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リャナンシーと吟遊詩人 1

 拓巳とエリスが冒険者になって一週間がたった。

 コボルトの依頼が終わってから、ここ数日の彼らは建築作業の手伝いや手紙の配達など、日雇いのバイトのような依頼ばかりをこなしていた。拓巳は早く様々な生き物を見て回りたがったのだが、エリスがそれに待ったをかけたのだ。


「まだ冒険者になったばかりだ。安全そうな依頼をいくつかやってみて、冒険者がどんなものか知るのも大切だろう?」


 実際、先日のコボルト依頼では痛い目を見ている。エリスも先日の件を心配して言っているのだろう。

 この言葉に反論できなかった拓巳は、結局日本にいたころの日雇いバイトと大差ないことをしながら日々を過ごしていた。


 しかし、この生活には一つ問題があった。エリスがデュラハンであることを隠すために鎧を脱ごうとしないゆえに、鎧のまま手紙を配達したりレンガを積み上げたりするのだ。特に喫茶店のヘルプの依頼をしているときなど、鎧が小さなお盆でコーヒーとケーキを運ぶ様は実にシュールだった。

 しかもこの問題、何が厄介かと言うと、しわ寄せがすべて拓巳にくるのだ。全身鎧を着たエリスは見た目がいかついため、依頼主も直接のいちゃもんは付けづらいのだろう。なので皆、エリスの連れである拓巳にいちゃもんを付けてくる。


 そんな生活に、ついに拓巳の堪忍袋の緒が切れた。


「エリスっ! 格好とやってることが一致してねぇよ! あとフルフェイスで顔が見えないからなんか怖いし! こうやって街中で慎重に依頼こなすのもいいけど、俺はもっと冒険者っぽいことがやってみたいんだよ! 」


 そんなわけで、拓巳とエリスはここ数日の収入でエリスの顔が見えるような兜を買い、ついでに冒険者っぽい依頼を探していた。


「なんか良さそうな依頼見つかったか?」


 ギルドの壁一面に張られた依頼書に大雑把に目を通しながら、拓巳はエリスに声をかける。拓巳が見つけたのは仕事内容の割に報酬の少ないものがおおく、うまみが少ない依頼ばかりだった。隣で同じように依頼書を漁っていたエリスは、一枚の依頼書を壁からはがして拓巳の方に持ってくる。


「そうだなぁ…この依頼なんてどうだ?」


 拓巳は差し出された依頼書をのぞき込む。


『依頼主:カラシン

依頼内容:いなくなった恋人を探してほしい。手掛かりは彼女が残した手紙のみ。一週間探して見つからなかった場合でも、銀貨50枚の報酬を保証する。

報酬:銀貨50枚、成功した場合は追加で金貨3枚』


「人探しの依頼か……この手掛かりの手紙の内容にもよるけど、未達成でも銀貨50枚ってのは破格の報酬だな」


 これまで拓巳がやってきた日雇いの仕事は、精々が銀貨5枚。一日働いて町への入場税二人分程度しか稼げなかった。その日の宿をとって、飯を食うだけで精いっぱいの額だ。それに比べたら、銀貨50枚というのはとても魅力的だ。


「依頼主も恋人を探すのに必死なんだろう。足元を見るようで悪い気がしないでもないが、この依頼は当たりだと思うぞ」

「そうだな。この依頼を受けてみるか」


 当初探していた冒険者っぽい依頼ではないが、報酬は悪くない。

 結局、拓巳とエリスはこの依頼を受けることに決め、受付で手続きをして依頼主のもとへと向かった。




 依頼主が交渉場所として指定したのは、路地裏の小さな酒場だった。酒場の中は、今が昼ということもあって、数人の男が酒を飲んでいるだけで客入りはまばらだ。店の店主に事情を話すと、店の隅の方を指さされる。示されたテーブルには、派手な格好をした若い青年がうつむいて座っている。テーブルには空になったジョッキがぽつんと乗っていた。


