武窓に深き
同時刻 沖縄本島西方沖 国防海軍所属哨戒飛行艇「P-5S103」
「現在、目標X、Y及びZ、何れも本機の西方100kmを針路0-0-5、速度20ノット、深度200で進行中。機長、X、Y、Z全て、生体兵器と考えてよろしいと考えます。この深度をこの速度で静穏航行する艦艇はあり得ません」
「よし、警戒態勢を1つあげ、周辺空域に不審な航空機がないか確認せよ」
「周辺に機影等見受けられません」
「基地司令部に目標の現在位置、針路を知らせ」
「了解」
「さて、鬼ごっこの続きと行こうか」
「どっちが鬼かわかりゃしませんよ」
機長の冗談に機内の緊張が少しだけ和んだ。
1時間後 国防省国防軍情報部早期警戒課
円卓の周りにパイプいすを並べて、数人が頭を突き合わせていた。
「現在東亜共和国海軍及び陸軍に目立った動きはありません。南西諸島近海において、生体兵器の活動が活発になっていることが気になりますが…。差し迫った脅威とは断定できません」
「空軍に関しては、防空識別圏への侵犯が繰り返されていますが、特筆に値するような事案ではありません」
「根拠地にも何か動きはないのか」
この集まりのトップと思われるものが口を開いた。
「東亜共和国海軍の寧波軍港において揚陸艦5隻が停泊しています。衛星写真から推定するに、現在、車両の積載を終えている状態だと考えられます。また甲板上に、多数のヘリコプタが確認できます。しかしながらこの状況が3日ほど前から続いているため、衛星写真だけではいつ動き出すかは不透明な状態です。内部協力者の情報を本官は得られないのでわかりませんがそれがあるとすれば必要になります」
「わかった」
男は報告を聞き終えると、部屋から出て行った。
2分後 国防省国防軍情報部外務課東亜共和国班
「早期警戒課によると東亜共和国の動きは依然不透明であり、何もわからないということだった。君たちに、これを補完する情報はないか」
先程の男はまた別の部屋にいた。
「コード『ナガナキ』からの情報によると、現在は、装備品だけを揚陸艦に乗せて待機状態だということです。行動開始日時は今もって決定されていないということです」
「それを裏付ける情報も、『テナヅチ』、『カグツチ』から入っています」
「やられる前にやれ、か…」
小声で男が漏らす。
「何か言いましたか?」
「いや何でもない」
話を切り上げて、男は部屋を後にした。
「以上のことより、『神雷作戦』を早期に決行する必要があると考えます、明石部長」
「『神雷作戦』か、そんな名前になったのか。確かに神雷ではあるな。よろしい横井君、下がってよし」
「失礼しました」
先程の男は国防軍情報部副部長の横井明久であった。情報部の中でも、部長の信頼も厚い男である。
「このことは、幕僚長に急いで報告すべきだな」
1人残った部屋の中で明石情報部長はつぶやいた。その机の上には、作戦決行日時が書かれた作戦書があった。
その1枚目にはたった2文字が書かれていた。「東征」の2文字であった。
「しかし、うちよりもかなりいい腕をしとるな…。Y機関のことは素直に喜べんな」
明石情報部長の独り言を聞くものは誰もいなかった。