8話 お父さんの休日です。
「じゃあユウイチ、後よろしくね」
「わかった。いってらっしゃい」
今日はお母さんは出かけるようです。
「ただいまー!あれ?ママ、どこいくの?」
「ユーちゃんお帰りー。ママはね、ヴィロル夫人の所に遊びに行くの。ごめんね、今日はご飯作ってあげられないの」
「へー。ママ、いってらっしゃい!」
「あ、あれ?無反応?ちょっと悲しいんだけど……うん!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
扉をあけて出て行きました。……あ、この感じは。
「お父さんお父さん」
「んー?どうしたリクト」
「……まるでお母さんに逃げられたみたい」
「ブッ!?や、やめ、バカ!冗談でもそんなこと言うんじゃない!今でもラブラブだぞ!不満なんて……ない、よな?あ、あれ?あるのか?あいつそう言うの言わないし。あ、不安になってきたかも」
……予想以上のクリーンヒットで可哀想に思えてきました。
「ごめんなさい」
「……お前の冗談は、なんか生々しいから。心えぐってくるから、な。もうちょっと自重してくれ……」
「はい」
まだショックでフラフラしているお父さんを取り敢えず座らせて、お茶を出します。
「そもそも、どこでそんな言葉や話を覚えてくるんだよ……」
「近所の肉屋の奥さん、ギルドの受付嬢さん、たまに公園で紙芝居をしているお爺さん、いつも散歩しているお婆さん」
「……」
頭を抱えてしまいました。
「どうしたんですかお父さん」
「いや……お前はもう仕方ないが、ユウカに悪影響を及ぼす奴らが近くにこんなに……頼むからうちの天使に変なこと吹き込まないでくれ……」
もう遅いと思います。
「おにーちゃんおなかへったー」
「わかりました。釜の火を落としてしまったので少し待っててください。朝の残りで良いですか?」
「うんー!」
「お前が長文話してる所久し振りに聞いたな」
……そんなに喋ってませんか僕。そしてそんなどうでも良い所に気付くんですね。
「顔に心底どうでもいいって書いてあるぞ」
「思ってますから」
「……なぁ、やっぱり俺にだけトゲがないか?父さん息子のトゲで心ズタズタだよ?なぁ。なぁなぁ」
そう言うウザ絡みのせいだと思いますよ。
「パパ、パパ」
「んー?どうしたユウカーマイエンジェルー」
「パパ、なんでなにもしてないの?」
「……へ?」
「なんでごはん温めてるおにーちゃんをじゃましてるの?わた……ぼくもお皿ならべたよ?パパはなにするの?」
「グゥッ!?」
僕のトゲより、純真無垢な言葉の方が刺さるんですね。でも実際お父さんはなにもしていまさん。休日ですからね。
「パパ、もしかしてぐあいわるい?どこかいたい?」
「ち、違うんだユウカ。ぱ、パパはね?日々の仕事でたくさん働いてるから、おやすみでゆっくりしてるんだよ?けっして、けっっして働いてない訳じゃないからね?」
「そうなの?」
「そ、そうだよ!」
「じゃあママは?」
「……へ?」
……なにを言う気でしょう。
「ママは毎日毎日はたらいてるよ?あさごはんつくって、お洗たくして、おひるごはんつくって、お買いものして、よるごはんつくって。ママのおやすみの日はないの?」
「……」
強いて言うなら今日、遊びに出かけたのがおやすみですかね。他にも二週か三週に一回のママ会とか。でもユウカ、お父さんいじめはそろそろ終わりにしましょう。
「パパ、おにーちゃんのおやすみは?」
「え、僕?」
予想外の展開です。僕も含まれているんですか。
「おにーちゃんはあさの水くみを休んだことないよ?それに、お友だちとあそばずにおべんきょうと修行ばっかり。お外にいくのもぎるどのおしごとだし、かせいだお金もほとんどつかってないの」
なんでそんなこと知ってるんですか……?僕、なにも言ってませんよ?
あとお金は使ってますよ。ユウカと一緒に食べるお菓子とか、武器の手入れの為の道具とか、各種消耗品にたまに小腹が空いた時露店での買い物。
欲しい魔道具があれば貯めてたお金を使う。
ほら、ちゃんと使ってますよ?
「おにーちゃん、おにーちゃんのためてあるお金、なににつかってるの?」
「……え?あ、はい。欲しい魔道具とか、もうすぐ通う学校の入学金……ですかね」
「はぁ!?お前入学金って、え!?そんなもん俺が出すに決まってんだろ!」
あれ?そうなんですか?うちは余裕があるけど、男子たるもの自分で稼げと教えられたのですが……。
「バッまだ早ぇーよ!確かにそう言ったけど、それはお前が成人してからの話だ!」
そうだったんですか。でももう溜まってますよ。
「マジかよ……父としての威厳丸つぶれじゃん」
初めからあったんですか?
