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ジャックフロストと雪の森 1

 エリスを探す旅に出て約半月。

 拓巳たちはライオネル王国の国境近くまでやってきていた。


「僕が送れるのはここまでだ」

「お世話になりました、カラシンさん」


 分かれ道のはざまで、拓巳とカラシンは分かれの挨拶を交わす。

 もともとカラシンが目指していたのはライオネル王国の王都である。途中までは道が同じだったために馬車で送ってくれていたが、死者の谷を目指す拓巳たちとはここで別れることになっている。


「すまないね。死者の谷まで送ってやれなくて」

「いえ、ここまで馬車で送ってもらえただけでもありがたいです。途中の食事までお世話になってしまって、感謝しかありませんよ」


 申し訳なさそうな顔のカラシンに、拓巳はお礼を言いながら頭を下げる。

 実際、カラシンに送ってもらったおかげで、乗合馬車に乗るよりずっと早く国境付近にたどり着くことが出来ているのだ。拓巳からすれば感謝しかない。


「死者の谷には、ここからどうやって行けばいいんですか?」


 ワタユキが尋ねると、カラシンは考え込むようなそぶりをしながら答える。


「うーん……僕も正確な場所は知らないけど、まずはルーシア教国側からライオネル王国との国境沿いを北に進んでみるといい。近くの村に聞き込みをしながら進めばきっと見つかるはずだ」


 そこまで話すと、カラシンは真剣な顔をして拓巳に向き直り声を潜めた。


「この道をずっと行けば『雪の森』に出る」

「雪の森?」


 疑問顔の拓巳に、カラシンは「行けばわかるよ」と言って曖昧な笑みを浮かべる。


「ルーシア教国へと抜けるには通り抜ける必要があるけど……気をつけなよ。あの森にはジャックフロストが住み着いているから」


 最後にカラシンはそう言って、ライオネル王国へと続く街道へと消えていった。




 ジャックフロスト。

 イングランドの民間伝承に登場する『霜男』。

 雪の精、氷の精として知られる彼らは冬になると世界各地に現れる。その姿は多様で少年のような容姿をしたものから雪男のような容姿をしたものまで様々である。

 エリスがイエティのことを知っていたのもこの妖精が原因で、彼女はおそらく雪男のような容姿をしたジャックフロストをイエティと勘違いしていたのだろう。

 冬の間は活発に動き回る彼らだが、それ以外の季節は一箇所に集まってお互いを冷やし合い、暖かい季節を乗り越えるのだという。


 ジャックフロストが冬以外の季節に集まる場所。

 通称『雪の森』。


 年中気温が氷点下を下回り積もった雪が解けることのないその森は、ジャックフロストたちにとってだけではなく、雪女にとっても天国のような場所であった。


「うひゃーい!!テンション上がりますねー!!」


 歓喜の声を上げながら、ワタユキが積もった雪へとダイブする。彼女は積もった雪に頬ずりしては、嬉しそうに笑い声をあげた。


「……こんな馬鹿みたいに寒いってのに、元気だなぁワタユキは」

「何言ってるんですか! このくらいが適温ですよ適温! 森の外は暑くって暑くってもう!」

「お前はそうだろうよ、雪女なんだから」


 呆れた顔でワタユキを見つめていた拓巳は、はぁと白いため息を吐きながらあたり一面の雪景色を見回す。


「にしても……どうなってんだこりゃ。今、この辺りは季節的には秋のはずなんだけど」


 雪の森に足を踏み入れた拓巳は、目の前に広がる光景に愕然としていた。

 今、拓巳は森の境界に立っているのだが、森の境界に沿って綺麗に白と緑が分かれている。森の手前までは草の生い茂る草原だが、一歩でも森に踏み入ればそこからは一面の銀世界が広がっている。


「カラシンさんが言っていた雪の森ってのはここのことだろうな」

「ですね〜。明らかに『雪っ!』って感じですし」


 ワタユキと話しながら、拓巳は目を細めて森の奥を見つめ、大きなため息をつく。


「この森を抜けなきゃいけないのか……」


 ルーシア教国へ行くにはこの森を抜けなければならない。森を迂回して行こうにも、カラシン曰く他のルートには厄介な魔物がいたりするらしく、この雪の森を抜けるのが一番マシな道順らしかった。


