コボルトと初依頼
え? 週一更新じゃない?
大丈夫。どうせ読んでる人なんていないから。
「コボルト狩り?」
「ああ。初心者用の依頼としてカンボクに勧められたんだ。戦闘経験がない拓巳にはちょっと酷かもしれないが、いざというときはわたしもフォローする。やってみないか?」
冒険者登録を終えた翌日。
拓巳とエリスは早速仕事をこなすために冒険者ギルドへと来ていた。そこでしばらく依頼書を物色していたのだが、エリスが昨日の老婆におすすめの依頼を聞いてきたらしく、拓巳に依頼の提案をしていた。
「大丈夫かなぁ…」
「コボルトは群れると怖いが、一匹一匹は大したことは無い。せいぜい人間のこども程度の強さしかないから、拓巳でもなんとかなるだろう」
そういわれて、エリスの手に持っていた依頼書を確認してみる拓巳。
内容は、鉱山に住み着いているコボルトの駆除だ。討伐報酬は一匹につき銅貨5枚。決して高くはないが、それ故に難易度の低さがうかがえた。
「そういや、さっき話してた感じだとコボルトと戦ったことあるの、エリス?」
ふと疑問に思った拓巳がそう聞くと、エリスはなんでもないという風に手を振る。
「なに、デュラハンという種族からすれば赤子のようなものだ。力も弱いし魔力もほとんどない。犬の頭をした小人、という外見は確かに醜悪ではあるが、危険性はほとんどないと言ってもいい。性格も残酷だが、臆病だから好んで人を襲ったりしないしな」
「ふぅん…」
そこでふと、拓巳は前の世界でのコボルトの言い伝えを思い出す。
コボルトはドイツに伝わる妖精の一種で、人にいたずらしたり、ときに手助けしてくれたりする妖精として知られる。一般的には家に住み着く妖精で、一度贈り物を受け取ったコボルトはその家を出て行ってしまうとも言われており、ハリー○ッターに登場する屋敷○もべ妖精のモデルにもなったとされていた。
しかし、エリスの言いようは少し違うように思う。たしかにドイツにも、コボルトが坑道や地下にすむ小人、とされる言い伝えはあるが、犬の頭をしているというような言い伝えは無かった。それはどちらかと言えば日本のファンタジー作品にありがちな容姿だ。
この世界の生物は西欧の伝承に基づいているのかと思えば、日本独自のイメージもまじりあっているようだ。つくづく不思議な世界だな、と拓巳は首をひねる。
「そうだな、その依頼をやってみようか」
あれこれ考えていた拓巳だったが、結局エリスの提案には逆らえず、この依頼を受けることに決める。そもそも元の世界の知識でいくら考えたところで意味はないし、ならば経験者であるエリスの意見を聞くべきだろう、と拓巳は判断したのだ。
「うわぁ… 坑道の中って真っ暗なんだな」
依頼を受注して数時間後、乗合馬車に乗ってサクラシンを出た拓巳とエリスは仕事場所である鉱山に来ていた。真っ暗な坑道の中に入り、戦えない拓巳がランタンを持ち、エリスが剣を構えながら奥へと進んでいく。
「普段は灯りを付けているのだろうが、今日は鉱山夫たちも仕事を休んでいるようだな。コボルトが増えたせいで仕事にならないのだろうな」
「え? なんでコボルトがいると仕事にならないんだ?」
拓巳がそう聞くと、エリスが困ったような口調で答える。
「いや、わたしも詳しくは知らないんだが……なんでも鉄が掘れなくなるとかいったかな。理由までは聞かないでくれ。最初に言ったようによく知らないんだ」
そういえば、と拓巳は記憶の糸を手繰り寄せる。
16世紀。ドイツの鉱山では、コボルトが魔法で鉄鉱石を加工できない鉱石に変えてしまうという言い伝えがあった。当時の治金技術では加工が困難であったこの鉱石は『コボルト鉱石』と呼ばれ、鉱山夫たちはこの鉱石を、そしてコボルトを嫌った。現在広く知られている原子番号27番Co、『コバルト』はこのコボルトが語源になっているそうだ。
「ほら、おでましだぞ」
そうこう考えているうちに、エリスから鋭い声が飛ぶ。拓巳がエリスの視線を追うと、その先には毛むくじゃらの小人が四人、こちらに向かって近づいて来ていた。
