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2. 魔法少女、子どもができる

 


 ルルルル……ルルルル……

 特対から電話がかかってきてる……。


「……チッ」


 ガチャ。


「は~い、こちら恋人いない歴=年齢の残念女、宇佐留マホで~す。なんか用っすか」

『……マホさん、怒ってます?』

「はい? 怒る? はて、予想外の単語が出てきましたな~。なぜなぜどうして? 全くの謎です。この難問を解くのはシャーロック・ホームズですら不可能でしょう。迷宮入り、決定! だって~、オペ子さんは~、今、お祝いするべき立場にいる訳じゃないですか~あ~? それを怒るなんて……あ、飯尾さんとのご結婚、おめでとうございます~」


 そう。

 このオペ子さんは婚活パーティー中に私を呼び出した後、そのまま飯尾さんと談笑して仲良くなり、ついに結婚まで漕ぎ着けたのだ!

 私が必死に悪魔と戦ってる間に!!


『怒ってますね』

「ったりめぇだろ! なんで恋人できたことないのにネトラレ気分を味わわなきゃならんのだ、混乱するわ!」

『落ち着いて下さい。怒りすぎてキャラ崩壊してますよ』

「うるせー。ぼけー。あほー。キャラがなんぼのもんじゃい(?)!!」

『ダメよ! マホリン……魔法少女の力の源、純粋な心を失わないで! あなたが頑張ってくれてるおかげで、私は幸せになれたのよ!』


 こいつ悪魔かよォ!。


「いくら何でもひどすぎる!」

『まあマホさんが狙っていた男性とくっついたのは罪悪感を覚えないこともないこともないんですが……そもそも彼が狙ってたのって、初めから私ですよ?』

「………………え?」


 え?

 え?

 あれ?

 ちょっと待って?

 だって凄くいい感じの雰囲気になってたよね?


「ど、どうしてそんなことが――」

『本人が言ってました』

「そ、それは魔法で記憶を消したせいで――」

『そういう魔法を使ったんですか?』

「…………」


 確かに……私の使った魔法は、もし私のことを好きだったなら「大切な人を忘れてしまった気がする」ってなるだけで、代わりに別人を好きになる訳じゃない……。


「あの、飯尾さん、誰か大切な人を忘れた気がするとか言ってませんでした?」

『あ、言ってましたね』


 ほらキタァ!!


『大切な()()を忘れてしまった気がするって』

「ぐはぁっ!!」


 愛情じゃなくて友情だった!!


「でもでもだって、夢は幸せな家庭を築くこととか言われたら、そりゃ自分に気があるんだって思うじゃん!?」

『多分、純粋に夢の話をしただけでしょうね。彼、少し天然な所もありますから……ま、そこがかわいいんですが』

「んぎいぃぃぃぃ!!」

『まあマホさんを煽るのはこれくらいにして……』


 こいつホンマええ性格しとるのォ!


『私も悪いとは思ってるんですよ?』

「うそつけこのやろー」

『本当ですって。ですから、いつも頑張ってるマホさんのために私も頑張りました。マホさんの願いを叶えるために』


 え?


『マホさんの願い――まあ言うまでもありませんよね。なんのために婚活パーティーを開いたのかって話ですもんね』


 まさか――


「つ、つまりその……お相手を用意してくれたってことでいいの?」


 まさかそんな上手い話がある訳――


『流石はマホさん。お察しの通りです』


 ええええええええええ!?

 本当に!?


「えっと、その人は……どんな感じのお人です?」

『一言で言えば、かわいい人です』

「かわいいと言うと、飯尾さんみたいな?」

『そうですね。彼と同系統ではあります。まあ、マホさんとも同系統になるんですが』


 そっか……。

 そう言えば、飯尾さんと私ってどこか似てたんだよね。だから気に入ったんだけど。

 ってことは、オペ子さんが探してくれた人も気に入る可能性が高いってことじゃん!


「オペ子さん! ありがとう! ごめん、あなたのこと誤解してた……。オペ子さん、ううん、オペ子様! あなたは最高です!」

『知ってます』

「それで、その人とはいつ会えるんでしょうか」

『すぐに会えますよ』

「それはどういう――」


 私の問いが終わる前に、ピンポーンというチャイムの音が響いた。


『あ、どうやらちょうど着いたようですね』

「ええっ!? まさか、直接こっちに来たの!?」

『そうです。それではマホさん、待ち望んだ新生活を存分にお楽しみ下さい』

「そんな、まだ心の準備が――あ、切れてる……」


 ツー、ツー、ツー……

 不通を告げる受話器を置くと、私は途方に暮れた。


(だって、いきなり新生活とか言われても……ああっどうしよう、急過ぎるっ!)


