デュラハンは鎧にうるさい 3
街に入るや否や、拓巳は街の中の様子興味深そうにキョロキョロと見回していた。その姿は傍から見れば、「お上りさん」というやつだろう。
サクラシンの町は拓巳の世界でいう中世、産業革命以前ののヨーロッパの街並みに似ていた。石畳の街道。レンガ造りの家。麻の服を着た人々や、馬車で荷を運ぶ商人。そのすべてが、拓巳には新鮮だった。
「ここがサクラシンの町かぁ」
拓巳が感嘆の混じったため息を漏らしていると、後ろから門での手続きを終えたエリスがやってくる。衛兵に冒険者ギルドの位置を聞いていたらしく、そのせいで拓巳よりすこし遅れていたようだ。
「拓巳、衛兵の話では門の前の大通りをまっすぐ行って、中央広場のところで右に曲がってまたまっすぐ行けば、突き当りに冒険者ギルドがあるらしい」
「そっか。じゃあ早く行こう!」
拓巳はエリスを急かして、衛兵に教えられたとおりに冒険者ギルドへと向かう。
途中通りかかった中央広場には、様々な出店が並んでおり、香ばしい肉の焼ける香りが鼻孔をくすぐった。
「そういえば、デュラハンって飯はどうやって食うんだ? 首が外れてても口から食べるのか?」
屋台を眺めながらふと疑問に思った拓巳が、エリスに尋ねる。
なにせ魔法の生き物だ。もしかした頭だけでも食事をとれるのではないか、と期待していた拓巳だったが、エリスの解答は拓巳の予想とは正反対のものだった。
「いや、首がちゃんと体の上にないと食事は出来ない。首が外れた状態で飯を食べると、咀嚼したものが首の下からダダ漏れになるんだ」
「うわぁ…」
首の外れたデュラハンの食事を想像しながら、思わず拓巳がうめく。咀嚼物がそのまま垂れ流しとは、吐瀉物よりは幾分か清潔ではあろうが、ほとんどそれに近い。違いと言ったら胃液が混じっているかいないかだけだし、なかなかにグロテスクな光景になりそうだ、と拓巳は想像する。
拓巳たちがそんな他愛のないことを話しながら通りを歩いていると、どこからか陽気な曲調の音楽が流れてきていることに気付いた。なんとなくだが、ケルトの民族音楽に似た雰囲気を感じる。フルートやバイオリン、アコーディオンなど多種多様な楽器の音が拓巳の耳を打った。
「なあエリス。楽団か何か来てるのかな?」
拓巳がそう聞くと、エリスが答える。
「ああ、この音楽か。これは妖精が楽器を吹いているんだろう」
「妖精?」
「町の中だし、おそらく家付き妖精の類だろうな。そこそこ大きな屋敷があるような大都市では、時折こんな風に妖精が音楽を奏でているのを聞くことが出来る。ほら、あそこの屋敷の屋根の上を見てみろ」
エリスに促されるまま、指さされた方の屋敷を見てみる。すると、屋根の上で数人の小人のような生き物が踊っているのが見えた。
「ほう……複数の家付き妖精が居つくとは珍しいな。家付き妖精はあんな風に、ときおり屋根の上に出ては自由気ままに楽器を奏で、踊りを踊るんだ。だが、あの屋敷のように複数の妖精が一つの屋敷に住み着くのは稀だな。あの屋敷の主人は、たいそう人がいいのだろうな」
楽器を奏でながら踊る妖精を見て、エリスが感心したように言う。
そんなエリスの言葉を聞きながら、拓巳は目をきらきらさせて妖精たちを見つめていた。
「へえ…すごいな……」
さっそく広がるファンタジーに拓巳は心を躍らせる。この世界が一体何なのか、それは拓巳もよく分かってはいなかったが、この世界をもっと見てみたいという思いだけが拓巳の中で大きくなっていった。
中央広場を右折すると、通りに並ぶ店の系統が変わる。門の前の大通りには、飲食店や宿屋、服飾店や質屋などが並んでいたのだが、冒険者ギルド前の通りには武器屋や防具屋、魔法薬などの薬を置いている薬屋など、冒険者に需要がありそうな店が多く軒を連ねている。
