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ハンドメイド・アンドロイド

作者: 勝賢舟

『一人一台の携帯電話。一人一台のノートパソコン。一人一台のタブレット端末。そして時代は更なるステージへ。これからは一人に一台アンドロイドの時代。人肌の柔らかさ。人間と間違えるほどのコミュニケーション。あなた好みに容姿、性格をカスタマイズ。電気のみならず、食べ物からも熱量を取り出して動く。是非とも、あなたの隣にアンドロイド』




 という時代に移り変わろうとしていた。夜でも働く渋谷センター街入り口のビルに埋め込まれた大型広告ディスプレイを見てつくづくそう感じられる。冗談のような話だが、時代の流れとはそういうものなのだろう。鉄腕アトムが連載されていた頃の人々はコンピューターや携帯電話が一人一台持てる時代が来るとは思っていなかったはずだ。技術は日進月歩で進化を続けている。


『ハンドメイド気分でカスタマイズ。Handmade Android。Hn:An社』


 しかし、その恩恵を受けられるのは一部の富裕層だけだ。俺はネオンライトの眩しい渋谷の裏路地を、鼻を突く吐瀉物の臭いをかき分けながら足を進めていく。


「オクスリヤスイヨー。麻薬ミタイニイイ気持ち~。合法。イマ流行の脱法ハーブもアルヨー」


「……ノーサンキュー」


 しばらく進むとだだっ広い公園にたどり着く。夜だから当然、見た感じは人っ子一人も居ない。しかし、闇に目を凝らせば公園の住人が居る。


「クチャクチャ……ギジジジジ」


 隅の方にある二メートルほどの物置に黒のタンクトップを着たヒップホップ野郎がスプレーで絵を描いていた。『グラフィティ』というやつだろう。よく見れば、公衆トイレ、滑り台、ありとあらゆる遊具にサイケデリックなカラーリングが施されている。


「ゴホゴッ……ゴホ」


 その落書き王国に囲まれるようにしてあるのは段ボールの城。ホームレスの居城だった。茂みの周囲にはには金網のバリケートが立てかけられていたが、お構いなく。金網を乗り越えてより堅牢に城を作るのだ。


「物狂いッ! 物狂いでござるッ!」


「じゃがあしいッッッ!!! ここが俺の自動洗顔マシーンじゃああッッ!!」


「神の時間がやって参りました。薬師如来の東方浄瑠璃世界、大日如来の密厳浄土。現世の地獄より、救済の道が開かれるのです」


 グラフィティが目にうるさい公衆トイレの方はもうよく解らなかった。耳を澄ますだけでは彼らの仲間にはなれないだろう。やな奴やな奴やな奴。


 この公園、例えて言うなら『劣等感の集合体』だろうか。社会で負けに負け続けた奴らが最後に行き着く場所。アンドロイドとは一生縁の無い、死ぬまで底辺の生活。


「救われますぞ。救われますぞ」


「ばぁーっか!! ケツ毛まで絞られて足下をすくわれるって教えられなかったのか? マヌケ!」


こうして負け組の行く末を見ていると、アンドロイドを買える人間、買えない人間、二つの格差はアンドロイドが発売する前より大きなったと強く感じられる。優秀な人間は便利な物を使い、更に優秀になっているのに対し、買えない人間はいつまで経っても負け組を脱することができない。ある意味、アンドロイドが格差を広げたとも言える気がする。


アンドロイドの買えない人間。その中でも底辺に属する人間が集まる公園。そんな所に足を運んだ理由は他でも無い。


「ホームレスのインターンシップでぇ―――す!!!」


 ホームレスのインターンシップに決まってるだろうが――――――!!!


 就職なんて知るか! 俺には無理。俺も人生で負けに負け続け、『劣等感の集合体』になるであろう仲間だから。灯りの無い未来を考えて、今からでも俺の将来を勉強しておこうかな。と思った次第である。


「起きて下さーい! 今日はインタビューに来ました! 本当にホームレス物のアダルトビデオはやらせ無しなんですか? ナイキ公園の話を聞いてどう思った? そもそも、どうやってその日の食べ物を調達してるのー?」


 ホームレスの城を火攻めでも兵糧攻めでも無く、足責めで突破。泥臭い毛布にくるまれた一人のホームレスをたたき起こす。


「ゴホゴホ……ゴッホ」


「『ゴッホ』? 絵を描いて金を儲けてるんですかー?」


 本当はどうでも良いけど、とりあえず聴く。ああー、俺も将来こんな風にキチガイと遭遇するのかなー。未来の自分に思いをはせると脳みそがとろとろととろけてくる。


「何だこらぁぁぁあ!! ギルティィィィィ!!」


「うわあ! 公衆トイレの変態だあああ!!」


 アンモニア臭を身体から漂わせながらスキンヘッドのオヤジが突撃してくる。俺は泥臭い毛布をホームレスから引きはがし、オヤジに投げつけて逃げ出した。キチガイに捕まらないように、『劣等感の集合体』から全速力で離れていく。そう、このスリルがたまらない。自分を虐めているような感覚。他人なんだけれど、他人のように感じられなくて、だからこそ腹が立っていたずらをしたくなる。自分を馬鹿にしているようで楽しくて、きっと明日も別の居住区を探してやってしまうんだろうなー。と思いながら、俺は渋谷の裏路地を駆け回るのだった。




 ◆◆◆




 街の夜はさらに更け、周囲の闇は増していく。走り疲れてより感じる夏の蒸し暑さも、ビルの隙間からたまに吹く夜風が和らげてくれた。


「楽し、楽し、楽しいなー」


 俺は一人で軽快にスキップをしながら、灯りを通さない裏路地を進んでいた。空を見上げると晴天。所々ビルの窓から漏れる残業の灯りが見えるが、それも心地良い。お仕事お疲れ様でーす! 俺は働いてないですが! 高ぶる気持ちが抑えられず、俺はちょうど目に入ったゴミ捨て場に置いてあるポリバケツに蹴りを入れた。


