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雪女は家事ができない 2


「それじゃ、後のことは頼んだよ」


 カンボクはそう言い残すと、火の玉に変身して東の空へと飛んで行ってしまった。

 彼女が飛び立った後にはほのかに線香の香りが漂っていた。

 こうにも日本の匂いが漂っていたのに、なぜカンボクの正体に気が付かなかったのだろう。拓巳は思わず苦笑してしまう。


 拓巳たちは旅立つカンボクを見送った後、またギルドの中の酒場に戻ってきていた。


「カンボクの話だと、どれくらいの期間留守にするか分からないって感じだったな」

「はい、でも梓野まで行って帰ってくるのに姥ヶ火様でもひと月はかかります。なので少なくともひと月はお世話になると思います」


 そう言って、ワタユキがよろしくお願いしますと頭を下げる。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は拓巳。んで、こっちは」

「エリスだ。よろしくな、ワタユキ」

「拓巳さんにエリスさんですね。先輩冒険者のおふたりには迷惑をかけないよう、精いっぱい頑張りますっ」


 キラキラとした笑顔を浮かべるワタユキ。

 自身もまだ新米冒険者の身である拓巳には、そんなワタユキの視線がなんだかむずかゆく感じた。

 だいたい、拓巳はまだまともに魔物討伐すらできていないヘッポコ冒険者だ。

 雪女の戦闘能力がいかほどかは知らないが、カンボクの言葉を信じるならば、少なくとも拓巳より即戦力になることは間違いない。

 その事実に、拓巳は少しだけ目を潤ませた。


「とりあえず、ワタユキは俺らと一緒に冒険者として活動してもらいたいんだけど」

「はい。任せてください。これでもわたし、結構強いんですよっ」


 ワタユキは胸の前で拳を作り、やる気満々といった面持ちになっていた。

 そんな彼女を見て、拓巳は決心する。

 心の奥でまだ少しトラウマになってはいるが、いつまでも逃げたままではいられない。

 拓巳は隣にいたエリスに確認するように視線を送る。


「なぁ、エリス。またコボルトの討伐依頼を受けてみないか? さっき漁ってた依頼書の中に討伐依頼があったんだ」

「だが拓巳、お前は―――」

「俺ももう冒険者になって一週間だ。そろそろ乗り越えないとな」


 なんだかんだ言って拓巳に過保護なエリスは、拓巳の提案に顔を顰めた。

 しかしそんな風に不安げな表情を見せるエリスに向かって、拓巳は快活に笑う。


「ワタユキの実力を見るのにもいいんじゃないか? コボルトって魔物の中でも低級なんだろ?」


 それにいざとなったらエリスに任せればいいしな。冗談めかしてそう言う拓巳に、エリスはため息をつきながらも口の端に笑みを浮かべるのだった。




 ということで、コボルトの討伐依頼を受けた拓巳たちは鉱山にやってきていた。前回とは別の鉱山で、前ほどでは無いが今回の鉱山にもコボルトが巣食って鉱山夫たちが困っているらしい。

 今回も拓巳はランタンを掲げる係だ。まあ今回はワタユキの実力を見るための依頼だし、エリスのはコボルトの死体運び及びワタユキが危険に陥った時のヘルプにいってもらわなければならない。なので、大層な決意表明をした割に、拓巳に今回の依頼では戦闘する機会はほぼなかったりする。


「それじゃ、ワタユキがどんくらい戦えるか見てみるから…ってワタユキ、武器は?」

「必要ありませんよ。わたしは雪女ですから」


 拓巳がワタユキの方を見ると、なぜだかワタユキは屈伸運動をしていた。白い着物が地面に擦れているのだが、不思議なことに土埃が付着する様子はなく、雪のように真っ白いままだ。

 しかしなぜワタユキは屈伸運動なんかをしているのだろうか。雪女ということで氷で戦ったりするのかな、と漠然と想像していた拓巳は少しびっくりする。


「えっと……もしかして、肉弾戦派?」

「そんなわけないじゃないですかっ! これはちょっと体をほぐしてただけですっ!」


 拓巳の疑問に、ワタユキが振り返ってツッコむ。今回は使う予定はないが、確かにワタユキも別に体術が出来ないわけではない。しかしワタユキだってうら若き乙女である。『肉弾戦派』と言われるとどうにも否定したくなるのが乙女心というものだ。