「あの…カラシンさんですか? 冒険者ギルドの依頼できたのですが。」


 拓巳がそう話しかけると、カラシンと思われる青年はバッと顔を上げて、目を見開いてこちらにつかみかかってきた。


「やっと来たか! 依頼を出して三日目にしてようやく! よく来てくれた! さあ座って!」


 促されるままに、拓巳とエリスはカラシンと同じテーブルに座る。拓巳たちの対面に座るカラシンは、ここ数日寝ていないのか、目の下にクマが出来ており、げっそりとした顔をしていた。恋人の行方不明で心労が溜まっているのだろう。


「僕はカラシン。君たちが受けた依頼は僕の恋人探しということで合っているかい?」

「はい。俺は拓巳、こっちはエリスと言います。俺たちのパーティでその依頼を受けさせていただきました」

「そうかそうか。じゃあさっそく依頼の話をしよう」


 飲み物と簡単な食べ物を店員に注文して、カラシンは拓巳とエリスに依頼の詳細について話し始めた。




「僕の恋人はね、リャナンシーなんだ」

「リャナンシー、ですか…?」

「ああ、妖精の一種だよ」


 リャナンシー。

 知名度は低いが、拓巳は偶然にも前の世界でこの妖精のことを聞いたことがあった。拓巳は前の世界でのリャナンシーという妖精を思い出す。


 リャナンシーとは、アイルランドの緑の丘というところに現れる女性の姿をした妖精だったはずだ。気に入った男性に愛をささやき、詩や歌の才能を与え、代償としてその男性の生気を吸い取るという言い伝えがある。


「失礼ですが、カラシンさんのご職業は?」

「吟遊詩人だよ。各地を恋人、ララベルという名なんだけどね、ララベルと一緒に各地を渡り歩いて歌を披露しているんだ。しかし、この町に来てしばらくした頃、ララベルが行方不明になってしまってね……」


 テーブル脇に置いてあったリュートのような楽器を持ち上げながら、カラシンが答える。

 拓巳が知っているリャナンシーも詩人や歌手などに憑りつくことが多かった。

 やはり、確定だ。拓巳はリャナンシーという妖精が自分が想像しているものと一致していることを確信する。


「エリスはリャナンシーって妖精を知ってるか?」

「いや、聞いたことがないな」


 どうやら、リャナンシーというのはこちらの世界でもあまりメジャーな妖精ではないらしい。拓巳の元の世界でもあまり知られていない妖精だった。これはもしかしたら、その特質も一般的には知られていないんじゃ……


 拓巳が考えを巡らせている間にも、エリスがカラシンにいろいろと質問していた。


「カラシン殿、ララベル殿の容姿になにか特徴はあるか? リャナンシーとしての外見的特徴でもいい。目印がないと探しようがない」

「うーん……僕はララベル以外のリャナンシーに会ったことがないから、種族的な特徴は分からないな。でも、一般的な妖精族と同じように耳がとがっていたよ。髪は腰まで伸ばしていて、藍色の美しい艶やかな髪だった。目も髪と同じ藍色で、肌は透き通るように白い、美しい女性だったよ」


 そこまで聞いて、拓巳はふと依頼書に書かれていた内容を思い出す。


「手がかりとして、手紙があると依頼書には書いてありましたが」

「ああ。この手紙だ。ある日目を覚ますと、ララベルの姿がなくなっていて、机の上にこの手紙が置かれていたんだ」


 そう言いながら、カラシンが手紙を取り出して拓巳とエリスに見せる。

 手紙には、こう書かれていた。



『愛するカラシンへ


時が来ました。

私はもう、あなたと旅をすることは出来ません。

世界中を一緒に旅すると約束したのに、ごめんなさい。

あなたの歌があれば、どこに行ってもきっとうまくやれるわ。

わたしは一緒には行けないけれど、あなたの旅が実りあるものになるよう、遠く離れた地から願っています。


あなたのララベルより。』



「うーん…手がかりらしきものはありませんね」


 腕を組みながら拓巳がそう言うと、カラシンが申し訳なさそうな顔をする。


「すまないね……… だが、これがララベルの残してくれた唯一のものなんだ。どうにか、これでララベルを探してほしい」


 この通りだ、とカラシンがテーブルに額が付くほどに頭を下げる。カラシンはこんなにも必死なのだ。拓巳もどうにかして、カラシンにララベルと会わせてやりたいと思ったが、どうすれば良いのかがさっぱり分からなかった。


