インキュバスと神父 5
感想ありがとうございます!
こんなPV4000にも満たないような拙作を読んでくださり、本当に、本当にありがとうございます!!
そして場面は教会の地下にもどる。
「エリスッ! ワタユキッ!」
鉄格子を挟んで拓巳が叫ぶと、エリス達も拓巳の姿を見つけたのだろう、拓巳の方へと駆け寄ってきた。
「拓巳さん!? なんで縛られて牢屋に放り込まれてるんですか!?」
「そりゃこっちのセリフだ! なんでここが分かったんだよ!」
「その話は後だ。……退いてろワタユキ。わたしがその鉄格子をへし折る」
エリスはそう言うや否や、鉄格子の隙間に剣を差し込んで強引に隙間を広げた。その隙間から牢の中に入ってきたワタユキが、拓巳を縛っていた縄を氷で作った簡易なナイフで切り裂いた。
それを見て一瞬安心したような顔を見せたエリスだったが、すぐに怒りを滲ませた険しい顔に戻る。
「それで……こいつか? こいつが拓巳を監禁してたのか?」
ギロリと神父の方を振り返るエリス。相当怒っているようで、その顔からは表情が抜け落ちてしまっている。鎧の隙間から漏れ出る黒い霧が、エリスの怒りを代弁するようにゆらゆらと揺れていた。
怒り心頭。今のエリスは、まさにそんな様子だった。
その迫力に気圧されたのか、神父は小さく「ひっ」と悲鳴を上げる。
拓巳はそんなエリスの様子を見て顔を顰めたが、言っても聞かないと判断したのだろう、諦めたようにため息を吐いて言った。
「……その神父がインキュバスの正体っぽい。さっき自分で白状してたからな」
「斬っていいのか?」
「……出来れば生け捕りの方向で」
物騒なことをのたまうエリスに、拓巳がさらに顔を眉を寄せながら言う。
そんな拓巳の言葉を聞いてか聞かずか。エリスは自身の大剣を構え、しりもちをついている神父へと切っ先を突きつける。
そのときだった。
「やめてっ! しんぷさまをいじめないでっ!」
剣を振りかざしたエリスの前に、幼い少女が手を広げて立ちふさがった。ワタユキの言いつけを破って降りてきてしまったのだろう。ふるふると震える小さな体で、それでも神父を傷つけさせまいと、決然とした面持ちでキッとエリスのことを睨みつける。
「ミナ、その男は―――」
「―――ッ!! こないでっ!!」
困惑したエリスが剣を下ろして少女へと手を差し伸べるが、少女はその手を振り払って目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「こっちにこないでよっ!! この、ばけものっ!!」
瞬間、時間が止まったような気がした。
『化け物』。
無垢は時として何よりも残酷である。
ミナにとっては、神父をイジメようとする存在をどうにか遠ざけようと思わず口に出ただけの、何の意味も無い言葉だったのであろう。
しかしその単語はエリスにとって禁句だ。
拓巳は背筋にぞわっと心地の悪い寒気を感じた。
(まずいッ! エリスッ!)
慌ててエリスの方を見る拓巳。
するとそこには顔面蒼白で、怯えた表情のエリスがいた。力なく床についた剣先は、エリスの手の震えを伝えるようにカタカタと無機質な音を立てる。
「ぁ……」
半開きの彼女の口から、小さく声が漏れた。嗚咽にも似た声だ。
そのままおぼつかない足取りでふらふらと後ずさる。
そして後ずさる最中、瓦礫につまずいたエリスは勢いよく尻餅をついた。
そこで追い打ちのように、さらに良くないことが起こる。
しりもちをついた衝撃で、エリスの首がことりと落ちたのだ。
「でゅ、デュラハン……」
神父が呆然としたように呟く。
やばい、エリスの正体がバレた。しかも相手は人間至上主義者の神父だ。デュラハンなど真っ先に嫌悪すべき存在、死神と同義だろう。
焦った拓巳が口を開こうとしたとき、甲高い叫びが地下牢に響き渡った。
「いやぁああああああああああ!!! 死神だぁああああああああ!!!」
耳を押さえて目をつむり、ミナが叫んだのだ。慌ててエリスが首を拾って元の場所に戻すがそれでも少女の恐怖は収まらない。甲高い声で悲痛に叫び続ける。
「こ、この子に触れるなぁああ!!! 死神ぃいいい!!!」
続いて神父がそう言いながら、少女をかばうように抱きしめる。エリスを見るその目には、はっきりと怯えの色が浮かんでいた。
