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ハミンギャと旅立ちの讃歌 2

久しぶりの更新。

最近は忙しかったのですが、クリスマスは例のごとくボッチなので近日中にもう一話投下できると思います。

 拓巳と冒険者の喧嘩を間に入って仲裁したのは、偶然その場に居合わせたらしいカラシンだった。彼は拓巳だけでなく、冒険者二人組の方とも知己の間柄らしく、「まぁまぁ、僕の顔に免じて……」と火消し役を買って出てくれた。

 冒険者二人の方もしぶしぶといった様子ではあったが矛を収め、拓巳のことを一瞥したのち席を立って受付の方へと向かって歩いて行った。

 拓巳はカラシンに促されるままに、先ほどまで冒険者たちが飲み食いしていたテーブルに座る。カラシンも拓巳の対面に座り、うつむいたままの拓巳を見つめる。


「お久しぶりです」


 先に口を開いたのは拓巳だった。

 顔をあげて、仮面のような笑顔でにこやかに語りかける。


「お元気そうで何よりです。あれから姿を見ていなかったので、てっきりほかの街に旅立たれたのかと―――」

「聞いたよ、エリスさんのこと」

「……」


 カラシンの言葉に、再び黙りこむ拓巳。しかしカラシンはそれに構わず話を続ける。


「彼女、デュラハンだったんだね。驚いたよ。まさかあの時の少女が、あの悪名高きデュラハンだったなんて思わなかった―――」

「……貴方もエリスのことを罵りに来たんですか」


 拓巳の問いかけに今度はカラシンの方が口を噤んだ。カラシンは拓巳の問いかけに応えることなくただ微笑むばかりで、その様子を見た拓巳は悔しそうに唇を噛みしめて顔を伏せる。


「帰ってください」


 拓巳が絞り出した言葉には、明確な拒絶が乗せられていた。

 これ以上、エリスのことを悪く言われたくなかった。それは知己であるカラシンなら尚更だ。見ず知らずの人間が言う悪口ですらこんなにも心がささくれ立つというのに、カラシンにまで否定されたらそれこそ我慢できなくなる自信が拓巳にはあった。

 しかしそんな拓巳の気持ちとは裏腹に、カラシンは微笑みを絶やさず明るい口調で言った。


「いいのかい? 僕は彼女の行き先を知っているよ?」

「―――ッ!!」


 ばっと顔を上げる拓巳。

 エリスの行き先。今の拓巳が喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 驚いた様子の拓巳を見てカラシンは少しだけ笑みを深くする。


「なぜエリスの行き先を知っているんですか!?」

「吟遊詩人の情報網を舐めたらいけないよ。きな臭い噂話っていうのは、例外なく吟遊詩人のもとへと集まってくる。それに僕は商人でもあるからね。吟遊詩人としての情報網とは別に、独自の情報網を持ってるのさ」


 しばしの間、放心したようにポカンとしていた拓巳だったが、正気に戻るや否やテーブルに身を乗り出してカラシンに迫る。


「お願いします! 教えてください!!」


 一刻も早くカラシンからエリスの行き先を聞きだし、彼女に会いに行かないと。拓巳の顔にはそんな思いがありありと浮かんでいる。

 するとその必死の形相を見たカラシンは、思わずといった様子でクスリと笑みをこぼした。


「あの時とは真逆だね。君が僕、ララベルがエリスさんだ」

「……ぁ」


 少しの間、言葉を失う拓巳。

 カラシンは一転、真剣な顔をして拓巳に問いかける。


「君たちの姿は、まるであの時の僕とララベルを見ているようだよ。でも、だからこそ、エリスさんの行き先を教えるのは後だ。君には僕たちと同じような道は辿って欲しくないから。まずは少しだけ、僕の話を聞いてくれないか?」


 『僕たちと同じような道は辿ってほしくない。』

 その言葉は、拓巳を冷静にさせるには十分だった。ララベルの最期を知っているだけに、カラシンの言葉は重く重く拓巳の心に響いた。

 拓巳は前のめりになっていた体を椅子の方へと引き戻し、小さく頷く。するとカラシンは満足したように頬を緩めた。


「勘違いしないでほしい。君にエリスさんの行き先を教えるのは別に構わないんだけどね……彼女を追うにはそれなりの覚悟がいる。君は知らないようだから、まずはこの歌を歌ってあげようか。この辺りに伝わるデュラハンの唄を」


