荒潮の底
「天も砕ける轟爆音といったところか…」
装備開発局の一室で、秋草課長は試験映像を繰り返してみていた。
「今こそ知れや…、おっと」
横で、画像解析に当たっていた課員がボソッと何か言った声が聞こえたが、秋草課長がそっちを一瞥するとすぐに黙りこくった。
この間から何度も見ている映像で、飽きが来ていた課長は先ほど余計なことを口走っていた課員のほうを向いた。
「そこから先は言っちゃいかんよ。どこで人が聞いているかわからん」
にやにやしながらいう課長に対して課員も言い返した。
「しかしながら、凱歌も上がるこの八日、ってところまで同じだと連想してしまいますよ」
「連想するといっても、その歌を国防軍関係者が歌っていたなんてことがアメさんにばれたらえらいことになるんだよ」
困ったふりをして首を振る課長を横目に見ながら、課員は軽口を続けた。
「大丈夫ですよ」
「ん?」
「次はあれです。滅びたり…」
「アメリカの次に、イギリスを敵に回すつもりか?」
「大丈夫ですよ、今時、マレー半島周辺にイギリス海軍の船なんて浮かんでるわけないじゃないですか。いやだなあ」
その言葉に課長は一瞬口ごもった。
「まあ確かに、敵東洋艦隊を殲滅することにはなるんだろうが。そんなこと言ったらこの国の海軍は全部東洋艦隊じゃないのか?」
「その辺は言葉の綾ということで…」
課員はそこで軽口を打ち切った。
「まあ、楽しそうなのは何よりだ。もう少し、状況を勘案してほしいところではあるがな」
「ところで課長」
「どうした?」
「ここを見てください」
課員が指さした画像は、何回も処理を通したものである。指さした先には、水柱の手前の海面に黒い影を映していた。
「この黒い影がどうかしたのか?」
「これ大きさとしては100m前後なんですよ。100m前後の大きさの軍艦なんて大型のミサイル艇か、潜水艦でしょう。、ミサイル艇がこんな海洋のど真ん中にいることはまずないですから、こいつは潜水艦ということになります」
「そうだな」
「それでもってですよ、国防海軍が現在支援を行っているアメリカ海軍艦艇の中に、潜水艦は1隻も含まれていないんです」
「そうだねえ、国防海軍が嘘ついてなけりゃそうなる」
興味のなさそうな声で課長は言った。ただ、その声とは裏腹に、目には光が宿ったようだった。
「真面目に聞いてください。潜水艦が数の中に含まれてないとなると、その潜水艦の行方ってどうなっていると思います?」
そもそも、空母打撃群に数隻の潜水艦がついているのは当たり前であるから、課員がこの1隻だけを問題にしているわけではないことは課長にもわかった。
「まず、逃げたっていうところじゃないのか?さすがに、水中にミサイル打ち込んだわけじゃないんだからな。それに、実験の影響で、海水が攪拌されて、潜水艦が探知できる状況じゃないだろう」
その言葉に、課員ははっとした。
「なぜ逃げたんでしょう」
「それを考えるのが我々の仕事だ」
あーあ、仕事増えるなぁと課長はのたまいながら、外回り用の服を引っ張り出した。
「どこいくんです?」
暗に仕事ちゃんとして下さいよと匂わせながら課員は尋ねた。
「情報局の衛星センターに行ってくる。昼休み前には戻る」
手をひらひらと降って課長は部屋を後にした。