今日も暮れ行く
「まあ、最後のやつで決まりだな」
立見統合幕僚長は言った。
「そうか。それ以外の人間もなかなかできた連中ばかりのように思えたんだが、何かピンとくるものでもあったか?」
明石情報部長は服を整えながら、先程、黒木陸将補がしたようにソファーに座り込んだ。
「他の連中は、硬かったからな。まず、不満そうな顔をして見せた。これは及第なんだが…」
そういいながら紙コップに冷や水を継いでいた幕僚長は、情報部長の前にコップを置くと、自分は情報部長の前に座った。
「口には不満を出さなかった。これは組織的にはいいことでもあるが悪いことしかもたらさない」
そうだな、と情報部長は頷き、コップの水を一口飲んだ。
「いくらできる連中でも、上に立つ人間に対して明確な拒否ができるような人間ではないといかんからな。そうでなければ、藤枝君の後釜は任せられんよ…。おっと」
その言葉に情報部長は目を剥いた。
「まさか、今年度の担当は藤枝か?!」
「すまん、今の言葉は忘れてくれ」
ひらひらと手を振って、統合幕僚長は今の発言を取り消す風をした。
「まあ、あの不遜な態度、鼻につくような嫌味、役に立たないがいるだけで勝手にやってくる幸運、思い返すと、ふさわしい人間ですな」
情報部長は一人でぶつぶつとつぶやき、その前に座っている統合幕僚長は、しまったという顔をした。
「まあ、君はその道はもう閉ざされた人間だからな。表の裏の人間として頑張りたまえ。それに、藤枝は所詮つなぎだ。もうそろそろ、後進に道を譲ってもらわんとな」
しまったという顔のまま、統合幕僚長は言い訳がましいことをした。
「表の表の人からそう言われても実感がないよ。いつになっても、表にはなれない身は悲しいがな。しかし、藤枝にはすぐにでも辞めてもらいたいものだが」
その時、部屋の扉がノックされた。
「失礼します。おや、情報部長、こんなところで何しているんです?」
入ってきたのはよりにもよって、藤枝海上幕僚長だった。
「立見さん。第8艦隊の件で報告に上がりました」
「で、何だ」
ソファーから身を浮かせると、統合幕僚長は執務机の前の椅子に腰かけた。その前に、藤枝海上幕僚長が立ち、その様子を情報部長は、コップの水を飲みながら横目で見ていた。
「現在進めている、アメリカ海軍の人員救助ですが、救助した人員を、一時、南鳥島に移送しようと考えています。ついては、南鳥島基地に収容した乗員をアメリカに送り返すためにも、南鳥島の海軍航空隊の基地に、アメリカ海軍もしくは空軍の航空機の着陸許可を出していただきたいのです」
「それは無理だ」
海上幕僚長の要請を、統合幕僚長は一蹴した。
「そんなことは許可できないというのは藤枝君、君もわかっているでしょう」
この状況下で、関係が良好とも言えない状態である、アメリカの軍用機を国内の飛行場に着陸させるというのはできたものではない。帰りに乗員を乗せていくのが本当だとしても、行きに何を積んでくるのかわからないため、そのようなことは論外である。何しろ、南鳥島には、日本の戦略国防の要となる、ミサイル基地があった。
「それでは、第8艦隊の一部を、グアムまで送ってもかまいませんか」
「外務省に確認を取りたい。しばし待ってくれ」