しばらくして、その四つの影が、ランタンの光が届く範囲に侵入する。それは確かに、犬の頭をした小人だった。身長は一メートルほどだろうか、人間の腰に届くかと言うくらいの大きさだ。腰には薄汚れた布を巻いており、手には石でできた武器のようなものを持っている。牙がのぞく口からはよだれをたらし、血走った目はこちらを睨むように凝視していた。
「あれが、コボルト…」
殺気の混じった視線に一瞬硬直してしまう拓巳。バイコーンのときとは違い、今回は真正面から殺気に対峙している。拓巳は喉がカラカラに乾いていくのを感じた。
「拓巳っ! これを頼むっ!」
「なにを……っておわっ!」
エリスは早々に戦闘態勢にはいり、コボルトの群れに突撃していった…のだが、突撃する直前、拓巳の方に何かを投げてよこす。反射的にそれをキャッチした拓巳は、いったいなんなんだ、と手にあるものを確認してみる。
拓巳が受け取ったもの、それはエリスの生首だった。
度肝を抜かれた拓巳は思わず生首を放り投げそうになるが、とっさのところで踏みとどまって、手の中のエリスに向かって叫ぶ。
「いきなり生首を投げるんじゃねぇ!」
「おっと、すまない。しかし、戦闘中に首が落ちるのは面倒だ。わたしは首がないのには慣れているし、生首は安全な場所に置いておいた方が思い切り戦えるのだ。しばらく預かっておいてくれ」
拓巳のツッコミに、エリスの生首が返事を返す。
手の中の生首がしゃべるという奇妙な状況に、拓巳は言い知れぬ心地悪さを感じた。
しかし実際のところエリスの言葉は正しく、拓巳の目の前ではエリスの胴体が背から大剣を抜き放ち一振りでコボルトたちを吹き飛ばしていた。エリスの顔は拓巳の方を向いているので、胴体の周囲の様子は見えていないはずなのだが、エリスの胴体はまるで見えているかのように剣を振るっている。
「見えてないはずなのに、どうして剣が振るえるんだ?」
「なんとなくだが、感じるんだよ。胴体の周りがどうなっているのかがなんとなく分かるんだ。まあ、人間は頭と胴体が離れることはないし、これはデュラハン独特の感覚かもしれないがな」
「……へぇ、すごいんだな。デュラハンって」
でもそれって首から上の存在意義はあるのか、と拓巳はふと疑問に思う。胴体のみで知覚が可能なら、デュラハンにとって生首とはコロコロと転がりまわる弱点でしかないのではないのか。まあ、そんなことを面と向かってエリスに言う度胸など拓巳にはなかったのだが。
そんなふうに拓巳とエリスの生首がのんきに会話している間にも、エリスの胴体はコボルト四匹を完全に倒してしまっていた。今はコボルトの死体を大きな革袋に詰め込んでいる。
「コボルトは倒すのは簡単だが、死体の処理が面倒だな。売れるような素材もないから、ほとんどボランティアだ」
エリスの生首がぽつりと愚痴をこぼす。
依頼内容には、コボルトの死体の回収も含まれていた。鉱山の中に死体を放置していくわけにもいかないし、鉱山夫たちに処理させるというのもあまり効率的ではない。なので、狩った側から回収してほしい、と言うのが依頼主の要望だったからだ。
「じゃあ俺が運ぶよ。こんな坑道の中じゃ俺のクロスボウは役に立たないし、出来ることは荷物運びくらいしかないしな」
「いや、拓巳はそのままわたしの首を持っていてくれ。コボルトの死体は案外重たい。人間の力では運ぶのは大変だろう」
そんなやり取りを何度か繰り返す拓巳とエリス。仮にも男である拓巳は、エリスにそんなことを言われムキになったのか、強引にエリスの手から革袋を奪い取る。
「こういうのは男に任せておけば………って重っ!!」
「だから言っただろう? デュラハンという種族は人間より力が強い。遠慮せず私に任せておけ」
結果、拓巳はエリスの生首を小脇に抱えながらランタンをかざす係。エリスが実戦かつコボルトの死体を運ぶ係になったのだった。
鉱山に足を踏み入れてから三時間ほど経過しただろうか。何度か死体を外に置きに行ったりはしたが、それでも30匹近いコボルトを狩った。ほとんどはエリスによって仕留められたもので、拓巳はエリスの頭とランタンを持つだけの係に徹していたのだが、それでも二人組でこのペースは驚異的だった。
