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ケルピーの肝臓は美味しいのだろうか 1

 ワタユキが拓巳たちのパーティに加入して一週間がたった。

 拓巳たちはここ一週間、コボルト討伐の依頼ばかりをこなしていた。エリスが「拓巳の良い戦闘訓練になるから」と提案したのがその理由だったのが、この生活に不満を持つものが一人いた。


「もしかして拓巳さんって………めっちゃ弱いんですか?」

「……」


 コボルトの湧いている坑道の中で、屁っ放り腰の拓巳を見てワタユキが言う。


「矢もハズレまくりですし」

「うっせー」

「腰も引けてますし」

「うっせー」

「控えめに言って役立たずですよね」

「…うっせー(涙)」


 ワタユキの言いように心を抉られる拓巳。「分かってる。そんなの分かってんだよぅ」とさめざめと泣く拓巳を、ワタユキは冷ややかな目で見つめる。


「この前は『お前の実力を見る』とか調子のいいこと言っときながら、本当はめちゃくちゃ弱かったんですね、拓巳さん。てっきり強い人だとばかり思ってましたよ。」

「だって! 先輩って言われたから! ちょっとは見栄も張りたくなるじゃん!」


 拓巳は振り向いてワタユキに抗議の声を上げる。そのせいで正面から来ていたコボルトに向けていたクロスボウはあらぬ方向を向き、またもや矢が外れる。ワタユキはそれを見てため息をつきながら、拓巳の仕留め損ねたコボルトに冷気を吐いて動きを止める。


「せめて前向いて撃ってくださいよ。ただでさえ当たらない矢が、ますます当たらなくなってるじゃないですか」

「うっ……」


 ワタユキの正鵠を射た指摘に言葉が詰まる拓巳。

 そんな拓巳の様子を気にした様子もなく、動きの止まったコボルトにとどめをさして、ワタユキがエリスに尋ねる。


「何でエリスさんはこんな人とパーティ組んでるんです?」

「何でって、それは……何でだろう?」

「おいエリス」


 先ほどから一人で大剣を振り回してコボルト相手に無双していたエリスは、ワタユキに問われて首を傾げる。

 なんともいい加減なその返答に思わずツッコミを入れる拓巳だったが、ワタユキに「あなたが言わないでください」とばかりに冷ややかな目で睨まれ、しゅんと俯く。


「まともに矢は当てられない。体力もない。近接戦もできない。こんな人よりもっといいパーティメンバーなんていくらでも見つけられたんじゃないですか? エリスさんそんなに強いんですし、しかも美人ですからきっと引っ張りだこでしたよ?」

「うーん……そう言われてもなぁ……」


 困った顔をしながら頭をかくエリス。そしてコボルトの死体を次々と袋につめながら、ぽつりとつぶやく。


「まあでも、わたしには拓巳以外とパーティを組むことはありえなかったんだ」

「どういうことですか?」


 ワタユキにそう聞かれたエリスは、顔を上げ微笑みながら言った。


「拓巳はいいやつってことだよ」

「エリスっ!」


 感極まったような声を上げる拓巳。そんな拓巳をみて、ワタユキは深いため息をつく。


「はぁ……エリスさんは拓巳さんに甘すぎますよ。こんなに弱いんじゃほとんどお荷物じゃないですか」

「そうか? わたしは別にお荷物でも構わないが。」

「わたしが構うんですっ! とにかく拓巳さんがこのままなのは困りますっ! 帰ったらわたしが鍛えてあげますから、覚悟していてください拓巳さん!」


 ぐわっと拓巳のほうへ振り返ったワタユキは、そう言ってびしっと拓巳に人差し指を向ける。


「しばらくはわたしの言う通りの鍛錬をこなしてもらいますからっ! 拓巳さんには地獄を見てもらいますよっ!」


 ぷりぷりと怒りながら、いいたいことだけ言ってさっさと先へと進んでしまうワタユキ。

 しかしなんだかんだ言って、ワタユキはこのパーティを抜けるとは言わなかった。拓巳が役立たずなのを分かったうえで、拓巳を鍛えると言ったのだ。それはつまり今後もワタユキはこのパーティにいてくれる気でいるということである。


 拓巳も自身が力不足なのは自覚していた。元は平和な日本で高校生として生きていて戦いなどしたことがなかったから、と言い訳をするのは簡単だが、そんな言い訳に意味などない。いくら説得力のある言い訳をしたところで殺されてしまっては意味がないのだから。


