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「アザレアだね。リアが育ててるの？」
「うん」
庭の一角に植えられたアザレアをルドガーは興味深そうに眺めていた。花の周りでは小さな蜂が懸命に働いている。リアはルドガーの隣に腰を下ろすと、雪のような花びらにそっと触れた。
「白いアザレアの花言葉は、″あなたに愛されて幸せ″っていうんだって。なんだか素敵だよね」
愛される喜びを体現するかのように咲くこの花が羨ましかった。いっそアザレアになってしまってもいいと思っているくらいには。
「なるほど、確かに素敵だね」
「そうでしょう」
神妙な顔をして頷くルドガーにリアは微笑んだ。できるだけ自然に、平静を装って。しかしそんなリアの努力をルドガーはいとも容易く壊してしまう。
「リアが愛情を込めて大切に育てているから、この花はこんなに美しいんだね。花相手だけど、少し嫉妬してしまうな」
ルドガーはいつもと変わらぬ穏やかな表情でしれっと、とんでもないことを口にした。
嫉妬ってなに？ どういうこと？ 頭が混乱して上手く言葉が出てこない。
不意に二人の視線がぶつかる。リアが目を瞬かせるとルドガーは
彼の言うことが本気なのか冗談なのか判別できなかった。でもそれがどちらであったとしても、関係はなかった。言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなった。陽射しのせいじゃないことはリア自身が一番よくわかっている。
あ、駄目だ。心臓、うるさい。
どうかこの音が、ルドガーに聞こえませんように。
リアはろくに答えを返すこともできずに、早鐘を打つ心臓を必死に鎮めようとした。
「おーい、リア？」
不審に思ったルドガーがリアの顔を覗き込んだ。
「っ、なんでもない」
リアはそう言うと顔を背けた。別にルドガーが嫌なわけじゃない。むしろずっと彼の優しい顔を眺めていたいくらいだ。けれど今の自分の緩みきった顔を見せるわけにはいかなかった。そんなリアの様子にルドガーは苦笑すると、脇に置いていた鞄を拾い上げた。
「君は変わったね」
「え？」
ルドガーは立ち上がりざま言った。言葉の意味を図りかねているとすぐさま彼は言葉を続けた。
「もちろん良い意味でだよ。昔の君は全然部屋から出て来なくて、本ばかり読んでいたでしょ」
「部屋に閉じこもってばかりというのも、体に悪いから」
「そっか。昔僕が同じことを君に言った時は、駄々をこねられたんだけどね」
「私もう十七よ。子供じゃないわ」
昔のことを言われて、リアは頬を膨らませた。するとルドガーは少し笑った後で、ごめんね、と言った。
ルドガーに初めて会ったのは八年前。幼い頃から体が弱かったリアのために、父は王国でもとくに腕の良い医者を屋敷に招いた。当時のルドガーは、その医者の助手だった。歳は幾つも変わらないのに、物知りで優しくてかっこいい人だった。最初は頼れる兄のような存在。しかしそれは、すぐに別のものへと変わってしまった。絶対に知られてはいけない。許されない感情。
リアに婚約者がいることはルドガーだって知っている。むしろその婚姻の為に、彼女の父は腕の良い医者を求めていたのだから。誰だって病弱な女など妻に迎えたくはないだろう。ましてそれが未来の王妃となれば、慎重になるのは当然だ。
髪が風にさらわれる。リアは腰まで伸ばした長い髪を手で押さえた。昔ルドガーが似合うと言ってくれたから、少しくらい手入れが大変でも短くする気はない。
「風が出てきたね。屋敷に戻ろう」
「うん」
座ったままのリアに向けて手が差し伸べられる。こういう紳士的なところも昔から変わらない。屋敷の外でのルドガーをリアは知らない。でも、彼がやって来るたびに侍女達が喜ぶので、街でもさぞや人気者なのだろう。ルドガーにとって、自分とはなんだろう。医者と患者。それとも妹？きっとそれ以上でもそれ以下でもない。ルドガーはリアのことばかり聞く。自分の話はあまりしない。いわゆるカウンセリングというやつなのだろう。考えれば考えるほど、頭の中が雑然とした。
不意に視界がぐにゃりと歪んだ。足はきちんと地面についているのに、浮遊感がして目が回った。
「リアっ！？」
ルドガーの叫び声が遠ざかる。差し伸べられた手を取ることもできずに、リアは地面に倒れ込んだ。
