くことを欲していた。食べられうるのだということを考えないようにして、ただただ待った。

 夕暮れが近づき、暗い中、懐中電灯を持ってショウゴがやって来た。何も言わず、わたしは小屋を出る。ショウゴの家は、国道沿いにあった。和風の黒々とした木造の家。もちろん立派で、門まである。国道を通る車に気づかれないよう、裏道を通って敷地に入った。

 ショウゴはわたしを家に通した。清潔ですっきりとした内部は、とても子供が二人いるとは思えないくらいだった。玄関は広く、その先の廊下の右にも左にも広い部屋がある。

 あんたたちの家はどれも豪華やねえ。わたしがため息をつくと、ショウゴは、そうか? まあ、お前らの家はこんなじゃなかろうな、神の子孫じゃなかもん、と平然と言った。

 あの黒いビルは何? わたしが訊くと、ショウゴは、決まっとるやろ、神の家や、と答えた。

 神様は、どんな姿? そんなもん、考えてもいかんことや。神様は、優しい? 声すら知らんのに、わかるわけなかろ。神様は、わたしを食べたがる?

 一瞬黙って、ショウゴは、そうやろな、と答えた。

 さ、食べよう。彼はダイニングにわたしを案内した。こればかりは洋風らしい。キッチンと一体型でない、食事を食べるだけの部屋。わたしは初めてそういうものを見た。それよりお前、風呂入れ。ショウゴが突然言った。臭かぞ。わたしはかあっとなってうつむいた。臭い、なんて、生れて初めて言われた。

 おれの洋服でよかったらやるし、風呂入って来いよ。その間にご飯用意するけん。ショウゴはどこか別の部屋に向かいながら言った。風呂はキッチンの隣ぞ。

 わたしは恥ずかしく思いながら風呂場に恐る恐る入った。お湯で満たされたジャグジー付きのつきのバスタブと、清潔そうなシャワーヘッド。タイル張りの寒いわが家の風呂とは違い、温かい。着物を脱ぎ、裸になった。体臭がぷん、と臭った。慣れ切って気づかなかったが、わたしは確かに臭かったらしい。シャワーを浴び、三回シャンプーし、体もごしごしと洗った。

 脱衣所に用意してあったのはショウゴのショッキングピンクのトレーナーで、ジーンズと共に置いてあった。わたしは下着も穿かずに直にそれを着た。風呂から出ると、ショウゴが用意したご飯が待っていた。

 煮込まれた大きなロールキャベツにポテトサラダ、野菜がたっぷり入ったスープ、ご飯。しばらくきちんと食べていなかったので半分しか食べられなかった。それでも体は充分温かさで満たされた。

 うまいやろ。母ちゃん料理上手かとさ。ショウゴは自慢げに言った。

 あの、洋服ありがとう。新品みたいなのに、よかとかなあ。わたしが恐る恐る言うと、ショウゴはどうでもよさそうな顔で、その服母ちゃんが買ってきたときから大嫌いやったもん、よかよ、女のほうが似合うやろ、と言った。

 確かにショウゴには似合いそうになかった。ただ、わたしにも似合ってはいなかった。

 ご飯終わったらゲームしよう。ショウゴはにこにこ笑ってロールキャベツにかぶりついた。見つからん? と訊くと、七時半までなら大丈夫、と答える。

 それからわたしたちはテレビゲームをした。こちらの世界と何ら変わりのない、冒険してモンスターやボスキャラを倒すRPGものだ。ショウゴは、おれ友達おらんけん、こういうの初めて、と喜んだ。わたしは彼についての様々な謎を思いながら、隣でコントローラーを操作しては、笑った。夢中でやっているうちに、時間が来た。

 ショウゴー、ただいまー。女性の声がして、わたしたちは顔を見合わせた。ばたばたと、脱いでまとめていた着物や下着をスポーツバッグに入れ、部屋を出る。ショウゴが見張りに立ち、わたしは階段を上がって来るショウゴの母の足音を背後に感じながら、裏口に続くもう一つの階段を下りた。それからショウゴとその母の会話を聞きながら、猛烈なスピードで走り、暗い中、あの小屋に戻った。寒さが肌と喉の奥を刺した。あの温かさが恋しかった。

 わたしは再び生きるエネルギーを得た。あの温かさは、わたしにとって家を思い出させた。


     *


 わたしは生き延びた。満月の日まで。体の調子はよくなかったし、ショウゴの持ってくるご飯は相変わらず粗末だったが、半裸の女性のポスターが飾られたあの小屋の中で、わたしは生き続けた。

 ようここまで生きたなあ。

 ショウゴは感心らしい様子でわたしをじろじろ見つめた。

 大して痩せてもおらんし、これなら大丈夫やろ。――帰れるやろってことや。

 わたしは大きくうなずいた。生き延びたら、家に帰るのだ。そして、妹を追い出してやる。ここはわたしの家だと、主張してやる。たとえあの情けない声で泣かれても、容赦なく、あんたの家はここではない、と言ってやるのだ。

 じゃあおれ、学校行ってくる。今夜は帰るとやけん、体調と他の奴らには気をつけてな。

 わかっとるよ。ここまで気をつけてきたもん。わたしは生きる!

 わたしが叫ぶと、ショウゴは満足そうに笑った。


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