「エリス、なにか考えはある?」


 てがかりの手紙を読んでいるエリスに話を向けると、エリスは自分なりの分析を語りだす。


「そうだな。この『時が来た』という言い回しから、彼女には何かタイムリミットのようなものが存在していたのだと思われる。それが切れたせいで、カラシン殿と一緒にいられなくなり、どこか遠い地へと旅立つこととなった、と。しかし、この『遠く離れた地』という言い回しは、カラシン殿に自分を探しても無駄だというアピールの意味合いが強いだろうな。でなければわざわざ、『遠く離れた地』などとは書かないはずだ。」


 タイムリミット? 何らかの期限が切れた、もしくは貯蓄がなくなったとか……

 そこまで考えて、ふと拓巳は思い当たる節があることに気付く。


「…そうか。生気だ。」


 拓巳がひらめいたように言う。


「生気?」


 エリスが怪訝な声を上げるが、拓巳はそれを放置してカラシンに尋ねる。


「カラシンさん? ララベルさんと出会ってから、体調が悪いな、とか思ったことはありませんか? やる気が出ないとか、全身が怠くて重いとか」

「いや。特にないよ」


 やはりそうだ。だとすれば。

 最悪な予想が脳裏をよぎり、拓巳の顔が少しだけ青ざめる。


「カラシンさん。ララベルさんの命が危ないかもしれません」


 ララベルさんには、もう生気の貯蓄がないのかもしれない。拓巳は小さな声でそう言った。




 拓巳はカラシンに、自分の知っているリャナンシーについての知識を語って聞かせた。

 もちろんこの知識は間違っているかもしれない、拓巳が的外れな知識を得ている可能性もある。でもこの知識が本当だった場合、探し人であるララベルの命にかかわるのだ。だからこそ、拓巳は話すべきだと思った。


「こういうわけで、言い方は変ですが、カラシンさんの体が健康体なのは本来あり得ないことなんです。リャナンシーは生気を吸って生きながらえる妖精ですから、リャナンシーと行動を共にする貴方が生気を吸われていないのは不自然だ」


 あり得るとすれば。

 一拍置いて、拓巳はカラシンに告げる。


「つまり、ララベルさんは、貴方から生気を吸っていなかった。それは人間で言えば、ずっと食事を摂らないでいることと等しい。おそらく、彼女は貴方と旅に出てからずっと徐々に弱り続けていていたはずだ。そしてこの街に来て、自らの死期を悟って姿を消した、と考えられます」


 拓巳の話にを聞き終えたカラシンは、顔を青ざめさせて俯く。やはりショックだったようだ。

無理もないだろう、行方不明だと思っていた恋人が命の危機に陥っているかもしれないのだ。平静でいろ、という方が無理な話だ。


 拓巳は再び手掛かりの手紙に目を落としながら、爪を噛む。

 しかし、ララベルの状況が分かったのはいいが、まだ肝心の居場所が判明していない。それが分からなければどこから手をつけていいのかわからない、と言うのが拓巳の正直な気持ちだった。


 どうすれば彼女の居場所が分かるのか。

 拓巳が頭をひねっていたそのとき、


「…拓巳くんとエリスさん、と言ったかな?」


 ぽつり、とカラシンが小さな声で言う。


「僕の話を聞いてくれるかい? 僕とララベルが、出会ったころの話を。もしかしたら、それが彼女の居場所を知るためのヒントになるかもしれないから」


 カラシンはやつれた顔で話し出す。

 それは、無名の吟遊詩人の青年が、ララベルという名の妖精と出会うお話だった。




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