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1. 魔法少女、婚活する



「きっつー……」


 一仕事を終えて帰宅した私は、高級マンションのドアを閉めるなり溜息とともに言葉を漏らした。


「キツイって……そっか、マホももう歳マジね」

「そうそう体力の限界で……って違う! そこまでの歳じゃない! そういうキツさじゃなくて、痛いって意味の!」

「なるほど体の節々が痛むマジね」

「だ~か~ら~!」

「フフ、冗談マジよ」


 マジキャットは冗談なのか本気なのか紛らわしいことを言いながら、ぴょん、と私の肩から飛び降りた。


「マホももうお酒を飲んでも怒られない年齢……流石に魔法()()は厳しいマジね……」

「他人事みたいに言うけどさ~、マジキャット、後継者はどうなってんのさ。一体私はいつまで戦い続ければいいんだっつーの」

「それが中々難しいマジ。魔法適正のある娘を捜すだけでも大変マジが、周りに秘密がバレないような子を見つけるのもそれ以上に大変マジ。マホに子どもがいれば良かったマジが……」

「う……」


 着替えのためにネクタイを緩めていた手が一瞬止まった。


「……そりゃ私だって子ども欲しいよ! 結婚して産みたいよ! でもこの仕事は敵の出現に合わせるからプライベートなんてなくなるし、完全秘密主義で出会いもないし、だからそのために仕事を辞めたいんじゃない!」

「同僚がいるマジ」


 同僚、か……。

 私は今のところ唯一の魔法少女だけれど、悪魔と戦う仲間たちが他にもいる。悪魔のもたらす災害は、とても一人だけでは対処できない規模なのだ。

 そのために対魔戦闘のスペシャリストを集めた部署が「特殊生物災害対策室」。なんと、総理大臣直轄の秘密部署という嘘みたいな組織。魔法少女の私が言うことでもないけど。

 その存在が公にされていないのは国民にいたずらに混乱を引き起こさないため……ということももちろんあるけれど、最も大きな理由は「悪魔に知られないため」。

 悪魔は悪魔だけあって汚い手も平気で使う。要は、「大切な人たちに被害を及ぼしたくないなら秘密を守れ」ってこと。それは「可能な限り民間人との接触を控えよ」と上からお達しがある程の徹底ぶり。

 まあ、とは言っても当然仲間と共同で仕事をすることもある訳で、仲間にすら秘密を貫くのは仕事の効率が落ちる=失敗して死ぬ確率が上がるため、ある程度のリスクはのんで情報の共有は(制限があるとはいえ)許されている。

 そんな、気を許して付き合える同僚たちの中には当然男もいるし、その中には「いいな」って思う人もいる。

 だから同僚を結婚相手にってのは悪くはない。というか特対(うち)では職場結婚が圧倒的多数を占めてるからね。

 でも――


「同僚の男どもはみんな、『マホリンはちょっと……』ってなるから……」

「……そっか、同僚は“マホリン”を知ってるマジからね……」


 場に妙な空気が満ちた。


「――ああっ!! 私が名実ともに魔法少女だった頃は、まさか大人になっても続けるハメになるとは思わなかった! こんなことなら、せめて名前だけでも恥ずかしくないのにしとけば良かった! “ウサルン”とか!」

「そ、それは恥ずかしくないマジか?」

「というか何で私は未だに魔法が使えるの? 魔法が使えるのは少女だけじゃなかったの? 使えなくなれば嫌でも辞められるのに!」

「それは……マホはある意味まだ少女だからマジ。本来は子どもだけが持ち得る、現実を侵食する程の幻想(ユメ)……。マホは体は大人になっても心は夢見がちな少女のまま。言わば逆コ○ン、アダルトチルドレン、アホウ少女……」


 え? 今――


「ところで! ずっと疑問に思ってたマジが……どうしてマホは情報漏洩をそこまで気にするマジか?」

「どうしてって――」

「魔法があるマジ」


 ………………。

 …………。

 ……。


「ああーっ!!」


 そ、そうだ! 私なら、例え秘密がバレても魔法でなかったことにできるじゃん!