今もエリスの胴体が引きずっている革袋には6匹ほどのコボルトが詰まっている。まるでサンタクロースのようだったが、袋の中身は死体で、運んでいるのが首なしの騎士なのだから、間違っても子供たちには見せられない。
「コボルトの群れは20から35匹が相場だ。数としては十分狩っただろう………拓巳。」
「なに?」
腕の中のエリスが拓巳に話しかける。初めのうちは、腕の中の生首がしゃべるというのに気味悪さを感じていた拓巳だったが、慣れとは恐ろしいもので、もうなんとも思わなくなっていた。
「そろそろ、拓巳も練習がてら狩ってみないか? コボルトは動きも遅い。クロスボウの練習になると思うんだが」
「……分かった」
冒険者として活動していくために、これは避けては通れない道だ。ずっと考えないようにはしていたのだが、ついに拓巳は覚悟を決める。
元は平和な日本に住んでいた拓巳だ。人間の子供ほどの大きさの生物を殺すというのはやはり抵抗がある。エリスがコボルトを狩っていく姿は非日常のようで、どこか映画を見ているような気分でいられたが、自分が殺すとなるとそうはいかない。
だが泣き言を言ってはいられない。エリスにはこんなにも便宜を図ってもらっているのだ。裸一貫で異世界に放りだされた拓巳に、生きる術を与え、希望を与えてくれた。そのエリスに早く報いたいという思いが拓巳にはあった。
「じゃあ、わたしは少し後ろから見ているからな」
エリスの言葉にうなずく拓巳。ランタンは腰のベルトに括り付ける。
エリスの生首を本体に返し、クロスボウに矢をつがえる。クロスボウの使い方は、昨日の夜中に確認済みだ。
すぅー はぁー
深く深呼吸をして、目を閉じる。
頭の中で唱える。できる。大丈夫だ。俺はやれる。
「拓巳、来たぞ」
静かにエリスが告げる。拓巳が目を開けると、そこには2匹のコボルトがいた。ぎらついた目でこちらをにらんでいる。殺意のこもったその視線を感じながらも、拓巳は標準を合わせ、矢を―――
―――放てなかった。
「ッ!?」
にやり、とコボルトたちが笑ったのだ。それは、拓巳を格下だと認識した証左に他ならない。コボルトは臆病だが、自分たちより格下だと認識した相手にはその残虐性を垣間見せる。その嗜虐的な表情に、拓巳は気おされたのだ。
ぎゃあぎゃあ、と耳障りな鳴き声を上げながら拓巳に突進してくるコボルトたち。そのうちの一匹が拓巳に飛びかかり、拓巳は仰向けに押し倒される。
「うわぁあっ」
「拓巳っ!!」
エリスが焦った声を上げる。
拓巳は必死にコボルトを突き飛ばすが、もう一匹が拓巳の脛のあたりに武器を突き立てた。
「ぐっ!!!」
研磨されていないコボルトの粗悪な武器だけに突き刺さりこそしなかったが、拓巳の足に鈍い痛みが走る。とがった鈍器を投げつけられたような痛みだ。拓巳は思わずうめき声をあげる。続けざまにコボルトは拓巳の顔に向けて武器を振り上げる。
その時。
拓巳の目の端に金色の何かが移った。
ドゴッ
そんな鈍い音を立てて、金色の何かはコボルトに衝突する。その衝撃に耐えられず、コボルトは吹き飛んでいく。
コボルトを吹き飛ばしたなにかは拓巳の腹の上にぽとりと落ちる。拓巳はそれを見て、苦笑いしながら言う。
「…そんな使い方も出来るんだな」
「非常時だったからな。普段はこんな使い方はしないぞ。拓巳に当たるかもしれないから大剣は投げられなかったし、仕方なかったんだ。」
コボルトを吹き飛ばしたなにかは、エリスの生首だった。金色に見えたのは彼女の髪だったのだ。
「ありがとう。助かったよ。でも、痛くなかったか?」
「人間とデュラハンを一緒にするな。こんな風にコロコロと転がるからな、人間より多少丈夫に出来ているんだ」
少しだけムスッとしながらエリスが言う。それがなんだか可笑しくて、拓巳は少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。
「残りはわたしがやろう、拓巳はそこで休んで―――」
「いや、俺がやる。エリスのおかげで目が覚めた」