「骨が折れそうだなぁ……」


 雪に埋まった足を見ながら拓巳が再度ため息をつく。雪の中を徒歩で進むというのは想像以上に体力を消費する。雪に足を取られて思うように進めない上、寒さが体力を奪うからだ。


 これからの苦労を思い嘆息する拓巳。ふと顔をあげワタユキの方を見ると、ワタユキは不思議そうに首を傾げていた。


「拓巳さん?なんでそんなこの世の終わりみたいな顔してるんです?」

「だって、これからこの森を抜けなきゃいけないんだぞ?雪の中を徒歩で進まなきゃいけないんだから、そりゃ嫌な顔の一つもするだろ ―――ッ!?」


 と、そこでワタユキの姿を見止めた拓巳は目を丸くする。

 拓巳の視線の先にはワタユキの草鞋を履いた足がある。彼女の足は驚いたことに、雪に埋もれていなかったのだ。


「……おい、ワタユキ」

「なんです?」

「なんでお前の足は、雪に埋もれていないんだ?」

「わたしは雪女ですよ? 雪女が雪に足をとられるわけないじゃないですか!」


 そう言って、ワタユキはからからと笑った。

 そんなワタユキとは対照的に、拓巳はふるふると怒りに身を震わせる。


「ずるっ! 卑怯だぞお前っ!」

「え? 何がです?」

「俺だけ雪に足をとられながら進まなきゃいけないのかよ! 不公平だろ!」

「えぇ~……種族の違いをどうこう言われても……」


 余りにも理不尽な物言いに、呆れた顔をするワタユキ。

 拓巳は雪をかき分けながらワタユキのもとまで行くと、ぽんっと静かに彼女の肩に手を置いた。そしてニッコリと笑うと、手に力を入れ始めた。


「ほらっ! お前も雪に沈めっ! 雪に足をとられて体力を消耗しろっ!」

「ちょっと! やめてくださいよ!」


 雪の中に押し込むように力を込める拓巳。ワタユキの周囲の冷気もお構いなしだ。

 しばらくの間、お互いに服を掴んで格闘していた拓巳たちだったが、ついにワタユキの堪忍袋の緒が切れた。


「もうっ! いい加減にしてくださいっ!!」


 ワタユキがそう叫ぶと、突然、彼女の周囲に雪が舞い始めた。

 舞う雪の量はどんどん増えていき、しばらくすると猛吹雪と言っても過言ではない量の雪が拓巳とワタユキの周囲を舞う。


「馬鹿ワタユキ!! その吹雪を止めろっ!!」

「えーっ!?  なんでですかーっ! ここからがいい所なんですけどーっ!」


 唇を尖らせてぶーたれるワタユキ。吹雪の轟音の中で拓巳が叫ぶ。


「このままだと凍え死ぬわっ!! 俺が悪かったから! お願いだから吹雪を止めてくれ!」

「え〜……仕方ないですね」


 不満げな顔をしながらワタユキが手を振り下ろすと、先ほどまであれほど吹き荒れていた猛吹雪がピタリと止んだ。

 後に残ったのは吹雪いていた雪の塊と、その塊に体を飲み込まれかけている拓巳の姿だった。


「……本気で死ぬかと思った」

「この程度の寒さで凍え死ぬなんて軟弱すぎますよ、まったく」

「雪女と一緒にすんな馬鹿……はっくしょん!」


 腕を組んであきれた顔をするワタユキをジト目で睨みながら、拓巳は大きくくしゃみをした。


「ほら、拓巳さん! はやくはやく~!」


 雪の中を軽快に駆けながら、ワタユキが拓巳に向かって手を振る。雪に足をとられないワタユキにとって、雪の上を走ることなど造作もないことなのだ。


 そんなワタユキとは対照的に、拓巳の足取りは重い。

 ズボリ、ズボリと鈍い音を立てながら、雪をかき分けて一歩一歩進む。


「……くっそ。あの野郎、あとで覚えてろよ」


 拓巳は怨嗟の言葉を吐きながら、はるか先で雪と戯れるワタユキを睨むのだった。




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