「マホ、どうしたマジ? くねくねと気持ち悪い動きをして」

「それが……かくかくしかじか」


 私はマジキャットに電話の内容を説明した。


「なるほど……それは確かに急過ぎるマジが、お待たせし過ぎるのも失礼マジ。とりあえず覚悟を決めてお招きするマジ」


 ピンポーン。


「ほらほら急ぐマジ」

「う、うん」


 ドキドキ、ドキドキ。

 心も体もまだ混乱の内にあったけれど、マジキャットの言葉とインターホンの音に急かされ、私は思い切ってドアを開けた。


「……あれ?」


 しかし、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちでドアを開けた私に待っていたのは、無人の空間だった。


「誰もいない?」


 誰に聞かせるでもなく呟いた独り言に、意識の外――下方から答える声。


「ここにいますよ!」


 声に導かれるように視線を下げると――


「子ども?」


 そこにいたのは年の頃小学校低学年といった、可愛らしい女の子。

 背中にランドセルではなく大きな風呂敷包みを背負っている。


(なーんだ……)


 ただの勘違いだったのだ。

 丁度いいタイミングで来客があったために、オペ子さんも私もその男性が来たものと誤解してしまったのだ。


「どうしたのかな? お嬢ちゃん」


 とにもかくにも、まずはこの小さなお客さんの話を聞かなければ。

 しかしその子は何か私の対応に疑問を持ったかのように首を傾げた。


「あの、お姉さんは宇佐留さんですよね?」

「そうだけど……」

(どうしてこの子は私の名前を知ってるの?)


 私の返事を聞くと、その子はにぱっと花が咲くような笑みを見せた。


「良かったあっ! 間違えたかと思って心配しました。あの、私のこと聞いてませんか? 特対から連絡が来てるはずなんですが……」

「――――特対から……?」


 もしかして――

 誤解してたのは――


 ――私だけ?


「これからここで、魔法少女の後継者としてお世話になります!」


 そういう事かああああああああッ! オペ子ォォォォオオオオッッッ!!



 当然のことながら、何度電話を掛け直してもオペ子には繋がらなかった。


「あの……何かまずかったですか?」


 椅子に腰掛けた女の子が不安そうな顔で訊いてくる。


「ううん、こっちの問題だから」


 オペ子との再通話を諦め、私も女の子の向かいの席に席に着く。

 隣にはマジキャット。専用の椅子に人間のように器用に座っている。


「早速だけど……」

「はい」

「……どうしよう」

「ど、どうしようと言われましても……」


 本当にどうしよう?

 とりあえず簡単に話を聞いた所、彼女は特対に保護された折に魔法適正を見出され、次代の魔法少女となるべく現役の私に教えを請うように言われたらしい。

 そんなこと言われても、という感じだ。

 魔法少女の後継者をとる――

 確かにそれ自体は望んでいたことだし、ゆくゆくはそうしようと考えてはいたけど、いきなり過ぎて何をすればいいのか……。


「まずは自己紹介をすればいいマジ」


 続く沈黙に耐えかねたか、マジキャットからフォローが入る。


「そうだね。私は……聞いてると思うけど、宇佐留マホです。あなたは?」


 私の言葉を受けて、女の子が慌てて立ち上がった。

 ……何故立った?


「あ! すみません、名乗りもせずに! 私の名前はでし子でし!」

「でし?」

「いえ、噛んだだけです! 決して変な語尾で安易にキャラ付けしようと思った訳では!」

「喧嘩売ってるマジ?」

「ごめんなさい! そんなつもりじゃ――猫が喋ってる!?」


 ええっ!? 今!? 逆に驚くわ!!


「えっと、こちらはマジキャット。魔法の世界からやって来た、いわば異世界人かな?」

「よろしくマジ」

「よろしくお願いします。……あの、マジキャットさんは人なんですか?」


 まあ、そう思うよね。

 マジキャットはこの世界の猫に似た姿をしているけど、実際は全く異なる生き物だ。


「『人間』をどう定義するかによるマジが……少なくともこの世界の人間(ヒューマン)と同程度の知性は持ち合わせているマジ」

「そうなんですか。魔法の世界からやって来たのは、やっぱり悪魔からこの世界を守るためですか?」

「……間違ってはいないマジが、それだけでもないマジ。そもそもこの世界にはマナ……こちらではダークマターと呼ばれる物質が豊富にあって、それはヒューマンにとっては無用の長物マジが、我々や悪魔にとっては貴重な資源マジ。いや、悪魔にとっては食料と言ってもいいマジね。そんな訳で悪魔はこの世界のマナを強奪しに異世界からやって来たマジが、我々はその悪魔を撃退するための技術や知識を提供する代わりに対価としてマナを受け取っているマジ。まあ、悪魔に悩まされているのは魔法の世界も同じマジから、単なる世界間貿易という以上に強固な協力体制をとっているマジよ」