 人間に伝わるデュラハン族の伝承。

 今まではエリスの手前もあり、あえて調べないようにしていた。

 しかし今はそんなことを言っている場合ではない。エリスを一人で旅立たせてしまった原因は、まさにこの伝承なのだ。それを理解しないことにはエリスを連れ戻すことなどできるはずもない。

 拓巳は小さく息をつくと、カラシンに向かって再度頷く。

 それを見たカラシンはおもむろにリュートを取り出すと、陰鬱なメロディーを奏でながら歌い出した。




「首狩りデュラハン  名をシャドー ♪


 今日も今日とて 首を狩る ♪


 盗人どこだ どこ行った ♪


 首をなくした 悲しみは ♪


 首狩れ首狩れ 泣き叫ぶ ♪


 首無しデュラハン  名をシャドー ♪


 今日も今日とて    首を狩る ♪


 首を探して     首を狩る ♪」




「……これが言い伝えにあるデュラハンだ。この歌は『死神シャドーの唄』と呼ばれていてね、この国の人間なら子供でも知っているほど有名な歌なんだ」


 歌を歌い終わったカラシンは真剣な顔をして話し出した。


「昔、ある盗賊がシャドーという名のデュラハンから『首』を盗んだ。目的は分からない。おそらく好事家に高く売れるんじゃないか、とでも考えたんだろう。夜遅く、盗賊はシャドーに近づいて一緒に酒を飲んだ。そしてシャドーを酔わせて寝床に運び込み、寝ているシャドーから『首』を盗ったんだ。それから、その『首』を木箱に入れて持ち出した」


 拓巳は以前、エリスに『首と胴体ってどれくらい離れていても大丈夫なんだ?』と聞いたことがある。するとエリスは『どれだけ離れていても大丈夫だが……だからこそ恐ろしい。離れていても感覚は共有できてしまうわけだから、自分の頭がずっと手の届かないところで無防備にさらされ続けることになる』と答えて身を震わせていた。

 今考えると、あの時のエリスはこのことを思い出していたのかもしれない。


「翌朝、目を覚ましたシャドーは異変に気づいた。そりゃそうだろう、自分の『首』がないんだからね。シャドーはすぐに首を盗んだ犯人が昨晩一緒に酒を飲んだ人間だと悟り、怒り狂った。しかし酔っていたせいか、シャドーには盗人の顔が思い出せなかった。分かっているのは、盗人が『人間』だということだけ。それ以外に手がかりはなかったんだ」


 そこでカラシンは一息つくと、声を低くして言った。


「だから、シャドーに憎しみの対象は『盗人』から『人間』へと変わった。そして彼は、自分から首を盗んだ人間たちに報復しようと考えた。自分がされたのと同じ方法(・・・・)を使ってね」

「……同じ方法って」

「そう。彼は無差別に人間の首を刈り取り始めた。老若男女、貴賤問わずにね。刈り取った首は木箱に詰めて見せしめにした。『わたしの首を返さなければ、わたしは首を刈り続ける』というメーセージを添えて」


 聞きながら、拓巳はごくりと生唾を飲み込む。

 一見暴論に見えるシャドーの考え方だが、理解できないわけではない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎し。ある個人に恨みを抱くと、その個人が所属しているコミュニティすらも憎く思えてくるというのはよくある話だ。


「それでも彼のもとに首が戻ることは無く、シャドーは死ぬまで人間の首を刈り続けたそうだ。シャドーが狩った首は何百とも何千とも言われている。信じられるかい? シャドー一人でこの数だ。まさに彼は『死神』だった」


 『死神』。エリスが酷く気にしていた言葉だ。

 しかしここでふと、拓巳の中に疑問が生まれた。


「……でも、なんでそれでデュラハン全体が嫌われるんです? 恐ろしいのはシャドー個人であって、デュラハンという種族じゃない」


 拓巳の疑問に、カラシンは何でもないように手を振って答えた。


「拓巳君も気づいているだろう? 同じなのさ、人間もデュラハンも」

「同じ?」


 怪訝そうな顔をする拓巳に、カラシンは続けた。


「シャドーは盗人が憎いから『人間』も憎んだ。人間たちはシャドーが怖いから『デュラハン』も恐れた。この二つに何の違いがある? どちらも愚かで、酷く馬鹿馬鹿しい―――ってそんなことはどうでもいいね。僕が君に言いたいことはこれじゃない」


