12
「ああ……カルト、ね。」
環那が問うた瞬間、途端にグレイシアの歯切れが悪くなる。
その反応に、余計に疑問が湧いた。
「……カルトは、君のここでの生活の面倒を見てくれる雌竜で、フロストの妹でもあるんだよ。」
グレイシアの言葉を受けて、フロストが頷く。
フロストと幼馴染であったということは、必然的にその妹カルトとも幼馴染であったのではないか。
環那はそう思ったが、グレイシアの言動を見るからに、どうやら二人の仲は良くないらしい。
「貴女に危害など加えるわけがない。我が妹ながら、あいつは出来た妹だ。」
「ああ、それは認めるよ。けれど、今考えれば……やっぱり、選択を誤ったな。」
先程からグレイシアの口から漏れる溜息は止まることを知らない様で、時を追うごとにその回数は増えていく。
「あ、あの……」
控えめに二人の会話の間に言葉を挟む環那。
そんな環那にグレイシアは今までの不機嫌そうな表情を一変させて、柔らかく微笑んで見せる。
「どうしたの?やはり、君もカルトは嫌だって?」
「いえ、カルト様を存じておりませんので。それよりも、私の面倒とは?」
「そうだったね、君には話していなかったのだけれど、君の傍に女性を置いておいた方がいいと思って。だから、フロストの妹であるカルトを指名したんだ。でも、僕個人的に対して彼女とは問題があってね。」
グレイシアが今一つ深い溜息を吐いた、その瞬間―――。
「本当にランスロット卿は失礼な方ですこと。花嫁にあることないこと吹き込んで。」
一人の女性が部屋の扉の前、フロストの隣に並んでいた。
恐らく、彼女がカルトだろう。
フロストの妹だという彼女は、確かにフロストとその容貌はそっくりだ。
氷竜の特徴である銀糸の髪は癖がないのか、環那の様に波打たず、地面に向かって真っ直ぐと流れている。
例外に漏れず美しい貌を忌々しそうに歪めて、フロストと同じ紫苑の瞳でグレイシアを睥睨している彼女に、環那は困惑の表情を浮かべた。
「……君、いつからいたの?」
「花嫁がわたしのことを尋ねたときからですわ。ねぇ、お兄様?」
カルトから話を振られて、フロストは頷く。
「そう。まぁ、環那に危害を加えないのであれば、もう何でもいいよ。」
既に考えることをやめた様にグレイシアは肩の力を抜いた。
「貴方に忠告されずとも、よほど性悪な人物でなければ、花嫁には友好的にさせて頂きますわよ。………って何です、その目は。」
「君が“僕”の花嫁に友好的ねぇ……」
「何かおかしいことでも?」
疑う様なグレイシアの視線に、僅かに眉を顰めながらカルトは問う。
「言っておきますけど、わたしは貴方のことが嫌いなだけであって、貴方の花嫁を嫌う理由などありませんもの。」
「全く……君はえらく正直だ。本当に遠慮を知らない。」
「どうとでも言えばいいですわ。―――さあ、お兄様、ランスロット卿を連れてお役目に向かって下さいませ。」
そう言って、フロストに花が咲いた様な可憐な微笑みを向けるカルト。
先程までのグレイシアに向けていた表情とは、天と地ほどに違う。
しかし、その微笑みを向けられたフロストは気にすることもなく、無言で頷いて、無理矢理グレイシアの腕を引きながら環那の部屋を後にした。
二人の背中を見送って、カルトは口を開く。
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ないですわね。」
「いいえ、そんなことは。」
「わたしは貴女の身の回りのことを任された、カルトと申します。」
そう軽く自己紹介をして、カルトは一礼して見せる。
そんなカルトに、環那もはっとした様に丁寧に頭を下げ、思わず母国の挨拶を取った。
「私は環那・リッツェベルトと申します。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。……環那さんとお呼びしても?」
「勿論です。」
お互いの自己紹介が終われば、カルトは竜について無知に等しい環那に基本的な知識を語りだした。
まずは人の知らぬ竜の生態について。
竜はこのアポカリプス大陸にのみ生息している高い知能と理性を有している生物で、食物連鎖では頂点に位置し、天空の覇者でもある。とは言っても、竜は人間の食物を食すことはない。
清浄な空気と、鮮明な日光、己の身体に適した土地にいれば、その天寿を全うすることが出来る。
一般的に竜の寿命は長い。その身に人の血が混ざっていなければ、八百から千二百ほどは生きるのだ。
そして伴侶について。
竜は擬態能力があるため、ぎりぎり大人の人間程度の大きさまでであれば力を凝縮させ、擬態することが出来る。
しかし、生殖関係のため、伴侶に迎え入れることが出来るのは同じ竜か人間のみ。
同じ竜であれば条件は発生しないが、人間を伴侶にする場合は必ず成立しなければならない条件がある。
それはお互いの生誕日時が全く同じであること。これが最低条件だ。
これを前提として、尚且、竜が見初められた者が伴侶として迎え入れられる。
雄竜の気を纏った娘には、その番となる竜のみが持つ刻印が現れ、その聖痕の発現によって婚約と成されるのだ。
「貴女の胸元にある聖痕はアイリスの花を象ったもの。それはランスロット卿の腕にある徴ですわ。アイリスの花言葉は“貴女を大切にします”。貴女に刻まれた聖痕は、あの方の想いですのよ。」