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「それもそうですね。でしたら、少しお話しさせて頂きます。貴女の竜であるランスロット卿は先祖返りという古代種の血を濃く継いでおられる希少種の竜です。我々、氷竜の中では恐らく、最も力煽るる個体でしょう。」
環那はヘイルの説明の中で、一つ引っ掛かった点があった。
「我々?」
我々、とはどういうことだろうか。
それではまるで、目の前の王宮からの使者だというこの青年も―――。
「ああ、私も竜の血を引いているのです。氷竜と人間の混血ですがね。」
「………そうでしたか。」
竜は希にだが、人間を娶るのだ。
彼等の混血がいたとて、何らおかしなことではない。
そう理解して、環那は納得の声を漏らした。
このアポカリプス大陸に生息する竜は、大きく四種に分けられる。
東の氷竜“ジエロ族”、西の風竜“ウヴング族”、南の炎竜“プラーミャ族”、北の地竜“テラ族”である。
その内の一種、ジエロ族がランスロット卿やヘイルが属する種で、その名の通り、氷晶と冷気を司る。
「ランスロット卿は次期長候補の有力者でもある、力においては非の打ち所が無い御方です。が、温厚な者が多い竜には珍しく、少々凶暴性があり、相手によっては残虐な部分も見られます。」
脅す様なヘイルのその言葉に、環那は露骨に顔を顰めた。
「そんなことを言ってしまっていいんですか?」
そう言われてしまえば、環那のまだ見ぬランスロット卿への印象が決めつけられてしまう。
元々、乗り気でないのに加えて、余計に消極的になるだろう。だが、そんな環那の思いに反する様に、ヘイルは微笑んだ。
「ですが、花嫁であらせられる貴女は例外です。」
竜という生き物は、自らの伴侶には特に温厚に愛情深く接する。
その愛情深さ故に伴侶に対する執着は凄まじいもので、時に嫉妬や独占欲となって現れる。
それは単に一途と称していいのか分からない程。
「彼の御方が貴女を害することは万が一にもありませんし、有り得ません。そんな姿を貴女の前に晒すとすれば、愛おしい己が花嫁に不用意に近付いてくる命知らずを排除するときだけです。」
上記にもあるが、竜という生き物はどこまでも一途だ。それはもう盲目的に。
伴侶を得れば、その存在しか見えなくなる。
「人間とは違い、竜の愛情が移ろうことはありません。それは凶暴性を持ち合わせているランスロット卿とて例外ではないのです。寧ろ、彼の御方が貴女に向ける愛情はどの竜よりも強い。ですから、どうか、拒絶だけはなさらないで差し上げて下さい。」
懇願するかの様なヘイルの表情に、環那は口を噤んだ。
しかし、また一つ気になるところがあり、環那は疑問を口にした。
「………ランスロット卿とは、その御方の名前ではありませんよね?」
ランスロット。
それは大陸戦争での英雄十二柱の中の一人の名だ。
そして竜騎士は一世紀に一度、代替わりをすると聞く。
彼の竜の名がランスロットではおかしいだろう、そう思い環那は問うたのだった。
「ええ、貴女のおっしゃる通り、貴女の竜はランスロット卿という役目を指す渾名であって、彼の御方の真名ではございません。」
「……成程、彼の方は名さえ名乗らない、と。」
警戒の色を濃くした環那を宥める様に、ヘイルは言葉を続けた。
「力ある竜は基本的に伴侶以外に真名を名乗りません。生涯の伴侶を得て初めて、自ら真名を捧げるのです。」
力ある竜は総じて、並みの竜達より伴侶への執着が強い。
万が一にも、伴侶以外に真名が漏れるとしよう。
ただそれだけなら竜は何も行動を起こさないが、伴侶以外に真名を呼ばれると、その個体は激怒する。
伴侶が自分を呼ぶだけの名であるが故に。
普段、温厚な竜は怒りを露わにするのだ。
だから力に満ち溢れる個体は渾名、もしくは偽名を使っている。
「彼の御方にお会いすれば、きちんと名乗られますよ。」
安心して下さい、とばかりに、ヘイルは微笑んだ。