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バイコーンなんて絶滅してしまえ 1

本文中に書かれてる魔法生物知識は、うぃきぺでぃあと作者の妄想から出来上がっています。

出典とかはっきりしているわけではありませんのでご了承ください。

「…ふむ、今日のところはこれくらいにしておいてやろう。」

「…………ありがとう、ございました…エリス、先生。」


 拓巳たちが泊まっている宿の裏庭。

 エリスの言葉を聞くや否や、げっそりとした様子の拓巳が地面に倒れこむ。

 先日から始まったエリスによる剣術の修業は想像を絶するほどに厳しいものであった。剣の素振りに始まり、足運びや型、エリスとの組手など、拓巳は必死に頑張ってはいたがもはや心身ともに限界を迎えていた。

 そもそも、エリスが拓巳に課す訓練はエリス自身がやってきたこと、つまりデュラハン用の訓練なのだ。そんな人外の訓練に、雪女の加護を得ただけの人間である拓巳が耐えられるはずも無かった。


「おかしいな……このくらいやれば、一通りは剣が使えるようになるはずなんだがな…」


 エリスはたまに首をかしげてはそんなことを言っていたが、拓巳には組手でエリスに何度も地面に叩きつけられた記憶しか残っていない。これでどうやって剣術を会得しろと言うのか、拓巳にははなはだ疑問だった。


「…拓巳、その、言いにくいんだがな。」


 地面に倒れ伏している拓巳にエリスが言う。


「お前には、剣は向いていないのもしれな―――」

「気付くのがおせぇよっ!!!」


 ガバリと起き上がって拓巳がツッコむ。

 ここ一週間の地獄はなんのためのものだったのか。何のために血反吐を吐き、土を舐め、はいつくばってエリスのしごきに耐えてきたのか。拓巳の目から、一筋の雫が落ちる。


「だいたい剣術を教えるとか言っといてここ一週間、組手しかしてねぇじゃねぇか!」

「…? それの何が問題なんだ?」

「『ここが良くない』とか『ここを直した方がいい』とかのアドバイスも一切なしに、地面に叩きつけられては『立て』って言われる俺の気持ちが分かるのか! あぁ?」

「わたしはそうやって、父に剣術を教わったぞ?」


 なにそれ怖い。

 無邪気に首をかしげるエリスに、拓巳は思わず言葉に詰まる。デュラハンは想像以上に脳筋な種族のようだ。こうやってぶちのめされるだけの訓練で、エリスはどうやって剣術を会得したのだろうか、大いに疑問だ。

 そんなことを拓巳が考えていると、不意に上の方から声が聞こえてきた。


「あ。終わりましたか?」


 拓巳が上を見上げると、ワタユキが二階の拓巳たちの部屋の窓からひょこりと顔をだしていた。何やら用事があったようで今日は朝から姿を見かけなかったのだが、いつのまにやら帰ってきていたらしい。

 そのまま一階に降りてきて裏庭に出てきたワタユキは、拓巳の姿をみとめて顔を引きつらせる。


「うわ。今日もぼろぼろですね、拓巳さん…」


 拓巳を痛々しそうに見つめるワタユキ。

 確かに、今の拓巳はさっきまでの訓練のせいで泥だらけ、傷だらけだ。

 上着についた泥を手で払いながら、拓巳がワタユキに尋ねる。


「どこ行ってたんだ?」

「ギルドの方にちょっと。ここ数日お二人は修行に忙しそうでしたからね? ただでさえカツカツで生活してるのに? お二人は修行ばっかりで? わたしだけでも働かないと、と思いまして?」

「あ…それは…その……」

「…すまない、ワタユキ」


 すこしだけお怒り気味のワタユキ。

 そういえばここ数日ワタユキの姿を見ないな、とは思っていたが、一人で依頼をこなしに行っていてくれていたとは。なんだか申し訳ない気持ちになる拓巳に、ワタユキが尋ねる。


「で。 拓巳さんは剣術が使えるようになったんですか?」

「いや、その」

「使えなかったんですね。まぁ、そうですよね。見るからに才能なさそうですし。」

「どういう意味だコラ」


 ワタユキの辛辣な言葉に拓巳が突っかかるが、当のワタユキはそれを華麗にスルーした後、「それはそうと今日、こんな依頼を見つけたんですよ」といって懐から一枚の紙を取り出す。