「えっ、その反応……まさか……本当に今まで気付かなかったマジ!? マジでアホマジ!!」

「今はっきりアホって言ったよね!?」

「何言ってるマジ! 『アホ』と『マホ』は似てるから間違えても仕方ないマジ!」

「確かに!!」

「全く、これからは気をつけるマジよ!!」

「ごめん!!」


 ん? 何かおかしいような――


「とにかく! そうと分かれば早速婚活マジ!」

「こ、婚活?」

「そうマジ。とにかく行動するマジ。マホは純粋で扱いやすい良い子マジから、きっと気に入る人もいるマジ」

「そうかなあ。照れる」

「マジマジ。数撃ちゃ当たる! 蓼食う虫も好き好き! さあ、当たって砕けろの精神で逝くマジ!!」

「分かった! 行ってくる!」


 こうして私は、婚活を始めたのだった。



 ――ダメでした。


「はやいマジっ!!」


 婚活、ダメッ!!


「『行ってくる』ってドアを開けて飛び出してから十秒も経ってないマジよ!?」

「だって、特対に『婚活したいんで休みます』って言ったら『ダメ』って……」


 婚活、始まってすらいなかったッッッ!!


「当たり前マジ! ……仕方ない、任せるマジ」


 マジキャットは叫ぶなり、専用の固定電話に飛びついた。


「あー、こちらマジキャット」

『マジキャットさん? 何かありました?』

「故あって、今から半日ほどマホリンは出動できないマジ」

『……理由って婚活ですよね? 無理ですよ、悪魔はいつ来るか分かりませんから』

「無理じゃないマジ! こっちだって今まで無理を通してきたマジから、そっちだって少しは融通をきかせるマジ!」

『ダメです』

「っはぁ~……。これは言いたくなかったマジが……。魔法少女のパートナーとしてではなく、魔法の世界(マジデキャット)の全権大使として発言してるマジ」

『…………分かりました。では、今から二時間は――』

「はあ? 二時間? 『二』の前に『十』を入れるのを間違えたマジね?」

『……六時間は出動要請はしません』

「かーっ! もうそれで良いマジが、婚活にはそっちにも協力してもらうマジ! いい男を集めるマジ!」

『ちょ――』


 ガチャン!


「――と、いう訳で、今から婚活パーティーが開催されるマジから、マホも早くおしゃれな服に着替えるマジ」

「え、あの、いいの!?」


 なんだか展開がはやすぎて混乱するんだけど!


「良いに決まってるマジ! 後継者ができるのは特対にとっても良いことマジからね。あ、でも婚活では『子ども欲しい』って気持ちは抑えるマジよ。ドン引きされるマジ」

「あ、ありがとう……。でも、マジキャットがここまで私のためにしてくれるなんて……」

「何言ってるマジ。マホが辞めてくれないと、こっちも仕事を辞められないから協力してるだけマジ。早く次の担当者と交代して元の世界に帰りたいマジ」


 ええ……。

 ツンデレと思いたいけど、マジキャットのことだからマジなんだろうなあ……。


 ――ともかく。

 こうして、やっと私の婚活が始まったのだった。



 それは、突然のことだった。


(何だ……?)


 周りの空気にいつもとは違うざわつきを感じたため、パソコンの画面から視線を外す。


(社長!?)


 なんと今まさに室内に入ってきたその人物は、信じられないことに我が社の名物社長であった。この人物は極めて有能ではあるが徹底的に無駄を廃した合理主義者であり、その冷たい印象から“氷の男”と呼ばれ、畏れられていた。


(社長自らが足を……? 一体何が……?)


 しかし平社員でしかない自分には関係のないことだ――

 そう思い、仕事に戻ろうと再び画面に視線を戻した、まさにその瞬間。


「飯尾君、ちょっと良いかね」

「ひゃ!? はい!」


 あまりにも予想外の事態に、声が裏返ってしまう。


「今すぐ来て欲しい」


 社長はただそれだけを短く告げると、こちらの様子に頓着することなく、来た時と同様に足早に去っていった。


「――――」

「飯尾! お前何したんだよ!」


 隣の席の同僚の声が、僕の凍結した意識を揺り動かす。

 ほとんど無意識のうちに言葉が漏れ出した。


「何って……僕が訊きたいよ……」

「本人にも心当たりがないのか……一体何なんだろうな。ところで飯尾」

「何?」

「社長の用が何にせよ……今すぐ追いかけないと不味いんじゃないのか?」

「――っ!! ああっ!? 社長、お待ち下さいっ!!」


 慌てて駆け出した僕の心臓が、うるさいくらいに音を立てていたのは決して急な運動によるものだけではなかった。


(い、一体社長が僕に何の用だ……? まさか、リストラ――)


 ほんの僅かノルマに達していなかったという理由で、無慈悲に社長に切られていったかつての同僚たちを思い出す。


(いや、それはないだろう。僕の業績は上の方だし、何よりそんな理由でわざわざ社長が足を運ぶとは考えにくい)


 では、何故――?