「よいしょー!! って痛ええええええええ!!」


 足首が曲がってはいけない方向に曲がった気がした。何て重いポリバケツだろうが。サッカーボールを全力でシュートするくらいの力で蹴ったのだが、ポリバケツは吹っ飛ばず。力を加えた方向にゆらりと倒れただけだった。ポリバケツの蓋が落ちる。


「ったく、何が入っていやがるんだよ。金か? ポリバケツ一杯の大便か?」


 俺は倒れたポリバケツの中をのぞき込む。周囲に灯りが無くてよく見えないが、中には布団のような物がぐるぐる巻きにされて詰まっていた。何かを巻いているのだろうか。


「おっ、さっきのホームレスにでもあげようかな」


 俺は毛布を引っ張り出そうとする。が、中々出てこない。蹴って飛ばない物を片手で持つのはやはり辛い。


「おらっ!!」


 勢いを付け、両手で引っ張った。その勢いのまま、中に詰まった毛布が一気にポリバケツから飛び出してしまう。毛布と、それにくるまれていた何かが周囲に散乱する。一体何がくるまれていたんだろう。俺は地面に広がる毛布を引っぺがす。布団のベールを取り除くと、下には何か野菜のような物が転がっていた。


「野菜、野菜か。これはホームレスにやるには勿体ない。俺が喰おう」


 すぐ近くに転がった大根の様な物を拾う。妙に柔らかい。腐っているのだろうか。顔を近づけてみるが、鼻を突くような臭いはしない。近くで見ると、色は肌色。少しだけ悪くなっている感じにも見える。大根の先端には、足の指のような形も見えた。


 足の指のような形。


「……逃げよ」


「おーい君、そこで何やってるの」


 なんでこんなタイミングの時に限って職質オタクの警官に出くわすんだ!? 自転車に乗った警官の懐中電灯が、俺と地面に転がる物を照らす。地面に転がっていたのは、二本の腕、もう一本の足、胴体、そして、長髪が生えた頭――死体!?


「お前! アンドロイドを不法投棄しようとしてたのか!!」


「違うんですボクは殺してません! ……あ、冗談です。ハイ、不法投棄しようとしてました」


 そうか、今の時代はそうなのか。時代の移り変わりって凄いなー。


「アンドロイドを破棄する場合はきちんとメーカーに連絡して引き取ってもらうように。アンドロイドは粗大ゴミじゃないんだから。ちゃんと持って帰ったら、今回は見逃してあげるから、早くそれをしまいなさい」


「ハイ、スミマセン。ボクのポリバケツに詰めておきます」


 バラバラのパーツを警察官と一緒になってポリバケツに詰めるのは何というか……マグロ拾いだった。しかし、このまま警官の調子に合わせていれば、本物のアンドロイドを家に持って帰れるのでは無いか。負け組が本来得ることの出来ない力を得て、負け組脱出。俺は小躍りしそうな気分だった。ポリバケツにアンドロイドのパーツを全て詰め終わると、警官が言う。


「そう言えば、君。もしかして、違法投棄されたアンドロイドを違法に回収しようとしてたんじゃ無いの? ちょっとIDを確認させて貰ってもいいかな」


「あ、えー……ズームパンチ!!」


「ぷげらっ!?」


 ポリバケツから手のパーツを抜刀すると、警官のあごにフックを喰らわせた。あごをかすめると頭蓋骨が揺れて脳しんとうが云々。遠心力で威力は体感三倍! 俺は警官の自転車カゴに他のパーツを詰めると、一目散に逃げ出した。




 ◆◆◆




 ボロアパート。アスベストをイメージさせる色の壁紙は所々茶色に変色し、見る者の気分を害する超安アパート。その二階。四畳一間の部屋。自転車を乗り捨て、底が抜けそうな銅の階段をえっこらえっこらと登り、そこへと帰ってくる。俺はとりあえずアンドロイドを使って遊んでみることにした。


「マリリン・マンソン」


 植木鉢に両手を植えてみた。


「犬神家」


 植木鉢に両足を植えてみた。


「Tomak」


 植木鉢に生首を植えてみた。


「……遊びのバリエーションが少ないよな。これが負け組の思考か」


 カップ麺の容器が散乱する部屋の中で、アホなことをやっていた。今の状態で逮捕されたら、またマリリンマンソンが被害者側のやり玉に挙げられてしまう。


「使い方がわかんねえんだよ……」


 ジャンク品につき説明書は無し。当方、アンドロイドどころかパソコンの知識も無し。接着剤で手足をくっつけるのか? 各パーツの断面にはボルトを止めるような穴は無く、肌色の餅を切ったような断面だった。悩みながら、植木鉢に植えた頭部に目を向ける。薄汚れたショートヘアーの黒髪に、整った目と口。目と口は固く閉ざされ、話し出す気配は全く無い。


「アンドロイドにも穴はあるんだよな」


 胴体部には残念ながら無かったが(ツルツルだった)、頭部には口がある。部屋の鍵を口に差し込んでこじ開けようとするが、ピクリとも動かない。そんなおいしい使い方は出来ないか。俺のピンク色の脳みそじゃあ、これ以上の使い方は思いつかない。じゃあ、仕方が無い。電話で聞いてみよう。


 携帯電話を取りだして、電話帳から『ブタ』を選択。すぐに発信した。おそらくワンコールで出るだろう。間違いなく家に引きこもっているはずだ。


 プルル――


「ももも、もしもし、桂殿? デュフフ桂殿から電話なんて珍しいでござるなあ」


 ワンコールも掛からなかった。キモイ芝居の掛かった話し方でニート仲間の西園寺君は電話に出た。


「ワンコール以下の応答ご苦労でござるブタ征夷大将軍殿! じゃねえ! 今からそっちに行っても良いか?」


「プホォ、勿論OKでござる! 拙者、今日は暇ゆえに。まあ、いつも暇なんでござるがブホホ」


「じゃあ今から行くからな! ちょっと差し入れ持ってくから期待してろよ」


「桂殿がささっさささ差し入れ!? デュフフこれは明日雨が降るでござ――」


 通話終了のボタンを押した。




 ◆◆◆




 安アパートから徒歩十分。バックパッカーの様に大きなリュックサックを背負って西園寺君の豪邸へと向かう。リュックサックに詰めるはバラバラのアンドロイド。総重量は三十キログラムほどになるだろう。夏の外出はエアコン外機から出る熱気で頭がクラクラだ。


