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IRIS  作者: mono
第一章 Eustoma―花嫁の感傷―
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環那の頬をやや冷たい風が撫でる。

朝方の玉露が環那の黒髪をしっとりと艷やかに飾り立てており、太陽の光を浴びてまるで漆黒の宝石の様に見事な艶を生み出す。

環那は自らを運んでいる竜から眼下へと視線を移した。

ここ数年住み慣れた街がどんどん遠ざかっていく。

大した思い出や未練が残るほど愛着のある街ではなかったが、これから行く氷竜の住処よりは良いところだったことだろう。

環那は人知れず、小さな溜息を落とした。

しかし、隠す様に吐かれたその溜息をグレイシアは拾っていた。



「どうかした?もしかして、君に負担を与えてる?」


環那を案じる様に発せられたその言葉に、環那は慌てて顔を上げ、否定する様に首を横に振った。

そんなことはない。

こういった経験は初めて故に何も言えないが、彼が自分を配慮して高度も速度も落とし、何か不思議な力でも使って守ってくれているのだろう。

そのおかげで、慣れないながらも不自由であるとは少したりとも思わない。



「なら、君は何をそんなに憂うことがある?僕が君を害することは無いし、誰にもそんな真似はさせない。人間の街で過ごしてきた君は最初は戸惑うかもしれないけれど、ジエロ領だってそんなに不便な場所ではないし、君だって気に入ってくれると思うよ。……何が、不安?」


優しい声音でそう問われ、無意識の内に環那は口を開いた。


「ジエロ領には、人間の方はいないんですよね?」

「そうだね。人間は僕の花嫁である君だけだ。今の時点では、人間を伴侶に持つ氷竜はジエロ領にはいない。」

「……ですが、ヘイル様は混血では?」


グレイシアの希望か、随分離れているヘイルの後ろ姿に視線を遣りながら環那は問う。

彼は自分で混血だと言っていた。

ならば、どちらかが人間だということだ。



「その通り、彼は半竜人ハーフだ。彼の母が人間だったけれど、今はもう二人ともいないからね。」

「そう、でしたか……。」


余り深く関わることではない。そう思い、環那は口を閉じた。


「まぁ、同じ人間の花嫁にはいずれ会えるよ。少ないとはいえ、いないわけではないから。北の大地には、珍しく人間の青年を伴侶にした竜だっているくらいだし、人間の花嫁の数も四種の中では最多だ。」


それは環那の知識の一つとして知っていた。

この大陸に住まう四種の竜。その中で北に住処を持つ地竜と言われる大地を司る竜は、過去最多で人間から伴侶を迎えており、今でもそれは変わらないという。

反対に混血の子が少ないとされるのは、南に住まう火炎と熱気を司る炎竜と呼ばれる者達だ。

彼等、炎竜という種はどちらかといえば雌竜の方が多い。それに比べ、他の種は風竜、氷竜が大体同数で地竜の順に雌竜は数を減らしてゆく。

故に風竜や氷竜、特に地竜は他に比べて人間を娶る回数が多いのだと人づてに聞いた。



「ちなみに氷竜の中では、君は六人目の花嫁になる。」

「私が、六人目?」

「そう。二世紀ぶりのね。」


二世紀、その年数に環那は目を剥いた。

しかし、次の瞬間には納得する様に肩の力を抜く。

彼等は人間から見ると途轍もなく長寿なのだ。きっと、人間の一生など、彼等の中では大した時間ではないだろう。

そこまで考えて、環那は新たな疑問を発見する。

―――ならば、何故彼等は人間という精々百年も生きれれば良い方の生き物を傍に置くのだろう。

人間も他の生き物から比べれば、長寿な方である。だが、それでも竜には遠く及ばない。

置いて逝かれることを分かっているのに、何故竜は人間を娶るのか。

その疑問は聞いては戻れない気がして、環那は己が竜に問うことをやめた。




「そんなに覗き込んだら、落ちてしまうよ。」


考えることをやめた環那は、暇を潰そうと流れゆく空からの景色を堪能する。

いつの間にか夢中になっていたのか、グレイシアの背から身を乗り出して見ていた。

そんな環那にグレイシアは苦笑交じりの注意を掛ける。


「もうすぐ山岳地帯になるから、今の内に見ておいた方がいいのは分かるけれど、気をつけて。」


グレイシアのその言葉の通り、既に帝都は微かに王宮が見えるのみとなり、眼下には郊外の田園風景が広がっている。

そして、目の前には幾重にも連なる山岳が姿を見せていた。

恐らく、この山岳を超えた先にある一際標高の高い山々がそびえる山岳地帯のどこかに、彼等の住処があるのだろう。



「それに、そろそろ気温も下がってくる。ちゃんと外套を被っておくんだよ。」


そう言われ、環那は更に外套を身に寄せた。

何となくひんやりとしているのは分かる。しかし、肌を刺す様な冷たさは全く感じない。

氷竜は氷晶とともに、冷気も操る。

その力を使って彼が環那を守ってくれていることは分かっていた。

その事実が環那をむず痒くさせた。


環那はその感情を振り払う様に、竜の鱗をなぞった。

規則正しく彼の身に並ぶ、無数の鱗。それは、まるで水晶の様に透明感に富み、鏡の様に環那の姿を映し出す。

彼の全身が宝石の様だ、と環那は思った。




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