変わり果てた目
俺が見る世界はいつの間にか真っ暗に染まっていた。見る物は全て肉塊へと化していった。暗い、寒い、冷たい。体感的なことを言ってるわけじゃない。心情的に言ってるんだ。いや、体感的なことでもあってるのかもな。目の前にはいくつもの、かつて守護者であった者達が死体となって転がっていた。その中に一人だけ、一人の少女が恐怖を孕んだ眼差しでこちらを見ている。場所はどこかの豪邸の中、時間は深夜。まさしく、闇の世界。目の前の少女は腰が抜けて逃げれないないのだろう。既に少女の父親と母親は殺した。別にこれが初めての殺人という訳では無い。少女の周りにもSPとよばれるボディーガードの死体がいくつも転がっているのだから。ここにいるのは俺と目の前の少女だけ。誰がやったのか?俺しかいないだろ。俺の手にはベレッタM92Fが握られていた。9×19mmパラベラム弾、9ミリ弾と呼ばれる。装弾数は15発。簡単に言うとハンドガン、自動拳銃だ。それを俺は握っていた。安全装置も外してある。右手の人差し指は引き金に添えられたまま。俺はベレッタの銃口を目の前の少女に向ける。これはSPから奪ったものじゃない。自分がもともと持っていたものだ。目の前の少女が一生懸命に何かを叫んでいるがわからない。なにせ、少女は日本人じゃない。ここはイギリスだ。当然、少女が喋っているのは英語。しかし、俺は英語を知らない。だから、わからない。目の前の少女がなんて言っているのか。やがて、なにもかも諦めたように少女は目を閉じる。強く強くまぶたを閉じる。俺はその少女の方へ銃口を向けたまま、躊躇いなく引き金を引いた。
「今日からここに通うことになった伊坂来弥だ、よろしくお願いする」
俺は黒板に名前を書いて自己紹介をする。まぁ、仮初の名前だが。ここは、何の変哲もない普通の高校だ。そして、今の俺はここの高校の制服を着た生徒。
「じゃあ、伊坂は後ろの空いてる席に座れ」
このクラスの担任の先生が俺の自己紹介が終わると席に座るように指示する。俺は指示されたとおり後ろの窓側の席に座る。すると、隣に座っていた女子が話しかけてきた。
「私は明峰咲、このクラスの委員長的なことやってるんだぁ、何かわからないことがあれば何でも聞いてね?これからよろしく、伊坂くん」
明峰咲、そう隣の女子は名乗った。普通、ここでなにかよろしくとかお願いしますとか言い返すのだろうがあいにく俺にはその普通がわからない。俺は何も言わずに視線を窓側に向ける。明峰は不服とまではいかないが不思議な顔をしてこちらをのぞき込んでいた。そして、一部の人だが、いや、クラスメイトだがこちらを睨んでいた。それも、大体が男だ。嫉妬、憎悪といったそういう感情を持って睨まれている。だが、それさえも俺は気にしない。そうして、雰囲気が悪いまま授業とやらが始まった。一時限目は数学。解の公式とやらをやっているところらしい。それに並行して√(ルート)もでてくる。どれも、必要の無い知識。生きてて使うことなんてまずないだろ。あったとしてそれは天才か博士とよばれる特別な人種だけ。平々凡々な人種にとっては無益なことこの上ないものだ。俺は初めての授業にも関わらずそっちのけで窓の外を眺めていた。そうして数分が経った時、隣に座って真面目に授業を受けていた明峰が肩をシャーペンでつつく。俺はそれに振り向いて明峰を見る。
「もしかして授業の範囲が違ってたりする?わからなかったら教えるよ?」
どうやら、授業内容がわからなくて窓の外を見ていたと思われたらしい。だから、俺は先生が黒板に書いて解くよう出されていた問題の解答を明峰のノートの端に書く。すると、明峰は一瞬驚くもすぐに授業に戻った。どうやらそれで伝わったらしい。俺はまた窓の外を眺める。そうして、無駄な時間は過ぎていった。
長いとも、短いともわからなかった授業は終わり、お昼休みに入る。それぞれ生徒はお弁当を、又は金を握りしめて移動する。俺も既にコンビニで買ってあった袋を持ちどこかへと移動しようとするが隣にいた明峰咲が話しかけてきた。
「ねぇ、よければ一緒にお昼ご飯食べない?」
