茨の魔女は人間か否か 2
手違いでデータ消えた……しょっく……
翌日の朝。
宿で朝食をとりながら、拓巳はワタユキに言った。
「ワタユキ」
「なんですかぁ?」
「魔女に会いにいくぞ」
「ふぇ?」
眠気が抜けきっていないらしいワタユキが目をパチクリとさせる。
「魔女?」
疲れからか、昨日は早々に寝入ってしまったワタユキにとって、拓巳の言葉はまさに寝耳に水だった。
「どうやら、ここから東の森に魔女が住み着いているらしいんだ。けど、もうすぐこの村に神殿騎士がやってくるみたいでな。魔女に伝えてやらないとーーー」
「ちょ、ちょっと待ってください!そんないっぺんに喋らないでくださいよ」
事態を飲み込めていない様子のワタユキ。
そんな彼女に拓巳が事情をイチから説明する。
「……なるほど。そんなことがあったんですか」
拓巳の話を聞き終わったワタユキは悲しげに目を伏せた。そしておずおずと拓巳に尋ねる。
「……どうして『魔女』はこんなに嫌われてるんでしょうね? 聞いた限り、魔女とは陰陽師のようなものなのでしょう? わたしの故郷で陰陽師と言えば超エリートです 人でありながら妖術を使える彼らは、いろんなところで重宝されますけど……」
そんなワタユキの疑問に拓巳はしばしの間考え込んだ後、ゆっくりと、噛みしめるように答えた。
「……自分たちの理解が及ばない力。それが怖いんだよ」
魔力がない人間にとって、魔女とは自分たちの理解が及ばない強大な存在だ。
彼女たちの機嫌を少し損ねれば、普通の人間など容易く葬られてしまうことだろう。
だからこそ、人間は彼女たちを迫害するのだ。
魔女を自身より劣った存在だと思い込むことで自尊心を満たし。自身より弱い存在だと痛めつけることで己の中の恐怖心を消し去ろうとしているのだろう。
しかし、拓巳はその考え方がたまらなく不快だった。
確かに彼女たちは未知の力を持っているかもしれない。理解の及ばない力を持っているかもしれない。
だが、それは彼女たち自身のことを理解し得ない理由にはならない。その力を理解できずとも、彼女たちの人格や感情は理解することが出来るのだ。
それをせずして迫害に走るのは、拓巳からすれば愚かとしか言いようがなかった。
そう語った拓巳に、ワタユキが小さく「なるほど」と頷く。そしてクスリと笑みをこぼした。
「なんだよ、今の話に笑うところなんてあったか?」
「いえ、そうじゃないんですよ。そうじゃなくてですねーーー」
ムッとする拓巳に、ワタユキは茶化すように言った。
「―――魔女ってなんだか、エリスさんと似てますよね」
「…ッ」
拓巳は思わず息を呑んだ。
言われて初めて気づく。
確かに、魔女の境遇はエリスと似ていた。
「だから、見過ごせないんでしょう?」
「……別に」
「ふふっ、照れなくてもいいんですよ?」
「別に照れてねぇよ」
「またまたぁ」
からかってくるワタユキから顔を背けながらも、拓巳は内心で胸にストンと落ちるものを感じていた。
(ああ、そっか……俺は、魔女とエリスを重ねていたのか……)
拳をぐっと握る。
気づけば、拓巳の中の魔女を助けたいという気持ちは一段と大きくなっていた。
それから二時間がたった。
既に日は高く上り、木漏れ日が肌を優しくなでる。
拓巳とワタユキは、魔女が住み着いていると噂の森へと足を運んでいた。
「おー…確かに。森の周囲を茨が覆ってるな」
森には幹の直径が1メートルほどもありそうな太い茨が、まるでバリケードのように生い茂っていた。高さも見上げるほどであり、とてもではないが森の奥へは侵入できそうもない。
ツンツンと茨をつつきながら、ワタユキが感嘆のため息をもらす。
「ほわぁ……これ、すごいですね……わたしが頑張ってもなかなか凍らないですよ」
「え? ほんとか?」