 しかしワタユキはそんな拓巳を見捨てず、さらには鍛えてくれるのだという。そのことが拓巳にはとてもありがたかった。

 前方で肩を怒らせながら歩くワタユキの背を見つめながら、拓巳は「ありがとう」と小さく呟くのだった。




 次の日。

 今日も依頼をこなそうと朝からギルドに向かった拓巳たちだったが、ギルドに入るといつもより妙に騒がしい。


「いったいどうしたんですか?」


 気になった拓巳が受付嬢に聞くと受付嬢が困り顔で答えてくれた。


「コンガラ街道沿いの泉に、ケルピーが出たんですよ。幾つかのキャラバンが犠牲になってるらしくて。それで討伐依頼が出されたんですが、なにせケルピーでしょう? 危険な魔物ですから誰も受けたがらないんです」

「ケルピー……」


 受付嬢の言葉に脳内の記憶を手繰り寄せる拓巳。


 ケルピー。

 イギリスのスコットランド地方につたわる幻獣の一種だ。主に水場を住処とし、水を求めて水場にやってきた旅人や動物を水の中に引きずり込んで溺れさせて内臓を残してほかのすべてを食らうといわれている。容姿は黒い馬の姿をしており、全身に水草を纏わりつかせているように描かれることも多い。

 一見、人を食らう恐ろしい魔物のようだが、ケルピーには別の一面もある。ケルピーは普通の馬とは段違いの脚力をもつので、乗り手として認められれば大層有用な馬を手に入れることができるのだ。といっても、ケルピーを乗りこなす難易度は非常に高く、うまく乗りこなせたものは今まで一人としていないらしい。


 拓巳が考えにふけっていると、背後からくいくいと、ワタユキが拓巳の服を引っ張る。


「拓巳さん、ケルピーって何です?危険なんですか?」


 どうやらワタユキはケルピーを知らないようだ。ワタユキはこの地方の生まれではないし、知らないのも仕方ないだろう。まぁそれを言ってしまえば、拓巳もこの地方、いやそもそもこの世界の生まれではないのだが。


「ああ、ケルピーってのはだな―――」


 説明する拓巳。ワタユキは熱心に聞いているが、エリスの方は既知のようで、拓巳の話を聞かずになにやら一人で考え込んでしまっている。


「へぇ〜、なんだか河童みたいですね」

「まあそうだな。見た目は違うがやることは同じだな」


 ワタユキの例えに苦笑する拓巳。確かにケルピーは西洋版の河童とも言えるかもしれない。河童は尻子玉、つまり内臓を抜き取り、ケルピーは内臓以外を残さず食らうという違いはあるが、やられた方にしてみればどっちにしろ死んでしまうので変わりはないのだ。


「でも外見が全然違うぞ。ケルピーに甲羅はないし、水かきもない。ましてや頭の上に皿なんてないしな」

「それもそうですね……って。拓巳さん、河童を知ってるんですか?」

「ん? ああ。相撲ときゅうりが大好きな妖怪だろ?」

「…雪女を知ってることにも驚きましたが、まさか河童まで知っているなんて……拓巳さんって何者なんですか?」


 何でもないように言う拓巳を驚きの目で見つめるワタユキ。ワタユキもこの街にくるまではずっと一人で旅をしてきたので、この地方で雪女や河童と言った妖怪の類が知られていないことはよく知っている。現にエリスは河童と言う単語を聞いても「カッパ…?」と首をかしげていたし、話を聞いていた受付嬢もピンと来ていないような曖昧な表情を浮かべている。

 それなのに拓巳は、そんなマイナーな存在を知っているという。今思えば、カンボクが正体を明かしても拓巳はとくに質問をするようなことも無かった。と言うことは拓巳は姥ヶ火という妖怪のことも、カンボクに明かされる以前から知っていたのだろう。


 そのことに気付いたワタユキは、拓巳への認識を改める。

 この人の強さは、単純な戦闘能力ではないのかもしれない。戦えない拓巳を見たときから、なんでこんな人がエリスさんとパーティを組んでいるんだろうと疑問に思っていたワタユキだったが、今なんとなくその理由が分かった気がした。


「わたしも一度出くわしたことがあるぞ」


 ワタユキがそんなことを考えてると、いつの間に思考の海から戻ってきていたのか、エリスが思い出すように言う。


「え? 河童に?」

「違うっ! ケルピーにだっ!」


 拓巳のとぼけた質問にツッコむと、エリスは少しだけ不機嫌そうな顔になる。それを見た拓巳は少しふざけ過ぎたかと反省し、まじめにエリスに話の先を促すことにした。


「見たことあるのか? ケルピーを?」


「ああ。森の中の泉で水を汲もうとしたときにな。泉の側に黒い馬がいたんだ。それはそれは美しく健壮な馬だった。不思議なことに鞍と手綱が付いていてな。そのときは徒歩の移動で疲れていたし、周囲にこの馬の主らしき人影はない。飼い主からはぐれた馬なら拝借しても問題ないだろう、とわたしはその馬に跨りたい誘惑にかられた。」


