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ジャックフロストと雪の森 3


 その真っ白な少年は名をフロスティというらしい。

 話を聞いてみると、フロスティはジャックフロストの親玉のようだった。

 親玉とは言っても雪女よりその力は弱いらしく、拓巳たちが自己紹介している間も絶えずワタユキに尊敬のまなざしを向けていた。


「俺は拓巳だ。んでこっちは―――」

「ワタユキです」

「うん、よろしくね。拓巳兄ちゃん、ワタユキ姉ちゃん」

「……ん? 拓巳『兄ちゃん』?」


 拓巳が疑問の声を上げたのはもちろん、フロスティに『兄ちゃん』と呼ばれる理由に心当たりが無かったからだ。

 それはワタユキも同じだったのだろう。首をかしげながらフロスティに尋ねる。


「フロスティくん、なんで私がお姉ちゃんなの?」

「うーん……なんでだろ? お兄ちゃんはともかく、お姉ちゃんは『お姉ちゃん』だからだよ」

「えーと、意味が分からないんですけど……」


 フロスティの答えを聞いたワタユキは困ったような顔で拓巳を見る。

 しかし拓巳はなんとなくフロスティの言った意味が分かった気がした。


 雪女とジャックフロスト。

 どちらも雪の化身、似たような生き物だ。フロスティとワタユキならばワタユキの方が年上、さらに同族に似た臭いを感じたからこそ、フロスティもワタユキを『姉』と呼んだのだろう。


「こいつらもワタユキと同じ雪の生き物だからな。そのうえで雪女であるワタユキを格上と判断して、姉と呼んでいるんだろうな」

「なるほど。つまり私の方がこの子たちよりも強い、と!」

「……まあ、そういうことだな」


 満足げに腰に手を当て、無い胸を張るワタユキ。拓巳はそんなワタユキを半眼で見つめる。


「……むぅ。拓巳さんは不満げですね。私とこの子たちとでは保有してる妖力が違うんですよ!わたしの方がお姉ちゃんなんです!」

「うん。分かったからそのドヤ顔をやめてくれ」


 拓巳とワタユキがそんなやり取りをしている間、フロスティは他のジャックフロストたちに何やら言い聞かせていたようだ。ジャックフロストたちは先ほどまでとは違い、拓巳たちにキラキラとした尊敬のまなざしを向けてきていた。


「あねきー」

「あねきー」

「あにきー」


 フロスティに感化されたのだろう。

 他のジャックフロストたちもフロスティに倣って拓巳たちのことを兄貴姉貴と呼び始めた。


「姉貴……うへへ。そうですよ~、お姉ちゃんですよ~」


 ワタユキは姉と呼ばれてご機嫌なようだった。わらわらと寄って来るジャックフロストたちを、にやにやと緩んだ顔をして撫でさすっている。


「可愛いですねー、この子たち」

「そうだな」


 確かに、「あねきーあねきー」と言いながらワタユキの周りを跳ね回るジャックフロストたちはとても愛らしい。

 しかし拓巳はワタユキの言葉に同意しきれないでいた。

 理由は単純。このジャックフロストたちは『冷たい』のだ。もちろん、この場合の『冷たい』と言うのは性格ではなく温度の話だ。

 なにしろ彼らは雪の化身である。それはつまり、雪女同様『冷気を振りまく』存在であることを意味しているわけで。


「……霜焼けしそう」


 拓巳は手近にいるジャックフロストの頭を優しく撫でながら、ぽつりと呟く。

 可愛いことは認めるが、素手で触るにはちょっと厳しい。

 それが拓巳がジャックフロストに抱いた感想だった。


「それで……フロスティ。なんで俺たちを襲ったんだ?」


 そう言いながらジャックフロストから手を放して、拓巳はフロスティへと目を向ける。

 現状からいくと、彼らは拓巳たちに敵意を持っているようには見えない。

 しかし、先ほどの雪像を動かしていたのは間違いなくジャックフロストたちだ。

 ジャックフロストに関する民間伝承には、『彼らの姿かたちは雪だるまに酷似している』といった記述もある。彼らが雪像の残骸から出現したことも踏まえると、彼らがあの雪像を操っていたであろうことは想像に難くない。

