駿雨一過
同じころ国防省長官室
「長官、『神雷作戦』の許可をお願いします」
「しかしな、立見君、この件は下手をするとアメリカを刺激することに…」
「そこは未練を断ってもらいたいのです。アメリカは、日本の純然たる支援者でありましたが、今ではもう違うのです。そこのところを、総理にもよろしくお願いします」
「まあ、私は、許可を取り、責任を取るだけだ。あとは、君たちが上手くやればいいからな」
「よろしくお願いします」
「うむ、わかった。ただし、あくまでも決定権は、総理と国会にあることを忘れるなよ」
「それも承知しております」
「よろしい。君のほうから只見さんのほうには根回しを頼む」
「わかりました。では失礼します」
数分後、第5独立即応旅団の使用していた会議室は混乱を極めていた。
会議に使用していたパイプ椅子が散乱し、机が倒れ、正面にあったはずの演壇は会議室の隅のほうに押しやられていた。
事の発端は、会議室で上がった勇と翔の能力に対する疑念であった。
その発言に対して、勇の堪忍袋の緒が切れ、実力を見せるという話になった途端にこのような状況になったのであった。
翔としては誰が発端で事を起こしたのかはわからなかった。
気づいたときには、勇が、近づいていた陸軍の軍服を着た者につかみかかっていたのであった。
止める努力をしようとはしたものの、勇の実力をわかっているため、自分では止められないことに気付いた。
そして諦めて、早々と机の下に避難していたのである。
机の下といっても、避難している者の数は少ない。それだけの人数が勇と揉み合いになっているということであった。
机の前を誰かが横切った瞬間に、翔はその足を掴み、机の下に引きずり込んだ。すでに、金属と金属がかち合うような音がしていた。手遅れになったかと思いながら翔は尋ねた。
「いったい、今どうなっているんだ?」
「そんなことぐらい自分で確認しろ」
「一応、君らの上官なのだが」
「それに相応しいかどうかを確かめようっていうんだよ。せいっ」
引きずり込む相手を間違えたと思いながら、翔も、揉み合いに巻き込まれることになった。
机の下である。動ける範囲も狭く、逃げると、もっと酷い目にあいそうであった。
殴りかかってきた相手に対して、適当にいなしながら、翔は相手に尋ねた。
「で、なんでこんなことをしようと思ったんだ」
「そんなことは、この状況が終わってから聞け。今は答える気にもならん」
いなされた体勢のまま、相手が体ごとぶつかってきた。机の脚を握り、それに耐えながら話を続ける。
「既に、上は刃物を使っている気がするのだが」
「そんなことは当たり前だろう。それぐらいでやられるような上官なんか頭に抱いた日にはえらい目を見る」
机の下で、柔道を仕掛けるような体勢を取り、お互いがつかずはなれずといった体勢に移行する。
「ん、周りも落ち着いてきたようだが…」
「大方、あんたの副官がやられたようだな。ま、これだけの人数に、善戦するとはよくやったほうだが。つまり後はあんただ、け、だ…」
翔がひょいと机の下から顔を出した時、立っていたのは、傷一つない勇だけだった。
「勇、ケガさせたやつはいないか」
「そりゃ無理だ。全員、全治4日といったところだ。そういうわけだ、残っているのは貴様1人らしいがどうする?」
勇が尋ねる。もう、残りの1人は首を横に振るしかなかった。