「だがそこでふと、違和感に気付いた。その馬から、どことなく普通の馬とは違う雰囲気を感じたんだ。目が、明らかに飼いならされた馬のそれではなかった。こちらを見てらんらんと光らせた赤い目は、わたしに危機感を抱かせるには十分だった」


「その馬に近寄らないようにして、わたしは泉へと向かった。しかし案の定、わたしが泉に近づくと奴は後ろから襲ってきたよ。その馬がケルピーだと気が付いたのはその時だった。」


 そこでエリスが眉を寄せる。


「あれは厄介だよ。水場では勝ち目がない。もしわたしがあのとき、あの馬の上に跨っていたなら、今ここにわたしはいないだろう。水中に引きずり込まれたら終わりだからな」


 当時のことを思い出しているのか、顔をしかめるエリス。どうやら先ほど不機嫌そうな顔をしたのは拓巳の言動が気に入らなかったからではなく、ケルピーと遭遇した時のことを思い出しているからだったらしい。拓巳は内心でほっと安堵のため息をつく。

 そこでふと、拓巳の中で疑問が沸き上がる。先ほどエリスはケルピーに襲われたと言っていたが、今ここにいるということはケルピーから逃げるのに成功したということだろう。ならば、エリスはどうやって逃げたのだろうか。


「それで、どうやって逃げたんだ?」


 拓巳がそう聞くと、エリスは間髪入れずにこう答えた。


「剣で吹き飛ばした。」

「…そっか」


 なんかもう、なんでもアリだな。

 若干遠い目になりながらそんなことを思う拓巳。

 そんな拓巳の心情に気が付いたのか、エリスが取り繕うようにまくしたてる。


「だが大変だったんだぞ? わたしがあんなに全力を出したのは久しぶりだった。それほどの馬鹿力を持ってるんだよ、ケルピーは!」


(いや、だからおまえはその馬鹿力のケルピーを吹き飛ばしたんだろ? だったらおまえが一番ヤバいんじゃないか?)


 そんなセリフをぐっと飲み込む拓巳。


 もうそれなりにエリスと行動を共にしてきて、拓巳にはひとつ分かったことがある。

 それは、『エリスが半端じゃなく強い』と言うことだ。

 もうそれなりの期間、冒険者として活動してきた拓巳には、今までにひとりで冒険者ギルドに赴くことも何度かあった。そのたびに、ほかの冒険者がどんな感じの活動をしているのか聞き耳を立てるのが拓巳の日課になっているのだが、ほかのパーティのコボルト狩りの成果を聞いて酷く驚いたことを覚えている。

そのパーティは、屈強な男の四人パーティで、丸一日鉱山に潜ってコボルトを狩っていたという。そのパーティの成果はコボルト二十五匹。4人で二十五匹だ。しかも、狩りから帰ってきたそのパーティは無傷ではなかったようで、腕や足のところどころに包帯が見受けられた。

 それに対し、エリスは無傷で、しかも一人で、何の苦もなくコボルトを三十匹も狩っている。拓巳はエリス以外の冒険者とパーティを組んだことがないので正確なところは分からないが、彼女はもしかして冒険者のなかでもかなり強い部類なのではなかろうか、という疑念を抱いていた。

極めつけは、先日図書館で見つけたデュラハンについての記述である。相当古い本で、書かれたのが300年前という信ぴょう性に欠ける本だったのだが、その本にはこうあった。


 『デュラハンとは最強の騎士である。彼らはどこにも属さず、誰にも下らず、ただ静かに戦い必ず勝利をおさめる。身の丈ほどの大剣を振り回す腕力と、屈強な馬を乗りこなす馬術で、あらゆる災厄をはねのける孤高の騎士である。』


 この記述を信じるならば、エリスは最強の騎士のひとりらしい。幾分か誇張されて書かれているようにも見えるが、火のないところに煙は立たないように、それなりの地力があるからこそ、このような記述がなされているであろうことは想像に難くない。


 そんなことを拓巳が考えていると、目の前でエリスの話を聞いていたらしい受付嬢がエリスの方に身を乗り出す。


「あのっ、先程から話を聞かせていただいたんですが、エリスさんはケルピーを撃退した経験があるんですよね!?」

「それは、そうだが」

「でしたらっ!是非討伐依頼を受けて頂けませんかっ?」


 食い気味にエリスに迫る受付嬢。ギルド側としても、このままケルピーが放置されるのはよろしくないのだろう、彼女の様子には必死さが感じられた。そんな必死さにあてられたエリスは後ずさりながら、口をモゴモゴと動かす。