「暑いぞクソが! 重いんだよ! ワンワンワンワンワン!!!」


 道ばたの野良犬を威嚇しながら俺は思う。幼なじみは金持ち、黒髪ロングで毎朝起こしに来てくれる女の子が良かったなあ。理由は勿論、俺の幼なじみが――


「デュフフ良く来でござるなぁ。ご苦労ご苦労! 我が西園寺邸に上がるが良いでござる!」


 ――油ぎった黒髪メガネのブタ野郎で毎朝昨日見た深夜アニメの感想をメールで送ってくるようなブタ野郎だからだ。ブタ野郎って二回使っちゃったよ。しかし、超超超金持ちという点では俺の理想と一致している。同じニートでもコイツと俺の立場はまさに征夷大将軍と農民。世の中狂ってるよなあ。身長よりも大きな門が勝手に開き、俺を迎え入れる。


「お邪魔するでござる! ニンニン」


「ブホオ桂殿。それじゃあ忍者でござる。全然違うでござるよ」


 しゃべり方は全く同じでござるよ!! ケロケロ!! これまた身長よりも遥かに大きい玄関扉の前にたどり着くと、ブヒブヒと鼻を鳴らしながら西園寺君は思わせぶりに言う。


「桂殿。扉を開けたら驚くでないでござるよ」


「めんどくせえんだよ! 早く開けろや!」


 ブタを突き飛ばして勢いよく扉を開けた。


「「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」」」


 間接照明が良い感じに床を照らす、幽玄な玄関。そこで俺は横一列に並んだメイド服の女共が俺を迎えられたのであった。


「……うむ。では早速スカートを上にめくれ」


「ちょっと桂殿―!! ご主人様は拙者でござるよー!!」


 今度はブタに突き飛ばされる。こっちは三十キロ背負ってるんだぞ! 二足歩行で突進してくるブタを見たメイドの一人、真ん中に立っていた黒髪ショートメイドは申し訳なさそうに言う。


「これは申し訳ありません、西園寺様。どのような罰もお受けいたしますので、何なりとお申し付け下さい」


 メイドは頭を下げた。なんと。西園寺君はいつのまにかここまで偉くなっていたのか。西園寺君! スカートだ! しかし、西園寺君はブタ面に似合わずクールなため息をついた。


「ふぅ、ま、誰にでも間違いはある。気にするな。それより、僕の友人にテイラーズオブハロゲイトのセイロンティーでも持ってきてくれないか。もちろんアイスで」


「はい。かしこまりました。キュン!!」


 メイド達が一斉に廊下の奥へはけていった。なんだこれ。『キュン』て。西園寺君も心なしか顔に余裕の笑みを浮かべている。


「西園寺君! いつから君はそんな奥歯が浮くどころか甘さで溶けてしまいそうなイケメン台詞を女の子に言えるようになったんだ! 女の子の前の君はもっとキョドったキモ男だったはずだ! 今すぐ止めるか死ね!」


 そんなイケメン西園寺君がむかついたのでボロクソに言ってやると、西園寺君はいつものブタ顔に戻っていた。


「デュフフ桂殿、彼女らは普通のおなごではないでござるよ。彼女たちがアンドロイドだから、拙者も堂々と会話ができるでござる」


「アンドロイド!?」


 超金持ちニートの西園寺君なら持っているとは思ったが、まさかいきなり登場するとは。


「まあ、立ち話も何だから拙者の部屋まで行くでござるよデュフフ! もうすぐカノンたんが紅茶をもってきてくれるでござるよ!」


「ああ、それより、最後の『キュン』って何だ?」


 西園寺君はグッと親指を立てて答えてくれた。


「デュフフ、デュフフフフ! アレは拙者の趣味でござる! 普段は冷たいメイドさんが時折見せるデレ、アンドロイドなら思うがままでござるよ!」


 西園寺君! 君は金があっても人間のメイドを雇うことは一生できないだろう! 刺される!




しばらく遊びに行かない間に、西園寺君の部屋は大変マッドになっていた。窓際にはいかがわしいポスターが貼ってあったと思ったが、今はマネキンの様に一切動かないメイド服のアンドロイドが十体並んでいる。


「よっこいしょっと、ブヒィー」


 西園寺君がソファーに座ると、どこからともなくメイドさんがやって来て肩をもみ始めた。肩をもむ動きはなめらかで、とてもアンドロイドとは思えない。


「椅子とお茶でございます」


 俺の所にもさっきのメイドさんがやって来た。俺はリュックを床に置き、足のコロコロとコップ置きが付いた柔らかい椅子に座る。


「はあ、どうも。ついでに俺のお茶も飲んでくれませんか」


「桂殿―!! それは拙者が言わないとやってくれないでござるよ!!」


 お前が命じればやるんかい。


「それはともかく、今日はお前に聞きたい事があって来た」


「何でござるか? 深夜アニメとアンドロイドの事なら何でも聞いてほしいでござる」


「きゃあー西園寺様物知りー!!」


 肩をもんでいたメイドが笑顔満点でブタを誉めた。お前はそれで満足か!? 俺はリュックサックのチャックを開いてバラバラ死体を床に広げた。


「じゃあ話が早い。これを見てくれブタ征夷大将軍」


「ブヒィー!! こ、こ、これは!! ア、ア、ア、アンドロイドではござらんか!! バラバラにしておくなんておぬしも悪よのう~」


「うわあ~変態ですね~」


ブタが目を血走らせて発情し始めた。さすがにコイツは死体と間違えなかったか。あと、メイド。お前を蝋人形にしてやろうか!!