 いくら考えても答えは出そうにない。そうであるなら、答えは直接本人に尋ねる以外にない訳で……。


「……しゃ……社長っ!」


 ようやく社長に追いついた僕は、息を切らせながらも声を出した。


「遅かったな」

「申し訳ありません! あの……ところで私は一体何をすれば……どうやら会社の外に向かっているらしいのは分かるのですが……」

「まあ待ちたまえ。玄関前に車を待たせてある。詳しい話はそこでしよう」


 社長は「時間がないのだ」と言外に語りながら、一切歩調を緩めることなく進んでゆく。


(……とにかく、一旦車に乗るしか無さそうだぞ……)


 それからは無言で社長に従っていくと、玄関先に車――僕のイメージするそれとはかけ離れていた――が見えてくる。


(で、でかい……)


 戦々恐々としながらも広々とした後部座席に身を滑り込ませると、車は音もなく走り出した。


「早速だが……まずはそこに置いてある服に着替えてくれたまえ」


 助手席からの社長の言葉に辺りを見渡せば、探すでもなく一組の服が見つかった。これまた一目で相当な高級品だと分かる品。


「これを……私が着るんですか?」


 僕じゃあ、服に着られることにしかならないような……。


「ああ。会場に着けば専属のスタイリストに仕上げはやってもらうが、短縮できる時間は短縮するに越したことはない」


 会場?


「あの、話が見えないのですが……」

「単純な話だ。その前に飯尾君。君、結婚願望はあるかね?」

「え? ――は、はい」


 結婚?

 本当に何なんだ。まさか社長が僕のお見合いをセッティングしてくれるって訳でもあるまいし……。


(しかし、結婚かあ……)


 そもそも僕の夢は「幸せな家庭を築く」ことで、まずそのためのお金を稼ぐべく、日々仕事に勤しんでる訳だけど……。

 もう充分過ぎるほどのお金はたまったのに、その仕事が忙しすぎて、肝心の相手を捜す機会がなかったんだよなあ……。


「それは良かった。そこで、普段は鬼のような社長にこき使われて忙しい君のために、結婚相手を探す機会をプレゼントしよう。今、君が向かっているのは複数の男女が集うお見合いパーティの会場だ」

「ええっ!?」


 社長はエスパーか!?

 いや違う、まさか本当に社長が僕のお見合いを!?


「――気を引き締めたまえよ」

「――――」


 社長の氷の声が、一気に僕を現実に引き戻す。


「聡い君なら、この私がここにいることの意味を……言わなくても分かるね?」

「はい……」


 社長が僕と一緒にお見合いパーティの会場に向かっている。それが示すのは、社長も結婚相手を探している――訳ではもちろんない。

 僕が向かう会場で待ち受けているのは、社長が直接出向かなくてはいけない立場にいる人々、ということ……。


会社(うち)で一番いい男、というのが先方のご要望でね。単に仕事の能力だけなら私が一番なんだが、人柄その他を考慮した結果、君に白羽の矢が立ったという訳だ」

「光栄です……」


 光栄だ。光栄ではあるけれども……。

 何故だろう。お見合い会場に向かうこの車が、家畜を載せた荷馬車のように感じてしまうのは……。



「ふう……」


 酒に火照った頬を夜風に当てて冷ますと、僅かばかりに疲労が空気に溶け出てゆく。

 会場には僕のように突然集められたのだろう、顔に戸惑いを浮かべた男性陣と、予想外に美しく華やかな女性陣。

 強制的に男を集めるのだからさぞかし……と思っていたのだが、それどころか黙っていても男性の方が放っておかないだろう素敵な女性たちばかりだった。理想が相当高いのか、と思って話してみれば、プライドの高さを感じさせない気さくな様子を見せてくれる。

 ぜひ結婚したい、と思うような好みの女性も一人いた。

 しかし――


「ふう……」


 今度は違う種類の息が漏れる。自分の情けなさから出る溜息だ。

 僕が未だに結婚どころかお付き合いの経験もない理由……それは、僕がヘタレだからだ。

 確かに「馬鹿なことはできない」という強いプレッシャーがあるにせよ、折角このような望外の機会を得たのだから積極的に動くべきだとは分かっている。

 でも僕が今いるところは人気のないバルコニー。男女の楽しげな声を背後に、こうして夜空に浮かぶ月を黙って見ている。


「月、お好きなんですか?」

「え? わっ!?」


 突然掛けられた声に驚き、バランスを崩してしまう。


「危ない!」

「あ、ありがとう……。――っ!」


 僕を助けてくれたその女性の顔が近くにあったため、慌てて飛び退いてしまう。


(何やってるんだ僕は! 中学生じゃあるまいし)