「う~ん……良く分からないですけど、マジキャットさんがこの世界を守る手助けをしてくれてるのは間違ってないんですよね?」

「そうマジね」

「ありがとうございます!」


 彼女のその言葉は、皮肉でもなんでもない本心からのものだと感じられた。


(この子は……)


「良い子マジね……」

「うん……」


 特対に保護される。その意味を考えると……。


「でし子ちゃん」

「でし子でいいですよ。マホさんはこれから私のししょーになるんですから。……えっと、良いんですよね?」

「もちろん」


 私が肯定すると、彼女は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます! 私、どうしても魔法を使えるようになりたいんです!」


 まあ、そうだろうね。誰だって。


「ところで悪魔って、どうして無理矢理マナを奪ったりするんですか? それだけじゃなく、わざわざ人間に嫌がらせをするなんて。マジキャットさんたちみたいに仲良くできればいいのに」

「それは出来ないマジ」

「どうしてです?」

「まず、悪魔が人間に嫌がらせをする理由――それは、マナを生み出すのが人間の“精神の動き”だからマジ。モーターを動かすことで電気が生まれるように、精神を動かすことでマナが生まれる……正の感情でもマナは生まれるマジが、死に直結する負の感情の方が強く、したがってより多くのマナを生み出すマジ。つまり悪魔にとって、人間に負の感情を喚起させる行いは効率の良い発電のようなものマジ。我々にとっては迷惑極まりないマジが……。ここで問題なのは、何故悪魔はただマナを奪うだけじゃないのか? ということマジ。それは、ちょっと想像し辛いかも知れないマジが『そんな悪いことはできない』から、だろうマジね。人間に例えるなら、資源として木を伐採した後に植林をするようなものマジ。植林は、『善いこと』マジね。だから、植林をやめろ! なんて言っても頭がおかしいとしか思われないマジ。悪魔にとっては人間はそんな風に映るのかもしれないマジ。話が通じる訳がないマジね。対話が可能なのは、二者間に共通する価値観がある場合だけマジから。我々にできるのは悪魔に対抗することだけマジ。そして、それこそが魔法少女の魔法……真の魔法マジ。悪魔のもたらす精神汚染を『浄化』できる唯一の魔法。『排除』ではなく……何も犠牲にせず、結果だけ得る。そんな夢を現実にできるからこそ魔法少女は希望たり得、そして魔法少女という希望があるからこそ、人類は明日を夢見て現実を生きることができるマジ」

「ぐー……」

「寝てる!?」


 確かにマジキャットの説明は子ども相手には不親切だったけど!

 私が叫ぶと、でし子はびくっと体を震わせて起きた。


「あ、すみません! なんだかお話が難しすぎて……ところでお腹空きましたね。ご飯にしましょう」

「自由過ぎる!!」


 あれえ? なんだかこの子、最初の印象と違うような?


「大丈夫です。材料は買ってきましたから」


 彼女はそう言うと、風呂敷包みを解き始めた。


「いや、そういう問題じゃ……」

「もちろん私が作りますし。ししょーはそれまで、向こうでゆっくりとお休みになってて下さい。あ、お台所や調理器具は使わせて下さいね」


 ぐいぐいと押しの強い彼女に流され、なんとなく夕飯を作ってもらうことに……。




「……まあ、いいんじゃないマジか? 料理は日頃から作ってたらしいマジから」

「……そうだね」

(でも、なんか不安なんだよね……)


 しかし私の心配を他所に、しばらくすると台所の方からスパイシーな香りが漂ってきた。


「あ、美味しそうなカレーの匂い……。まあ、カレーなら失敗は無いか」


 その匂いを嗅ぐと、なんだかお腹が空いてきた。


「できましたよ~!」

「ちょうど出来たみたい。では早速……」


 マジキャットと一緒にキッチンテーブルに着くと、でし子が皿を抱えて戻ってきた。


「どうぞ召し上がれ! ホットケーキです!」

「ええええええええええええ!?」


 皿に載せられていたのは、紛うことなきホットケーキだった。

 でも、それならこのカレーの匂いは何!?


