霞か雲か
会議室の乱闘が終わった頃、統合幕僚会議に所属する黒木は、統合幕僚長の命令で、議員会館に来ていた。
「黒木君、話には聞いていたがなかなかすごいものらしいじゃないか」
「ええ、これが本当ならばその通りなんですが」
黒木陸将補が話している相手は、只見護だった。
「まあ、国益にはかなうね、しかし、野党を説得するのは難しいだろう。特に、第一段階の時点は厳しいものがある。与党内にも反対の声が上がるとみていい」
只見護は、無表情にその話を聞いていた。
「そこを先生のお力でどうにかして頂きたいと、統合幕僚長から言づけられておりまして…」
黒木は国防省内にいる時よりも低姿勢である。
「安全保障委員会に所属しているメンバーに対しては問題ないさ。そもそも国粋主義者の集まりだからな」
「松田先生に関しては、我々のほうから担当者が先に説明に向かいまして、了承を得ています」
「あいつが反対するような議案は絶対に通らないからな。ま、この内容であいつが通さないということはないだろう」
只見護が苦笑し、黒木もそれにつられて笑う。
「先生の賛成が得られれば、大船に乗ったつもりです。今後ともどうか」
「ああわかっとるよ。ただし、わかってるな、君たちの越権行為は問題になる。ただでさえ、私に会いに来ることが問題になるんだ。私はいいが、君たちが困ることになる」
「その所は、統合幕僚長に伝えさせていただきます」
真面目腐った顔で黒木が返答し、只見護は再度苦笑した。
「伝わってないのか、はたまた、その危険を冒してでも賛成票を得たいのかがこの頃はよくわからん。ああそうだ。一つ教えてやる。この作戦そのものに問題はないが、総理大臣が、情報調査局からすでにこの話を聞いていてな」
この話を聞いた途端、黒木は驚いたような表情をした。内心としては、それほど驚いてはいなかったが。
「本当ですか」
「ああ、それでだ。作戦の概要の報告を受けたらしいが、一か所問題があると、報告の際に指摘があったらしい」
しかし、この発言には気分を害さざるを得なかった。一応作戦の立案に深くかかわった身分である。顔もそれとなしに厳しいものとなった。
「いったいどこです」
「問題の第一段階だ」
「どこが問題になるんです。それは、アメリカを刺激することになりますからというのは理解できますがね」
「問題は、その先にある。第一段階を終えた時点で、国防軍としては、アメリカの太平洋艦隊にどうなっていてほしいんだ?」
「それは…」
黒木は言いよどんだ。防諜の関係上、このことが洩れてしまえば、国際問題の火種にもなりかねず、それ以上に、日本にとって、戦術的に不利になるためである。
「この部屋に盗聴器はない。あと、この話はどうせ実行した後にはわかる」
「……ここから先は内密にお願いします。軍機を漏らしたものがどういう運命をたどるかわかっていますね」
この部屋に来て最も深刻な顔で黒木は要請した。
「そこは守る」
「国防軍としては太平洋艦隊が1週間程度その海域に釘付けになるような被害を与えようと考えています」
「それが、国防軍の意思ということでいいな」
只見護の念押しに、一瞬背筋に悪寒が走ったように黒木には感じられた。
「はい」
そして、その悪寒は、悪い事実の前兆であることを悟った。
「内閣情報調査局から、国防軍が新兵器を過小評価しているという指摘があったそうだ。第一段階をこのまま実行に移した場合、アメリカの太平洋艦隊は全滅、環太平洋のパワーバランスを大きく崩すことになるだろうということだ。過小評価している件は、第三国の諜報機関が関わっている恐れがあるということだった」