剣に影の失せるまで
午前4時 国防省
国防軍の初動が終わり、関係部署は一段落した。
関係していなかった部署は、上を下への大騒ぎだった。特に、情報部で早期警戒に当たっていた部署は天地がひっくり返ったような騒ぎになっていた。
「何かわかったか?」
「いえ、何もわかりません。直前まで世界各国の戦略部隊に動きはありませんでした」
「核を保有していると思われる国に動きは全くなかったのか?」
「北アメリカ合衆国、北ユーラシア独立国家共同体、東アジア人民共和国、インド共和国、ヨーロッパ共同体、アラビア連邦の核保有を公言している何れの国にも動きは全く見られませんでした。現在、各国に駐在している担当者にそれとなく探らせています」
この発言に、早期警戒担当の班長は溜息をついた。
「どこの国からの攻撃なのかわからん限り、警戒するべき相手もわからん。それはそれとして、この件は、あと2時間と少しで別の部署の案件になる。それまでにレポートをまとめてくれ」
「わかりました」
釈然としない表情で、班員は作業に取り掛かり始めた。
首相官邸
「聞いてませんよ、そんなこと!!」
首相官邸では、総理の怒号が飛んでいた。
「ですから総理、作戦の実行前に、十分にブリーフィングを行いました。その際、あなたは『結構です』とおっしゃった。そして、作戦に判を押し、閣議決定したわけですよ。今さら、悪質な冗談はやめてください」
淡々と総理に状況報告をしているのは、立見統合幕僚長だった。
「しかし、国防軍の当初の予定では、アメリカ軍に被害は出ないと言っていましたね。それが、どうして、全艦に甚大な損害を与えるという結果になるのですか」
「誰もそんなことは言っていませんよ。『アメリカ軍の足止めを目的とする』と作戦書には記載しましたがね。足止めをする以上、損害を出させることになるのは当たり前です」
いけしゃあしゃあと統合幕僚長は言い放った。
「しかし、このままでは、アメリカからの抗議が無視できるものではなくなりますよ。その点がわかった上での行動ですか?!いえ、わかっていましたよね。そうなることもわかった上での作戦でしたから」
「それまでわかっていらしたら、今回の作戦も拒否なさることにすればよろしかったのでは?そこで拒否しさえすれば、このようなことにはならなかったとはいかなくとも先延ばしくらいはできたと思いますがね。ま、仮定には何の意味もありませんな。総理、国防軍としては、アメリカに対する事後処理を要求するとともに、東亜共和国に対し、軍事挑発をやめる旨を外交ルートを通して、申し入れることを要請します」
色を成す総理とは対照的に、統合幕僚長は冷静な表情を終始続けた。
「…まあ、起きてしまったことはしょうがありません。しかし、今日開かれる安全保障委員会で説明責任を果たしてもらいましょう。あそこでは、ここで言った強弁は通りませんよ」
「まあ、それは、担当者に頑張ってもらいましょう。さっき要請したことはやっていただけますね?」
総理の陰険とも取れる嫌がらせに対して、統合幕僚長は、気にしないふりを決め込むことにした。そして、わかりきった答えの帰ってくることを予期して、ダメ押しをした。
「……いわれなくともやっていますよ。すでに、アメリカには大使館を通じて、東亜共和国に対しては、私が直接、国家主席に電話で伝えました」
総理は、当てが外れて、不機嫌そうな顔をしながらそう言った。
(となると、あとは国会か。そうはいっても松田先生もいるし大丈夫だろう)
統合幕僚長はそう思いながら、首相官邸を後にした。