「何でカレーの匂いがするの!?」

「それは……食べてからのお楽しみです!」


 楽しいことにはならなそうなんだけど!


「…………」


 私は無言でホットケーキ(?)を切り分け、フォークに刺した。


「マジキャット」

「何マジ?」

「ごめん!」


 私は隙を見計らい、マジキャットの空いた口にフォークを突っ込んだ!


「むぐっ!? クソマジー!?」


 やっぱり!!


「えっ!? まずかったですか!?」

「何言ってるマジ!! そんなことないマジ!! マジは語尾マジから、不味いと言ったんじゃなく、クソだと言ったマジ!!」

「あ、何だ、良かった~」


 でし子はやたら上品な所作で優雅にホットケーキ(?)を切り分け、口に運んだ。


「まっず!?」


 ええええええええええええ!?


「この子色んな意味で凄いマジ!? この()()さ、魔法少女としての凄まじい適正を感じるマジ!! マホ、しっかりと指導して立派な魔法少女に育てるマジよ!! ではさらばマジ!!」


 マジキャットはそう言ってどこかへ去っていった。


「…………」


 ……あ、逃げられた!!

 私とほぼ同時にその事実に気付いたであろうでし子が、絶望の言葉を吐いた。


「どうしよう……まだまだいっぱいあるのに……」


 まだまだいっぱいあるの!?


「あの、何でこんなことに? どうやって作ったの?」

「それが……最初は普通にホットケーキを作ろうと思ったのですが……牛乳がないことに気が付きまして」

「うん」

「それで、牛乳の代わりにカレーを入れました」

「嘘でしょ!?」


 何がどうなったらそうなるの!?

 途中の計算式をすっ飛ばして答えだけ見せられた気分! しかも正解からは程遠い。


「カレーも飲み物って言いますし……」

「飲み物なのはごく一部の話で……いや、そもそも飲み物だとしても、牛乳の代わりになる訳ないでしょ!?」

「いけると思ったんですが……」

「その謎の自信はどこから来たの!?」

「いや、カレーに卵とか牛乳とか合うじゃないですか」

「だから何!?」


 いくらカレーが何にでも合うと言っても、スイーツは荷が重すぎるよ!!


 ………………。

 …………。

 ……。


「うう……気持ち悪いです……」

「自業自得でしょ……」


 物体Xはかなりの量があったけど、捨てる訳にもいかないので二人で平らげた。主にでし子が。


「二人とも、大変マジ!!」


 ちょうどダークマターがなくなってすぐに、姿を消していたマジキャットが戻ってきた。


「タイミングを見計らったでしょ!!」

「それは偶然マジ!! そんなことより、特対から連絡があったマジ!! 出たマジよ!!」

「――――」


 出た。

 特対が出た、と言えば、その対象は限られる。


「――でし子」

「はい」

「師匠として何をするべきか、まだ分からないけど……とりあえず、実地研修から始めよう」


 こうして私は、でし子を伴って現場へと向かった。



「何これ……」


 でし子の声が、通りの異様さに震える。

 その通りには逃げ惑う人々も、叫び声を上げる人々もいなかった。

 ただボーっと眠そうに半目になった人々が、地面に直接寝転がり、両手に持ったチキンにひたすらかじりついていた。

 その全ての人がはちきれそうなほどのでっぷり太った体型。たまたま大規模なチキンパーティーが開催されたにしては、他者に対して無関心過ぎる。

 彼らは私たちが直ぐ傍を通りかかっても、まるで気にも留めない。透明人間になった気分だ。


「間違いなく怪人の仕業ね……。でし子! 気をつけてね!」


 私は後ろをついてきているでし子に、警戒を促すべく振り返った。


「はい、ししょー! モグモグ」

「既に食べてるーっ!?」


 即落ち過ぎるだろ!! あんなに“名前を言ってはいけないあの料理”食べたのに!!

