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デュラハンは鎧にうるさい 2

「すまない。いつもはフルフェイスで固定しているのだが、ついうっかり」


 あのあと、意識をとりもどした拓巳は少女による必死の説得で何とか心の平静を取り戻していた。今はようやくお互いに自己紹介をしようか、というところだ。先ほど地面に転がった少女の生首は持ち主に拾われて小脇に抱えられている。白銀の鎧にバスケットボールのように抱えられた美少女の生首が話しかけてくる様は非常にシュールだった。

 平静を取り戻してもなお、少女に奇異の目を向ける拓巳に、少女が口を開く。


「自己紹介がまだだったな。私はエリス。見ての通りデュラハンだ」


 彼女は、デュラハンだった。


 デュラハンとは、拓巳の元いた世界で言うところの首なしの騎士だ。主にアイルランドに伝説として残っている妖精の一種である。

 創作物ではしばしば首のない馬に乗った首なしの騎士として描かれる。アンデットとして扱われるものも多く、時には死神と同一視されることもある。もちろん拓巳たち現代人からしたら架空の存在で、間違っても現実にいるような存在ではない。


 そんな首無し少女がいるこの場所が、地球であるはずもない。

拓巳もバイコーンに遭遇した時点である程度の覚悟はしていたが、やはり自分は異世界に飛ばされたのだと実感する。


「エリスさん、か。俺の名前は拓巳。園田拓巳です」

「さん付けはいらない。エリスで構わない。敬語も不要だ」


 ぶっきらぼうにそう言うエリスに、拓巳は苦笑いしながら頷く。そして先ほどから疑問に思っていたことを聞こう、と口を開く。


「それで不躾で申し訳ないんだけど、ここってどこ?」

「ここはカラエナンの森だ」


 そんなことも知らないのか、とばかりに困惑した様子でエリスが答える。

 しかし『カラエナンの森』という地名に聞き覚えのない拓巳は思わず首を傾げた。


「からえなんの森…? じゃあ、エリスは日本って国を知ってる? 俺はもともとその国にいたんだけど、気づいたらこの森の中にいて、困ってるんだ」

「ニホン…? すまない。そんな国は聞いたことがないな」

「そっか……」


 こうして日本語が通じている人が、日本を知らないなんてあり得ない。やはり自分は元の世界とは別の世界に来てしまったようだ、と拓巳は再確認する。


 しかし、どうやってこの世界に来たのか、拓巳はまったく想像もできなかった。デュラハンが実在する世界が存在する、なんて話はもちろん聞いたことがなかったし、帰る方法も見当がつかない。


もしかしたら俺はもう、元の世界には…… 


 言い知れぬ不安を振り払うように頭を振り、拓巳は努めて明るい声を出す。


「そういえば、さっきはありがとう、バイコーンから助けてもらって。それなのに首が取れた途端叫び声を上げながら気絶しちゃって。なんだか申し訳ないな」

「…そのことなんだが、拓巳はデュラハンが怖くないのか? 普通の人間だったらデュラハンに出会った途端、裸足で逃げ出すものだぞ?」


 エリスが目をまん丸にして心底不思議そうに問う。

 しかし拓巳としては、バイコーンに出会った時点で今更だ。ここからさらにドラゴンが出ようがエルフが出ようがデュラハンが出ようが、大した違いはない。そのすべてが拓巳にとっては異常なのだ。ここまで来て、今更友好的なデュラハンに驚いて逃げ出すなど拓巳にはあり得なかった。


「いや、助けてもらった相手を怖がったりしないよ」


 そう拓巳が返すと、エリスは驚いたような顔をする。


「わたしのことを恐れない人間なんて初めて見たぞ。ホントに、ホントに、わたしのことが怖くないのか?」

「しつこいって。怖くないよ。さっき助けてくれたじゃないか」


 めんどくさそうに拓巳が言うと、エリスは「そうか……」と噛みしめるように呟く。彼女のつぶやきには尋常ではない安堵とも歓喜とも言えぬ複雑な感情が乗せられている気がして。その様子にただならぬものを感じた拓巳はすこしだけ言葉に詰まる。


「それにさ、実は込み入った事情があって」


 そして拓巳は「この際だ」とばかりにエリスに事情を説明し始めた。自分が日本という国で暮らしていたこと。訳が分からないうちにこの森の中で眠っていたこと。帰ろうにも、どうすればいいのかさっぱりわからないこと。

 初対面の人にこんなことを話すのは変かもしれない。不用心だし、相手に変人扱いされる可能性もあるだろう。しかし、拓巳はなぜか、目の前の少女に本当のことをすべて話してしまいたい衝動に駆られたのだ。


