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翌日、集まってきた貴族達の間を縫う様に抜け、半ば逃げる様にして屋敷へと帰ってきた環那は自室から出れないでいた。
窓から庭園を見れば、王宮からの使者らしき馬車があったためである。
いつもの様に家族の集まる広間へと行けば最後、王城に連れて行かれる可能性が高い。
しかし、いつまでもこうして自室に閉じ篭っているわけにもいかず、環那は渋々自室を後にした。
大階段を下り、広間への扉を控えめに開ける。
環那の予想が外れることはなく、そこには義父母、義兄の他に見慣れない人物が出された紅茶を優雅に飲んでいた。
怪訝に思う環那に、彼は視線を向け、微笑んで見せる。
「お初御目に掛かります。環那・リッツェベルト様。私は王宮よりの使者、ヘイルと申します。」
柔らかな微笑を浮かべたまま、ヘイルは環那の前に跪いた。
まるで、守るべき姫君に全てを捧げる騎士の様に。
見ず知らずの人物に恭しく接され、環那は困惑を隠せない様にそれを露わにした。
「ご家族には既にお話ししましたが、環那様には暫くの間、王宮の離宮に滞在して頂きます。全ての手配はこちらにお任せ下さい。急だとは存じておりますが、彼の御方が貴女にお会いしたくて我慢が出来ない様なのです。」
「………彼の御方?」
誰のことだろうか。
少なくとも王宮に知り合いはいないはずだ。
身に覚えの無い人物に復唱すると、ヘイルが頷いて再び口を開いた。
「貴女の竜のことでございます。竜騎士の一柱、ランスロット卿と言えば、お分かりになるでしょうか。」
竜騎士。
竜のことに疎い環那でも聞いたことのある言葉だった。
竜騎士とは、嘗て人間が引き起こした大陸戦争においての英雄達の末裔のことである。
基本的に温厚で争いを好まない竜は、人間の苛烈な争いを見兼ねて、この大陸戦争に干渉した。
彼等の干渉のおかげで長きにわたり続いてきた大陸戦争は静まったとされ、後に英雄として称えられるようになったと言う。
そんな大層な竜が、人間である自分を伴侶に選んだというのか。
「さて、詳細は後ほどお話し致しますので、一緒に来て頂けますか?」
「……………はい。」
一応、問われてはいるが、環那には選択肢は無い。
この大陸において、竜は偉大で尊ばれるもの。大陸の守護神と言っても過言ではない。
そんな竜の花嫁に見初められて、断るという者はまずいない。
それは自身の国を捨てることと同意義なのだから。
浮かない表情のまま、環那は家族に見送られ、王宮行きの馬車へと乗り込んだ。
住み慣れた屋敷が徐々に遠ざかっていくのを窓から見遣りながら、環那は小さく溜息を吐く。
そんな環那の様子を控えめに見ていたヘイルが、少し遠慮気味に口を開いた。
「環那様はランスロット卿の花嫁になるのは、お嫌ですか?」
「嫌?……そんなことはありませんが、気が進まないのは事実です。私は彼の方のことを何一つ知りませんし。」
見ず知らずの人物のことを問われても、それ以外答えようが無い。