 一心不乱にチキンを貪るでし子。当然そんなもの、私たちは持ってなかった。ということは、それは誰かが渡した訳で……。


「何デブか? 君も欲しいデブか? 焦らなくても、チキンはまだまだいっぱいあるデブよ? 三ダースはあるデブ」


 私の目の前にチキンが差し出された。


(いつの間に――)


 気がつかない内に傍に来ていた男。

 白髪に豊かな白髭を蓄えた眼鏡の老紳士。身につけるは同色の真っ白なスーツ。しかし、そのはみ出した腹肉が紳士然とした雰囲気をぶち壊しにしていた。


「どうしたデブ? 遠慮しなくてもいいデブ。このフライドチキンは最高デブからね」


(う――)


 ごくり。自然と唾が喉を通る。

 食欲をそそるスパイシーな香り。一噛みすれば、サクサクとした衣の内からジューシーな身が溢れ、舌を楽しませるだろう。

 それは本当に美味しいに違いない。でし子の料理と違って。

 しかし、その誘惑に屈する訳にはいかないのだ。


「そうデブよ、ししょー。これを食べないなんてもったいないデブよ」


 何故なら、このでし子のように一歩も動けないほど太ってしまうから。

 というか少しは抵抗しろよ!


「【怪人クーネルおじさん】。能力は……説明するまでもないマジね」


 でし子が実演したからね!


「……君、食べないデブか?」


 いつまで経ってもチキンに手を付けない私に、怪人の声が一段低くなる。


「…………」


 私は、マジキャットから渡されたステッキを構えた。


「許さないデブ! お前も食うデブ! そして私のようになるデブ! 誰とは言わんが、私はただ『似ている』という理由だけでフライドチキン販売会社の宣伝に選ばれた! ひたすら美味しそうにチキンを食べ、そして寝る日々――会社は痩せるために運動する時間すら私に与えなかった! 当然、みるみるうちに太っていった! すると会社は、今度は『似ていない』という理由で私を解雇した! 許せないデブ!! みんな、私と同じ目にあえばいいデブ!!」

「それは同情するけど、関係ない人を巻き込まないの! 天よ! 地よ! ぜい肉の精霊よ! 私に力を! “雷斬風(ライザンプウ)”!!」


 詠唱とともに出現した、雷を纏った魔法の剣。

 私はそれを握り、一陣の風となって怪人に肉薄する。


 斬ッ!


 斬撃は一度で終わらない!

 私は宙に留まったまま、その場で竜巻のように高速回転する。


 一、二、三……十、百、千!! 無数の剣撃が怪人を襲う!!


 ブチッブチチッ!!


「METABOOOOOOOOOO!!」


 怪人は断末魔の叫びを上げ、どう、と地に伏せた。しばらくの間ビクビクと痙攣していたが、すぐに動かなくなる。


 ――そう。怪人は死んだ。


「……あ、あれ? 私は?」


 怪人は死に、人間に戻った男が顔を上げた。


「い、今斬られたような……」


 男が立ち上がると、カツラと付け髭が落ち、下から黒い毛が覗く。思ったよりも若い人間だったらしい。


「私が斬ったのは脂肪だけ。脂肪細胞を燃焼しやすいように細かくして、同時に微弱な電流を流すことによって筋肉を痙攣させ、強制的に痩せさせたの」

「あなたが助けてくださったんですね! ありが……とう――」


 男が顔が私の方を向くと、笑顔のまま硬直する。

 そのまま視線だけが上下に動いた。私の格好を検分するように。


「その……お互い大変ですね……」


 同情された!!


「本当にありがとうございました……。では、私はこれで……」

「どうも……」


 ペコペコと頭を下げながら、男は去って行った。「世の中には色んな仕事があるなあ……。俺も、文句なんか言ってられないな……」なんて、呟きながら。


「…………」


 認識阻害の魔法、もうちょっと強力にできないかな……。


「マホ……倒れてる民間人が目を覚まさない内に、とっとと帰るマジ」

「そうだね……」


 今回の被害者たちも気を失ってはいるものの、無事、怪人が浄化されるのと同時に元に戻った様子。


「あの~……ししょー……」

「何?」

「私、微妙に元に戻ってないんですけど……」


 でし子の姿は、怪人の能力で変化した時のような風船のように丸い体型という程ではなかったが、それでもぽっちゃりを逸脱する程度には脂肪が残っていた。


「あの、どうしてでしょう」

「どうしてだろうねー。でもまあ、かえって都合がいいよ」

「……何故ですか?」

「これから、そんな脂肪なんてすぐに溶けるほどの地獄の特訓が待ってるから」


 にっこりと微笑みながら振り向くと、既にその場にでし子の姿は無かった。


 ドスドスドスッ!!


「な――逃げた!? 追え、マジキャット!」

「了解マジ!」


 私もマジキャットの後について駆け出す。


「それにしても体型からは考えられない速さ……! こんな時だけ全力出して……! 後で覚えてろよ……!」


 ――でし子はこの後すぐに捕まり、そのまま地獄の特訓コースに進むのだが……体は元に戻っても、ぽんこつっぷりは一向に治らないのだった。




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