狂瀾山と沸く
雲行きの怪しかった会議から解放され、翔は執務室に戻っていた。
別段することがあるわけでもなく、今まさに学校で進んでいるであろう授業部分の勉強をすることにした。
数学を解いているときに、翔はランチェスターの法則を思い出した。この法則は戦争における戦闘の優位性を数理モデルで示したものである。
(この法則は、戦略AIの基幹的な法則だからな。ここのシステムがいかれていたら優秀なAIもどうしようもないものになるということだったな)
ふとそんなことも考えながら、その考えを振り払うように数学に没頭した。
それほどの量があるわけでもなく、教科書の第1章を終わらせた。ふと時計を見ると、16時を回っているところだった。
(そういえば、まだ勇は戻ってこないのか?全く…明後日の準備もあるというのに、どこで油を売っているんだ)
心の中で勇を愚痴りながら、翔は端末に手を伸ばした。勇に連絡を取るためである。
しかし、勇からの返信はいつまでたっても来なかった。勇が、翔の連絡を無視することはほとんどありえないことであったので現在何らかの理由で、連絡を取れないところにいるのではないかと考えられた。
(国防軍から支給された通信機材の通信すら遮断されるような場所というのは限られているからな。可能性としては、……Y機関か)
調べ物があると言ってどこかへ行ったことは間違いないことであったので、最も可能性の高いところは、そこしかなかった。Y機関は大河内総合研究所に国が委託して作った機関であった。その存在を在野にいる者で知っている者は少ないが、その例外のうちに翔もいた。重ねて言うならば、すでにその活動の手助けをしていた。
(早く戻ってきてくれないことには何もならないからな。偶にはこっちから出向くのもありか)
することも無く、暇であったので、翔も大河内総研の本部ビルに行くことにした。
国内有数の総合研究所の本部ビルに入ると、厳重なボディーチェックを受けている横をそのまま通り過ぎ、そのままエレベーターに乗り込むと、カードキーを差し込んで通常の手段では辿り着けない地下のサーバー室に向かった。そこに、目的の人物はいた。
「やあ、翔、今来たのか」
のんきそうな声で、本人は、馴れ馴れしく声をかけてきた。
「勇、お前はずっと何をしていたんだ」
こっちは大変だったんだぞと声を続けようと思ったが、周りの面子を見まわして、喉でその声は止まった。
Y機関の実質的なトップを務める畑中和幸、事実上のナンバーツーであり、凄腕のハッカーである大石文をはじめとして、5人の職員がその周りに立っていたからである。
「…何かわかったのか」
「翔、今は何も答えられない。この紛争を乗り切ったら答えられる」
「まあ分かった。念のために聞いておく、一体何について調べていたんだ?」
「OJINについてだ。正確に言うならば、その開発者についてだな」
これ以上尋ねても何にもならないと思った翔は、矛先を変えた。
「畑中さん、一体どういうことです」
勇が、目で制するよう言っていたが、翔にやめるつもりは毛頭なかった。