ジズから学ぶ世界事情 3
ワタユキの話を聞いた翌日。
ついに、ジズが王都の上空を飛ぶ日がやってきた。
ジズの姿を一目見ようと街の中から出て城壁の外側の平原に集まっている民衆たち。拓巳たちも同じように、城壁の外へと出てきていた。
「…ホントに今日来るのか? まだ姿も見えないけど」
「東の平原の先には山脈が連なっているからな、山の陰に隠れて見えないだけだろう。それにジズの飛行速度はかなり速い。慌てなくてももうすぐ来るさ」
「…もう三時間はそのセリフを繰り返し聞いてるんですけど。もう宿に戻りません? お腹すきました……」
「宿に帰ってジズを見逃したらワタユキのせいだぞ。それでもいいなら―――」
「はいはい待ちますよ。待てばいいんでしょう待てば!」
そんなやり取りを交わしながらジズを待つ拓巳たち三人。ジズを見たことがあるエリス、そもそもあまり興味がないワタユキ、興味がないようなそぶりをしながらもワクワクを隠しきれていない拓巳。様子は三者三様だった。
「ジズだー!! ジズが見えたぞー!!」
サクラシンの街の周りを囲む城壁に付設された見晴台から、声が響く。声をあげた者は旗で東を示していた。拓巳はそれに従って東の空へと目を向ける。
「なんだ…あれ…」
拓巳は驚きで言葉を失う。
平原の先の山脈のはるか上空。かなり遠くの方に巨大な鳥が飛んでいるのが見えた。おそらくあれがジズなのだろう。まだ距離があるせいか大きさはいまいち分からなかったが、ジズの影が山一つを覆い尽くしていることからもその大きさが伺えた。
徐々に近づいてくるその鳥は、かなりのスピードで空を飛んでいるようで、そのシルエットがどんどんと大きくなる。
実体を持った災害。
そんな言葉が拓巳の頭に浮かんだ。
近づいてくるたびにその姿が鮮明に見えてくる。目の錯覚か、ジズの体はちょうど真下にあるであろう山脈とそう変わらないように見える。
なぜあれで空を飛べているのだろうか。翼は巨大だがその動きはゆったりとしていて、とてもあの翼だけであの巨体が空に浮かぶとは思えなかった。
「………あんな生き物が、いるんですか…」
拓巳と同じようにジズを初めて見たワタユキも、口をあんぐりと開けて惚けてしまっていた。
「おおー。やはり迫力があるなー」
ただジズを見たことがあったエリスだけは、空を飛ぶジズの姿を楽しそうに眺めている。
ジズの後ろには、扇状に雲ができていた。ジズが作り出す気流に巻き込まれてしまっているようで、ジズの後ろにぴったりと張り付いている。エリスの話ではあれが雨雲となり、ジズが起こす風と相まって各地に嵐をもたらすらしい。
しばしの間、ジズの姿に見惚れていた拓巳だったが、ふと周りが騒がしいことに気づく。拓巳たちと同じようにジズ目当てにここに来ていたであろう民衆たちが、もう街の中へと帰り始めているのだ。
(なんでだ?ジズを見物に来たんじゃないのか?ジズはまだあんなに遠くにいるのに、今から撤収なんて早すぎるんじゃ―――ッ!?)
奇妙に思いながらもジズの方へと視線を戻した拓巳は、先程までとの様子の違いに驚愕する。
ジズの姿が倍ほどに大きくなっているのだ。つまりそれは、ジズがそれほどの速度でこちらへと近づいてきていることに他ならない。
「…おいエリス。ジズ、なんかすごい速度でこっちに近づいてきてないか?」
「そうだなー。この距離ならあと5分でこの街の上空を通過するだろうなー」
「はぁ!?5分!?」
エリスの言葉に拓巳は瞠目する。
あの山脈からこの街まで何キロあると思っているのか。目測でも30キロはあるのではないか。
それを5分で飛んでくるということは…最低でも秒速300メートル。音速ほどの早さで飛んでくるということだ。
警官が持っている拳銃の弾丸の速度は秒速340メートルほどだと聞いたことがある。つまりジズは、まさに弾丸の早さで空を飛んでいるということになる。
「馬鹿じゃねーの!? ありえねーだろ物理的に!」
「わたしに言われてもな…文句はジズに言ってくれ…」
思わず叫んだ拓巳にエリスが苦笑いをこぼす。
「それに拓巳、今は騒いでる場合じゃないと思うんだが…」
そう言ってエリスが指さした先。拓巳が視線を向けるとそこには―――
「すまない。目測を誤った。もうあと30秒で嵐がくる」
―――巨大な鳥が、空を覆い尽くていた。
「何してるんですかー!!! 早く逃げないと危ないですよー!!!」
「ワタユキ!? いつの間に!?」
いつの間にか門のところまで逃げていたワタユキが、拓巳のはるか後方から叫ぶ。
「帰るぞ拓巳、このままここにいるとジズに吹き飛ばされる」