 そんなやり取りを拓巳とワタユキが交わしていると、後方に注意を払っていたエリスが鋭い声を上げる。


「拓巳っ、ワタユキっ!来たぞっ」


 どうやらコボルトを発見したようだ。背から剣を抜いて戦闘体勢になるエリス。


 エリスの視線の先にはコボルトが三匹。向こうも拓巳たちを補足したようで、ぎらついた目でこちらを見ている。狼狽えこそしなかったが、以前その眼に気圧された拓巳はごくりとつばを飲み込む。

 しかしワタユキは実に落ち着いた様子で、コボルトの方へと一歩踏み出した。


「ワタユキっ!」


 焦ったように声をあげる拓巳。無手でコボルトに近づくワタユキの姿はあまりにも無防備に見えた。

 しかし、ワタユキには一切動じた様子は見られない。拓巳に振り返って、ワタユキは微笑む。


「大丈夫ですよ」


 そう言って正面を向くと、武器を振り上げて向かってくるコボルトたちにひるまず立ち向かう。一歩、一歩。コボルトたちとの距離を詰め、彼我の距離はあと3メートルもない。

 そのとき。ワタユキが動いた。


 ふぅーっ


 ワタユキは向かってくるコボルトに息を吹いた。真っ白い息だ。その白い吐息がコボルトに到達すると、コボルトの動きが鈍くなる。しばらくすると武器を取り落としてぷるぷると震えだした。

 ワタユキはそんなコボルトに悠然と近づいていくと、コボルトに顔を近づけ息を吸った。その仕草はまるで、弱ったコボルトから何かを吸い取っているかのようだった。


 次の瞬間。

 びくん、とコボルトの体が跳ね、それっきり動かなくなってしまった。


 ワタユキはこちらを振り返って「ね?大丈夫だったでしょう?」と満面の笑みを浮かべる。


 そういえば。と、拓巳は雪女の伝説について思い出す。


 雪女は山で遭難した人を凍えさせる妖怪、というようなイメージが現代では根強いがそれは雪女の一面に過ぎない。ある地方には、雪女が人間の精気を吸った後の死体が凍死した死体に酷似しているだけだ、とする言い伝えが残っている。この地方では雪女は夢魔、西洋で言うサキュバスのような一面を持っているとされ、雪山で遭難した人間から命を吸い取って生き肝を食らうのだという。

 目の前の少女もおそらく、この言い伝えのようにコボルトから命を吸い取ったのではないか。そんな考えが拓巳の脳裏に浮かぶ。


「エリス」

「なんだ拓巳」


 横で拓巳と同じく呆然とした様子でワタユキを見ていたエリスに、拓巳は話しかける。


「あいつ、ヤバイ」

「奇遇だな、わたしも同感だ」


 一息で命を狩り取る雪女。

 弱っていないとダメだとかいろいろと制限はあるのだろうが、そのトンデモ能力は拓巳たちの手には余るほど強力だった。


 うふふと笑いながらこちらを見ているワタユキに、拓巳とエリスは冷や汗が止まらなかった。




 コボルトの死体を検分すると、死体はカチンコチンに凍っていることがわかった。死体自体が凍っているというより、死体の表面を解けない氷が覆っているという表現が的を射ているだろうか。それを確認して嫌な汗を流しながらも、拓巳はエリスが担いでいる袋の中にコボルトの死体を詰め込む。


「背中が、寒い……鎧越しに死体の冷気が…」


 死体を運んでいるエリスはときおりそんなことを呟いていた。


 結局、ワタユキは1人でコボルトを全滅させてしまった。鼻歌交じりでコボルトから命を吸い取っていくワタユキを、拓巳は少し引いた目で見つめる。その数20匹。この間に比べやはり数は少なかったが、ワタユキはぜんぜん余裕そうだった。あと10匹や20匹、数が増えてもまったく問題無いだろう。

 おかげでエリスがフォローに回る必要もなく彼女が剣を抜くことも無かったのだが、解けない氷で覆われた死体を袋に入れて担ぐのはなかなか大変だったらしい。前回コボルトを狩りに来た時よりも疲れたような顔をしていた。