 ならばなぜ、ジャックフロストは拓巳たちを襲ってきたのか。

 拓巳が疑問のまなざしを向けると、フロスティは俯きがちにぽつぽつと話し出した。


「……お兄ちゃんたちを『敵』と勘違いしちゃったんだ」

「敵?」


不穏な単語に、拓巳が眉を顰める。


「……その前に、すこし僕の話を聞いてくれる?」


 そう言ってフロスティは語り始めた。



***



 奴らがこの森にやってきたのは去年の冬の終わりだったんだ。

 僕らジャックフロストは、冬の間は世界中を飛び回って人にいたずらして遊んだりするんだけど、それ以外の季節はずっとこの『雪の森』で生活している。

 だから奴らを初めて目にしたのも、冬が終わってこの森に帰ってきた、ちょうどその時だった。


 今でこそ僕が『おさ』なんて呼ばれているけど、本来ジャックフロストが群れることはほとんどない。

 冬の間は世界中に散らばるわけだから、集団を作るメリットがないんだ。僕が『おさ』と呼ばれているのも、単純に僕の力が一番強かったからっていうだけの話。


 だからその日も、僕は一人で森の中を散策していた。

 凍える空気と月明かりが心地よい、真っ白で静かな夜だった。


 森の中を歩いていると、ふと、僕は違和感を感じた。

 何となしに足元を見てみると、僕は腰を抜かすほど驚いた。なんと、地面に氷が張っていたんだ。


 何がおかしいんだ? と思うかもしれない。

 この森は、一年中雪が降る極寒の土地だ。地面に氷が張るくらい普通のことだと思ってしまっても仕方ない。

 確かに外界なら、一度解けた雪がまた固まって生まれた氷なのだろうと一蹴することも出来た。


 でも、もう一度だけよく考えて欲しい。

 ここは『雪の森』だ。年中、極寒が支配する閉ざされた土地。

 この森では、雪が解けてしまうことなんてあり得ない(・・・・・)んだ。


 最初は人間の仕業かな、とも思った。

 この森を抜けようとする人間たちは必ずと言っていいほど火を焚くし、その熱で雪が解けてもおかしくはない。


 でもこの雪解けの跡は、まるで蛇が通った後のように、細く長く続いていた。

 不可解に思った僕は、雪解けの跡を追って森の奥深くへと入っていった。


 そして、森の奥深くまで入った時、僕は見つけたんだ。数えきれないほどの灯りを。


 奴らの名は―――ジャックオランタン。

 炎と死を司る悪魔の名前だよ。



***



「奴らがやって来てから、僕たち弱っていく一方で……すごく困ってるんだ」


 苦々しい顔をしながらフロスティは語った。


「奴らの炎は雪を溶かし、僕らの住処を奪っていった。このまま奴らに居座られると、いずれ森中の雪が溶けてしまう」


 ジャックフロストにとって、雪が無くなるというのは致命的だ。

 彼らにとって、雪とは依り代のようなもの。雪が無くなれば、ジャックフロスト達は依り代を失い、同時にこの世に存在する(すべ)を失ってしまう。


「つーことは、俺らを襲ったのは……」

「うん。お兄ちゃんたちの焚き火をジャックオランタンと勘違いしたんだ」


 拓巳の言葉に、フロスティは申し訳なさそうな顔をしながら頷いた。

 確かに言われてみれば、拓巳たちを襲った雪像の最初の一撃が拓巳たちを狙ったというより、近くにあった焚き火を狙っていたようにも思える。


「集団戦じゃ勝てないけど、単体のジャックオランタンなら倒せると思って」

「なるほどな」


 フロスティの言葉に拓巳が頷いていると、不意に後ろから服をくいくいと引っ張られた。


「拓巳さん……」


 そこには、うるうると瞳をにじませて上目遣いで見上げてくるワタユキの姿があった。


「このままじゃこの子達が可哀想ですよ。助けてあげましょう?」


 ジャックフロストが雪女に親しみを感じるのと同じように、雪女もまたジャックフロストに親しみを感じるらしい。

 ワタユキは完全にジャックフロストたちに同情してしまっているようだった。


「助けるって言ったってな……」


 拓巳は困ったように頬をかくと、フロスティに視線を向ける。


「フロスティ。ジャックオランタンの数は?」

「とにかくいっぱいだよ」

「……ここにいるジャックフロスト達よりも多いか?」

「うん。下手したら桁が違うかも」


 拓巳は周囲を見渡す。

 目算でも、辺りにいるジャックフロストの数は3桁を軽く超えているように思う。

