士気は地に落ち
海上幕僚長室
「今の電話は誰からだった?」
「横井情報副部長でした。何か焦ったような声色でしたが大丈夫なんでしょうか。電話口から大きな音も聞こえてきましたが…」
「どうせ、明石君が癇癪を起しているだけだろう。すまないね、こっちもちょっとごたごたしているんだ」
「は、はあ…」
この部屋には3人の人間がいた。
藤枝海上幕僚長、横尾美穂海将補、大河内第5独立即応旅団長である。
「まあ、さっきの続きだがさっき言ったような理由で、そちらの部隊の支援ができるようになった。その点を考慮して、作戦を練り直してもらいたい」
先ほど電話で翔はこの部屋に呼ばれたのだが、唐突に増援の話をされて戸惑っていた。
「作戦担当の幕僚と相談しなければなりませんので…」
「それはそうだろうが、時間も限られているのでな、早めに頼む」
そして海上幕僚長が話を切り上げようとした時だった。いきなりドアが開いて、1人の男が飛び込んできた。
正確に言うと、1人の男が2人の護衛を引きずって、部屋に入ってきた。
そして開口一番にこう言った。
「藤枝!貴様、何を企んでいる!ネタは上がってるんだぞ」
入ってきたのは、明石情報部長だった。
「人聞きの悪いことを言うなよ」
当然のことを言う海上幕僚長に、情報部長は言い返した。
「人聞きの悪いことをしようとするから、電話にも出ないんだろうが!」
「まあまあ、落ち着いてください」
翔は間に挟まれる状態になってしまったため、必然的に、いきり立つ情報部長を止めざるを得なかった。
「君にも関係のあることだ、止める必要はない。藤枝、説明はしてもらえるんだろうな!」
興奮している情報部長に対して、海上幕僚長は落ち着いた声でいった。
「ただ単に、護衛艦の都合がついただけなんだが、それを活用しちゃいかんのか?」
「都合が良すぎる、なぜ今頃都合がつく?」
「各地方に分散配置している艦隊から、少数艦を選定し、1個艦隊として扱うだけだ。本来通りの編成ではないから、自由に動かせる1個艦隊を持ったわけだ。指揮系統は、海上幕僚監部の直轄としようと思っている」
海上幕僚長は説明になっていない説明をした。
もちろん、話をはぐらかされたことを情報部長が感じ取らないわけではなかった。
「いい加減にしてもらおうか、そんなことはいつでもできるし、4年前に安全保障委員会で提議されたこともある。今ごろまでかかる理由はない」
「…事務処理に手間取っただけだ。努力はしたんだがな」
のらりくらりとかわし続ける海上幕僚長に対して、もう追及する気も起きなくなったのか、情報部長はソファーに深く座り込んで天井を仰いだ。
「藤枝海上幕僚長、情報部から何も言うことはありません。しかし、確約してほしいことがあります」
そして、非常に真剣な顔つきに戻ると、口調をガラリと変えた。
「何だ?」
「当面の間、そうですね…3ヶ月程度は静かにしてもらえませんか。もちろん、そういう意味ではありませんからね」
「…言っていることがよくわからないが」
「どこまでもしらを通すならどうぞ。ただし、警告はしましたからね」
情報部長は意味ありげな言葉を言うと、応接用においてあった菓子をつまみとって、そのまま出ていった。
あとには呆然としているものが1人、無表情のものが1人、泰然として余裕をかましているもの1人が残された。