ある女性の過去
私は母子家庭で育った。
母親は私のために様々なことをする人であった。つまり、私にとってはいい親であった。そんな母親はいつも夜になると私を寝かしつけ、どこかに出かけた。そして朝早くに帰ってきて静かに寝るのであった。だから私はいつも朝ごはんは一人で静かに食べていた。母親は私が夜になるとすぐに寝ていると思っていたが、実際は寝たふりをしているだけであった。私は母親に心配をさせたくなかったのだ。
幼い頃にパパという単語について母親に聞いたことがあった。保育園に迎えにくる男性に対してある子供がパパ、と呼んだのだ。私はその響きを知らなかった。そのことを母親に聞くと異様な空気が漂い一言、知らなくていいことよ、と言われた。確かに私はこの言葉を言う必要も言われることも今後一度もないだろう。
その時の空気が私は嫌だった。だから私は寝たふりをしたのである。
小学校に通い始めると、周囲の人は違う日常を送っていることに気がつき始めた。あのときに秘密にされたパパという存在が身近にいる他人と、身近にいない私とでは吸っている空気が違うように思えたのだ。
そして私はいじめられた。ものを隠されたり、席に落書きをされたり、男子の前でスカートをめくられたこともあった。最初は恥ずかしいし、嫌だったけど、慣れて反応しなくなると楽しくなくなったのか、誰も私に関わらなくなった。孤独になった。
でも一人の友達がいた。その子も陰気でいつも一人でいるようなタイプだった。話しているうちに同じ境遇にいることが分かった。私はこの子と一生友達でいたいと思った。でも引っ越してしまった。
高校生になると、彼氏もできた。私を好きになる人もいることがわかった。そして私は顔は悪くないこともわかった。
そしてその頃から母親は夜の仕事に行かなくなった。にも関わらず生活はより贅沢になった。私は不思議でしょうがなかった。
大学に行きたい、と言ったときに母親は悲しい表情をした。今まで見たことのない顔だったかこの日のためにまるで練習してたかのように自然にその顔をした。だから私は就職をしようと決意した。でも母親は悲しい表情をした。
そしてあの日が訪れた。