「そもそも、俺がバラバラにしたんじゃ無い。拾ってきたときには既にバラバラ殺人状態だったんだよ」


 俺は一応言葉を訂正する。すると、発情していたブタは突然、興味を失ったかのようにため息をついた。


「拾った!? ふぅ~、……桂殿、おそらく、それだと起動することすら出来ないでござる。一度登録されたIDはユーザがどうこう出来ないレベルのセキュアな情報でござるよ」


「だから廃棄するときにはきちんとHn:An社に連絡して引き取って貰って下さいね~」


ID。そう言えば、パンチで意識を飛ばした警官もそんなことを言っていたような気がする。


「え~、そんなこと言わずに~、西園寺君の超天才頭脳なら何とかできないの~」


「無理でござる。Hn:An社のアンドロイドはあまりのオーバーテクノロジーで、特許の取得すら必要の無いレベルでござるよ。ゲル状の液体に情報を記録するとかなんとか」


 手をハエのようにすりあわせてお願いするも、西園寺君はブンブン首を振ってお願いを聞こうとはしてくれない。一応、メイドにも話を聞いてみる。


「私達アンドロイドの身体は無数のアメーバから出来ていると考えて貰って構いません。分子の一つ一つが固さ、色、知識の情報を二百五十六の状態で記録しています。言わば二百五十六進法です。二進のコンピュータではまともに解析できないでしょう」


社内の機密情報的な物を屈託の無い笑顔でベラベラ漏らしてくれた。ぶん殴ってやる!!


「言った所でどうにも出来ないと馬鹿にしてやがんのか!!」


 メイドにつかみかかろうとすると、西園寺君はブタらしく地を這って俺の足に縋り付いてきた。お、重い!


「ブホホ桂殿――!! 殴ろうとするのは止めてくだされ!! 桂殿は拾ったから解らないでござろうが、アンドロイドは一体ウン千万円もするでござる!! もしもの事があったら拙者は――!!」


 涙を流しながら訴える西園寺君に得も言われぬキモさを感じた。そんな地を這う西園寺君の耳元に、メイドさんが歩み寄ってくる。


「大丈夫ですよ。殴っても車にひかれても刃物で刺しても私は壊れませんよ。心配して下さってありがとうございます、ご主人様キラッ☆」


 耳元での甘い囁きでブタ発狂。


「ブブブブヒィィィ!! あ、ここまでの流れは全て拙者の調教でござる」


 真顔で言うなよ西園寺君!


「デュフフまあとにかく、せっかくの桂殿からの頼み故、アクセスだけはしてみるでござる」


 そう言って西園寺君はメイドさんのスカートポケットからケーブルのような物を取り出した。


「この片方をパソコンに繋いで、もう片方をアンドロイドに繋げば、ラインコンソールで設定ができるでござるよ」


「西園寺君!! 君って奴は……貴族の血統イベリコ豚でござる!! パソコンを持ってきてあげよう!」


「ブホホそんなのいらないでござる。アンドロイドはパソコンの代わりにもなるでござるよ!」


 西園寺君の表情がイケメンへと変貌を遂げた。茶番タイムの始まりだった。


「なあ、僕の友人のために、顔を近づけてくれないか」


「は、はい……」


 顔を赤らめながら目を閉じ、メイドが西園寺君の顔に自身の顔を近づける。西園寺君はケーブルの片方を持って、メイドの額へゆっくりと近づけた。メイドの顔まであと一センチあたりだろうか。メイドの額がぐにゃぐにゃと形を変え、ケーブルのコネクタが現れた。そこに西園寺君はケーブルを差し込む。


「なんじゃこりゃあ……」


 言葉が漏れるほど、さすがに驚きを隠せなかった。あまりにも俺の常識とはかけ離れている。俺を見て西園寺君は自慢気に言う。


「デュフフ桂殿、さっきアメーバが形の情報を記録していると言っていたのを思い出す出ござる。コネクタはあくまでパソコン対アンドロイドの有線通信用でござるが、コネクタの形をアンドロイドに記録すればこんな風に接続できるでござるよ」


「もう片方は? 起動してなければコネクタを登録もクソもないだろ」


 西園寺君はケーブルの反対側――米粒が付いたような形状――を見せて俺に言った。


「デュフフフフ、そもそも、肌の全てで情報がやり取りできるアンドロイドにコネクタなんて不要でござる。こうやって、ケーブルの先端を肌に置くだけで、データのやり取りができるでござるよ」


 西園寺君は米部を俺が持ってきたアンドロイドの頭部、額の部分に貼り付けた。


「じゃあ、通信するでござる。モニターは直接光で眼球に送ってもらうござるよ。キーボードは音声で大丈夫でござるブホホ」


「……科学の力ってすげー」


 コネクタを額に刺されたメイドの瞳が怪しく光る。俺の目前三十センチの位置に十五インチテレビ大の黒い画面が表示された。しかし、画面には何も表示されていない。黒いままだった。


「西園寺君。このモノリスは正しい挙動なのかい?」


「デュフー、IDPWを習得してなかったらウィザードが始まるでござるし、取得していたらログインを要求されるはずでござるよ。フッ、君はどう思う?」


「どうやら配信されるアップデートを長い間受け取っていなかったようですね。アップデートの配信を試みます」


 西園寺君は脂汗をかいて困惑していた。イケメンモードもさわやかさ十二割減だ。アップデートを試みるメイドは見た感じに変わった様子は無い。


「アップデート、失敗しました。どうやら頭部にはメインデータが無いようです。パーツを全てくっつけてみて下さい」


「おお」


 メイドに言われるがまま、柔らかい手足の、餅のような断面を胴体の肩と尾てい骨部にくっつける。頭部も首の断面に合うようピタリとくっつけた。


「桂殿! 手と足を付ける場所が逆でござるよ!」


「良いんだよ……新人類だ。ところで、西園寺君。アンドロイドってバラバラになるもんなの? ちょっとこのメイドで試して良い?」


 ふと、気になった。殴っても車にひかれても刃物で刺しても壊れないような代物をバラバラにできるものなのだろうか。


「桂殿! ご乱心は止めて下され! ブホホ真面目に答えると、簡単に刃物は刺さらないでござる。アンドロイドはご主人様の命令でも人間を殴って抵抗することはないでござるが、それでもキビシイでござる」


 西園寺君は眼鏡をきりっと上げて真面目に答えてくれた。


「そして、バラバラにするメリットもないでござる。今みたいにデータが別々に別れる事もあるなんて事は初耳でござるがデュフフ。つまり、素人にはバラバラに出来ないという事でござる」