それこそ本人の意思とは無関係に、近くにあるものをなんでもかんでも凍らせてきたワタユキ。
そんな彼女が初めて放った「凍らない」という言葉に、拓巳は驚きを隠せなかった。
「この茨からは、生気を感じないんですよね。生気というよりはむしろ、妖力をつかって形を維持してるみたいな……生き物としては歪です」
ワタユキはぺたぺたと茨を触っては、興味深そうに首をかしげる。
「うーん……? 生き物じゃないんですけど、生き物みたいな……なんなんでしょうね、この感じ?」
「魔女が作ったって話だし、なんかその辺が関係してるんじゃねーの?」
「……そうでしょうか? 妖力によって作られたというよりは、生き物の『抜け殻』と表現した方が的を射ているような……?」
ワタユキは、茨に何か違和感を感じているようだった。
拓巳が茨を乗り越えようと四苦八苦している間も、ジッと茨を見つめては眉根を寄せていた。
乗り越えた先は、何の変哲も無い森だった。
比較的巨木が多く、地上まで陽が当たらないのか植物は少ない。
地面には木の根が這い、剥き出しの岩に苔がへばりついている。
ほどよく木漏れ日が差し込み、森林浴のような心地よい感覚を味わいながら、拓巳たちは森の中を歩いていた。
「森に入れたのはいいんですけど……肝心の魔女はいったいどこにいるんですかぁ?」
不意にワタユキがつぶやく。
確かに彼女の言う通り、森は広い。広大な森から魔女を探し出すのはなかなかに骨が折れそうだった。
「手分けして探してみますか?」
「でも、迷うと危ないだろ……」
「それは大丈夫だと思いますよ」
そう言ってワタユキが指差したのは、国境沿いに連なる山脈。
森の中にあっても、木々の間からその存在を確認することが出来る。
「山脈と反対側に進めば村に出る、これだけ覚えておけば迷うこともないと思います。それに、魔女を見つけるのは一刻も早い方がいいですよ。『てんぷらないと』とやらがここに到着するまであまり時間がないのでしょう?」
ワタユキの言い分は正鵠を射ていた。
神殿騎士を『てんぷらないと』と間違っていること以外は、非の打ち所のない完璧な論理。
確かに現状では、魔女捜索に時間をかけるのも得策ではなかった。
「……分かった。手分けして探そう」
拓巳も納得し、二人は手分けして森の中を捜索することにした。
ワタユキと別れた拓巳がしばらく森の中を歩いていると、開けた場所にでた。森の中にぽっかりと穴が開いたような不自然な広場。上を見上げても視界をさえぎる木々は無く、青々と晴れ渡った空が見える。日の光が直接大地に降り注ぐためか、その広場は草の緑に覆われていた。
そんな広場の中央には、一軒の小屋があった。
もとは樵が森の中で利用するために作られたのであろうその小屋の表には、なぜか洗濯物が干してあった。真っ白なシーツと焦げ茶色の外套が気持ちよさそうに日の光を浴びている。
漂う人の気配。
しかし今、森は魔女によって占領されているのだ。人がいる筈ない。いるとすれば―――
拓巳は生唾を呑み込み、おそるおそる小屋へと近づいた。
コンコン、と木製のドアをノックする。
「……だれ、なの?」
すると、扉の向こうから声が帰ってきた。
ギィッ、と音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
扉の隙間から顔をのぞかせたのは、一人の少女だった。
歳は10歳に届くか届かないかといったところか。
深緑色のローブに、肩口まで伸びた若草色の髪。頭には、大きな白い薔薇のついたカチューシャをしている。幼いながらも目鼻立ちは整っていて、将来は相当な美人になりそうだ。
「……幼女?」
「……初対面のくせに失礼な奴なの。シンディは立派なレディなの」
ほとんど無意識に呟かれた拓巳の言葉に、シンディと名乗る少女は可愛らしく頬をぷくっと膨らませた。
悩んだ末の幼女投入