「あの、ごめんなさい、驚かせてしまって」

「いえ、こちらこそ……済みません、酔ってしまって」


 それは嘘ではない。赤い頬の理由はそれだけではなかったが。

 この時、僕は初めて酒に弱いことを感謝した。


「こちらには酔を冷ますために?」

「ええ、まあそんなところです。貴女も?」

「いえ、お酒には強い方なんですが……その、私、男性にあまり免疫がなくて」


 その女性は恥ずかしそうに笑った。


「折角このような場を用意して頂いたのですから、もっと積極的になるべきだとは思うんですが……」


 ああ。この人は――


「僕も、同じです。女性に免疫がなくて……なにせ、再来年には魔法使いになりますからね」

「ええええええっ!? 貴方も!?」

(貴方も?)


 僕の自嘲を聞いた彼女は過剰な反応を見せた。

 しかしすぐに「ああ、そっちの……」とモゴモゴと呟いたかと思うと、笑顔で口を開く。


「えっと、でも、いいと思いますよ! 私は」

「そうですか? ありがとうございます」

「そっか……。私たち、似てるんですね。だからかは分かりませんが、貴方とは凄く話しやすいです」


 それは僕の方も同じだった。

 初めこそ醜態を見せたものの、それ以降は意外なほどに話が弾んだ。



「……へ~、そうなんですね」

「ええ。幸せな家庭を築くのが僕の夢なんです。同じものを見て、同じように笑って、同じようにゆっくりと時を過ごしてゆく……」

「素敵な夢ですね……」

「貴女の夢は何です?」

「私も――」


 バタン。

 突然、会場に続くドアが開く音が響いた。

 やって来たのは――


「マホさん。()()()()

「…………。あなたが会場にいた時点で嫌な予感はしてたけど……約束の時間はまだのはずよ」

「ええ、その通り。ですが私もお知らせしただけです。要請はしません」


 一体何を話しているんだ?

 それは分からなかったけれども、なんとなく、僕が口を挟めることではないのだとは分かった。

 二人の女性の謎の会話が終わると、辺りに沈黙が満ちる。


「――飯尾さん」

「え?」

「思い出しました、私の夢。私の夢は――みんなの夢を、守ること」

「な――っ!!」


 そう告げた彼女の体がにわかに輝き出したかと思えば、落ち着いた大人のシックな装いが一瞬にしてフリルを多様した少女趣味の服に変わっていた。

 それだけではない。

 それだけなら驚きはするだろうが、手品か何かだと納得できる。

 しかし――彼女の体はふわふわと空に浮いていたのだ。

 いかな手品とはいえ吊るすもののない虚空に人を浮かべることはできないだろう。そんなことができるのなら――


 ――それは、本物の魔法(マジック)でしか有り得ない。


「私がみんなの夢を守ります。ですから飯尾さん……どうか幸せになって下さい!」


 その言葉が終わるか終わらないかの内に、彼女の姿は消えていた。


「――――」


 僕の頭は余りの事態に空白になっていた。

 一体彼女は――

 彼女――

 彼女?


 ――彼女って、誰だ?



「結局、こうなるマジね……」


 いつものように空を駆けながら、マジキャットが愚痴をこぼす。


「なんだかんだ言って、マジキャットだって近くで待機してたじゃん」

「それはマホが失敗しないように…………。はあ。ま、良いマジけどね。もうしばらくはこの世界を楽しむマジ」

「そうそう。もう少し頑張って、世界が平和になったらさ……私が婚活できるようになるだけじゃなくて、マジキャットも大手を振って歩けるようになるから、その時こそ思う存分にこの世界を楽しんでよ!」

「夢のある話マジね~。今でも猫のフリをして色々な場所に行けるマジが……やっぱり会話ができる方が楽しいマジ。その夢を実現するためにも――」

「うん――」


 とんっ。

 空から地面に降りると、目の前には逃げ惑う人々と怪人の姿。


「いくよ、マジキャット!」

「了解マジ!」





次回、残酷な現実がマホを襲う!

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