ここまで来てエリスに頼ってばかりではだめだ。エリスの生首を後ろに放り投げると、拓巳は起き上がってクロスボウを再び手に取る。
コボルトの方に目を向けると、一匹は気絶したまま、もう一匹は今にも起き上がりそうだ。気絶している方はエリスの生首がぶつかった方だろう。
コボルトの方にクロスボウを向ける。
頭ではやらねばならないことは分かっているのだ。
ただ、本能がそれを拒絶する。
ならば、本能を捻じ曲げてでもやらねばならない。それだけの話だ。
拓巳は起き上がろうとしているコボルトに狙いを定め、矢を放つ。
グサッ、という音をたてて、拓巳の放った矢がコボルトのちょうど眉間に突き刺さった。断末魔を上げながら、コボルトが倒れる。
拓巳は頭をぶんぶんと振ってその断末魔を振り切ると、気絶しているコボルトにもクロスボウを向ける。
「じゃあな」
放った矢は、コボルトの心臓付近に突き刺さる。コボルトが絶命したのは、流れ出る血の量から見ても明らかだった。
ギルドに併設された酒場。
拓巳とエリスはそこで今日の夕食を食べている。
「結局、32匹狩って報酬は銀貨16枚か」
「結構いいんじゃないか? コボルトでこんなに稼げることはめったにないんだぞ」
「と言ってもなぁ………心労に見合わない報酬というか」
あの後、拓巳とエリスはそのまま鉱山を出た。エリスが頭が痛いと言い出したのがきっかけだが、拓巳には分かっていた。エリスは嘘を付いたのだ。おそらく拓巳が精神的にひどく疲れていたのを察してくれたのだろう。その証拠に、冒険者ギルドで報酬を受け取るころにはケロッとしていた。
「大丈夫だ、拓巳。ちゃんとコボルトは倒せたじゃないか。拓巳は十分冒険者としてやっていけるよ」
もぐもぐと夕飯を食べながら、なんでもないというようにエリスが言う。
その優しさに、拓巳は思わず胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ありがとう」
「わたしは事実を言っただけだ」
ふっ、と口もとを緩めるエリス。
「それに拓巳には借金を早く返してもらわないとな」
「そうだな。今日でやっと銅貨五枚か。先が思いやられるなぁ…」
拓巳の言葉に、エリスが首をかしげる。
「銅貨五枚?」
「ああ。俺の取り分はコボルト二匹分だろ? 半分はこの食事に使っちまうし、今日返せるのは銅貨5枚ってこと」
「何言ってるんだ。拓巳の取り分は銀貨八枚だぞ」
「なっ!!」
エリスの言葉に、スプーンを取り落として唖然とした表情になりながら立ち上がる拓巳。飛び跳ねたスープが少し服にかかってしまうがそんなことを気にする余裕はない。
つまりエリスは、今日の報酬をきっちり山分けしようと言っているのだ。拓巳としては二匹分ですら貰うのが心苦しいような役立たずっぷりだっただけに、エリスのこの発言は無視できなかった。
「俺は今回役に立たなかっただろ!エリスが全部でも俺は文句は言えないほど、全部エリス一人の力だっただろうが!」
「ランタンを持ってくれたし、わたしの頭も大事に持っていてくれただろう?」
「それは俺が二匹のコボルトを狩るときの手助けでチャラだろう!むしろ俺の借りが大きいくらいだ!」
大声でそう主張する拓巳に、エリスは静かに言う。
「いいから、貰っておけ。拓巳の頑張りに対する正当な対価だよ。でも、そうだな……そんなに納得できないなら、これは貸しにしておく」
「貸し?」
「ああ。いつかわたしが困ったとき、拓巳が助けてくれないか?」
そんなのは対価にならないだろ、と拓巳は即座に反論しようと口を開く。しかし、その口から言葉が発せられることは無かった。
エリスは、とても真剣な目をしていた。いや、必死、と言ってもいいかもしれない。拓巳は、それほどまでに切実な何かを、エリスの目に感じた。
「…分かったよ。でも、今日返すのは銅貨五枚だ。今更文句言うなよ? エリスには俺自身が稼いだ金を返すからな」
「ああ。分かったよ」
椅子に座りなおしながらそんなことを言う拓巳を、エリスは目を細めて眩しそうに見つめていた。