体育祭前の非日常
「…それじゃあ逝ってきますね。」
「無理すんなよ。」
「わかってます…帰ってきたらアニメ鑑賞会ですよ…?」
「おう。」
誰も漢字が違うとかつっこまない、否つっこめないのには理由があった。
沙夜がガチで逝きそうな表情をしているからだ。
ナツも香織も京も藍もみんな葬式の時みたいな表情をしている。
沙夜が逝きそうな表情になっているのは、沙夜が今まさに教室に行こうとしているからだ。
今日は体育祭の出場種目を決める日だ。
事情あって必ず親が来るような行事には出ないといけない沙夜は後の事を考えて行事関連の授業には出ると宣言した。
宣言したものの、行くのは凄く嫌らしい。実際今日までの数日、沙夜は魔法陣を描こうとしたことが何度かあった。異世界に行こうとしたんだろうと藍は言っていた。
「藍…大丈夫だと思うか?」
「大丈夫なわけ無いでしょ…あの血の気の引いた顔見たでしょ…僕でも辛いのに沙夜に至っては自ら自殺行為に走ってる様なもんですよ…」
珍しく笑顔が消えた教室に、アキちゃんが入って来た。
「その様子じゃ沙夜は行ったみたいだな…一応聞いとくがお前らはいいのか?
京と藍は中高最後の体育祭だろ?行けって言ってるわけじゃないから出る気がないならあんま気にすんな。
さっきのは聞かなかった事にしてくれ。」
アキちゃんの言ったことは「体育祭なんだから行け」って言ってるわけじゃない、「行かなくても後悔しないか?」ということだ。それはここに入り浸る人間なら誰でもわかる。
聞かれた本人達に限らず俺達だってそうだ。
末っ子が今にも死にそうな表情で頑張って教室に行ったのに俺達がここでただ待つだけなのはどうかとも思う。
「いいわけないじゃないですか、なんだって高月ばっかり辛い思いしなきゃいけないんですか。
まだ授業始まって数分しか経ってないし僕は行きますよ。」
藍のその言葉にみんな頷いた、「苦しいのは今日だけじゃないけどみんな同じ苦しさを味わってるんだからいいじゃないか」。
多分みんなそう思ってる。
「アキちゃん後でミスドのドーナツな、俺ポンデリング以外認めねぇから。」
「じゃあ俺期間限定で、一番高い奴っすよ。」
「私はカスタード入ってたらなんでもいいかな~。」
「私と沙夜ちゃんは同じもので結構です、それでは皆さん行きましょうか。」
「おー、行ってこい。」
今回は珍しく文句も言わず(承諾もされてねぇけど)、見送ってくれたアキちゃん。
きっと沙夜も帰ってきたら驚くだろうな。
「うちの教室って、なんでか他のクラスより協調性とか絆とかあるよね~。」
「当たり前だろ、問題児部屋なんだからな。」
「朔、それ理由になってないけど?」
「いいんだよ、これで理由みたいなもんだろ、俺らって。」
いつの年も、問題児部屋の絆や協調性や団結力だけは変わらない。
それは言葉で表せない何かで結ばれているものだった。
「ま、そだね。」
"問題児部屋だから"。実際にその教室に入り浸る連中はそれで納得する。