「寒いのは苦手なんだ……凍え死ぬかと思った」


 帰り際、そんな愚痴をこぼすエリスに拓巳は何とも言えない申し訳なさを感じるのだった。




「いや~でもワタユキが強くて良かった。これで俺たちのパーティは安泰だな」

「いえ、そんな…」


 照れたように頬を染め俯くワタユキ。


 拓巳たちは今、また今朝と同じ酒場にいた。なんだか最近酒場にいることが多い気がするが、ここはギルドとつながっているしご飯も食べられるため使い勝手がいいのだ。


「じゃあ早速! 依頼達成の打ち上げ兼ワタユキの歓迎会を始めたいと思いますっ!」

「よっ! いいぞ拓巳っ!」

「わざわざわたしなんかのために、申し訳ないです…」


 拓巳の口上をよいしょするエリスに、さらに委縮してしまうワタユキ。

 ちなみにエリスにはもう既にアルコールが入っている。それに加えてデュラハンである彼女にはこんなに大勢で宴会をするという機会がなかったせいか、もう既にテンションがすこしおかしなことになってしまっていた。


「拓巳とワタユキの飲み物はまだ来ないのか?」

「エリスはさっき一人で酒飲んでただろ? 別に俺らを待たなくていいから、先に飲んで――」


 自分の飲み物だけ先に来ていたので遠慮するエリスだったが、ちょうどそのとき頼んでいた飲み物がテーブルに届けられた。拓巳は未成年なのでもちろん酒では無い。ノンアルコールのエールビールだ。


「じゃあ乾杯しようっ」


 待ちきれない様子のエリス。さっそく乾杯しようとジョッキを手に持つ拓巳とワタユキ。


 と、そのとき。

 ピキピキ、と嫌な音がワタユキの手元から聞こえた。


「ワタユキっ、飲み物が凍ってる!」

「あ」


 見るとワタユキの手にしたジョッキの中身が凍ってしまっていた。そう言えば彼女の周囲は氷点下なんだっけか、と拓巳は今更ながらに思い出す。


(あれ? でもそれだったら、雪女はどうやって飲み物を飲むんだ?)


 そんな疑問が浮かんだ拓巳だったが、ワタユキがその疑問に答えをくれる。


「いえ、良いんですよ。わたしたち雪女は飲み物が飲めませんから、こうやってですね…」


 ワタユキはそう言うと凍ってしまったビールにスプーンを突き立てる。そしてごりごりと氷を削り始めた。


「こうっ、やって、氷をっ、削って、食べるんですっ」

「……大変なんだな、雪女って」


 ゴリゴリと凍ったビールを削っては口へと運ぶワタユキ。ちまちまと必死に氷を食べるワタユキに、拓巳は生暖かい視線を送る。

 その姿は例えるならアイスを一生懸命に食べる幼子のようで、見ていて非常に微笑ましい光景だった。


「じゃあワタユキは飲み物を飲んだことはないのか」

「そうなんです。わたしの近くの液体はみんな凍ってしまって」


 ですから炊事洗濯はしたことがないんです、とワタユキが笑う。


 確かに炊事をすれば食材が凍りついてしまうだろうし、洗濯も水が凍ってしまっては話にならない。その特性は強力ではあるが、それと同時に不便なことも多いらしい。


「あれ? それなら飯はどうやって食べるんだ―――」

「拓巳っ! 頼んでいた料理が来たぞっ!」


 拓巳が疑問を持ったそのタイミングで、ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきた。嬉々としてエリスがそれを受け取り、大皿から小皿に選り分ける。


「ほら、ワタユキのぶんだ」

「あ、ありがとうございます」


 エリスが料理の小皿をワタユキに渡した瞬間。

 またもや、ピキピキ、と嫌な音が響く。

 なんとなくそのことを予想していた拓巳は、ワタユキの手にある小皿をのぞき込んで嘆息する。


「…料理も、凍るのか」

「? どうしたんですか拓巳さん?」


 拓巳のつぶやきはワタユキの耳には届かなかったようだ。不思議そうに首を傾げた後、小皿の中の野菜炒めにフォークを突き立てて口い運び、がりがりと食べ始める。どうやら彼女は凍った料理もそのまま強引に食べてしまうらしい。

 雪女の性質が原因なため仕方ないと言えば仕方ないのだが、その料理は果たしておいしいのだろうか。

 満面の笑みで凍った野菜炒めを頬張るワタユキを、拓巳は半ばあきれた表情で見つめる。


「ほら、拓巳の分だぞ」

「…ああ」

「どうした? 拓巳?」

「いや、なんか急に食欲がなくなっちゃってな…」


 いつの間にか、エリスが拓巳にも小皿を選り分けてくれていたのだが、拓巳はなんとなくその小皿を素直に受け取ることが出来なかった。





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