その間、エリスは茫然自失といった様子だった。
「………違うんだ、わたしは……わたしはッ……」
「エリス! おいエリスっ!!」
膝をつき頭を抱えて、エリスがうわ言のようにつぶやく。「こんなつもりじゃ…」「ごめんなさい…」と繰り返すばかりで拓巳の呼びかけにも一向に応じない。
「エリスっ、しっかりしろ―――ッ!!!」
そんなエリスの尋常ではない様子を見て、危機感を膨らませた拓巳は、エリスにどうにか正気に戻ってもらおうと、彼女の肩を掴んで強引に顔をのぞき込む。
「拓巳、わたしは…… どうすればいいんだろうな…」
そこにいたエリスは、泣き笑いのような表情をしていた。目には絶望が浮かび、唇はわなわなと震えている。それを見た拓巳は小さく息を飲むと、後ろでオロオロしていたワタユキに鋭く声をかけた。
「ワタユキ、神父とあの子を気絶させてくれ。このままじゃまずい」
「え?」
「はやく!」
「は、はい!」
肩を抱いてぶるぶると体を震わせるエリス。少女の無垢な拒絶が、エリスのトラウマを深く深く抉ったのだ。
こんなエリスなど、拓巳は今まで見たことも無い。それほどまでに、あの「化け物」という一言だけでエリスは憔悴しきってしまっている。控えめに言って、今のエリスの様子は『異常』だった。
「帰ろう。一刻も早く、エリスをこの場から離さないと」
「え……この人たちはどうするんですか?」
拓巳の提案を聞いたワタユキが驚いたような顔をして、気絶した神父とミナを指さす。
神父は雪女に生気を吸い取られ気絶してもなお、ミナをかばうようにして抱きしめていた。それを見て、拓巳はずっと感じていた違和感の正体を知る。
この神父は悪人ではないのだ。
亜人を差別するこの神父を、当初、拓巳は選民意識に凝り固まった性悪の悪人だと決めつけていた。神父と言う立場を利用して己の欲望を満たす生臭坊主、孤児院を守ったのも何か薄汚い理由があったのだと信じて疑わなかった。
しかし現に、この神父は幼い少女を身を挺してかばっている。それは、神父が本当の意味で孤児院の子供たちを愛していることに他ならない。
私財をなげうってまで孤児院を存続させた神父の慈愛の心は決して嘘などではなかったのだ。
「罪を憎んで人を憎まず、か……よく言ったもんだよな」
この神父の中には『亜人を差別する気持ち』と『孤児たちを大切に思う気持ち』が両立している。悪いのは亜人を差別するという考え方で、この神父は悪ではない。それを理解した拓巳はどうしても神父を憎むことが出来なかった。
確かに神父はインキュバスの名を騙り、亜人を迫害しようとしている。だがこの神父を衛兵につきだせば、ミナは、孤児院の子供たちはどうなるのか。
子供たちに罪はない。ただでさえ孤児という不遇の立場にあるあの子らを、これ以上不幸な目に遭わせたくはなかった。
「……神父と女の子は、このままここに置いていこう」
心の中にもやもやとしたものを抱えて歯噛みしながら、それでも拓巳はそう決断した。
いまだ顔を青ざめさせて震えるエリスに肩を貸しながら、拓巳は教会へと続く階段へと向かう。ワタユキは後ろ髪引かれるように時折神父とミナの方を振り返りながら、先を歩く拓巳の後を追った。
「エリスさん…… 一体どうしたんでしょうか…?」
宿に戻った拓巳たち。
エリスは怯え疲れたのか、部屋に入るや否やベッドに倒れ伏して眠ってしまった。時折うなされるように「うぅっ……」と呻く彼女を、拓巳とワタユキは悲痛な面持ちで見つめる。
「ワタユキ。お前らはなんで教会に来たんだ?」
エリスの呻き声のみが響く部屋の中、不意に拓巳が口を開いた。その声は酷く小さいものだったが、静かな怒りを含んだ棘のある声だった。
そんな拓巳に若干の怯えを滲ませながらも、震える声でワタユキが答える。
「なんでって……わたしたちは拓巳さんを助けに……」
「なんで助けになんか来たんだよ。だれも頼んでないだろ」
「―――ッ!! どういう意味ですかそれ!!」
吐き捨てるように拓巳が言うと、ワタユキが目を剥いて抗議する。
「わたしもエリスさんも、どれだけ心配したと思ってるんですか! 弱いくせに一人でなんでもしようとして!」