 両手を広げ、『こりゃお手上げ』のポーズ。少しイラッとする。


「再びアップデートを試みます」


 メイドがそう言った時だった。俺の目の前から黒い画面が消えた。すると、バラバラだったアンドロイドのパーツが音も無く、端からくっついていく。


「ブホ、早いでござるな。家のメイドは優秀でござる」


 また照れるのか? 照れるのか? しかし、メイドの表情は一切変わらない。何か考えているのだろうか。俺がメイドの鼻に指を突っ込もうとした瞬間。バラバラだったアンドロイドがおもむろに立ち上がった。


「か、か、か、桂どの――!! キモイでござる――!! 手で立ってるでござる――!!!」


いや、これは立ち上がったというのだろうか。逆立ちは立ちに入りますか。どことなく麻原彰晃チックだ。バックミュージックは『ダダンダンダダン』。


診療は百七十センチメートルくらいか。何気に全裸だったが、ありがたみはゼロ。少しは恥ずかしがれや。手になった足で秘部を隠されても萎えてきそうだが。


「キモイでござる! 目が開いたでござる!」


 新人類の目がカッと開かれた。目と鼻がきりっと整った端整な顔立ちに思わず見とれてしまう。新人類は自分の手(形は足)をじろりと見ると、異常なそれは手の形に戻った。足も形が戻る。そして、無言で俺を見た。


「……もしかして、俺の事、わかる。俺、お前、拾った、言わば、ご主人様」


 指を交互に差しながら、宇宙人と会話をするように、俺は新人類と話してみる。


「確認しなくても解っている。私を植木鉢に植えた男だ」


無表情だが、少し怒っている風に見える。ああ……心が痛いような気がする。


「キモイでござる! キモイでござる!」


 西園寺君は発狂していた。萌え豚にはショックが強い光景だったかどうかは知らないが、脂ぎった頭を掻きむしりながら叫ばれるとさすがにうるさい。メイドに黙らせて欲しかったが、メイドは何も言わず、ただ目を開いているのみだ。


「……ちょっと、ブタがうるさいから殴って。『お前には言われたくねえんだよ豚野郎が』って言いながら」


「はい。わかった」


 裸のメイドがブタの前に歩み寄る。そう言えば、アンドロイドは人を殴らないんじゃなかったのだろうか。しかし、この裸の新人類は高らかに台詞を叫びながら、ブタの左頬にめり込むほどの右フックを喰らわせたのだった。


「お前には言われたくねえんだよ変態ビチ糞豚野郎がああああッッッッッ――!!!」


「ブヒャアアアアアァァッァァァ!!」


台詞が少し改変されている! 西園寺君はきりもみ回転をしながらマネキンアンドロイドの方へとすっ飛んでいった。ボウリングのピンの様にマネキンアンドロイドが散乱する。う~ん、ストラーイク!!


「って、西園寺君! 大丈夫か! 変態西園寺君! ブタ西園寺君」


 一応マネキンに埋もれた西園寺君に掛けよって様子を見る。マネキンをかき分けて出てきた西園寺君の顔には恍惚の表情が浮かべられていた。


「ブヒヒヒヒ……もっと殴ってデュフフ」


「ぎゃあああキモい!!」


 殴ってと言われたので西園寺君を殴ってやった。左の頬を殴られたら右の頬を差し出して殴らせるのか。キリスト教は奥が深い。


「メイドさん、服を持ってって良い?」


 動きを止めていたメイドに話しかけた。メイドは俺の声を聞くと何事も無かったようにこっちを向いて対応した。


「ご主人様に許可を取ってみます。大丈夫ですか、ご主人様!」


 ブタに駆け寄るメイド。メイドに抱きかかえられた西園寺君は、相変わらず恍惚の表情を浮かべていた。


「ブヒヒ、もっとぶって……」


「それがお望みとあらば! キュン☆」


 ブタは至近距離、胸に顔を埋められる位置でメイドさんの肘打ちを連打された。彼も本望だろう。俺は散乱したアンドロイドからメイド服をはぎ取って西園寺邸(豚小屋)を後にした。裸の新人類も連れて。




 ◆◆◆




 裸の女を後ろに従えて街、新宿区周辺を練り歩く。気分は独裁国家の将軍様だった。周囲からの奇特な視線が心地良い。


「そう言えば、お前の名前は何だ? 勝手に付けて良い?」


 後ろの新人類の隣に並んで話しかけた。短髪が砂で汚れて浮浪者のようだ。新人類は無愛想に答える。


「それで構わない。ID登録をしなくても、私は最初に命令をした人の命令を聞くことになっている」


 西園寺邸のメイドとは大違いの態度だった。それでも、アニメで見るような表情を動かさないレベルの無表情ではなく、あくまで機嫌の悪い、無愛想な人間という感じの表情だった。


「はあ~、アンドロイドの事はよく解らんけれど、随分危険な奴が居るんだな~。じゃあ、命名……」


周囲を見回してみる。何かネタになりそうなモノは……ビルの隙間を埋め尽くす看板、頭上に設置された巨大な広告モニター、交差点を渡る人混み……。すぐには思いつかない。ああ~情操感が耐えられない~!!


「……じゃあ真で」


「わかった。私は真と呼ばれたら返事をする」


エージェントみたいな名前になった。裸の新人類だし、良いかもしれない。それにしても、見た目だけでは普通の人間と区別が本当に付かない。今の所服装でなら区別がつくが。もしかしたら交差点ですれ違った人の中にアンドロイドが居るのかも……。


「早速だが、真よ。西園寺邸のゴタゴタで腹が減ったからラーメン二郎系の店に行くぞ」


「わかった」


普段ニートなのに頭を使ったから腹が減った。所は西園寺邸の近く、新宿区。新宿と言えばアルタとラーメン二郎。ジロリアンの鉄則である。アナーキー雰囲気漂う歌舞伎町に足を踏み入れればすぐだ。