そういって自分のカバンからお弁当袋を取り出した。それは可愛らしいウサギの絵がプリントしてあるピンク色の布に包まれていた。俺は特に何も言わず屋上に移動した。それを明峰は了承と捉えたのか後ろについてきた。その際に男子生徒の目線が異常にこちらに向いていた。俺はそれを察知しながらも無視して屋上へ向かうのだった。
屋上の扉を開けて外に出ると見事に誰もいなかった。それもそのはず、春といってもまだ寒い季節だ。そんな中わざわざ外で食べようなんてもの好きはいないだろう。しかし、そんな寒さにも関わらず明峰は俺のあとをついてくる。俺はどこか適当なところに腰をかけて昼食にする。すると、その隣に明峰が遠慮がちにも座ってきた。
「なぜついてくる」
「えっと、一緒にお昼ご飯を食べたかったからのと、そのね、いろいろとお話ししたかったから」
「俺はお前に話すことなんて何も無い」
「えっと、じゃあ私のことを知ってほしい?」
そう首をかしげて自分の言った言葉に疑問する。クラス委員長。来弥はそんな明峰を見て一言。
「わけがわからん」
そう言って袋からパンを取り出し食べ始める。明峰も布を解き弁当箱を取り出し開ける。そしてそのまま食べ始めるのかと思えば。
「はい、あーん」
「?」
急にウィンナーを箸でつまんで俺の方へ向けてきた。それと不思議な言葉と共に。
「なんだ?」
「思春期の男の子がそれだけじゃあ足りないよ?」
「余計なお世話だ」
そう無視してまたパンを食べ始める。明峰はうーん、と悩んだ末、俺のパンの上にウィンナーを置いた。俺は無言で明峰を睨む。
「こうでもしないと食べてもらえないと思って」
可愛く舌先をだして明峰は微笑む。客観的にみたらそれだけで男は明峰の魅力の虜になるだろう。だからこそ来弥は警戒していた。初日にしかも、こんな早くに積極的にスキンシップをとってくる女子は危ないから。だから、あまり近づかないようにしているのだが。
「どうしたの?私の顔になにかついてる?」
「…なにも」
あっちから近寄ってくる以上振りほどくしかない。しかし、まだ相手は一般生徒。下手に振りほどく事も出来ず来弥はウィンナーごとパンを一口で食べるのだった。そんな来弥の姿に明峰はニコニコしていた。しかし、また顔色を変えて来弥に問い詰める。
「そういえばそれ、コッペパンだよね?何も味がついてない」
「だったらどうした」
「だめだよ、コッペパンはジャムをつけて食べるから美味しいんだよ?こんどからは少なくとも味のあるやつを買わないと!食事だって人が生きていく上での最大の楽しみの一つなんだよ?」
「…」
「あ、もしかしてお金が無いとかそういう話だったかな?それだったら無神経なこと言ってごめんなさい」
勝手に推測して勝手に謝る。
(ほんとに、変な女だ)
そこには悪意もなければ敵意もない。ただ純粋に、単純に善意だけでこいつは言っている。だからこそ、なおのこと不思議でたまらなかった。これが普通なのか?という疑問ばかりが飛び通う。
「あ!よかったら私がお弁当作ってきてもいいかな?」
(よく喋るやつ…)
「いらん」
そう言って来弥は会話を打ち切るのだった。
キーンコーンカーンコーンと最後の授業終了の鐘の音が全校舎に鳴り響く。それを合図にみんな一様にリラックスする。
「うぁ〜つかれたぁ〜」
「これからどこいく?」
「ねぇねぇ、ここいかない?」
「部活めんどー」
「休めば?」
「今日これから暇?」
などなど。このあとの予定をみんなそれぞれ中のイイヤツ同士集まって話し合っている。当然、転向初日の来弥にはそんなお誘いはあるはずが…。
「ねぇ伊坂くん、このあと暇かな?」
一人いたな。来弥はそんな明峰を見て驚く。いや、正確にはその周りの反応にだ。
「?」
明峰はそんな伊坂の反応を見て後ろに振り向く。しかし、そこにはいつも通りクラスメイトがそれぞれ放課後の予定を楽しそうに話している姿しか見えなかった。けれど、来弥はちがった。
(だれだ、殺気を放ったやつは…)
注意深く周りを見渡すが、いない。殺気も一瞬で消え失せたので探しようがない。いきなりの殺意に来弥の右手は自然と後ろの腰に装着している物に触れていた。
「どうしたの?伊坂くん」
明峰はそんな挙動不審な来弥を見て心配する。俺は無言でその場から立ち、さっさと教室を出るのだった。