「むぅ…だが、わたしは……」

「お願いですっ!今ちょうどケルピー討伐を任せられる冒険者がみんな出払ってしまっているんですよ!」

「しかし」

「このままケルピーを放置して置けば、さらに犠牲者が増えてしまうんですっ!」


 お願いしますっ。そう言って受付嬢が頭を下げる。

 彼女の大声が注意を集めてしまったのか、周りの冒険者たちも「なんだなんだ」とこちらに注目し始めてきていた。それを感じた拓巳がエリスに視線を向けると、エリスは困ったような顔を拓巳に向けてきていた。その目は「この依頼、受けてもいいか?」と拓巳に尋ねるようなものだった。しょうがないだろう、と拓巳もうなずく。


「…分かった。その依頼、わたしたちが引き受けよう」

「ほんとですかっ! ありがとうございますっ!」


 絞り出すように言うエリス。受付嬢はエリスの言葉を聞いて涙を流さんばかりの勢いでお礼を述べる。ワタユキは何が起きているのかいまいちわかっていないようで、キョトンとした顔をしており、拓巳はこれからの面倒事を考えて天を仰いだ。




「面倒なことになったなぁ…」

「すまない、拓巳」

「いや、エリスは悪くないよ。あの場では仕方なかったさ」


 拓巳たち三人は、ケルピーがいるという泉へと向かって街道を歩いていた。受付嬢の話では、ケルピーはこのコンガラ街道沿いの泉に出没するということらしい。

 このコンガラ街道はサクラシンの東側に位置している比較的大きな街道で、拓巳たちから見て右側に深い森が、南側には穀倉地帯が広がっている。件の泉は森に少し入ったところにあるそうなので、拓巳たちは右側の森の中に目を凝らしながら歩く。


「あの、何が問題なんですか?」


 そんななか、今回のケルピー討伐を深刻に考えていないワタユキが、さきほどの拓巳とエリスのやり取りを指して疑問を述べる。そんなワタユキに、拓巳が諭すように言う。


「だってさ、エリスでさえ手こずるような魔物の討伐を依頼されたんだぞ? 前遭遇した時もエリスでさえ討伐できなかったっていうし、正直俺たちの手に余る依頼なんじゃないかって思ってな」

「何言ってるんですか。どうせ拓巳さんはわたしたちの中で一番弱いんですから関係ないじゃないですか。実際に苦労するのはわたしとエリスさんですよ」

「うっ…それは、そうなんだけど」


 ワタユキにこき下ろされる拓巳。言っていることは正しいだけに、拓巳としてはぐぅの音も出ない。それを見かねたのかエリスが助け船を出してくれた。


「まあまあ。今回はケルピー狩りだからな。わたしより拓巳が活躍することになるんじゃないか?」

「え? どういうことですか?」

「ケルピーは弱ると水の中に逃げてしまうんだ。だからこそ、奴を狩るのは面倒なんだが。水の中に逃げ込まれては、わたしの剣は届かない。拓巳のクロスボウも水の中では効果半減だとは思うが、少なくともわたしの剣よりは役に立つだろう」

「そのことなんだけどさ、エリス」


 エリスが自嘲気味に話していると、途中で拓巳が口を挟む。


「水の中に逃げられさえしなければ、エリスは正面からケルピーに勝てるのか?」

「どうだろうなぁ……実際にやったことがないから分からないが、たぶん勝てるんじゃないか? でもそんなことが出来るのか?」


 怪訝な顔をするエリスに、拓巳はにやりと笑って言う。


「大丈夫だ。対策は考えてきた」


 自信ありげな様子の拓巳に、エリスとワタユキは顔を見合わせるのだった。




 しばらくして、拓巳たちは件の泉に着いた。なかなかに大きく、その外周から見積もっても、水深の一番深いところは拓巳の身長よりずっと深いのではなかろうか。

 森の中にある、とは聞いていたが、その泉は街道から見つけるのもたやすいほど目立つ場所にあった。確かに森にすこし入ったところにあるのだが、街道から泉まで人に踏み固められたような簡易な道が出来上がっていたのだ。旅人や商人が休憩に利用する泉というだけあって、泉の周りには焚き火の跡など、人の痕跡が残っていた。


