泥濘遥か
勇は装備開発局設計部第四課にいた。
「課長、説明していただけませんか」
「知らなかったか、その話?」
「聞いてませんよ、こんなこと」
「聞かなくとも知っていると思ったのだが」
「自分が所属しているところが全知の組織であっても、自分が全知なわけではないですから」
そこのところをちゃんと考えてくださいと発言をつづけた。
そして、その課長である秋草満に、国防省内の派閥争いについての説明の要求をしていた。
「どこまではわかっているんだ?」
「強硬派と穏健派がいて、強硬派が海軍の若手を中心に勢力を伸ばしているといったところまでです」
正直に勇は答えた。
「その解釈で大方はあっている、が足りない部分もあるな。まず、強硬派と目されている大本は、海軍のOBOG会にある。これが、現海上幕僚長へ圧力団体として働いている。そのせいで、海上幕僚長は強硬派よりの行動をとらされている」
「それは初耳です」
実際には、護から渡されていた文書で、OBOG会が圧力団体になっていることまでわかっていたが、そのことも知らないふりをしておくことにした。
「海軍はそのために強硬派よりの行動が多い、とこんなところだ」
「それが何でまた、血腥い話に飛ぶんです?」
「4年前にちょっとした噂が国防省内で流れてな、その噂の内容が強硬派がクーデターを起こすという内容だったらしい」
「らしい?」
勇は課長の言い回しに違和感を覚えた。情報を裏で取り扱っている以上、確実な情報でないものは多々あるが、そこまでよろしくない情報が原因になって、今の状況が引き起こされるとまでは思えなかった。
「実際はどうだったのかということが誰にもわからないということだ。その噂が流れたことをもとにして、立見統合幕僚長は当時の海上幕僚長を更迭した」
「なぜ海上幕僚長を?」
勇には大体の予想はついたが確認のために聞くことにした。
「彼が強硬派の筆頭だったからだ。そして、クーデターの話は、彼の更迭で鎮静化した」
「しかし、なぜ今頃になってその問題が再発するんです?」
「もちろん、クーデターの話は沈静化したが、強硬派が国防省内から一掃できたわけではない。少なくない人数がそのままの地位で国防省内に残った。そして、昨今の情勢不安が重なった、というところだと考えている」
納得のいく説明であったが、勇には納得のいかないことがあった。
「経緯はよくわかりましたが、強硬派の意見にも一部理解できる内容があるのでは?」
その問いに、秋草課長は険しい表情になって答えた。
「絶対に許してはならない主張を彼らが根幹に持っているからだ」
「それは何です?」
「非常事態に軍が国家を統制できる『戒厳令』の法的根拠の成立と、積極的攻勢の認可、この2つだ」
大変な内容であった。
「憲法違反じゃありませんか!」
「まったくその通りだ。それよりも、俺は君に遵法精神があったことに驚きを感じるな」
そのことを課長は肯定し、さらに勇をからかった。
「違いますよ。自分は他人が法律に違反しているのが嫌いなだけです」
「他人に厳しく、自分に甘く、か。一番最悪な奴だな」
課長も苦笑いして応じるしかなかった。