旗風の立つとき
2040年 首相官邸
「…以上が7年前の戦闘に関する内容ですよ。これを見る限り、敵には、核の使用を検討をした形跡がある」
総理大臣にあてられている部屋で、二人の男が話していた。二人きりになってから、既に、2時間が経過している。
「これ以上は一刻の猶予もない、か…。憲法で我が国は、他国を攻撃しないことになっとる。それを破らなければ、我々は苦しまなければならないのか」
「例の計画の許可をだしてくれんか」
「どうせ、私に言う前に始めているんだろう?構わんよ」
「話が早くて助かるよ、総理」
一人の男が一礼して部屋を後にした。
同日 国立原子力研究開発機構生物分室
「これは何でしょう?」
「バクテリアだ」
「そんなことはわかってます。…これだから予算も研究員も出してもらえないんですよ」
「何か言ったか?」
「いーえ、何も。それはとにかく、これを見てください」
こちらでも、二人の男が話をしていた。ただし、勤労意欲が全く見られないのが一名いるようだ。
「これねぇ…、2か月間、実験炉に放置しておいたやつか」
「はい。主任が忘れていたせいで、バクテリアも死滅するほどの放射線を浴びたはずなんですが、コロニーができているんですよ」
「耳が痛いな。藤枝君、君は、もうちょっと上司に対する態度を考える必要があるんじゃないか?」
「研究費が上がったら考えます」
「…まあそれは置いとくとして、放射能を持っているはずのケースが放射能を持っておらず、死んでいるはずのバクテリアが生きていたということか…」
「今日は金曜日ですから、来週検査に回しますか?」
「いや、今日は残れ、泊まり込みで検査するぞ」
「主任、何か空耳が聞こえたような気がしたんですが、もう一度言っていただけませんか」
「今日は残業をする」
「えーっ」
どうやら、ここで、残業は珍しいことらしい。
「何を言ってる。ほかの研究室では当たり前だぞ」
「それはそうですが、ここに飛ばされてから4年が経ちましたけど、こんなことは初めてです。まあ別にかまいませんが」
「ならいい。あと一つ、聞いてほしいことがある。このバクテリアのことを誰にも話すんじゃないぞ」
「はぁ、わかりました」
2064年 国立第一高等学校
2046年に終結した、第3次世界大戦のあと、国は、エリート養成機関として、9つの国立高等学校を建てた。
東京の立川に第一高校、
奈良に第二高校、
宮城の仙台に第三高校、
愛知の豊橋に第四高校、
新潟の長岡に第五高校、
広島の江田島に第六高校、
北海道の旭川に第七高校、
高知に第八高校、
福岡の久留米にある第九高校がそれである。
これらの高校は、各地方の成績優秀者を半ば強制的に集め、優遇された環境の中で、次世代の日本を作るリーダーを生み出すために設立された。また、国立高校に進学した中の優秀な生徒は、国防軍、もしくは、各省庁に勤務することが求められ、入学前に、出向先を決める必要があった。
その第一高校の構内を、1人の男子生徒らしき人が走ってきた。
「大河内、来てたか」
「遅いぞ、只見。式が始まるまで、後15分もないぞ。いったい何をしていたんだ?」
「バスに乗るはずだったのが、財布を忘れてな…恥ずかしながらここまで走ってきた」
只見と呼ばれた、遅れてきた男子生徒は、大河内と呼ばれたもう一人の男子生徒と一緒に歩き始めた。
遅れてきたほうの名前を只見勇、待っていたほうの名前を大河内翔という。
「……お前らしくて何も言えん。ところで、お前はクラスを確認したのか?」
「いや、まだだ」
「俺と同じ3組だ」
「それはよかった。そういやお前は、新入生代表だろう?挨拶、おぼえてきたか?」
「お前を待っているせいで、リハーサルが1回しかできなかったんだが、何とかな」
「何も言われなかったのか?」
嫌味を完全にスルーして、只見は大河内に言い返した。
「権力は便利だからな」
「それはそうだが、洒落にならんぞ…」
「気にしないことだ」
しかし、あっさりと切り返されて不発に終わった。翔は、日本最大の民間研究機関、大河内総研の一家である。大河内総研の影響力は計り知れず、政財界と太いパイプがあり、資産も莫大である。国立の高校といえど、無視できるようなものではない。
勇は、早々に話を切り上げて、入学式に臨むことにした。