「そういえば拓巳、冒険者になりたいとさっき言っていたが、武器や防具は……持ってるわけないか」
「言われてみれば…」
拓巳は自分の服装を見る。電車での居眠りの最中にこちらの世界に飛ばされたこともあり、その身にまとっているのはごくごく一般的な学生服であった。
「その恰好では、冒険者として登録させてもらえるか分からない。金は建て替えるから、さきに拓巳の装備を整えよう」
「え、そんな、悪いって」
「ではその恰好で冒険者の依頼をこなすつもりか。そちらの方がずっとわたしに迷惑がかかるぞ。言うなれば何の武器も持っていない一般人を抱えて依頼をこなすようなものだからな」
そう言われては、拓巳に返す言葉はない。
申し訳ないなと思いながらも、拓巳はエリスの提案を受け入れる。
「悪いな、何から何まで。金は必ず返すから」
なんだかパチンコ台を彼女から借りるダメ男みたいだなと思いながらも、エリスから金を借りる以外に装備を整える方法もない。なので素直にエリスお言葉に甘えることにする拓巳。
「気にするな。まずは武器から見てみよう」
なんでもないようにそう言うと、エリスは拓巳を引っ張って早速近くにあった武器屋に入る。武器屋の中には、短剣や弓、片手剣からハルバードまで多種多様な武器が陳列されていた。
「拓巳は何か使ってみたい武器とかあるのか?」
「うーん…さっぱりだ。素人だからよく分からないな」
「それもそうか。じゃあ……これなんてどうだ?」
そう言ってエリスが見せてきたのはクロスボウだった。木製の柄の先に交差するように弓が取り付けられている、ごくごく一般的なものだ。
「しばらくはわたしとパーティを組むんだし、前衛後衛のバランスを考えれば遠距離武器の方がいいだろう」
「でも、高いぞ。弓ってことは当然矢も買わなきゃいけないし、借りる金が増えるのはエリスに申し訳ないよ」
クロスボウは銀貨20枚。短剣なら5本は買えるほどに高額だ。しかもこれに加えて矢を一束分買えば、さらにお金はかかる。クロスボウの矢は普通の弓につがえる矢と違って矢羽の少ない特殊な矢であるため、当然普通の矢よりも高い。エリスにかかる迷惑も考えて、拓巳は足踏みしてしまう。
しかし拓巳が考え込んでいる間に、エリスはさっさと会計を済ませていつの間にか矢筒まで買ってきてしまっていた。
「なんだかエリスには借りばかりが増えていくなぁ」
渡された武具一式を見ながら、拓巳はつぶやく。
そんな拓巳を気にすることなく、エリスは店を出る。
「なに、その分は冒険で返してくれればいい。さて次は防具を見に行こう。」
そこから一番近い防具屋は、拓巳たちがいた武器屋の真正面にあった。
「防具かぁ…クロスボウを使っていくんなら、やっぱり軽装の装備がいいよな」
拓巳は防具屋に入りながら、自分にはどんな装備が良いか考えてみる。エリスのような金属の全身鎧は論外だ。どうしても動きが阻害されてしまうし、なによりついこの間まで高校生だった拓巳が全身鎧を着れば、身動きがとれるかどうかすらあやしい。そうなると軽い皮系の装備、もしくは急所だけを金属で覆ったような簡易な鎧がよいだろう。
「エリスはどう思う…って、エリス?」
「はぁ、はぁ……じゅるり」
拓巳がエリスに意見を聞こうと隣を見てみると、隣にいる全身鎧の中から興奮した吐息が聞こえてくる。フルフェイスのせいで顔は見えないが、ちょっと人にはお見せできないような表情になっているのではなかろうか。
「エ、エリス? どうしたんだよ?」
