分け入る底は
「畑中さん、説明してください」
畑中がそっちを向くことはなかった。
「御曹司、世の中には知るべきことと知るべきではないことがあるんだが。それを頭に入れておいてくれないと困る」
「そんなことはわかってる」
翔にしては、らしくない言い方で、反応した。
「それなら、この質問は当面答えられんよ。いいか、あんた1人の体じゃないからな。その頭に400人の命がかかっていることを自覚しろ。あと俺が嘘をついたことがあるか?」
「…」
「わかればよろしい」
一方的に言い負かされてこの場で聞くことはあきらめるしかなかった。
「後でちゃんと聞かせてもらえるんでしょうね」
「それはこっちの顔にかけても保証する」
勇が割り込んできた。
「お前の保証は当てにならん。それに今は相手が違う」
それに対して、翔はバッサリと言い切った。それほど翔が落ち込んでいないことを確認した勇は、それ以上何も言うこともなくニヤニヤした表情で黙った。
「そうだ、お前を呼びに来たんだった。用件は終わったようだな、今すぐ戻るぞ」
その表情もすぐに引き締まった。
「何か急ぎの要件でもあるのか」
「明後日に何をしなければいけないのかもう忘れたのか。あれの準備はやっているのだろうな」
「そのことか。何の問題もないよ」
「何の問題もないというのはどっちの意味だ。本当に大丈夫なのか、しなくても良くなったということか」
「まあそこは一般的に考えろ」
翔の追及を勇がのらりくらりと交わしていた。痺れを先に切らしたのは翔だった。
「お前今がどういうときか考えてみろ。非常時なんだぞ」
「おいおい、今は日中戦争の真っ最中かよ。広田弘毅じゃないんだから。あ、そうなりそうな時期だったな」
「冗談はいい、とにかく戻るぞ。畑中さん、大石さん、今日のところはお疲れさまでした。またお世話になります」
お礼を形だけ言って、勇の襟を引きずるようにして翔は飛び出した。
国防省の建物にたどり着いたのは、17時を過ぎたころだった。
「さて、勇、まずは、人数だ。いったい何人ほど呼び出すつもりなんだ?」
これ以上一刻も猶予も無駄にできないと感じている勇にとって重要なことであった。
「まあ、各学校から1人ずつ出すとして、まず9人だな。それに、陸海空の要素も考えると、14人程度になるかな」
「そうだな。そのあたりが妥当なところだろう。今回は空軍が参加できないことを加味すると、今回招集する人数はどうなるんだ?」
「11人だな」
「後は個別に分けて連絡か。文面は今日中に完成させて、明日の〇六〇〇には、通知しておくようにしろ」
「了解。ところで、この話をしているということは、作戦案は認可されたということでいいのかな?」
「ああ、全く持って自分のおかげじゃないがな。統幕長が強く後押ししてくれなかったら立ち消えになっていたところだ」
「まあ運がよかったと思おう。戦争になるのか…いやだね…」
「売った戦争じゃなく買う戦争だからな。しょうがないさ。パットンも言っているだろう。『国のために死ぬのではない、国のために死にに来た者たちを殺しに来たのだ』」
「まあその通りだな」
「そして今回の作戦で一番難しいところは、死者を1人も出してはならないということだよ」
「重傷者が2桁に上っても、だな。全く、戦力にもならない部隊が分水嶺に登るのかよ。あまり洒落にもならんな」
2人の作戦目標は、大きく2つあった。1つは、東亜共和国の撃退、2つ目は、味方の損害をほぼ0にすることである。