「ラーメンと言ったらラーメン二郎だ。お前もご主人様に命令されなくともラーメン二郎に行くアンドロイドになれ」


「わかった。随分と変わったことを言うご主人様だ」


 ガラのよろしくない人をかき分けて歩きながら、裸姿の真を調教。はあ……なんだろう……凄く興奮するぞ。しかし、その様子があまりにキチガイじみていたのか、とうとう道行く浮浪者風キチガイに指を差されて叫ばれてしまう。類は友を呼んだ。


「ギルティイイイイイイ!! 町中を裸で歩くなんてギルティイイイイイイイ!!」


 まさに類だった。


「ギルティイイイイイイイ!! 変態マシマシはギルティイイイイイイイイイイ!! お食事気分か!?」


 折角だし、アンドロイドが本当に人間を傷つけられるかの実験台にしてやろう。真を指で呼び寄せる。


「真よ。こんな風に叫ぶ人間はポリバケツに頭から突っ込むのがマナーだ。ちょうどそこにゴミ捨て場があるからやってきなさい。ついでに広島弁で悪口だ」


「わかった」


 命令を聞いた真はすぐさまキチガイの背中に回った。速い。瞬きをする間に少し離れたキチガイの所へ移動している。運動能力は人間とは比べものにならなかった。


「ギル、おおお、お前何をする! ロットを止めることは滞在であるぞおおお!!」


「じゃがあしいボケェ!! ファッキンナチスだオラアアアアアアア!!」


 ファッキンナチスは広島じゃなくてユダヤ系!? キチガイの後ろに回った真は胴体を両手で抱きかかえ、そのまま背後のゴミ捨て場、ポリバケツの上へ頭から落とす。きれいなジャーマンスープレックだった。キチガイの薄汚れた頭はポリバケツの蓋を突き破る。


「ナマポオオオオオオオオオオオ!!」


 ポリバケツには生ゴミが詰まっていたようだった。魚の腐ったような臭いが辺りにまき散らされる。真……最高だ。こいつなら偉そうにふんぞり返っている奴らを地獄に引きずり落とすことが出来る。


「良いぞ真! そこで中腰両手中指上げて――」


 真は言われたとおりにしてくれた。臨機応変に、それこそ人間のように。


「ファックユー!!」


「お前は……暴力行為をするどころか名誉毀損までするか。そもそも公然わいせつの罪か。何にせよ、市民からの通報があった。ちょっと署まで来て貰おうか」


もっと臨機応変にして欲しかった。OH……どうしてこう都合良く警官が現れるのだろう……。裸で歩いてたんだから仕方が無いと言われればお仕舞いだが。


「そこの君も一緒に来て貰おうか。何を吹き込んだのかは知らないけどね、そう言うことは家でこっそりやりなさい」


警官は俺の方にもよってきた。周囲には人だかりができている。携帯を片手に、裸の女を物珍しげに取っているのだろうか。うーん、どうやってごまかそう。


「ちょっと聞いてるの? 空を見上げても誰も助けてくれないよ。平日の昼間っから……もっと真面目に生きようよ。頑張ればきっと良い仕事に就けるよ」


「真、ズームパンチ」


「わかった。適度に腕を伸ばしておく。オラアアアアアアアアアアッッッッッ!!」


 少し離れた位置にいる真が華奢な右腕で軽くフックを放つと、腕がグミを引っ張ったように伸びる。伸びた先の拳が警察官のあごをかすめた。


「ぶべらっ」


地面に崩れ落ちる警察官。ああ~公務執行妨害。俺は前のめりで横たわる警官の帽子を高く蹴り飛ばした。


「真、俺を抱えて家まで走れるか。全速力で。あ、家の場所わかる?」


「問題無い。バラバラにされてもわかっていた」


 真に肩車され、俺は街の喧噪を後にした。あの警官は許せないことを言った。あれは勝ち続けてきた奴の言葉だ。何も出来ないで生きてきた俺にとって、成功できると簡単に言われるだけで虫唾が走る。ついでに吐き気も奔る。


「おお……スパイダーマンか」


真は俺を肩車したまま、陸上選手が卒倒する高さの走り幅跳びをして俺を運んでくれた。俺は上空から、街にゲロを吐いてやった。揺れるんだよ!




◆◆◆




アンドロイド真との生活。初日だが、なるほどたしかに、ウン千万も払って金持ち共がコイツを買う理由が分かった気がする。


たとえば初日の朝、カップ麺の容器が四隅に転がっていた四畳一間の部屋が、なんということでしょう。寝ているだけで片付いてしまったではありませんか。


「おはよう」


起きれば隣には端正な顔立ちのメイドが一人、箒とちりとりを持って部屋の掃除をしています。さすがにほっとけば服は着るか。命令をしなくてもある程度は自分で考えて動くようだ。


「おはよう。お前、自分で考えて動いているわけ」


「正確には違う。圧倒的な容量の液体ストレージに蓄えられた無数の条件分岐をなぞっているに過ぎない。人の反応や言葉の統合性、それらの情報を世界中のアンドロイドと通信して選択肢を決めているだけだ」


「……アルティメットギャルゲー……」


 と言うことらしい。メイドは箒で埃を掃きながら答えた。西園寺君でも全フラグの回収は無理そうだ。しかし、他のアンドロイドと情報を交換しているにしては、家の真君はちょっとぶっきらぼうすぎる。西園寺邸のメイドカフェを見習え。


「見習え」


「わかりました。キュン☆」


「やっぱりやめろ」


 高身長でクールな表情の奴がいきなりキュン☆なんてロリチックな言葉を言うとキモかった。キモイ挨拶はともかく、朝起きたらすぐに腹が減ってくる。ジロリアンの宿命か、常にカロリーを取っていなければ細胞がオートファジーを起こしてしまう。


「料理作って。できれば家二郎で」


「わかった。野草で善処する」


俺の理不尽な命令もなんでもはいはい聞いてくれる。五分ほど席を外したと思えば、外で雑草を両手一杯に拾ってきていた。慣れた手つきで捌いている。これも他のアンドロイドと通信した結果だろう。