突然のエリスの豹変に、困惑する拓巳。
しかしそんな拓巳に構うことなく、エリスは目の前に陳列されていた全身鎧に抱き着いた。
「よろい! よろい! よろい! 鎧がいっぱいだぞ拓巳!」
「そ、そりゃあ防具屋だからな。」
全身鎧に頬ずりするエリスを若干引いた目でみながら、拓巳はなんとなく状況を理解する。
もしかしてエリスは―――鎧フェチ、というやつなのではないか、と。
「見てみろっ! ここに展示してある全身鎧を!素材はただの鉄だが、研磨が丁寧にしてあって光沢が美しいっ! 傷ついてなんぼの鎧なのに、この意味のない表面加工!ロマンがあるとは思わないか拓巳!」
防具屋の中をはしゃぎながら走り回るエリスに、拓巳は気後れしながら後に続く。店員さんの方に目を向けると、たまに同じような客もいるのか、生暖かい目をエリスへと向けている。
「おい、エリス―――」
「見ろ拓巳この皮鎧を! 背中の留め金が一般的なものと違うぞ! …ほうほう! 装着時には手間がかかるが、脱ぐときは素早く脱げるような構造になっているな。一般的な鎧は急な出撃に備えるために装着に手間がかからないような構造になっているのだが、この鎧は皮鎧ということで、シーフ職などが敵から逃げるとき、少しでも体を軽くするために脱ぐときの手間に重点をおいているようだな! 素晴らしい!!」
「…あー、だめだこりゃ。しばらく放っておくか」
呼びかけてもまったく反応しないエリスに、拓巳は早々にさじを投げる。
確かに、デュラハンと言えば鎧、というイメージはあるが、このはしゃぎようはいかがなものか。今まで、エリスにクールな女騎士然とした印象を受けていた拓巳だったが、この醜態を見てそのイメージがぼろぼろと音を立てて崩れていくのを感じた。
拓巳は店内の物色をしながら、エリスの正気が戻ってくるまで待つことにする。今のエリスの様子は、アニメショップに行ったときにアニメオタク、駅に行った時の鉄道オタクを彷彿とさせる。下手に話しかければ巻き込まれるのがオチだろう。
「はぁ……」
拓巳は手元のクロスボウ一式に目を落としながら、小さくため息をつく。
今、拓巳の手の中にあるのは、殺傷能力をもった紛れもない『武器』だ。やろうと思えば人を殺すことだってできる。エリスの語る冒険譚に魅了されて冒険者になりたいなどと口走ってしまった拓巳だったが、ここにきてすこしだけ不安も感じ始めていた。
もとは普通の高校生だった拓巳がすぐにクロスボウなんて使えるはずもない。それ以前に、このクロスボウで生き物を殺す覚悟が自分にあるのか。
そんな当たり前のことを忘れて、拓巳はエリスに『冒険者になりたい』と言った。
もちろん『冒険者になってこの世界の生き物を見て回りたいと思った』という理由も嘘ではない。しかしそれは拓巳が冒険者になりたがった本当の理由ではなかった。
拓巳にはそれ以外、どうすればいいか分からなかったのだ。
泊まるアテも無く、稼ぐアテも無く、食べるアテも無く。そんな状況で今、拓巳は一人、異世界に立っている。そんな中で初めて手に入れた人とのつながり、エリスとのつながりを切ってしまうのが、拓巳には怖かったのだ。
だから拓巳はエリスに「冒険者になりたい」と言った。エリスが善人であることを理解したうえで、エリスなら自分の世話をしてくれるのではないかと打算した。
悪い言い方をすれば、拓巳はエリスに『寄生』しようとしたのである。
「くそ… 最低だな、俺……」
鎧を選んでいるふりをしながら、拓巳は唇をかみしめて俯く。
エリスはまだはしゃぎながら鎧を見て自分の世界に浸っているようで、拓巳の様子には露ほども気付く様子はなかった。