 真剣な表情をになったカラシンは、深く息を吸い込んで拓巳に訊いた。


「君はこの伝承を知ってもなお、エリスさんに会いたいと願うのかい?」


 どうやら最初から、カラシンは拓巳の覚悟を問う心づもりだったらしい。探るように拓巳の目を見つめている。

 拓巳は、頭のなかでもう一度、カラシンの言葉をリピートする。

 『―――、エリスさんに会いたいと願うのかい?』

 是非もない。拓巳の答えは最初から決まっている。今更迷うことなどありえない。


「当たり前です」


 力強く、堂々と。

 拓巳は言った。


「うん。いい返事だ」


 拓巳の返事を聞いたカラシンは、そう言ってにこりと笑った。




 拓巳の覚悟を確認したカラシンは、自身が持っている情報について話し出した。


「エリスさんはどうやら、北門から出てそのまま街道沿いに北東へと向かったようだ」

「北東、ですか……」


 地理に明るくない拓巳は、記憶の底から以前エリスに聞いた国同士の位置関係の知識を引っ張り出す。


「北東っていうと……ルーシア教国?」

「そうだね。そちら方面だ」


 カラシンが頷くと、拓巳は顔を顰める。

 拓巳の脳裏に浮かんだのは、先日のルーシア教会での出来事。エリスが拓巳たちのもとから去る原因となった一件だ。


(どうしてよりによってルーシア教国に?)


 ルーシア教国は人間至上主義の国だ。その思想の過激さは、先日の教会神父との一件でもはっきりしている。そんな国に、デュラハンであるエリスがわざわざ向かう理由が拓巳には分からなかった。


「―――とはいえ、これだけじゃ情報が少なすぎる。どの方角へ向かったのかが分かっても、どこへ向かうのかが分からなければ追いかけても見つからない可能性が高い。拓巳くん、何か手がかりはないのかい?」


 カラシンに尋ねられ、はっとした拓巳は手紙のことを思い出した。


「あります! エリスの手紙が!」

「手紙?」

「朝、エリスがいなくなったとき、机に置いてあったんです」

「その手紙、見せてくれるかい?」


 断る理由も無かったため、拓巳はエリスの置き手紙を取り出してカラシンに手渡す。

手紙に目を落としたカラシンは、しばらく手紙を読んでいたかと思うと急に目を見開いた。


「ははは……参ったな」


 手紙に視線を落としたまま、苦笑いをこぼすカラシン。「なにかあったんですか?」と拓巳が尋ねると、カラシンは質問を返してきた。


「拓巳くん、この手紙は本当にエリスさん本人が書いたものなのかい?」

「はい。そのはずですけど……?」


カラシンは「そうか……」と呟くと、手紙から目線を上げた。


「さっきの『死神シャドーの唄』……」

「……?」

「あの歌に出てくるシャドーという男は当時デュラハン族の長だったらしくてね。今でもその血筋の者がデュラハン族を統べているらしい」

「それがどうかしたんですか?」


 首をかしげる拓巳に、カラシンは一瞬逡巡したようなそぶりを見せたあと、言い放った。


「『死神』と呼ばれたデュラハン、本名を『シャドー・トワイライト』と言ったそうだよ」


「なっ!!」


 カラシンの言葉を聞いた拓巳は、慌てて手紙の最後の一文を読み返す。

 手紙の一番最後。エリスの本名が書かれている署名の部分には、何度読み直しても同じ名前が書かれていた。


「エリスティア・トワイライト……」


 トワイライトという姓。

 それが一致しているということは、意味することはたった一つ。


 エリスは、『死神』の血を引く者だったのだ。


ふと思ったんだけど、この小説で取り上げてる魔法生物のラインナップ。華が無い気がする。


デュラハン、リャナンシー、コボルト、雪ん子、姥ヶ火、ハミンギャ、バイコーンetc

有名どころは敢えて使わないように意識してたけど、メンツが地味すぎる……

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