お嬢様は勉強がしたい?
新しい朝の訪れに感謝なんぞする訳も無く、いつも通り昨日の夜に地元のスーパーで買った、値引きシールが三枚程重ねられた惣菜パンを口にねじ込む。
いつも通りの通勤路を、オンボロ車で軽快に走り抜ける。
地元の高校教師を務める私は、今日も何て事の無い日を過ごす筈だったのに―――
「小林先生が倒られたから、君が代わりにナンシー君の面倒を見るように!」
校長の隣に佇む、金髪で青い瞳の女性は柔やかに私に微笑んだ。出ることがメッチャ出てて「外人スゲーな……」と思ったのは内緒だ。
「ナンシー一番乗り~!」
彼女の発言に、校長室に謎の空気が流れる……。
「小林先生は少し偏った教育をなされたみたいだから、君はしっかりとやるように。いいね」
と、校長は無表情で俺に面倒を言い放った。俺は仏頂面でナンシーを見た。するとナンシーも仏頂面で私を見る
「喧嘩は相手を見てやるもんデース!」
腰に手を当て「ふふん」と構えるナンシーに、俺は溜息が漏れた。
ナンシー・メッチャカネモーチ
それが彼女の名だ。アメリカ生まれのアメリカ育ち。会社の社長である親の都合で日本へ来た高校三年生だ。育ちが良すぎて俗世に慣れておらず、庶民の生活を学ぶ為にココへ来たって寸法だ。
本当は別の先生が彼女の世話係をしていたのだが、フグに当たって入院しているらしい。そして小林先生の趣味のせいか、ナンシーは何故か三国志に染まってしまった。
「桃園の誓いを結んだMrs.小林が倒れたのはとても心配ネ!」
俺はお前の親御さんに怒られないか心配だよ……。
「と、言うわけで今日からナンシーの特別授業を受け持つ事になった司馬だ。コンゴトモヨロシク」
放課後の空き教室で、俺とナンシーの二人きりの授業が始まる。
「―――で? 早速だがその机の上の本の山は何だ?」
ナンシーの机の上に積まれた文庫本の山。その一冊をナンシーは食い入るように見入っていた。
「教科書デース!」
……俺の目が腐ってなければ『三国志』と書かれている様にしか見えないんだが?
「これも立派な教科書デス!」
「……歴史の勉強は、また後でな」
俺は三国志を隣の机によかし、ナンシーに簡単な小テストを渡した。
「今の学力を知りたいから、やってみて?」
「一丁上がりデース!」
―――早くない?
――ペラ ――ペラ ――ペラ
嘘でしょ? 全問正解とか勉強出来るじゃんかwww
「こんな物、蜀の子どもでも諳んじてマース!」
「……じゃあナンシーは何を勉強したいんだ?」
「庶民の生活デス! 普通に買い物して、ハンバーガー食べて、玉璽拾って、蜂蜜舐めたいデース!!」
「…………OK」
「あ、着替えて来まーす」
「はいよ」
「覗いたら五彩棒で叩きマス……」
「はいよ……」
一応恥じらいとかの気持ちはあるんだな……。
俺は着替えたナンシーを車に載せ、近所の大型ショッピングセンターへと向かった。
ナンシーさんよ。その……胸元が露わになりすぎてお兄さん目のやり場に困るんだけどなぁ……。
「ワオ! この薄汚い車の名前は何ですか? 的盧?」
「やめてくれ縁起でも無い……」
車を駐車場に停め、俺とナンシーは広大なるショッピングセンターの大地へと足を着けた。
「まずは奇襲成功デース!」
「で? まずは何をしたい?」
「ゲームセンター……とやらに行ってみたいデース!」
放課後のゲーセンはカップルや親子連れで賑わっていた。ナンシーはゲーセンに来るなり一目散に一つのゲームへと駆け寄る。
「先生やるデース!」
ポケットから純正神速を取り出すナンシー。待て待て、コイツこのゲームやりこんでるな!?
「ストップだナンシー。それはまた今度一人で来てやってくれ。と言うか既に普通に庶民に溶け込んでるんじゃ……」
「これだけは何とか勉強しました!」
エッヘンと腰に手を当てるナンシーに俺は、眉を潜めた。
その後、俺はナンシーにハンバーガーの買い方、買い物の仕方等を教えた。会計時に見たこと無い偉い金ピカなカードが出て来た時は「やっぱ金持ちなのね……」と少し感心した。
ナンシーは俺の教えを逐一メモに残し、庶民に溶け込もうとしている。その勤勉たる姿は教育者としてはとても嬉しく思う。
「さて、そろそろ帰ろう。家へ送るぞ? 何処だ?」
「有りませーん! 今までは小林家にお世話になってましたデース! と、言うわけで先生の家へ向かうデース! 私を食客として持て成しナサーイ! これも勉強デース!」
―――はぁ?
「今頃兵卒達が先生を家を綺麗にしている事でしょう! 大丈夫。生活費は全て私が出しマース!」
―――ええ……と、、何だって?
「校長の許しは得てまーす! これが書状デース!」
ナンシーは一枚の書類を取り出し俺に見せた。そこには校長、ナンシーの父親、PTA会長、文部科学省、内閣総理大臣の名だたる判子がビッチリと押印されていた。
「それと、変な事をしたら鉄蒺黎骨朶で袋叩きネ!!」
―――あわわ……。あのクソ校長め!
これが分かってて押し付けやがったな……。
俺は自分のアパートの扉を開けると、まるで新築の様に綺麗になった見慣れた筈の見慣れない部屋があった。
「……すげぇ」
「隅から隅までピカピカデース!」
「……本当にココに住むのか?」
「YES! これも勉強デース!」
勉強熱心なのは良いんだがなぁ…………。
「で? いつまで住むつもりだ?」
「未定デス!!」
その報告は俺にとってはショックだった―――
読んで頂きましてありがとうございます!
「あのネタ無い」「この作品無い」に関しては勘弁願います(笑)