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IRIS  作者: mono
第一章 Eustoma―花嫁の感傷―
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1




竜の住まうアポカリプス大陸。

その丁度、中心に位置するバレンタイン帝国、その帝都サンクチュアリでは貴族諸侯達による夜会が開かれていた。


豪華絢爛な空間、それに同化するかの様に煌びやかに着飾った令嬢や貴婦人達の装飾が、環那には眩しく見えた。

淡い色のドレスに身を包み、グラスを片手に壁に凭れているこの少女は環那カンナ・リッツェベルト。

東洋人である彼女は、まだこの国に慣れずにいた。

環那はいつも夜会に出席しているわけではないが、よくもこう毎日毎日飽きないものだと、人知れず溜息を零す。



この夜会で環那に話し掛けて来るものは、まずいない。

いるとしても、リッツェベルト伯爵家の家名欲しさの者だけだろう。

自身に向けられる貴族達の好奇の視線が目障りだ。

そう思い、環那はホールを抜け出し、テラスへと足を進めた。




今日は丁度、環那の十八歳の誕生日だ。この国では十八歳から成人と認められる。

義父、リッツェベルト伯爵の計らいで夜会に足を運ぶこととなったが、環那にとって貴族のお喋り会に過ぎない夜会ほど、退屈なものは無かった。

そんな環那に珍しく声が掛かる。



「こんばんは、環那嬢。今夜の貴女はご機嫌が余り麗しくないご様子だ。」


少しばかり低いアルト。環那は声の出処に視線を向けた。

清穆な月光が、彼の色素の薄い金髪を艷やかに映し出す。





「………カテドラル卿」


彼はシエル・カテドラル。カテドラル公爵家の御曹司で、環那は彼の婚約者候補の一人でもある。

今の彼は十六歳であるが、二年後には数多の婚約者候補の中から一人の花嫁を選ぶことだろう。

候補の一人であるが、彼の花嫁の座になど微塵も眼中にない環那は、令嬢お得意の媚どころか、愛想すら表情に浮かべない。

それでも彼は気分を害した様子もなく、微笑を湛えて、環那へ近付く。



「カテドラル卿か……。随分と他人行儀だ。」


ふと、シエルの微笑が妖艶なものに変わる。

それを見ているととても自身より二つ年下の十六歳とは思えない。

香り立つ色気が余すことなく環那へと向けられ、思わず身じろいだ。



「貴女は私の婚約者フィアンセでしょう?」

「候補者の一人に過ぎません。」


即座に環那はシエルの言葉を訂正した。彼にとって、自身は数多いる候補者の一人に過ぎないのだ。

彼の家は公爵家。

爵位は彼の方が高いため、彼より格下のこちらから候補者除外を申し出ることは出来ない。

そのため、いくら彼に苦手意識を持っていようが、顔を合わさないことなど不可能だった。 環那は思わず溜息を零す。




刹那、ホールからオーケストラでの舞曲が流れてきた。

既にホールではダンスが始まっているというのに、彼はここにいていいのだろうか。

彼とのダンスを望む令嬢はたくさんいるだろうに。

もしかすると、令嬢達は彼を探し回っているかもしれない。それならば、彼とはここで分かれるべきだろう。


そう思い、環那はシエルに背を向け、踵を返そうとした。

そんな環那の腕を無言で掴み取り、シエルはホールへと足を進める。そして、ホールに足を踏み入れるなり、シエルは環那の前に跪いた。




「私と踊って頂けませんか?環那嬢」


環那へと伸ばされた手。

この公衆の前で、その手を取らないという選択肢は、環那には用意されていなかった。断れないのを知っていて問うてくる彼は、随分と意地が悪い。

環那はシエルの手に、自らの手を重ねた。



シエルに引き寄せられるまま、環那はホールの中央へと踊り出た。

ホールに響く舞曲に合わせてステップを踏みながらも、身体の大半は彼に委ねる。






それから、どれだけの時が流れただろうか。

不意に0時を告げる鐘の音が響き渡る。それは今宵の夜会の閉幕を意味しているため、徐々に貴族達も名残惜しそうに帰路に着き始める。


そんな中、それは起きた。

シエルと別れ、ホールを横断していた環那の胸元が淡く光を放つ。それは咄嗟に胸元を覆った環那の手の隙間からも零れ落ち、人々の目に止まった。

その瞬間、人々は立ち止まり、環那に感激、憧憬、羨望、嫉妬、千差万別の感情が入り混じった視線を向け、高らかに叫んだ。




“竜の花嫁”と。


環那の胸元に発現したのは、アイリスの花を象った痣。淡く白い光を放ち続けるその徴は、“聖痕”と呼ばれる、竜の伴侶の証だった。



人間社会において、竜の伴侶、主に竜の花嫁は優遇される立場にあり、大陸の北の国では各国最多で花嫁が存在するという。

しかし、竜の伴侶に選ばれる最低条件は、伴侶となるその竜と同じ誕生日であること。それも、秒刻みにいたるまで。自身と“同じ”であり、尚且、見初めた娘を竜は生涯唯一の伴侶として、花嫁に迎え入れる。

これが、世間的に知られている竜の知識だ。


そんな狭き門を、自分は通ってしまったのか、と環那は呆然とした。




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