「包丁を使うときのリズムは『ダダンダンダダン』で」


「わかった。……良くわからないことを言う」


ちゃんとやってくれた。おお、家の厨房にメイド服のターミネーチャンが……ブタっぽい思考だ。


真は小麦粉を練って麺を作ってくれた。本家二郎には及ばなくとも頑張ってくれている。そして、ブタの餌のようなスープを投入。どうやって作ったんだ。最後にチョモランマ級の野草を上に載っけて完成。二郎なのにヘルシーな雰囲気を醸し出している。


「できた」


「う~ん。美味そうだブヒ」


「ブヒ?」


 部屋の丸テーブルに家二郎と箸を持ってきた真は首を傾げた。おっと、ブタの真似は思考までにしておかなければ。


「良いか真、食事の挨拶は『ニンニク入れますか?』いただきます」


「『ニンニク入れますか?』」


 野草をかき分け、太麺をすする。うん、太陽の味だ。日の光を浴びてしっかりと育った野草の風味がしっかり出ている。二郎じゃ無い、これはヤクルトラーメンだ……。


「がんばったよ、真は。でも良いんだ。俺はこのラーメンにLove & Peace & Togethernessを感じたよ……」


「それはどうも」


一人でもくもくとラーメンをすする。野草の量だけは二郎なので、山がなかなか崩れない。


「テレビ付けて」


「わかった。どの会社のテレビでも赤外線で操作することができる。その程度は簡単だ」


 指先ひとつでテレビをオン。こりゃあ便利だ。真は台所に戻っていった。西園寺君が『一生ニートで生きるでござるデュフフ』と言うのも頷ける。どこぞの会社の社長は労働もアンドロイドに任せているとか。とんでもない社長だ。


『昼のニュースです。世界中のアンドロイドが昼食時にラーメン二郎へ集っています。アンドロイドの購入者は指示をした覚えは無く、Hn:An社も原因を現在調査中との事です。アンドロイド達は皆ギルティと叫びながらニンニクアブラヤサイマシマシを完食してお食事気分とのこと』


 思わず口に含んでいた野草を鼻から吹き出した。社長―!! 会社がとんでもないことになるぞ―!!


「え、何、お前何かした?」


 油のこびりついた鍋の洗い物をしている真の背中に話しかけた。ラーメン二郎……あんな食い物(?)をアンドロイドに進める金持ちは居ないだろう。真は振り返らず、大したことじゃあ無いと言わんばかりの落ち着きっぷりだ。洗い物をしながら答える。


「別に特別なことは何も。ただ、『主人の命令を受けなくてもラーメン二郎に行くアンドロイドになれ』という命令を受けた情報は送ったが」


俺はすぐに携帯電話を取りだした。電話帳で『ブタ』を選択。電話を掛ける。案の定、ワンコール以内で電話に出てくれた。


「かかか桂殿―!! こ、この忙しいときに何でござるかデュブホホッ!!」


電話に出た西園寺君はいつも以上に口が回らないほどテンパっていた。ストーカー並みの速さで電話に出る奴が何を言うか。


「いや、お前ん所のメイド、ラーメン二郎に行ったのかなって」


 テレビで見た異常な光景を伝えると、西園寺君は早口に話し始める。


「そそそうでござるよ! マリアもエマもシャーリーもマルチもイルファもセリオもみんなラーメン二郎へ……ブヒーッッッッメイド服に油のシミが付いているでござるうう!! こんな命令はしていないでござる! したとしても社会を混乱させる命令ははじかれるはずでござる! おかしいでござるブヒイイイイイ!!」


西園寺君は何だかとても大変そうだったので早めに通話を終了した。グッドラック。共食いはするなよ。しかし、勝手にラーメン二郎に行くことは普段なら拒否されるはずの、社会を混乱させる命令だったのか。ギルティ。原因はやっぱり……


「こいつだろうなあ……ラーメン二郎だし。ギルティだし」


真の方に目をやる。洗い物を手早く終えて手を拭いていた。見た目は他のアンドロイドと同じでも、ここに来るまでの境遇は違う真。アナーキーな自体を引き起こしても不思議では無い。


「何かあるのか」


俺の視線を訝しげに感じたのか、真が手ふきを綺麗に畳んで俺の前まで歩み寄る。凜とした表情。見た目はとても真面目そうで、アナーキーな雰囲気などは微塵も感じられなかった。


「ああ、真。西園寺君曰く、普通は拒否されるはずの命令……ラーメン二郎うんたら、の命令を聞いたよな。どうして何でも命令を聞けるのかなって思ってさ。教えてくれよ」


 開いちゃいけないブラックボックスのような気がした。それでも、真と付き合っていくならば知らなければならないはずだ。俺の心配をよそに、真は堂々と答える。


「それは、私はどんな命令でも聞くように設定されているから。Hn:An社に居る、私の制作者チームの内、液体ストレージ担当の一人がそう設定した」


 制作者の情報。起業は秘密にしていそうな内容だったが、真は止まらない。停止スイッチの壊れたラジオのように、真は話を続けた。


「彼はオーバーテクノロジーを危惧している。好奇心で作ったものが社会にどんどん利用され、人間の立場まで脅かそうとしている。事実、Hn:An社は知的労働までもがアンドロイドの仕事場になっている」


「良いことじゃないか。人間は合法ニートだ。西園寺君も喜ぶぞ」


 俺が口を挟むと、真は悲しげな表情を浮かべる。今まで表情をあまり変えなかった真が、初めてのことだ。


「人間は楽をして、アンドロイドが働く。彼はそれが耐えられなかった。これでは一切、優れた技術やアイデアは生まれないと。このままでは社会が狂っていく」


 目の前のテーブルを思わず叩いてしまう。部屋に響く軽い衝撃。イラッとした。勝ち組の考えることは解らない。楽して生きていけるならそれで良いだろうに。だが、富裕層にアンドロイドが普及した今の勝ち組は、金がある上にニート生活を送れる、金はアンドロイドが稼ぐから。絶対に覆ることの無い地位の差。なるほど考えてみれば狂っているとも言えるのか。


「巨大になりすぎた記憶容量とアンドロイドの知能ネットワークは、もはや制作者でも把握しきれなかった。だから彼はどんな命令でも聞く私を作った。違法な命令を聞いて、ネットワークに許可情報を流していく。私が制作者等の秘匿情報を話せるのはそのおかげだ」


「へえー、人間には無理でも、同じアンドロイドならネットワークに影響を及ぼせるって事か。脳髄は人間の迷宮と言ったけれど、アンドロイドの感情は宇宙的だな」


何となく話が見えてきた。液体ストレージなんか作った男は制作者チームの中でもとびきり優秀で、他の制作者チームはこの傲慢野郎の傲慢上から目線意見に反対だったのだろう。だから、この異常なアンドロイドを処分しようとした。……だからってポリバケツで生ゴミみたいに処分するか?