「俺がひとりで何をやろうが俺の勝手だろ!」
「なに強がってるんですか!! 現に死にかけてたくせに! わたしたちがどんな思いで貴方を探しに行ったのかも知らないくせにっ!!!」
気づけばワタユキの目が潤んでいた。それを見た拓巳は、ハッとしたような顔をして俯く。
「……悪い。言い過ぎた」
暗い顔で、拓巳はぽつぽつ小さな声で話す。
「……もともと俺は、あの神父が人間以外に排他的だと予想してた。だからエリスを連れて行ったらこうなるんじゃないかって、頭のどこかで分かってたんだ」
自分に言い聞かせるように。自分を責めるように。悔恨の込められた声で、拓巳は懺悔する。
「エリスはデュラハンだ。もし教会で正体がバレれば、あいつは恐れられるか、もしくは罵詈雑言を浴びせられることになる。そしてエリスはそのことを何よりも恐れていたんだ。自分がデュラハンであることがばれて、周りから拒絶されるのを酷く怖がっていた」
拓巳は悔しそうに唇を噛みしめる。
エリスとワタユキに迷惑をかけないように、一人で教会に行った。人間ではないエリスとワタユキをあの教会に連れていくのはリスクが高かったから。しかしその結果がこれだ。エリスは心に深い傷を負い、ワタユキは目に涙を溜めている。こんな結末、拓巳は一ミリも望んでなどいなかったというのに。
「そうだ。こうなるって、俺は分かってたんだよ。なのに……くそッ、何やってんだ俺はッ………」
拓巳はエリスとワタユキに背を向けると、部屋を出るため扉に手をかける。
今はとにかく独りになりたかった。エリスとワタユキの顔を見ていると罪悪感で死にたくなる。独りになって、この罪悪感と戦う時間が欲しかった。
「……俺は自分の部屋に帰るよ。エリスのこと、頼むな」
「分かりました。任せてください」
拓巳は最後に振り返ってそう言った。
その目は心配そうに、悲し気に。ベッドに横たわるエリスを見つめていた。
ドンドンドン
翌日の朝早く。
拓巳はノックの音で目を覚ました。ノックの主は相当焦っているようで、ドアを叩く音は不規則で荒々しい。
何事だろうと疑問に思いつつ、拓巳は眠い目をこすりながらドアを開ける。
「拓巳さんっ! 大変ですっ!」
ドアの向こうには血相を変えた様子のワタユキが立っていた。なにやら慌てた様子で、手をわたわたと上下させている。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから……」
「どうしたもこうしたもないですっ! とりあえずこれ! これを見てください!」
そう言いながら、ワタユキは何やら一枚の紙切れを拓巳に押し付けてきた。
なんとなく嫌な予感に襲われながらも、拓巳は恐る恐るその紙切れを手にとる。
ワタユキの手に握られたせいでしわくちゃになった紙切れ。広げると、その紙切れはどうやら手紙のようで「拓巳、ワタユキへ」という書き出しでこんなことが書かれていた。
『拓巳、ワタユキへ
すまない。
急な話で悪いが、わたしはこの街をでて故郷に戻ることにした。
デュラハンであることがバレたからには、わたしはもうこの街にはいられない。
本当なら、もっと早くにこの街をでるべきだったんだ。
もともとわたしはデュラハンという素性がバレないように、各地を転々と旅していた。短い期間なら隠し通すこともできるし、もしバレてもその場を離れれば済むからだ。
でも、この街でのわたしは違った。
理由は拓巳、お前の存在だ。
たぶん、居心地が良かったんだと思う。お前はわたしがデュラハンであることを受け入れてくれた。お前といるときは自分がデュラハンであることを忘れて、あるがままの自分になることができた。
お前と過ごした期間は楽しかったよ。だからデュラハンでも人と仲良くなれるんだ、などと幻想を抱いてしまった。そんなこと、許されるはずもないのに。まったく滑稽な話だ。
拓巳。ワタユキ。
今までありがとう。
そしてこれでもう、さよならだ。
エリスティア・トワイライトより』
手紙を読み終えた拓巳は、目の前が真っ白になった。
一応これでも推敲は頑張ってます。
でも、誤字脱字は湯水のように溢れてくるし、文章は文法も句読点もめちゃくちゃな駄文になるし……
もうやだぁ… おうちかえる……




