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バイコーンなんて絶滅してしまえ 2

「で。なんで俺は縛られてるんだ、エリス?」


 何故か簀巻きにされている拓巳が、心底不機嫌そうに言った。

 そんな拓巳を肩に担ぐエリスは、拓巳の言葉を無視してどんどん森の中へと分け入っていく。エリスの後ろを歩くワタユキは、縛られている拓巳の姿を見てはくすくすと笑っている。

拓巳は困惑と怒りに支配された脳をなんとか起動させながら、ここに至るまでの経緯を思い返していた。


 今回の依頼は日帰りは難しいということで、野宿の道具一式をそろえたりと準備に手間取った。当然拓巳にもエリスからお使いが頼まれ、両手では抱えきれないほどの荷物を宿へと運び込むこととなるのは当たり前のことだ。

 なので、エリスから渡された買い物リストの中に『長めのロープ」と『人が入るほどの大きさの麻袋』という項目があっても拓巳はなんら疑問には思わなかったし、「人が入るほど」という前置きに疑問は抱いても「ま、なんかに使うのかな」程度の認識でいた。


 しかしいざ準備を終えて街を出て、バイコーンの棲むカラエナンの森へと到着すると。

 エリスがいきなり拓巳を地面に転ばせて、麻袋に詰めてロープで縛ったのだ。


 当初拓巳は何が起きているのかまったく理解が出来なかった。

 「エリス達に裏切られて、人買いに売られてしまうのだろうか」なんて考えが一瞬拓巳の脳裏に浮かんだが、ワタユキの無邪気な笑い声を聞いて「それは違うな」と思い直す。

ワタユキの笑い声に後ろ暗さは感じられない。ただ純粋に縛られた拓巳を馬鹿にして笑っているのが伝わってくる笑い声だった。


 では何故。エリスはこんな暴挙に出たのか。

 理不尽だろう? 理不尽ではないか。

 拓巳の中でふつふつと怒りの感情が燃え上がっていく。


「おいエリス。いい加減理由を言わねぇと怒るぞ?」

「もう怒っているだろうが。確かにいきなり縛ったのは悪かった。それは謝る。だからそんなに怒らないでくれ、頼む」


 今まで無言を貫いていたエリスだったが、ある程度森へと分け入ったところでついに口を開いた。口から出た言葉とは裏腹に、エリスの表情は拓巳の反応をびくびくと窺う小鹿のようだ。そんなエリスの様子を見て、拓巳は己の中で沸き上がっていた怒りの感情が徐々に鎮火していくのを感じた。


「はぁ…縛ったことはもういいから。なんでこんなことしたんだ?」

「それは……今回は標的がバイコーンだから、仕方なかったんだ。」


 ため息をついて拓巳が促すと、申し訳なさそうな顔をしながらエリスが理由を語りだす。


「バイコーンが童貞を好んで襲うのは拓巳も知っているだろう?」

「ああ。」

「そのことに間違いはないんだが。バイコーンというのは本来、とても臆病な生き物なんだ。―――」


 エリスの言い分を要約するとこうだ。


 バイコーンは生来、人前に現れることが滅多にないことから『幻獣』と呼ばれるほど珍しい生き物である。数が少ない、というわけではないのだが、警戒心が非常に強く、普通に森の中を探しても見つかることはまずないのだという。

 しかし、そんなバイコーンが確実に人前に姿を現す唯一タイミングがある。


それは童貞が一人で森の中をうろついているとき、だ。


普通の人間にはまったく近づこうとしないほど警戒心の強いバイコーンも童貞の男には警戒心を抱かないらしく、自ら進んで襲い、その肉を食らうのだという。

また童貞を襲っているときのバイコーンは、普段の臆病なバイコーンからは考えられないほど強気で残忍、獰猛であり、集団で童貞を散々いたぶりつくした末に二本の角で突き殺すのだそうだ。