「修行ばっかりじゃつまらないだろうと思って、適当な魔物討伐の依頼でも受けてみたらどうかなって思ったんです。」


 そう言って、ワタユキは一枚の紙切れを拓巳に差し出してきた。


「えーと、なになに…………げ」

「どうしたんだ拓巳……ふ、くくっ、良かったな、拓巳。お前向きの依頼じゃないか?」


 依頼書をのぞきこんだ拓巳とエリスの反応に、ワタユキは困惑する。

 拓巳は明らかに嫌そうな顔を、エリスは笑いを堪え切れないといった顔をしていた。


「えと、なにかまずかったですか?」


 そんなワタユキの言葉に、エリスが声を上げて笑い出す。

 ワタユキの持ってきた依頼書の内容は、こうだ。


『依頼主:ナラク

薬師をやっているナラク、という者です。急遽質のいい魔法薬を作る必要が出てきてしまったので、バイコーンの右角を5本ほど持ってきていただきたい。報酬は一本につき金貨一枚、6本目からは銀貨50枚で引き取らせていただきます。』


 依頼は、バイコーンの討伐依頼だった。


「この前のケルピーの依頼の報酬が高かったでしょう? このバイコーンもケルピーのように馬に似た外見をしていると聞いて、同じように稼げるのかな、なんて思ったんですけど…」


 顔面蒼白の拓巳と笑い転げるエリスをオロオロと交互に見ながら、ワタユキが言い訳っぽく言う。

 しかし今の拓巳にはそんなワタユキの言葉は届かない。

 拓巳の脳内に浮かぶのは、初めてエリスに会った、あの時に受けた恥辱の記憶だった。




「く、ふふっ、さぁ拓巳? 一緒にバイコーンを狩りに行こうじゃないか?」

「嫌だぁあぁああああああぁあああぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁああぁあああああああああああぁああああぁぁぁぁぁあああああああああぁああぁああ行きたくねぇえええええええぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!」


 正気に戻った拓巳は、迷わず近くの木にしがみついた。

 笑いながらエリスが引っ張るが、全力で嫌がる拓巳。ワタユキはそんな二人をただ困惑しながら眺めていた。


「あの、もう依頼は受けちゃったので、キャンセルは出来ないんですけど…」

「キャンセル料がかかるだけだろ! いいよそのくらい俺が出すから!」

「往生際が悪いぞ、拓巳。」


 拓巳が嫌がる理由を知っているエリスは面白がりながら言う。


「なに、今更じゃないか。もう私は知っているし、別に恥ずかしがることも無いだろう?」

「だってワタユキいるじゃん! ワタユキはまだ知らないじゃん!」

「わたしがどうかしたんですか?」


 きょとんとした顔のワタユキが口を挟む。ワタユキからすればなんで拓巳がこんなにもバイコーンを嫌がっているのかが理解できないのだ。


「いや、な。ワタユキはバイコーンがどんな魔獣か知っているか?」

「いえ、詳しくは知らないんですけど…」

「なら拓巳がどうしてこんなに嫌がっているのかも分からないだろうな。実はバイコーンという魔獣はだな―――」


 エリスがごねる拓巳を引っ張りながらワタユキにバイコーンという魔獣について説明しはじめる。


 バイコーン。

 以前も触れたが、バイコーンとは二本の角を持つ馬の姿をした魔獣である。角が一本増えたユニコーンと言えば分かりやすいだろうか。依頼書にもあるように、その角は右角が魔法薬の材料として、左角が回復薬の材料として重用される。

 ユニコーンが純潔を司るのに対しバイコーンは不純を司るとされ、ある地方では『妻以外の女性には目もくれない、貞節な男を選んで食べる太った怪物』と伝えられているという。