そう言って、隣にいたエリスが門の方へと走り出した。ジズの姿にしばらく呆然としていた拓巳は当然出遅れる。
「あーもうッ!!」
慌てて駆け出す拓巳だったが、予想以上にエリスが速い。追いかけてもその差は開くばかりだった。
「ちょ、はや―――」
「拓巳さーん!! そんなチンタラやってたら嵐に巻き込まれますよー!!!」
「うるせー!! 俺だって本気で走ってんだよ!!」
とそのとき。
拓巳は背後に嫌な気配を感じた。
ビュオオオオオ
それはすさまじい風の音だった。
次の瞬間、拓巳の体を突風が襲った。
「のわっ!!」
あまりの風速に、なんと拓巳の体が宙に浮いた。突風に吹き飛ばされた拓巳の体は風に煽られ空へと放り出される。
「拓巳!?」
それに気づいたエリスが咄嗟に拓巳の手を掴む。
「やめろエリス!! お前まで吹き飛ばされるぞ………ってあれ?」
焦った拓巳だったが、エリスに掴まれた手がぐんと引っ張られるのを感じる。てっきりエリスも一緒に空へ吹き飛ばされると思っていた拓巳は「ん?」と違和感を覚えた。
まるで大岩に掴まっているような感覚。
飛ばされるような不安は一切感じない。
「…忘れたのか拓巳? わたしの鎧はすごーく重いんだ。前も言ったろう?」
下を見ると、しっかりと地面に両足をつけたエリスが不敵に笑っていた。鎧が重いおかげなのか、拓巳1人を吹き飛ばすほどの風にもビクともしていない。
「拓巳さーん、エリスさーん!!大丈夫ですかー!!」
吹き飛ばされかけた拓巳を見て心配になったのか、ワタユキが駆け戻ってきた。今も周囲ではジズによる暴風が吹き荒れているというのに、ワタユキにも吹き飛ぶ様子は見られない。
「あれ…なんでワタユキも吹き飛ばされないんだ?」
「わたしですか?わたしはほら…地面に足を氷で固定しながら歩いているので…」
見ると確かに、ワタユキの足元が何やらキラキラ光っているのが見える。よーく目を凝らして見ると、ワタユキの足元を氷が覆っているのが確認できた。
(……あれ?もしかして、吹き飛ばされたのって俺だけ?)
エリスに引き摺られるようにして街へと向かいながら、拓巳はふと、そんなことを思う。
まだ雨は降り出していないはずなのだが、拓巳の目元は不自然に湿っていた。
吹きつける強風のなか、なんとか街の中へと帰り着いた拓巳たち。不思議なことに城壁の内側は外より幾分か風が弱まっているようだった。エリス曰く、街を囲っている城壁に風妖精シルフによる魔法的な処理が施されているらしく、ジズが巻き起こす風をある程度抑えてくれているそうだ。
しかし弱められているとは言っても、元が拓巳を吹き飛ばすほどの強風。街の中でも台風並みの強風が吹き荒れていた。
「大丈夫か拓巳? だいぶグロッキーだが……?」
「誰のせいだ、誰の…」
街の通りを宿へと向かって歩きながら、拓巳は半眼でエリスを睨みつける。
「すごかったですよね。普通の人間が耐えられるのかってくらい、ぐわんぐわん振り回されてましたよ。拓巳さん」
声を上げて笑いながら、ワタユキが面白そうに言う。
街に着くまでのあいだ、拓巳は風で飛ばされないようエリスに腕を掴まれて引きずられながら歩いていた(?)のだが、それはそれは酷いありさまだった。エリスに支えられているとは言っても、掴まれているのは右手一本だけなので風で煽られた胴体の方は拓巳の意思に関係なく宙へと浮かぶ。そのたびにエリスに引っ張られて地面に叩きつけられるものだから、拓巳の体はもはやボロ雑巾のようにボロボロだった。雪女の加護がなければ確実に骨の二、三本は持っていかれていたことだろう。
「吹き飛ばされなかったんだからいいだろう?」
そう言って、自信ありげにエリスが笑う。そしてグロッキーな拓巳をつっついて、人差し指を空にむける。
「ほら。空を見てみろ」
言われるがまま、空を見上げる。すると空一面を、巨大な鳥の影が覆っているのが見えた。
昼間にしては薄暗いなとは思っていたが、ジズが持ってきた雲のせいだろうと考えていた拓巳は思わず目を疑う。実際は一羽の鳥が太陽の光をすべてさえぎってしまっていたのだ。
ジズの体が直接太陽の光をさえぎっているせいか、そのシルエットは鮮明に空に映し出されている。翼や尾羽の隙間から差し込む光がジズの影と空の境界を明瞭にしており、拓巳は無意識に感嘆のため息をつく。
「はぁ……すっごいですねぇ……」
隣ではワタユキが同じように感動でため息を漏らしている。
快晴の青空に浮かび上がる真っ黒な鳥影。
その神秘的な光景は、しばらくの間拓巳たちを魅了して離さなかった。
推敲がしんどい。
いくら頑張っても読みやすい文章にならないんですけど。
圧倒的に文才が足りない………