「―――というわけで、拓巳にはやってもらいたいことがあるんだが……拓巳? どうしたんだ?」

「………バイコーン、クズにもほどがあんだろ。」


 つまりバイコーンは、気の弱い童貞をイジメて楽しむヤンキーのような性格をした生き物だということらしい。神秘的な外見をしておきながら、やることは豚にも劣っている。

 童貞をいたぶって遊ぶなど、人間性(馬なので人間ではないが)を疑いたくなるような所業だ。到底許すことなどできるはずもない。

 そのくせ童貞以外の人間には怯えて近づかないというのだから、なおさらタチが悪い。

 ほんとに、絶滅してしまえばいいのに。

 拓巳の中でぐんぐんと、バイコーンに対するヘイトが上がっていく。


「そういやエリス。俺にやってもらいたいことがあるとか言ってたよな? なんでも言ってくれ。バイコーンを狩り尽くすためなら俺はどんなことだってやるぞ。」

「いや、狩り尽くすとは一言も言ってないんだが…」


 簀巻きにされているにも関わらず全身から怒りのオーラをほとばしらせる拓巳に、エリスが若干引きながらも答える。


「拓巳には、バイコーンを引き寄せる囮になってもらおうと―――」

「囮!?」


 先ほどの話を聞いてから、腰に括り付けた剣をバイコーンの返り血で赤く染めてやろうなどと意気込んでいた拓巳は、囮と言われて抗議の声を上げる。


「なんで俺が囮!? だいたいケルピーのときはあんなに反対してただろ!」

「ケルピーの時と違って、今回はこうする以外に方法がないんだ。わたしも本当はこんなことしたくなかったんだが―――」

「わたしがやれって言ったんですよ。だからエリスさんは悪くありませんよ?」


 エリスが拓巳を説得していると、途中でワタユキが口を挟んできた。


「エリスさんは『やっぱり依頼をキャンセルしようか』とか言ってたんですけど、わたしが強引に説得したんですよ。エリスさんは基本的に拓巳さんに過保護ですからね。」

「じゃあこうやって俺が縛られてる大元の原因はお前か、ワタユキ!」

「いいじゃないですかー(棒)。珍しく活躍する機会がきましたよー(棒)。」

「せめて言葉に気持ちを込めろ。欠片も本心じゃないことがバレバレだぞ。」


 簀巻きにされたままツッコミを入れる拓巳に、ワタユキは少しだけ困ったような顔をする。


「でも実際、ここ数日はわたしばっかり仕事してて。正直ちょっと怒ってるんですよ? 二人とも修行ばっかりで、会話すらしてくれなかったじゃないですか。それに対するわたしからの罰みたいなものです。」

「うっ…」


 そう言われると、拓巳にも非があるために無碍にすることもできない。拓巳が言葉を詰まらせていると、ワタユキが続ける。


「ですから。わたしの娯楽のためにーーーじゃない、わたしからの罰だと思って、囮をしていただけませんか?」

「おい。今『わたしの娯楽』とか言ってなかったか。」


 ワタユキが小声で言った言葉を拓巳は聞き逃さなかった。


「やっぱお前、面白がってるだけじゃ…」

「さぁ、なんのことでしょう?」


 着物の袖で口元を隠しながら、ワタユキがとぼけたふりをする。

 しかし、かすかに震えている肩の方はごまかしきれていない。きっと袖の下の口元はにやにやと笑っていることだろう。


「はぁ………しょうがない。囮でもなんでもやってやるよ。癪だけどワタユキの言う通り、めずらしく活躍できる機会だしな。」


 ワタユキに娯楽を提供するつもりはないが、なんだかんだ言って拓巳も囮の重要性は理解しているのだ。

結局、拓巳は囮役を引き受けることに決めた。




 囮役を引き受けた拓巳はすぐさま、簀巻きのまま手近な木に吊るされた。拓巳にはよく分からないが、エリス曰くバイコーンの攻撃がギリギリ当たらない程度の高さらしい。拓巳の役割は、ここでじっとしてバイコーンを釣るための餌になることだ。