「ケルピーは…いないみたいだな」

「たぶん泉の中にいるのだろう。しかし拓巳、さっき言っていた対策とはなんだ?」

「ふふふ、それはだな」


 拓巳は背にしょっていた巨大なリュックから、なにやらごそごそと取り出す。


「スコップ?」

「ああ。これで落とし穴を掘るんだ!」

「は?」


 どうだ名案だろう、と言わんばかりの表情をする拓巳に、ワタユキの冷ややかな言葉が浴びせられる。


「落とし穴なんかでどうこうなるものなんですか? 相手は馬なんですし、すぐに脱出されちゃうんじゃないですか?」

「甘いなワタユキ。俺だって、ただ落とし穴にはめようってわけじゃないよ」


 そう言って拓巳はまたもやリュックからなにやら取り出す。取り出されたのは大きな革袋だった。その革袋は明らかに生臭い鼻が曲がるような匂いを発しており、エリスとワタユキは思わず顔を顰める。


「拓巳、それは何だ? 血なまぐさい異臭がするんだが」

「そういえば拓巳さん、街を出る前、市場の方に何か買いに行ってましたよね」


 不快そうに革袋を見つめるエリスとワタユキに、拓巳が答える。


「これは『豚の肝臓』だよ。ワタユキが言うように、市場の肉屋でもらってきたんだ」

「豚の、肝臓?」


 さらに眉を寄せるエリス。しかし拓巳はそんなエリスに構わず楽しそうに話を続ける。


「ケルピーには面白い習性があってな。さっきも話したと思うけど、ケルピーは人を食べるとき、なぜか内臓だけは食べないんだよ。なんでだと思う?」

「…なんでですか?」

「ケルピーは鉄が嫌いなんだ。だから血の匂いが嫌いなんだろうな。血って、鉄そのものよりも鉄臭かったりするだろ? 襲われた人間が必ず水中に引きずり込まれて食べられるのも、ケルピーにしてみれば血抜きの意味合いが強いんじゃないかな」

「……へぇー、鉄が嫌いなんて、本当に河童みたいですね」


 ワタユキの言う通り、河童も鉄が嫌いだったりする。このようなケルピーと河童の類似点の多さから、拓巳のいた世界では、この二つの生き物は同じなのではないか、と主張する者もいたほどだ。


「だから内臓を喰おうとしないんだろうな。内臓って血液が集まる場所だし……だから、この内臓を落とし穴に落ちたケルピーの上からぶちまける。そしたらたぶん気を失うくらいのショックを与えられると思うんだ」

「うわぁ……」


 キラキラした目で中々にえげつないことを言う拓巳。落とし穴に落とされた上に、内臓まみれにされる。ケルピーからしてみれば泣きっ面に蜂だ。エリスもこの時ばかりは、敵であるはずのケルピーに心からの冥福を祈った。


「それにしても、内臓だけ残すなんてもったいないよな。内臓だって肉と同じくらい美味しいのになぁ…。この豚の肝臓も食べればいいのに、もったいない」


 革袋をのぞき込みながら、拓巳が言う。

 拓巳のいた世界では、肝臓はレバーと呼ばれ食材として用いられていた。牛や豚、時には馬の肝臓などもレバーとして拓巳は食べたことがあった。

 しかし、エリスにとってはこの拓巳の発言は看過できないものであったらしい。


「え、肝臓を、食べるのか」


 気付くとエリスがドン引きした目で拓巳の方を見つめていた。どうやらこの世界に動物の肝臓を食べる文化は無いらしい。そう言えば肉屋のおっちゃんも「え、こんなもんを何に使うんだ」といった目で見てきたことを拓巳は今更ながらに思い出す。


「でもワタユキは食ったことあるだろ? 妖怪は生き肝を信仰してたりするし。」


 拓巳が同意を求めてワタユキの方を振り返る。

 しかしそこには、拓巳から距離を取って光を失った目でこちらを見てくるワタユキの姿があった。


「いえ、妖怪も肝なんて食べませんよ。誰があんな気持ちの悪いもの好き好んで食べるっていうんですか、おぞましい…」


 今の「おぞましい」のトーンは本気だった。そのことに地味に凹む拓巳。

 エリスとワタユキに人ではないものを見るような目で見つめられた拓巳は、何とか彼女たちにレバーの素晴らしさを知ってもらおうと提案する。


「そうだ! 馬の肝臓も美味しいから、ケルピーを狩ったら一緒にケルピーの内臓を食べないか?」

「無理だ」

「ありないです」

「なんでだよっ!」


 泉のそばに落とし穴を掘りながら、拓巳はその後もしつこくエリスとワタユキに肝臓の良さを説き続けたのだが、彼女たちが拓巳の言葉に耳を貸すことは無かった。




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