西方の妖雲
作業を始めたものの、その日のうちに終わるわけもなく、2人はそれぞれ家路についた。
勇が家にたどり着いたのは、間もなく、日付をまたぐような時間だった。
家にたどり着いたときには、家に起きている人は誰もいなかった。父の靖も、自室で眠りについているようである。
かなり遅い夕飯にしようと、リビングの机の上を見ると、何やら紙に印刷された、書類が置いてあることに気付いた。
一枚目に、マル秘と大きく書かれている。なんとも大仰な書類だった。作成者の欄にYとだけ大きく書いてあった。
(Y機関の調査資料というわけか。この時期ということは、東亜共和国がらみの何かか?)
次のページに目を通すと、そこに書かれていたことは、きょう翔と話し合ったことと殆ど同じだった。
(まあ情報の裏付けが取れたと思っておこう。特筆すべき内容も無さそうだしな)
ただ、更にその次のページを開いた瞬間に、その考えは吹き飛ばされることになった。
そのページに書いてあることは、意味不明な暗号のようなものだった。いや、暗号だった。
一見、世界各国の言語をごちゃまぜにして、乱雑に並べ直したような紙を持って、勇は自室のスキャナーに駆け込んだ。
スキャナーにプリントを読み込ませて、画像に変換したものを、これだけのために作られた処理機に通す。
そこから出てきたデータをさらに、パソコンの専用のソフトを使って、解読して、やっと元のデータが出てきた。
そこに書かれていたのは、東亜共和国の作戦要綱であった。今回の侵攻作戦は、今まで研究されてきた作戦案の一つであったということである。
しかし疑問に思われることもあった。
今頃、この資料が出てきたことである。
その思索は、打ち切られることになった。電子音とともに軍用回線を通じて連絡が入ってきたのである。
すでに遅い時間だが、急いで受話器を取り上げる。
「はい、もしもし」
「識別番号を」
電話は、相当重大な案件らしい。翔との連絡にしか使っていなかったため、重要性を忘れていた勇にとって、少々驚かされる事態だった。とにかく、伝えられていた識別番号を言う。
「32384626」
「只見一佐、明日、緊急の幕僚会議が開かれますので、8時にお願いします」
「了解しました」
通話はそこで途切れた。
(1つ目の識別番号で済んだか。大した用件じゃないな)
様々な理由で、識別番号を複数保有する自分にとって、別の意味で、それは有利に働いた。
ただ、今はそれよりも、とにかく布団につかないと、床にぶっ倒れそうだった。
朝の5時に叩き起こされて、勇は昨日机の上に置かれていた書類を持って家を出た。乱暴に起こした父を恨みながら、国防省の建物に向かう。
昨日していたことを、今日の会議前に終わらせる必要があったため、目覚ましをセットしていたのだが、起きなかったらしい。少々痛い目にあわされて、起こされたのである。
守衛にカードを見せて建物の中に入り、翔にあてがわれていた部屋へ向かう。
認証コードを打ち込み、指紋、静脈認証をして、やっと部屋の中に入る。
すると、部屋の中の、翔の机の上に書類があった。
何の気もなしにそれを見ると、紙の上に書いてあったものは、
「尖閣諸島周辺海域防衛計画(案)」
であった。