11
氷、水晶、硝子。例えるものはたくさんあるだろう。
その空間の中に、グレイシアよりも一回り大きな一柱の竜がこちらを見下ろしていた。
深い紺碧の瞳が環那を映す。
「ほぉ、その娘がお前の花嫁か。レージア。」
その声は冷気の吐息とともに、この空間を振動させた。
言葉はグレイシアに向けられているが、その紺碧の視線は一瞬たりとも外されることなく、環那に向けられている。
「そうだ。だから、余り凝視しないでほしいのだけれど。」
今にもその貌は不機嫌に歪みそうだ。
「環那。」
「―――はい。」
「レージアを、頼むぞ。」
「……?」
その言葉に込められた意図が分からず、環那は首を傾げる。
「もう、いいだろう?着いたばかりで、彼女も疲れているだろうしね。」
「ああ。―――また、機会があれば。花嫁殿。」
「はい。」
グレイシアが環那の腰を引き寄せ、そのまま歩き出した。
必然的にグレイシアに密着している環那も、有無を言わさずに連れられる。
思わず長の方を仰ぐが、長はそれ以上何も言わず、怜悧な紺碧の瞳で去りゆく三人を見送るだけだ。
グレイシア、環那に続いてフロストが大広間を後にし、扉を閉めた。
長い回廊には、三つの足音だけが響く。
「フロスト。僕は取り敢えず環那を部屋に送り届けてから、“事”は済ますよ。」
「ああ、そうしてくれ。」
「くれぐれも君の妹が、僕の環那に迷惑をかけないこと。ましてや、僕の悪印象を植え付けるなんて論外だからね。分かっているな?」
グレイシアの語尾が低くなる。
脅す様な声音に環那の背筋には冷や汗が伝うが、フロストは特に気にするわけでもなく、平然と答えた。
「分かっている。そもそもカルトはお前を毛嫌いしているだけであって、花嫁を疎ましく思っているわけではない。」
「……毛嫌い、ね。あれはそんな軽いものじゃないけれど。」
何か嫌なことでも思い出したのだろうか。
グレイシアの表情が途轍もなく嫌そうに歪む。
今に舌打ちでも聞こえてきそうだ。
「環那のためを思って彼女を傍に置くことにしたけれど、やはり選択を間違えたかな。」
呟く様なそれは、確かに環那の耳に届いた。
彼等の会話の中で聞こえる、カルトと言う名前。
その人物は、どうやら環那に関わっている様だが、どんな関係性かは見当も付かない。
会話を他人事の様に耳に通しながら、回廊を歩き、巨大な螺旋階段を登ること数分。
一つの部屋の前でグレイシアは歩みを止めた。
「ここが君の部屋だよ、環那。」
グレイシアは透明の取っ手の押し、扉を開ける。
彼に背を押されて、環那は部屋に足を踏み入れた。
壁、床は勿論、この部屋にある全ての調度品も氷晶や白で統一されている。
一見眩く見えるが、それらは淡く優しい色を灯しているだけで、環那の日常生活に不備を与えるものではない。
それどころか、部屋を構成するもの全てに品を感じる。
「気に入ってくれた?君のために、僕が揃えたものばかりなんだ。」
「……私の、ため?」
「そう、君のため。まぁ、認めたくはないけれど、フロストやカルトも協力してくれたんだよ。」
そう言って、グレイシアは己の後ろで沈黙を守っているフロストに視線を移す。
自然に環那もフロストへと視線を向けた。
両者の視線を同時に受けたフロスト。しかし、彼はそれを気にすることもなく、こちらを見ている。
「あの……態々ありがとうございます。」
環那は二人に向かって頭を下げた。
望んだ婚姻では無いが、受けた温情に対して感謝出来ないほど恩知らずではない。
「礼なんていらないよ。僕が勝手にしたことだからね。ねぇ、フロスト?」
「そうだな。それに、俺は大したことはしていない。カルトの方が張り切っていたからな。」
再び、カルトの名が二人の口から出る。
その人物に疑問を抱きながら、環那は口を開いた。
「カルト様とは、一体どなたなんですか?」