 ここからさらに桁が増えるとなると……

 拓巳は思わず頭を抱えた。


「ワタユキ」

「はい」

「俺たちはこの件には関わらないようにしよう」

「何でそうなるんですか!」


 早々にこの場を立ち去ろうとする拓巳の襟を、ワタユキが引っ張る。


「袖振り合うも多生の縁ですっ!ここは助太刀してあげるのが人情ってもんでしょう!」

「だってさ……こりゃ戦力差があり過ぎるだろ」

「だからってこの子たちを放っては置けません」


 ワタユキの意志は固いようだった。

 つん、とそっぽを向いて拓巳の言葉には耳を貸そうともしない。


「拓巳さんがその気にならないのなら、私一人でもやりますからね」


 そう言われると、拓巳も折れざるを得ない。

 結局、拓巳たちはジャックフロストたちに助太刀することになったのだった。




 ジャックオランタンをこの森から追い出すためには、戦って彼らを打ち負かす必要がある。

 そして戦闘が避けられないことを考えると、敵情視察は必須。

 そんなわけで拓巳はフロスティが見たというジャックオランタンの大群を見に行ってみることにした。


 フロスティに先導された先にあったのは、一面に広がる提灯の灯り。夜の闇のなかでぼんやりと橙色に光る彼らのともしびは、白銀の地面すらも炎の色に染め上げ、幻想的な光景を作り上げている。

 その数は10や20ではない。おそらく1000は軽く越えるだろうというほどの大軍勢だ。

 フロスティが「桁が違う」という表現したのも頷けた。


 ジャックオランタンはアイルランドやスコットランドに伝わる霊の一種だ。

 ジャックオランタンといえばカボチャ頭の男を連想する人が多いと思うが、本来のジャックオランタンは腐ったカブをくり抜いて作られる。実際、目の前で大群をなしているジャックオランタンたちの頭もカボチャではなくカブのようだった。


「ワタユキ、お前の力でなんとかならないのか?一人で突っ込んでいって殲滅とかできねえの?」

「うーん……戦ったことがないのでなんとも言えませんね……あの『じゃっくおらんたん』とやらはどのくらい強いんですか?」


 ワタユキの問いに拓巳は言葉を詰まらせる。

 もちろん、拓巳にはジャックオランタンと戦った経験などない。

 フロスティに訊くと「ウィルオウィスプと同じくらい強い」という答えが返ってきたが、ワタユキも拓巳もウィルオウィスプがどのくらい強いのか知らなかった。

困った拓巳は、試しにジャックオランタンと似たような日本の妖怪を挙げてみる。


「んー……『ジャックオランタン』=『提灯お化け』って考えるとどうだ?」

「無理ですね。わたし一人じゃ手に負えません」


 即答だった。


「一度に操れる雪の量にも限りがありますから……たぶん、相当数に逃げられます」


 先ほどジャックフロスト相手に見せたあの圧倒的な力を持ってしても、やはり殲滅は難しいらしい。

 早々にワタユキの単騎殲滅を諦めた拓巳はフロスティへと視線を向ける。


「フロスティたちはジャックオランタンと戦ったりしたのか?」

「あの数相手じゃ勝ち目がないから……はぐれたやつを倒して数を減らすくらいが精々だったよ」

「そうか……」


 フロスティたちは、はぐれたジャックオランタンを各個撃破していたようだ。

 確かにそれは堅実な作戦だろうが、1000という数を削りきるのに相当の時間がかかる。

 このやり方ではジリ貧になるのは火を見るより明らかだった。


「拓巳さんは『じゃっくおらんたん』とやらにも詳しいんですよね? 何か作戦を考えてくださいよ」

「えぇ……丸投げかよ……」


 ワタユキに作戦を丸投げされた拓巳は、仕方なく頭をひねることとなった。




ハーレムが書きたい


(追記)

そういえばこの作品、ネット小説大賞の一次選考通過してましたね。

すごくうれしいです。

一次選考を通過したおかげなのか、評価ポイントも25ポイントから42ポイントに増えてました。やったね!


というわけでテコ入れします。

ジャックフロスト編が終わったらハーレム要員を増やします。


現状、ハーレム要員と目されているエリス・ワタユキの二人ですら拓巳に惚れている様子は見られないのに、ハーレム要員を増やしていいのか甚だ疑問ではありますが。増やすったら増やすのです。



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