「きつくはないか、拓巳」


 拓巳がエリスの言葉に大丈夫だと返事をしたタイミングで、なにやら森の中へと姿を消していたワタユキが両手いっぱいに枝木を抱えて現れる。


「エリスさーん! 言われた通りに木の枝を集めてきましたー。」

「よし。じゃあ早速、燻すぞ。」

「いやまてまてまてまて。おいエリス今なんて言った?」


 思わず聞き流しそうになったが、拓巳が慌てて聞き返す。

 聞き間違えでなければ、『燻す』とかいう不穏な動詞が聞こえてきたんだが。

 拓巳がものすごく嫌や予感に身を震わせていると、エリスが少しだけ口元をひくつかせながら答える。


「何って、これからお前を燻すんだよ。」

「なんでだよ! おかしいだろ!」

「バイコーンは匂いで人を判別するんだ。だからな、くく、童貞の香りをだな、ふ、このあたり一帯に拡散しないと、いけないんだ。」


 エリスも笑っちゃってんじゃねーか。お前は俺が囮になることに反対じゃなかったのかよ。

 心の中で突っ込みながら、拓巳はため息をついて覚悟をきめる。

 どうせ今から抗議を言ったところで受け入れてはもらえないだろう。簀巻きにされて木に吊るされた男の言葉に耳を貸す奴など、この場にいるはずもない。


「あっははははっはは!! ひー、お腹痛いですっ」


 案の定、話を聞いていたはずの雪女はエリスの奇行を止めるどころか、腹を抱えて笑い転げている。


 それにしても『童貞の香り』なんてパワーワードを聞いたのは生まれて初めてだ。そんな香りが普段から自分の周りに漂っていると思うと、なんだか気分が悪くなってくるな。エリスやワタユキに嗅がれていないといいのだが。

 真下で焚き火の準備を進めるエリスとワタユキをぼんやりと眺めながら、拓巳再び深くため息を吐くのだった。




「じゃあ拓巳。わたしたちは隠れて、バイコーンが現れるのを待つからな。」

「……ああ。もうどうにでもしてくれ」


 下から立ち上る熱気に顔を顰めながらエリスに返事をする拓巳。

 木に吊るされた拓巳の真下には、立派な焚き火が煌々と燃え盛っている。その姿は傍からみると、これから丸焼きにされる人間の図だ。実際、拓巳の吊るされる位置がもう少し低ければ現実にそうなっていたことだろう。


 エリスとワタユキは近くの茂みに身を隠すようだ。においに敏感なバイコーンを欺くため、ワタユキが周囲の温度を下げてエリスとワタユキの匂いの拡散を防ぐのだという。『冷たいものから臭いがしにくい』といった現象と同じ原理だ。

 ここにきてマルチな才能を発揮する雪女のワタユキだが、その近くに身をひそめるエリスは大変なんだろうな、と拓巳は少しだけ頬をゆるめる。においを消すとなると相当温度を下げなければならないから、寒いのが苦手なエリスにとっては苦行であるにちがいない。


 焚き火から立ち上ってくる熱気と煙は心地よいものではなかったが、これも憎きバイコーンを葬るために必要なことだ。拓巳は歯を食いしばって耐える。


 そして10分ほどたっただろうか。

 エリス達が隠れたのとは別の方向の茂みから、がさがさ、と物音が聞こえた。

 拓巳はあわてて音のした方向に顔を向ける。するとそこには、二本の角を額から生やした栗毛の馬がたたずんでいた。


「バイコーン……」


 からからに乾いた喉で拓巳が呟く。

 間違いない。現れたそいつは、以前拓巳を襲った魔獣と全く同じ外見をしていた。


 じっとバイコーンと見つめあっていた拓巳だったが、次の瞬間、バイコーンが嘶く。そして前足を大きくあげて勢いをつけると、そのまま拓巳の方へと突進してきた。動物は火を恐れるというが、バイコーンにそんな様子はまったくない。というよりも、ただ拓巳だけしか視界に入っていない、というような様子だ。


「ッ!! エリスッ!」


 慌ててエリス達が隠れている茂みの方へ大声で叫ぶ拓巳だが、返事が返ってくる気配はない。

 いくらバイコーンには届かない高さに吊るされているとは言っても、今の拓巳は身動きがとれない。もしものことがあっても逃げることが出来ないのだから、拓巳の抱く不安は大きくなっていく。


