栄えある若桜
勇は、翔を待っていた。
大介と、高司が下校したのは確認したのであるが、翔が下校してきたのは、その30分後だった。
「翔、どうかしたか?」
「いや、何でもない」
翔は、勇を怒鳴りつけたい衝動を抑えながら答えた。
(勇が悪い訳ではないから、性質が悪いんだよなあ…)
そう思って、納得しようと思った。
が
「どうせ、俺の所為なのはわかっているんだが…。どうせ、あの強引な委員長あたりに絡まれたんだろう?」
はっきり図星を指された。
ここまでくると、全て言ってしまうことが良い様に思われた。
「そうなんだがな…。矢張り受ける気はないのか、勇」
「お前な…、殺し合いをこの年で経験してみろ。これに慣れた自分に恐ろしさすら感じる」
「そういう訳にもいかないのはわかっているだろう。そんなことをしなければならない理由はお前の家関係というのもわかっているが…」
「兎に角、今は、やる気になれない。これでいいな」
勇は、何故翔が遅れたのか察した。これ以上我儘を、翔に無理させてでも通そうという気にはなれなかった。
「まあそれでいい。時間もないから、市ヶ谷へ急ぐぞ」
「ああ」
さすがに、翔もこれ以上の無理強いは、勇には、言えなかった。
一時間後
守衛に案内されて、2人は、国防省の建物の中にいた。
案内された先は、統合幕僚幹部会議室であった。
中に入ると、30代と、50代ぐらいであろうと思われる男たちがいた。
50代の方は軍服であったが、30代の方は、平服である。
「掛けたまえ」
軍服のほうから声をかけられて、2人は、机の反対側に座った。
「統合幕僚長の立見定則だ。こっちは、装備開発局設計部第四課長の秋草満君だ。君たちは、大河内翔君と、只見勇君でいいな」
「はい」
「さて、君たちが今年度の高級将官レベルの高校生入省者になる。その前に確認がある。もし、君たちに、情報レベルを与えない場合、君たちの情報レベルはどうなるのか」
「自分は、03Aです」
「自分は、03Bです」
翔、勇の順で答える。
「では、2人共問題はないな。入省前で申し訳ないが、これを見てほしい」
「これは…」
「これは、朝鮮半島南部の馬山を撮影したものです」
秋草といった男が説明する。
「撮影が行われたのは、今から12時間前、これを見て、率直な意見を聞かせてほしい」
冒頭から不穏な雰囲気である。と言いたいところだが、写真には、ごく普通の状態の軍港しか映っていない。
「12時間前の写真だとすると、今頃アメリカが騒いでいます。どこかの海域に、東アジア共和国(中国が、朝鮮半島と、インドシナ半島北部を制圧してできた国家)の2個艦隊が出撃したということになります。ただしこの写真が正しいと想定しての話ですが」
翔が答える。
「どちらかというと、そもそも馬山にこんな数の艦しかいないことがおかしいです。地形も違います。今までの写真を、どこかの地形と合成したものではないでしょうか」
その後に勇が答えた。
机の向こう側から厳しい視線が飛んでくる。
「それは衛星が撮影したものだ。偽物ではない」
「では、衛星が壊れているのでしょう」
机の向こう側から、高らかに笑い声がした。
「素晴らしい。さすがだな。今まで、それについて、偽物だと見破ったやつなかなかいないぞ。よろしい、
大河内勇、統合幕僚監部統合運用部長補に任命すると同時に第5独立即応旅団長に任命する。階級は、将補相当とする。
只見勇、装備開発局設計部第四課に配属する。ただし、平時より、大河内将補の補佐を命じる。階級は、一佐相当とする。
以上だ」
写真は質の悪い冗談だったらしい。
こうして、二人の任命式が終わった。