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そこに在ったのは一柱の白竜。
大きな飛膜の翼をはためかせながら、その身を纏う氷晶の鱗と同じ、水色とも透明とも取れない瞳で環那を見詰めていた。
彼の竜は環那がバルコニーの端にいることを確認して、ゆっくりとバルコニーへと降り立った。
そして、間を置かず、彼の竜は環那に向かって頭を垂れる。
「環那。僕の愛おしい花嫁。唯一無二の宝。」
もうほとんど沈みかけている夕陽が白竜の鱗を煌びやかに映し出す。
その透明感溢れる鱗には、呆然としている自身の姿は勿論、周りの景色も鏡の様に映っていた。
「僕の名はグレイシア。君のみに許された、君だけが呼ぶ僕の真名。」
竜はそう告げると、次の瞬間には竜体から光の粒子が弾け飛び、先程までの青年の姿に戻る。
常に獲物を狙うかの様な鋭く瞳孔の尖った瞳が、その外観とは裏腹に環那を愛おしむ様に細まった。
彼は氷の様な貌とは反対に、熱の篭った視線を環那に投げ掛ける。
「今日はもう日が暮れてしまったから、この離宮に一晩泊まろう。明朝、君を連れてこの土地を発つ。」
グレイシアのその言葉に環那は目を見開いた。
まさか、そんな早急に事が運ぶとは思っていなかったのだ。
「で、ですが……ランスロット卿。私は何一つ……」
「大丈夫だよ。」
環那の心配気な言葉を遮って、グレイシアは微笑む。
「君が望むことは何でも叶えてあげる。ここに返してあげることは出来ないけれど、ここに連れ来ることはいつでも出来るからね。」
柔らかに微笑んだまま、すっと環那の手を取り、環那に宛てがわれた部屋の中へと足を踏み入れた。
そんな彼の微笑みを環那は怪訝そうに見上げる。
ヘイルが、グレイシアは凶暴性を持っているというため構えていたが、目の前の彼は凶暴とは程遠い、振る舞いも口調も温厚で優雅な男性だ。
最近、見慣れた上級貴族と変わらないその様子に、環那はそっと肩の力を抜いた。
部屋に戻ると、いつの間に用意したのか、既に二人分の夕食の用意がしてあった。
二人分の食事とグレイシアを交互に見ながら、環那は不思議に思う。
彼は竜だ。人の食物を食べるのだろうか。
すると、環那のその思いを読んだかの様に、グレイシアは口を開いた。
「僕達もこの姿であれば、人間と同じ食事が出来るんだよ。必要は無いのだけれど、君と同じ思いを共有したくて、頼んでしまったよ。」
そう言いながら、グレイシアは椅子を引き、環那を座らす。
「あと、ランスロット卿だなんて呼ばないで、グレイシアと呼んでくれ。君のための名だと、言っただろう。」
座ったことにより、自身の腰辺りまで低くなった環那の頭に手を置き、グレイシアはさらさらと真っ直ぐに流れる環那の黒髪を梳く。
梳いては手放しをひたすら無言で繰り返すグレイシアに、環那は控えめに顔を動かし、グレイシアに視線を向けた。刹那、互いの視線が交わる。