しかし、この世界のバイコーンはそんな言い伝えとは異なり、童貞、つまり性行為の経験のない男性を好んで襲い、食らう。

 拓巳もこの世界に来た直後に襲われ、二重の意味で心に大きな傷を負った。


「――――ということだ。つまりだな、拓巳は童貞がバレるのが恥ずかしいんだよ、ふふっ」

「エリスッ!!! なにしゃべってんだ馬鹿!!!」


 笑いを堪え切れない、といった様子で話すエリス。

 しかし暴露された側はたまったものではなかった。

 拓巳の顔が絶望に染まる。ついにバレた。別に隠していた情報ではなかったが、だからと言って開示したい情報でもない。むしろ墓まで持っていきたいタイプの情報だ。ただでさえ低いワタユキの好感度がさらに下降してしまう、と拓巳はぎゅっと目をつぶる。

 しかし、ワタユキの反応はいたって淡白なものであった。


「はぁ……? 童男≪おぐな≫のなにがいけないのですか?」


 ワタユキの冷静な反応。そして童男という言葉。

 童男とは、童貞の古い呼び名である。そのことを認識した拓巳に、ふっと希望の光が差す。


 江戸時代の日本では、長男以外は結婚できなかった、と言うのは有名な話だ。この話から考えると、現代の風俗に当たる遊郭の値段が今に比べて安かったため断言することは出来ないが、昔の日本でも童貞は一定数いたと考えられる。

 それがなくても日本文化は貞操や貞節を重要視する文化なので、古き良き日本の妖怪であるワタユキからすれば、拓巳が童貞でもなんら好感度は下がらないのだ。


「ワタユキッ……お前ッ、良い奴だなッ!!!」


 ワタユキの心情を理解した拓巳は諸手を上げてワタユキに駆け寄る。


「ちょっと、どうしたんですか拓巳さん」


 涙を流さんばかりに喜んで、今にも抱き着かんばかりの拓巳に、ワタユキが困り顔を浮かべる。しかしそんなワタユキの態度は、拓巳にとっては素晴らしいことだ。童貞への偏見のないワタユキの存在は今の拓巳からすれば女神も同然であった。


「それに比べてエリスは……」


 振り返って、ジト目でエリスを見る拓巳。

 この鎧女は、拓巳が童貞であることを思いっきり馬鹿にして、大笑いしていた。

 バイコーン然り、エリス然り。童貞を馬鹿にする奴は滅べばいいのだ。


「いや待て! 別にわたしだって馬鹿にしているわけじゃないぞ!」


 拓巳の怨嗟のこめられた視線に動揺するエリス。


「だいたいわたしだって、まだしょ……」

「「しょ?」」

「しょ………しょ、少々そういったことには疎いしな!」


 途中で言葉を切ったエリスに疑問を感じる拓巳だったが、エリスが顔を真っ赤にして俯いているのを見るとそれ以上踏み込むことが憚られる。結局拓巳はそのことに触れないまま、ワタユキが受けてきた依頼のことに話を戻す。


「とにかく! ワタユキに童貞がバレちまったんならもう俺に怖いもんはない。今からでも依頼をこなしに行ってもいいけど、エリスはどうだ?」

「え? あ、ああ。わたしも今からで構わないぞ。」


 エリスが顔の赤みを引きずりながらも、拓巳の提案にうなずく。

 拓巳はあまりバイコーンについて詳しくなかったが、エリスにはバイコーンとの戦闘経験もあるし、先ほどワタユキに説明していたように知識もある。バイコーン狩りに関してはエリスに任せておけば安心だろう、と考えていた。


「場所は俺とエリスが初めてあったあの森でいいのか?」

「ああ。この辺でバイコーンが生息しているのはあの森くらいだろう。」


 拓巳は雪ん子による筋力アップのおかげで、この世界に来たばかりの頃よりも明らかに強くなっている。修行のために買った剣も、エリスには才能がないと一笑されてしまいはしたがまったく使えないわけではない。

 もしかしたら、あの時のリベンジが果たせるのではないか。童貞を好んで襲うというバイコーンに、童貞の真の恐ろしさを見せてやるのだ。

 そんな決意を胸に秘めながらクククと笑う拓巳。


「拓巳さんが変な笑い声をあげてるんですけど、なんなんですかね?」

「さぁな。またバイコーンの内臓でも食べるつもりなんじゃないのか?」

「えっ、それはホントに勘弁してほしいんですけど。」

「もしまた変な料理を作ったら、アイツ一人に食べさせよう。」


 妖しく笑う拓巳の後ろでは、エリスとワタユキがそんな会話を繰り広げていた。


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