「それに!おにーちゃんがほしいって言って買ったま道具ってぜんぶわ……ぼくかママのためのでしょ?」
「……」
お父さん、能面のような顔になってますよ。
それに違います。ユウカやお母さんのために買ったんじゃないんです。……ユウカのためのは否定しませんけど、僕も使うので便利にしたいだけです。
「パパ?」
「……灰に、なってしまいましたね」
声もなく真っ白に染まったお父さんは、なんというか、凄く不憫だと思いました。
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復活したお父さんと、ユウカと僕でお昼を食べ、食器を洗い終わりました。あ、ユウカは遊びに行きました。
これといってやる事がありませんね。暇なので魔力の操作の修行をしますか。
あ、洗濯物干しっぱなしですね。それをやりましょう。
「……♪」
これは僕、これはお父さん、ユウカ、僕、お母さん、お母さん、お父さん、ユウカ。
「よし」
たたみ終わりました。
あー、もうこんな時間ですか。何をしましょ……お父さん?何か用ですか?
「ここらで力を見せつけないとダメな気がして」
その発言がもうダメだと思います。
それで、何の用ですか?
「夜ご飯の仕込みをする」
「……はい」
夜ご飯の仕込みに力?まあいちいち気にしても仕方ないですね。
「今日は鶏があったな。それでいくか。
親子丼なんてどうだ?」
親子丼。ふわふわとろり甘さと濃厚さがある卵に出汁の旨み、鶏肉のしっかりと、それでいてさっぱりな肉の旨みが合わさり、それをさらに玉ねぎの甘みと米の甘みによって引き立たせる素晴らしい料理です。
「はい」
「お、おう。いつになく目がキラキラしてるな。味噌汁に、新鮮な野菜の盛り合わせでいいか。エリのメチャクチャ美味いシーザードレッシングがあるからな。野菜がメインでもイケるドレッシングってつくづくすげぇよなぁ」
味噌汁もいいですがやっぱり親子丼ですね。お父さんの元の世界でいう和食はこっちの世界でもかなり普及しています。
作れるところが限定されますが一度にたくさん作れる米、条件が緩いが米よりも生産性が悪い麦。どちらも必要なのです。
それに、磁器のように真っ白でフワッフワなパンもツヤツヤ白透明の米も貴族さまに人気ですからね。
どちらも美点と欠点があり、両方いいものです。
「お前、米好きよな」
「パンも好きです」
「さいですか」
じゃあまず米を洗いますよ!
「ああ、いい。俺がやるから。リクトは見てろ」
「でも」
「いーからいーから。父の凄さを見せてやるから」
むぅ。わかりました。でも手が必要ならいつでもいってくださいね。
「よし、じゃあまず肉だな。鶏肉は皮を剥いで一口大に切って下味をつけて表面だけ焼いておく。強火でな。
下味は……ニンニクがいいか?いや、酒とみりんと砂糖、醤油は焼く時でいいや。しょうがいれて、ハチミツを少量だな。匂いがきつくないハーブも入れるか」
お父さんは割と料理ができます。適当に作ってるらしいのですが、適当でも美味しいんです。昔はお母さんに教えてたこともあったらしいのですが……今ではもう抜かされて教わる側みたいです。
「にんにく」
「入れないぞー。肉がメインならいいが今回は丼だからな。しかも卵と合わせるんだ。ガツンってより、甘さや出汁の旨味で行きたいからな。鶏肉自体にそんなに味付けしなくても良いはずだ」
むぅ。
「……牛より鶏か?」
「ぐ……むぐ……はい」
「相当悩んだな。じゃあ豚と鶏なら?」
「……ぐぅぅ……んむむむ…………豚、いえ、鶏、いえ……ぐむむ……む……」
「長い長い」
意地悪な質問です。豚は豚でいいんです。鶏は鶏でいいんです。牛もそうです。
「でもやっぱり俺の息子だな」
「急になんですか」
「いや、牛、豚、鶏なら一番最初に外すのは牛だろ?」
「……まあ」
牛もいいんです。牛タン至高。テールも美味。
ですが常食って感じじゃないんですよね……。
「ほらやっぱり俺と似てるじゃねーか」
そうなんですかね。ただの好みだと思うですけど。
「マジレスやめれ」
「はい」
「……よし、蓋して時間待ちだな。次は玉ねぎか。うす切り?くし?みじん?」
「うす切り」
「オーケー」
トントントントンと素早くうす切り玉ねぎを量産して行きます。あれ?
「お父さん」
「んー?どしたー」
「線維に沿って切らないんですか?」
「ん?ああ、なんで線維に対して垂直に切ってるかって事?」
「はい」
「んーとな。こうやって線維を断ち切ったり、潰したりする切り方だと、短時間の煮物に最適なんだ。まあ甘みを出すために先に焼くけどな。その焼く時に味が染み込むようにだ」
「へぇ」
煮る時に使う切り方なのに焼くんですか。
「まあ、基本適当だからな。合ってるかはわからん。ただ前にこうやって切ってやったら美味かった。だから今回もそうするってだけだ」
そうですか。
「んー、こんなもんか。今回は生で食わないけど辛みは必要ないから水にさらしとこう」
「適当ですね」
「適当だよ」
料理が下手な人が聞いたら怒りそうですね。
「それは違うぞ」
「え?」
「料理が下手な奴ってのは、不器用な奴の事を指してるのか?
