ある女性の過去4
足と肩を強く握られた。そして体を持ち上げられた。少し声が漏れてしまったが、寝ているふりが完璧なので、風の音だと思ったのか男たちは気づいてないようだった。
彼らががあまりにも大変そうに私を運ぶのでダイエットしようかと思った。
階段を上る振動が背骨に響く。
ドアの開く音がしたあとに、何か柔らかいものの上に置かれた。
「仕事ご苦労様。これ給料ね。」
また違う声が聞こえた。
「ありがとうごさいます。」
きっと給料を封筒か何かに入れて渡したのだろう。手と紙があたる音がした。
ドアが開く音がまたし、複数の足音がそこから出ていった。
しばらくすると、歩く音のあとに椅子に座ったような音が聞こえた。それから一呼吸し、
「もう起きてるだろ?」
と言ってきた。私は突然のことに反応することができず、結果的には寝たふりをしていた。
するとこちらに近づく音がしてから誰かが体を揺すり、そのあとに手首に指をあてた。脈拍をはかっているのだろうか。
「やっぱり起きてるな。」
そういうと被せられていた布が取られた。
私は正面にいる男性と目があってしたまった。男性は後ろを向き机に腰をかけた。
「君のお母さんが組織から逃げた。どこにいるか知っているか?」
まるで知り合いかのように自然に話しかけてきた。私は閉鎖空間と状況が分からないことがあり、ただ恐ろしくて返事をした。
「私もそれを知りたいの。朝からいなくて、それで・・・」
「そうか、わかった」と話をさえぎった。「なら君を一応人質とさせてもらうよ。いくら冷徹な母親とはいえ自分の娘の命が危ないと思えば戻ってくるだろう。手荒な真似はしないから安心しな。でももし君が手荒な真似をしたら、こちらも少し乱暴にあつかわなければならないからな。気をつけてくれよ。」
そういってから、机の上に置いてあった紙コップを手に取り私に渡した。
中身を見ると麦茶が入ってた。
「これ飲みかけじゃないよね?」
私はついつい気になり聞いてしまった。
「飲みかけはいやか?」
「もちろん、だって気持ち悪いじゃん。」
「確かにそんなことをいいそうな年頃だな。大丈夫だ、まだ口はつけてない。」
そうは言われたがどうしても飲む気にはなれなかった。
男性は話を続けた。
「俺たちの組織には守らないといけないルールがあってな。もちろん組織にはルールは必要だ。君も俺も日本人という組織の一員だから法律を守らないといけないようにね。でもね、俺たちの組織のルールはとっても簡単なんだよ。三つしかないんだ、三つしか。こんなのは苦労して勉強する必要もなければ、一度聞いただけで覚えられちゃうぐらいだよ。その内の一つ、一度組織の一員になったら抜けてはならぬ、というルールがあるんだよ。それを君のお母さんは破ったわけ。俺も君のお母さんを知ってるけど賢い人だったよ。こんなに賢い人は見たことがないというくらい。でも俺は騙されてたんだよ。まさかこんなバカだったとわね。どうだい、最近変わったところはなかったかい?」
「変わったところ?多分なかったかな。」
「そうか、娘も分からないか。ならこれは大変だな。」
男性はそう言うとどこからか紙コップをだし、部屋の片隅にある冷蔵庫から麦茶を出してそこにつぎ、麦茶を飲んだ。そのまま飲めばいいと思った。
「私を人質にするっていったよね?」
「言ったよ。」
「でもそんなことできるの?私は学生で数日でも無断欠席をしたらさすがに異変に気づかれるよ。」
「確かにな。でも大丈夫だ。君が私たちの言う通りにしてくれればね。不登校の生徒はいないのか?今の時代、不登校の生徒なんてそう珍しくないだろ。君もその一員になるだけさ。」
「そんなのいやだよ。」
「そうか、なら母親を恨みな。」
この会話の直後、階段を誰かが上がってくる音がした。それは次第に大きくなりドアがあいた。
「どうも、注文の品を持ってきました。」
それは出前だった。私は拍子抜けしてしまった。こんな形で異常な状況の中に日常が入り込んでくるとは思っていなかった。そしてなぜか心が安らいだ。
「ありがとうさん、これお代ね。」
ラーメンとチャーハンが机の上に置かれた。
「このチャーハンは君のだから。食べたくないなら食べなくてもいいけど、食べることを俺は勧めるよ。腹が減っては戦もできぬってね。」
男性はものすごい勢いでラーメンを食べた。食べ終わるの器をもって部屋を出ていった。鍵をかける音が聞こえた。
私はチャーハンを急いで食べて、麦茶を飲んだ。
昨日まで想像もできなかったことが起こっていると思いながら、横になってゆっくりと寝に入った。