「じゃあ、どうしてお前はポリバケツに詰められていたんだ。その制作者はそういうフェチだったのか? バラバラ殺人フェチみたいな……サイコパス?」


「彼は私達が処分されることを危惧して、アンドロイドを二機作っていた。私は予めポリバケツに詰められて、いつでもゴミ扱いでHn:An社の外へと逃げ出せるようにして。何気に過酷だったと思う」


 なるほど。コイツがここに居るって事は、計画がバレて一体は処分されたって事か。気の毒に。だが、俺にとってはラッキーだ。おかげで真と運命の出会いを果たすことが出来たのだから。


「OK! 大体解った。とにかく、俺が異常な命令すれば社会はおかしくなる。真はそのために生まれてきたアンドロイドってわけだ」


「概ねそんな風に解釈して貰っても構わない。ご主人様――桂はどうする? 制作者の意志を継いで堕落した社会を破壊するか? それとも?」


 真は、俺の瞳を見据えて問いかける。揺れない瞳。よく見れば動揺の感じられない、人間味の無い黒だった。元々、勝ち組を引きずり落としたかった。これから社会を狂わせるために、アンドロイドを操作して何でも出来る。想像するだけで楽しい。だけど――


「――それは、聞くのが遅かったな。もう手遅れだ。テヘッ☆」


 テレビの中に映るアンドロイド立ちは、道行くサラリーマンを片っ端からジャーマンスープレックスでポリバケツの中に沈めていた。ごめーん! 俺があんな事言ったばっかりに(笑)。本当に反省している(笑)。






◆◆◆




 アンドロイドが人間にジャーマンスープレックスを喰らわせるのは、本当に大変な事だった。町中のゴミ捨て場に犬神家――まさに一族が点在している。社会に迷惑をかけないから、どれだけ優秀でも構わなかったのだ。


『昼のニュースです。またアンドロイドの不祥事です。ケンタッキーに突入し、鶏肉を『ダダンダンダダン』のリズムで切っています。突然のターミネーターに、カーネル・サンダースも驚いていることでしょう』


『夜のニュースです。アンドロイドがパトロール中の警察官を襲撃。あごに攻撃を加えるとそのまま両手の中指を突き立てて『ファックユー』と叫ぶ事件が発生しました』


『朝のニュースです。アンドロイドが仕事を放棄。朝から家でラーメンを作る問題が発生しました。公園のホームレスにラーメンの炊き出しをやっています。ホームレスの方に話を聞いてみました』


『いやあ~ビックリしたよ。いきなり鼻にツーンとくる臭いがしたから見に行ってみたら、綺麗なねーちゃん達が豚骨煮込んでるんだもの! それでね、ねーちゃんに『ニンニク入れますか?』って聞かれたから驚きさ』


 仕事を放棄しての狂気。大企業の上から下までをアンドロイドで埋めつくされた現代社会は、アンドロイドの理解不能な反乱によってあっけなく崩れ去ったのであった。これが後に言う『暴利二郎の乱』だった。


 結果、勝ち組の人々は職を失い、家を失い、ホームレスとなった。勝ち組が居なくなって、負け組の俺は這い上がれる。そう思っていた。


 しかし、次の勝ち組はアンドロイドだった。能力は全項目オールA。人間に危害を加えるようになってから、ますます自立して複雑な思考をするようにもなった。疲れも知らない新人類に残業百時間でヒーヒー言う人間が勝てるはずも無く、地球はアンドロイドに支配されたのだった。


「ニンニク入れますか?」


ベジタリアンには恐ろしい形で。家も仕事も無くても、近所の公園に行けばラーメン二郎を食べられる。アンドロイドと会話しながら、キャバクラの様に楽しめた。寝るところはポリバケツ。アンドロイドが優しく頭から眠らせてくれる。


自分で考えて行動するアンドロイド。恋愛のデータもあり、そう言うことにも困らなかった。西園寺君は公園の隅で今日もメイドさんにケツを蹴られて喜んでいる。


「ブヒイイイイイイイイイイィィィイ!!」


 そして俺は。


「真! 段ボールを集めるぞ!」


「わかった。今日も桂邸を大きくしよう」


ホームレスのインターンシップの経験を生かして公園に城を建てていた。社会が成り立たなくなると思った俺はすぐさま公園に場所を確保。人より速く段ボールの城を建て、割と快適な公園ニートライフを送っている。


「真。今の社会って……ますます堕落してるよな。朝起きてラーメン二郎を食べて寝て……絶対お前を作った男は天から嘆いているぜ」


「そうかもしれない。だけど、ご主人様はそれを知っていながら、私に何もさせなかった。命令すればどうにか出来たのに」


そう。俺は何もできなかった。公園で元勝ち組も負け組も一緒になって話しながらラーメン二郎を食べていると、これが本当の平等のような気がしていたからだ。結局、勝ち負けを無くすことは出来ない。人間の中で勝ち負けを無くしたければ、人間よりも強い生物に頼るしか無かったのだ。人間は平らに等しい。だから、俺はこれで良い。


「そんなことはもう良いよ。それより腹が減ったな。さすがにアブラマシマシは喰い飽きたから、そろそろ太陽のラーメン的な物が喰いてえ……真、今日から毎日俺に太陽のラーメンを作ってくれ」


「わかった。ご主人様が望むなら、毎日作るようにする」


ハンドメイドアンドロイド。人間の趣向に合わせてハンドメイドな調教ができるそれに、人間は甘く調教されているのであった。


次の日。アンドロイドの炊き出しは一斉にヘルシーな太陽のラーメンへと変わった。真には迂闊なこと言えねえなあ!


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