不器用な奴は、慣れてないのが一番の原因じゃないのかね。不器用だから切りや混ぜ、振ると言った動作が苦手なんだろうな。それでも慣れれば下手なりに作れるさ。
問題は無知だ。知らないで作る。だから美味しく作れない。だったら知ればいい。周りから聞いたりしてな。そうだな、料理が下手って言葉に一番近くて救えない奴は、無知なのにアレンジし始める奴だな。
こうしたらうまく出来るんじゃないか、こうしたら早くなるんじゃないか。基礎ができてないのに応用なんか出来るわけない。
……はぁ。長く喋ったが、まあ絶望的にド下手で呪われてるんじゃないかってほどの奴じゃなきゃある程度は出来るようになると思うぞ」
「おー」
「これは只の自論。別に押し付けるわけでもねぇから、好きにすればいいさ」
あ、逃げましたね。そして何を好きにするんでしょう。
「お父さんって、割と喋りますよね」
「ん?急にどうした?」
「……お父さんと僕が似てるなら、僕がこんなに喋ったらどう思いますか?」
「え、何それ気持ち悪」
ひどい。
▼
「ん、下味はこれでいいか。軽く洗って、肉を焼くぞ」
「あ、釜に火入れますね」
「ああ、いい」
……?火を入れなくてどうするんですか?
「リクト、俺のレベルは?」
「なんですか急に。自慢ですか?」
「いーから」
「100ですね」
「俺の得意属性は?」
「知りませんよ」
「え?あれ?教えてなかったっけ?」
「取り敢えず地水火風全て僕より……いえ、一般の魔法使いより使いこなせてますね」
「あーまあそうだな。言ってもMPの暴力でなんとかしてるだけだからな」
「普通は出来ませんからそれ」
「まあ、ここまで頑張った証って事で。それにこれ出来ないと生き残れない世界な訳だし」
「……世界はもうちょっと優しいと思います」
「ははは、まあ普通に過ごすならそうだわな」
なんというか、ブラックジョークのつもりなんでしょうが……重いとかよりめんどくさいです。
「んじゃ、フライパンに油引いて、魔法で炎を」
火が付いてない釜に火がともりました。円形で、根元が青い火ですね。空中でごうごうと燃えてます。
「……」
「ふんふんふふん」
「……」
ジューッと焼ける音が聞こえてきます。
「塩と胡椒をふって、転がして。醤油を少々。んー醤油の焦げる匂いがたまらん。
中はまだ生でいいから表面だけ焼いてっと」
焼けたと思しきものを箸でひょいひょいと皿に移していきます。じゅるり。
「火をすこし弱めて、残った下味と肉の旨味が入ったこのフライパンによく水気を切った玉ねぎを投入。しんなり……いや、こっちはあめ色にまでしとくか」
ザ・適当、男の料理と口ずさみながら下ごしらえが進んでいきます。
出来上がった玉ねぎを皿に移して冷まします。
「あ、そうだ。米も炊かないとな」
今思い出したんですか。危ないですね。
「米を洗うときは水を操って米一粒一粒を丹念に洗いましょう……魔法便利すぎなんだよなー」
それが出来るのは貴方だけです。
「適度に水分を吸ったお米を炊く。炊く時のコツは初めパラリラパラリラ中パッパ、赤子泣いたら黙らせろ」
「え……」
危ない人です。ここに危ない人がいます。
「え、ちょっ!?ガチ引きはやめて!?冗談だから!初めちょろちょろ中ぱっぱ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、ひと握りのわら燃やし、赤子泣いても蓋とるなだから!」
……誰もそんな詳しく言えなんて言ってませんよ。なんですかその歌。
「……俺の世界の昔の歌だよ。かまどで米を上手く炊くためのな」
そうなんですか。意味は?
「詳しくは知らん。ニュアンスで覚えた」
えぇー。
「えぇー」
「声に出てるぞー。簡単に説明すると、弱火でだんだんと温度を上げて、少ししたら強火にして一気に沸騰させる。沸騰したら弱めて温度を維持、それから……なんだったか。水分なくなったなーと思ったら一回強火に変えるんだよ。そんで火を消した後、蓋を取らずに蒸らすだったか」
割と詳しいじゃないですか。
「だからニュアンスだって。やってれば大体わかると思うぞ。二回目強火にしなきゃベチャベチャしたり、蒸らさなきゃパサパサしたり味が変わったりするから」
そういうものですか。
「そういうもんだ」
そうしてご飯を炊きながらお父さんうんちくが続きました。