 目の前の少女は悪い人ではない。(デュラハンであるためそもそも人間ではないのだが)

 そんな無根拠な確信が拓巳の中に生まれていた。


「そういうわけで、一体どうすればいいのか…」


 自身の事情を説明し終え、困ったように頬をかく拓巳。

 黙って拓巳の話を聞いていたエリスは、悩みながらも口を開く。


「なるほど、事情は分かった。が、わたしも正直どうしたらいいのか分からない。そうだな…それなら私と一緒にサクラシンという都市に行ってみないか?」

「サクラシン?」

「サクラシンはこの国の王都でな。ここら辺では最も大きな都市だ。冒険者ギルドや図書館があって、情報収集はしやすいと思うぞ」


 エリスの提案に、拓巳は考え込む。

 しかし、考えたところで他に案がないのも事実だった。ここでエリスの提案を蹴れば、拓巳はまた森の中にひとりぼっちだ。どちらを選ぶかは論じるまでもない。


「わかった。じゃあ、サクラシンまでご一緒させてもらっていい?」

「ああ。よろしく頼む」

「こちらこそ。足手まといにしかならないと思うけど、よろしくお願いします」


 そう言いながら握手する二人。

 こうして拓巳はエリスとともにカラエナンの森を出て、サクラシンへと旅立つことになったのだった。




 森を出て、街道にでた拓巳とエリスは、そのまま街道に沿って歩いてゆく。森の中ではバイコーンなどの魔獣にいつ襲われるか分からないので、二人とも気を張っていた。そのため道中は特に会話も無かったのだが、街道に出て気が緩んだのか、ようやく二人の間に雑談が飛び交うようになった。

 ちなみに今、エリスの首はちゃんと正常な位置にある。全身鎧が顎を包むくらいまであるので、フルフェイスで固定しなくても歩くくらいの衝撃では首は落ちないらしい。


「エリスはなんでサクラシンに行くんだ?」

「さっきも言ったように、サクラシンには冒険者ギルドがあるんだ。そこで冒険者になろうと思ってな」

「冒険者ギルド?」


 困惑した拓巳の様子をみて、エリスも拓巳が異世界から来たことに思い至る。


「そうか、拓巳は冒険者ギルドも初めて聞くのか。じゃあ簡単に説明しよう」


 そしてエリスは冒険者ギルドについて説明を始めた。


「冒険者ギルドとはその名の通り、冒険者という職に就いている者たちを統括する組織だ。各地に支部があって、その影響力は国を超えて世界中に及ぶ。冒険者登録に特殊な手続きがあるらしく、登録にはそれなりに大きな町に行く必要があるんだ」

「へぇ……それでエリスはサクラシンの冒険者ギルドに行くのか。それで、冒険者っていうのは何をするんだ?」

「なんでもだ」

「な、なんでも?」


 エリスの大雑把な返答に言葉をつまらせる拓巳。


「ああ。依頼があれば何でもやる、いわゆる何でも屋だな。だが主な仕事としては魔物の討伐とか素材の採取とかだな」

「魔物っていうと、さっきのバイコーンみたいなやつ?」

「ああ。バイコーンの右角は魔法薬の材料に、バイコーンの左角は回復薬の材料になるんだ」

「それでさっき、バイコーンの角を切り取ってたんだな」


その後も拓巳とエリスはいろいろなことを話しながら街道を歩く。耳にする内容はどれも初めて聞くようなことで、拓巳はエリスに様々な質問をした。エリスもそんな拓巳の不躾とも言えるような量の質問にも、ひとつひとつ丁寧に答えていく。


 拓巳の興味をもっとも強く惹いたのは、冒険者についての話だった。エリスの語る生き物たちはどれもこれも、元の世界では伝説とされていたような存在だ。数年前まで中二病を発症していたという理由で、拓巳は普通の人より架空の生き物や悪魔、精霊の類に詳しかった。

 そんな理由もあり、エリスの語る生き物たちに拓巳が魅了されるのは仕方がなかったのかもしれない。


「なあ、エリス。俺も冒険者になってみたいな」


 不意に拓巳がぽつりと漏らす。

 冒険者になって、この世界のいろいろな生き物たちを見て回る。そんな生き方が、拓巳にはとても魅力的に思えたからだ。


「拓巳は戦闘の経験はないんだろう。ただでさえ冒険者という職業は危険だ。それなのに戦えない拓巳が冒険者になっても、無駄に命を散らすだけだ」


 諌めるように言うエリスに、それでも拓巳は食い下がる。


「それでもだよ。元の世界に帰れたらそれが一番だ。だけどこっちの世界に来た過程からして帰れない可能性が高い。ならせめて自分のやりたいことがしたいんだ。」


 エリスの目を見ながら、拓巳は続ける。不思議なことに、拓巳には元の世界に帰りたいという気持ちはあまりなかった。それよりもこの世界にいるであろう不思議な生き物、ファンタジーの実現へのワクワクが拓巳の心を支配していたのだ。

