第六話
町に戻ってきた一行、適当な宿に落ち着く。
「立香さんはどうされましたか?」
「風呂だ。俺が洗い流した返り血、掃除しないとですわ〜ってな」
「それもそうですね」
部屋には法師が座っている。戸を開け放ち、廊下でタバコを吹かす笑鬼。ゆるゆると二人の時間が流れる。
「ところで…」
なんでもない、という風に法師が話を切り出す。
「なんで男装されているのですか?」
「…なんとなく。」
これまた、なんでもない、という風に先ほどとは違いこざっぱりした鬼は返す。
「いつから気づいてたんだ?」
「なんとなく最初から。小柄ですし、年の割に声が高い」
「んなの理由になんねーな。いっくらでももっと小さくて声が高い奴はいるだろーが。」
「確かに。そうですね、確信をもったのは太刀筋を見たときですね。大剣だからこそ如実に表れた、とでも言いましょうか」
「ふぅん…」
含み笑いを浮かべる笑鬼。目は依然として笑ってはいない。
「あのしなやかな太刀筋を描けるのは、細やかな動きを得意とする女性のものです。力押しのように見えて力任せでない」
「…嘘だな。」
「…嘘ですけどね」
鬼はクシャリと顔をゆがめた。ド素人のこいつにわかるほど笑鬼の腕は未熟ではない。むしろ稀代の剣豪でも気づくかどうか。自称。
「お前、本当の目的は何だ」
「あなた、馬鹿なようでいて意外とキレ者ですね」
「バカだぜー俺っちは大がつくほどのバカさぁ!!!ハハハ!!駆け引きは苦手なんだ。剣のサビになりたくなかったら、言え。」
「それには役者がそろわないと。しばしお待ちください。それよりもあなたの男装の意味が知りたいですね」
「ん〜〜?だから、大した意味なんかねーよ。…ずいぶん昔の話になるが…」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「立夏ちゃ〜〜ん!あーそーぼ!!」
「いいよーーー!!蹴鞠ね!!サッカーね!!」
「さっかあ?よくわかんないよ!蹴鞠でしょ?」
「うん!ヨコモジにお父さんがハマってんの!!気にしないで!!グッドラック!!!」
「立夏ちゃんちはいつも面白いねー!!ここでやる?」
「そうだね!!じゃあどっちがどれだけ飛距離伸ばせるか競争ね!!」
「よくわかんないけどわかった!!!」
「ちょっ…ちょっと待ってください。」「あんだよ?」「この子供たちは誰なんです?」
「立夏が俺で、も一人は近所のガキ。5歳くらいだったか?」「…さいですか」「続けんぞ」
「え〜いっ!この球あんま飛ばないよ〜」
蹴った球は比較的近いところをバウンドしていった。中身は砂の塊だったりする。
「次は立夏の番ね!!!よし!!うおりゃっ!!!!」
「あー…」
遠くの方に消えていったそうです。ばい●いきーん!キラーンみたいな。
「あっれ〜?なくなっちゃった…」
「お母さんに言った方がいいよ?立夏ちゃんちの球でしょ?」
「うん!!そうだね!!言ってくる!!」
「と、いうわけなんです、お母さん!!」
「あらあら、大変。それはお父さんにも言わなくってはね?」
「何で〜?」
「お父さんが買ってくれた球でしょ?」
「うん!!そっか!」
「なんだ〜立夏。どうした?ハッハッハッ」
「ボールがね、蹴ったらね、飛んで行っちゃったの。お空にキラーンって…」
「なに??認めん!!認めんぞ!!!」
「あらあら、お父さん、また血圧が上がってこめかみから赤いものが噴き出しますよ」
「この私でさえ!!天下の剣豪の私でさえ川の向こうまで蹴り飛ばすのがやっとだったあの球を!!!」
「あらあら、お父さん。天下の、の前に自称、をお忘れですよ」
「それをお前はその年で!!!空の星にしてしまったというのか!!!認めん!!!」
「お、お父さん??」
「おまえは今日から男だ!!息子だ!!!!女なんて断じて認めんぞ!!!ハハハ!!」
「あらあら、立夏、それじゃあ名前を変えなくてはね。」
「息子よ。よもやもう父を超えたというのか。本望なり!本望なりいい!!!思い残すことはないぞ!ぐはっ」
「立夏、あなたは男の子なんだからそんな着物を着ていてはいけませんよ。これに召し変えなさい。」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「そんなこんなで再教育が始まったわけなんだが…っておい!!聞いてんのか?!」
「聞いていますよ。私の人生でかつてないくらい呆れているだけで。」
「失礼な奴だな!!!!ま、よーは大した理由じゃねってこったあああ!!!ハハハハ!!」
「(聞かなきゃよかった)」
「あんだいその顔!!!てめえで話振っといて!!コラア!!!」
「…立香さんの女装と名前はその話と関係あるのですか?」
「おぉ!!立香のこともバレてんのかい!!抜け目ねーなああ!!!
ふん、あるっちゃあるし無いっちゃ無い!!!!」
「どういう意味です?」
「あいつと初めて会ったのは5年前だ。そん時あいつはまぎれもなく男だった。いや、今も男か、一応。」
「それがなぜ…」
「俺があいつに負けたのさ」
「…え?」
法師は耳を疑った。この誰にも止めることなどできない鬼が、負けた?