 焚き火を蹴散らして拓巳の真下にたどりついたバイコーンは、牙の生えた口を大きく開けて拓巳にかみつこうとジャンプする。しかしエリスの計算は正しかったのか、幸いなことにバイコーンの牙が拓巳の体に

突き刺さることは無かった。

 無かったのだが…………


「いたっ!! おいエリス!! 角が! 角が刺さるんですけどッ!!」


 ぎりぎりで、バイコーンの角が拓巳に届くのだ。

 チクチクといった程度だが、拓巳の体はバイコーンの二本の角につつかれていた。例えるなら、箸で体をつつかれている感じだろうか。突き刺さるほどではないのだが、地味に痛い。

 バイコーンの方も角なら届くことに気が付いたのか、噛みつこうとするのをやめて執拗に角で拓巳を突くことに切り替えたようだ。捕食というより、いたぶることを目的として童貞を襲うことが多いバイコーン。当然と言えば当然の行動だろう。

 そうしてしばらく、拓巳がバイコーンの地味な嫌がらせに耐えていると、


「悪い。遅れた。」


 声と共に、一閃。

 駆けてきたエリスが、拓巳に謝りながら大剣でバイコーンを斬り飛ばしたのだ。


「エリスさんったら、寒さで気分が悪くなっちゃったんですよ? わたしとしては、精いっぱい手加減したつもりだったんですけどね」


 遅れてやってきたワタユキがそんなことを言いながらバイコーンを凍らせてとどめを刺す。


「エリスさんったらぶるぶる震えちゃって。わたしが『バイコーンが拓巳さんをつっついてますよ?』って言っても、『寒くて動けない、無理』の一点張りだったんですから」

「エーリースー?」

「いや、別に見捨てたわけじゃないぞ! 今回は、拓巳は絶対安全だと分かっていたし、とにかく寒くてとてもすぐに動けるような状況じゃなくてな?」


 ワタユキの言葉を聞いて、責めるような目でエリスを見る拓巳。

 エリスは首が落ちそうなほどに(比喩でなく)ぶんぶんと左右に振って、わたわたと言い訳を重ねる。


「本当に凍え死ぬかと思うほどだったんだ。あと10分あのままだったら、わたしは寒さで死んでしまっていただろう!」

「んな大袈裟な…でもまぁとにかく、目的のバイコーンも狩り終えたな。」


 ふぅ、と安堵のため息を漏らしながら拓巳が言う。それも当然だ。これでやっと囮役から解放されるのだから。


「早くここから降ろしてくれ。結構しんどいんだよな、これ」


 身をよじりながらそんなことを言う拓巳。

 しかし、拓巳の言葉を聞いたワタユキは可笑しそうに首をかしげる。


「何言ってるんですか拓巳さん」

「へ?」

「バイコーンの右角の希望納品数は5本。つまり、あと4匹狩るまでそこから降りられませんよ?」


「はぁ!?」


 驚く拓巳。

 でも確かに、言われてみればその通りだ。まだバイコーンを一体狩っただけ。バイコーンの右角は一本だけしか収集できていないのだ。


「次はもう少し早く出てくるから。我慢してくれ拓巳。」

「そうですよ? この役割は拓巳さんにしか出来ないんですから」


 バイコーンの死体から角を切り取って、早々にさっき隠れていた茂みへと戻っていくエリスとワタユキ。

 拓巳はそれを絶望の浮かぶ目で見つめる。


 結局、バイコーンを10匹ほど狩るまで木から降ろしてもらえずに、囮としてバイコーンにつつかれ続けることになる拓巳。

 バイコーンに尻をつつかれながら、拓巳は『いつか自分だけの力でバイコーンを狩れるようになろう…』と静かに決意するのだった。






次話でこの世界の地理情報を入れようかと思ったのですが、どう設定したものか悩んでいます。(今後の展開も関係してくるので…)


まだ更新を諦めた訳ではございませんので、ご了承ください。

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