 そのまましばらくにらみ合っていた二人だったが、エリスの方が先に「はぁ」とため息をついて目線を外す。


「……なら止めない。だが、もし冒険者になるならしばらく私といっしょに行動しろ。簡単な戦闘訓練くらいならつけてやれる」

「ありがとうエリス!!」


 勝手な主張だとは拓巳にも分かっていた。しかしエリスは、そんな拓巳のわがままな願望に付き合ってくれるという。エリスのその優しさに、拓巳は心から感謝の念を抱く。


「べ、べつに感謝されるようなことではない! せっかく助けたのに、すぐに死なれても寝覚めが悪いというだけだ!」


 拓巳からのストレートな感謝を伝えられて気恥ずかしくなってしまったのか、ツンデレのようなセリフを口にするエリス。

 頬を赤らめながら口をもごもごとさせて言い訳をするエリスに、拓巳は何度も何度もお礼を言うのだった。




「ここがサクラシンか。でっかいなぁ……」


 サクラシンに着いた拓巳を出迎えたのは、高さ10mはあろうかという巨大な門であった。門の前には入場の手続きを行うのか、列ができている。

 並んでいるのは人間が半数、残りは耳がとがったエルフと思われるような人や、二本足で歩くオオカミのような姿をした獣人、3メートルほどの身長を持つ人など、多種多様な種族であった。そんなファンタジー然とした目の前の光景に、拓巳は気分が高揚する。しかし意気揚々と門へと向かおうとする拓巳に、エリスが待ったをかけた。


「ちょっと待て拓巳。お前、金は持ってるのか?」

「えっ! 金が要るの?」

「当たり前だ。大都市への入場には税がかかるのは常識だろう」


 いきなり出鼻をくじかれた拓巳がエリスの方を振り返る。そこで拓巳は、エリスがいつの間にかフルフェイスを被っていることに気付いた。さきほどまでは普通に頭を出していたのだが、今のエリスは完全フル装備だ。鎧のせいで顔が見えないため、もはや表情も分からない。


「なんで兜被ってんの?」

「私はデュラハンだからな。サクラシンは人間が多い都市だし、デュラハンは人間に嫌われている。デュラハンであることは隠しておいた方がいいんだ」

「そういえば、会った時もそんなこと言ってたな。なんでデュラハンって人間に嫌われてるんだ?」


 拓巳のその質問に、一瞬だけ躊躇するようなそぶりを見せつつ、エリスが答える。


「……デュラハンが『死をもたらすもの』、つまり死神だと言われているからだ。大昔に、出会った人間の首を片っ端から鎌で刈り取ったデュラハンがいてな。それが言い伝えとして人間側に伝わっているらしい」


 エリスの話を聞いて、拓巳は元の世界でもデュラハンが『死を予言するもの』だと言われていたのを思い出す。その姿を見たものは死ぬ、だとかそんな話は拓巳もたくさん聞いたことがあった。そのイメージがそのまま伝わっているのならデュラハンが人間に忌避されるのも当然だろう。


(まあ、元の世界のデュラハンは漆黒の鎧をきた大柄な男なイメージで、間違っても目の前にいるような美少女ではなかったけどな)


 拓巳は肩身が狭そうにうつむいている白銀の騎士を見ながらそんなことを思う。

 デュラハンの言い伝えだか何だか知らないが、拓巳には目の前の美少女を死神と結びつけることはどうにもできそうになかった。


「そんなことよりほら、通行税だ」


 そんなことを考えている拓巳に、エリスが数枚の硬貨を投げてよこす。エリスが言うことにはこの世界の金銭はすべて硬貨であるらしく、金貨、銀貨、銅貨、銭貨の四種類があるらしい。金貨一枚で銀貨100枚、銀貨一枚で銅貨10枚、銅貨一枚で銭貨10枚という関係だそうだ。エリスから門の通行税として渡されたのは銀貨2枚だった。


「ごめん。冒険者になって稼げたらすぐに返すよ」

「期待しないで待っている」


 無一文ゆえに仕方ないにしても、自分とそう歳も変わらない少女からお金を借りるのは抵抗があったのか、拓巳がすこし目を伏せて申し訳なさそうな表情を見せる。そんな拓巳に「もしかしたら返さないうちに死んでしまうかもしれないしな」なんて言ってエリスが笑う。


 そんなやり取りをしながら、拓巳とエリスは門をくぐってサクラシンへの入場の手続きを待つ列に並ぶのだった。



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