風雲急を告ぐ
1時間後、翔と勇は国防省を出て家路についていた。
前回は、この途中で襲撃があったわけだが、今回は何事もなかった。
試験機を活用するという提案をした後、2人の間で大激論になった。
只見は試験機を使用することそのものに難色を示し、大河内は実戦試験と言い張り、議論が平行線をたどったのである。
結果的に、また明日話し合うということに落ち着いた。翔はそのまま間借りしているアパートに向かったものの、勇はUターンして国防省の建物に戻って行った。
そして、装備開発局設計部第四課の扉を叩いたのである。
「失礼します」
「おう、どうした」
また、秋草課長しかいなかった。これで周囲から、普通の部署と思われているのだから、驚くほかない。
「例の書類を持ってきました」
「例の書類?」
「生体兵器の情報評価です」
「ああ、あれか。そこの机の上に置いておいてくれ。…そうだ、上のほうから連絡があった。もう、開戦は避けられないらしい。それを念頭において行動せよという話だ」
「それなんですが、1日ほど開戦を遅らせることはできませんかね」
「ないことはないが、どこかの国と関係の修復が難しくなるな」
「それは何です」
「東亜人民解放軍のメインサーバーに攻撃をかける。我々がするのではなく、どこか第三国の国のパソコンからさせる」
「案の一つとしては、考えていましたけどね…」
「まあ、この案の実行は難しい。国際的な同情を集める必要があるときに、この方法だと邪魔にしかならないからな」
「そういえば、『マルと』の試験がありますよね、『マルと』の資料はありますか」
「どうして君がその心配をする必要がある?まあいいが…ほら、国防省が持っているのがこっち、文部科学省が持っているのがこっちだ」
渡された資料を読んで、勇が確信したことがあった。
「前回の統合幕僚会議で、『マルと』の説明があったのですが、その説明に疑問を覚えまして」
「何だ」
「自分が、開発側の資料を読んだ時と、装備開発局の説明が食い違ったんですよ。開発側が正しければ、国防省は威力を過小評価していることになります」
「何だと!」
「文部科学省のほうには、特許の関係上、開発側の資料がつけてあるのですが。ほら、これを見てください」
そこに書かれてあった数値は、「100kgで、広島原爆1発分に相当する」であった。
「待った、現在の艦対艦ミサイルの弾頭重量は250kgだったな。つまり、威力は1発で広島型原爆の1/20ではなく、2.5発分ということか。単純に考えて威力は10倍、影響を及ぼす範囲は、2倍といったところになるのか。…まずいぞ、非常にまずい」
「どうしたんです」
「実は、今回の試験は作戦行動でもある。合衆国の機動部隊が、出張ってくるということは聞いているな」
「はい」
「この部隊を、釘付けにするためだけに今回の試験が組まれた。試験そのものについては、向こうにも知らせて得るからこれといった問題は何一つないが」
「では問題ないのでは?」
「問題は出されている命令だ。封書命令だが、複製がここにある。俺の手書きだが」
「拝見します」
そこに書かれてあった内容は、「機動部隊に対し、周辺5kmのラインにむけて発射せよ」であった。
つまり、この封書命令のままでは、機動部隊が釘付けではなく、消滅させてしまう可能性があった。