a particle effects... 私たちの世界はきっと、いくつもの出来事が少しだけすれちがって、二度と調和しない。
雨に降られても
高度一万メートルで僕らは滑空する。
黒い世界と薄い空気が今日の始まりで、とてつもなく不快な気分だ。時間はまだ朝ですらない。いびつな多角形が組み合わさった、いびつなかたちをした輸送機の中で、不規則に揺られながら僕はふと、思う。
読みかけだった小説を無理にでも最後までやっつけておくべきだったかとか、部屋の冷蔵庫の電源を落としてくるべきだったかどうかとか。戻らなかったとき自分で手を下せないもどかしさをどうにかしたくて。
何かに気持ちをそらしたい僕は、コンバットナイフを抜いては左手を煙の様にくゆらせて、胸元で右手の刃を横に引く。それを鞘に戻すとまたナイフを鞘から引き出す。
瞳の中でコンソールを立ち上げたなら、対象を選ぶ。目の前に現れた。ここに居ない、何度も何度も現れては、僕にのど元を切られては頭を大げさに殴られる大男は、切られて殴られて即死してはまた起ち上がって、僕のシャドーイングに付き合ってくれる。良い奴だ、実に。現実とそう違いはない感触に、気分も引き締まっていく。
こうやって偽物の世界に意識を飛ばしていると、日常の世界をしっかりと自宅においてきて長旅を少しは楽しめるというものだ。
中途半端な広さの居住空間は、大人数には向かないが、今ここにいる四人で無駄話をするには適切な大きさかなと、僕は部下の誰とも決めずに話しかける。ちらりとこちらに視線を返すと彼らは一様に、ここは国道のレストランじゃないと言う意味の視線をよこして、そらした。
二十一世紀も新鮮みが無くなると、B2爆撃機を持て余した合衆国は、そこで得られたいくつもの技術を何にフィードバックしようかと悩んだ。多くは戦闘機に正しく継承されて今なお発展途上にあるわけだが、電子制御にもたれきったその設計は軍の開発関係者全員に反省を促し、整備性や保守性に強い改善を要求した。そうしてようやく決まった小隊レベルの兵員輸送機は、新しくやるならダウンサイジングとキャリーオーバーありきで、電子工学的な優秀性はあくまでも、機械工学と流体力学を補助する立ち位置であるべきだという結論から作られたそうだ。
そういう訳でデザインされた、ペーパークラフトみたいな輸送機ってのは、姿を見られたくないという動機が勝ちすぎて結局おかしな姿になってしまってはいないだろうかと、僕はこいつに乗り込む時に思い、この異質感にいつも不愉快になる。C17の様に、さながら鯨が泳いでいる安定感と、クラシカルな美しさを同居させた潔さがどこにも感じられないたたずまいには溜息が出る。僕は以前ホワイト少尉に、
「これを考えたヤツにはカービンのストックをたたき込んでみたい」
と、同意を求めたことがある。たばこをくるくると巻きながら何を言っているんだあんたは、という顔をしながら大げさなジェスチャーまで加えてこういう。
「こんなオモチャみたいなもんに税金突っ込んで、誰にも知らせず独り占めしてるんですよ? こんなにクレイジーな現場はゴールドマンサックスにも無いでしょうよ、中尉」
同意しかねるという彼の意見にすっかり打ちのめされると、溜息をついて、
「確かにエキサイティングだよ。おまえみたいなやつがいて仕事が捗る」
美しさを解さないホワイトは、カッコ良ければ何でも良いタイプだな。と、本人のあずかり知らぬ所で、僕は勝手に子どもみたいなヤツにホワイトを分類する。いい気味だと視線を送った。
そのとき、ドスンと気流に乗っかった機体が僕の肩を揺らす。まるで、
「気にするな。おまえもその内好きになる」
と言われているような気がする。そうじゃない。そうじゃなくて、僕が考えていた戦争ってこういう物だっただろうかと考え込んでしまう。一方的な戦闘技術と一方的な機械技術で、一方的に目標は殲滅される。戦いってのはもっとこう、お互いの持つ戦力をぶつけ合うためのものなんじゃ無かったかと。
けど、本当に望んでいるのは死ぬことじゃない。正々堂々なんてもんはお飾りだ。
戦闘機もレーダーも人も、誰も全く僕らを見つけられないと言うのであれば、それも良いかななどと思ってまた僕はナイフを鞘から抜くと、今度は自分の瞳を刃に写して眺めた。何度考えても、どうせ何の答えも方向も見えて来はしないのだから、僕は今日も犯罪者を殺す。命令に従って、書類の運用と同じように僕の仕事はルーチンで動きだす。
ペーパークラフトに揺られ遷音速で大西洋を渡ると、僕らは恵みの大地に忍び寄って、結局ここから飛び降りる。
1
高高度の翼から追い出されてすぐに、グロテスクな骨格に張られた黒いビニールの、気味の悪い小さな翼が作り出すコースは、電気仕掛けで正確に舵を切る。この小さな装置は「ムササビみたいでカッコいい」の様な安易な発案で開発されて運用されるに至るのだが、その安易さを米軍の大の大人が真剣に検討し、開発し設計して、制式装備にまで落とし込んでしまったのだから恐れ入る。
全くの暗闇の空気をエンジニアリングプラスチックが構築する滑空翼で、揚力に換える。
HALO(高高度降下低高度開傘)を完全に代替する手段では無いが、降下地点の集合性や輸送機の経路上の問題から、大きな侵入角度を確保し遠距離から円滑に目標地点を目指す事が出来る。戦闘機の様に高温の排気炎を上げることも無いため、こっそり何処かに入って、こっそり誰かを殺害するのに実に都合が良い。
落下傘と違い電子制御で滑空する僕らと、指示を出す黒服とのデータリンクは完璧だ。輸送機が離脱速度に達した後も衛星からリアルタイムで現場の状況を知らせてくれる。だけど、落下傘を注意深く操作しなくていい代わりに、作戦の微調整が続く不快感をデスクワークの人間達は全く考慮してくれない。あいつらは自慢の情報力と、評価関数が導き出す作戦立案が軍隊の行き着いた一つの着地点であると信じて疑っていないが、それは僕らが誠実で正確な仕事をしているからこそまかり通るのだと言うことを、まるで理解しようとしない。良い身分だ。
決して長くは無い滞空時間が終わろうとしている。乾いた草原が視界に近づいてくる。行き先に夢でもあれば良い。でもどうしたって敵はテロ組織だろう。シューレスジョーが現れるトウモロコシ畑でもあれば気分も高揚するような物だが今のところそう言った現場は一度もない。次こそはグローブとボールを、手榴弾とアサルトライフルにこっそり混ぜておこうかと企みもする。トウモロコシ畑の中で父親とキャッチボールだ。その内そう言う所に出くわす事もたまにはあるだろうかと疑うが、どうしようもなくそんな場所は無いんだと、カービンが時折主張してくる。
今度もなんだ、小規模なテロ組織の指導者を殺す。これは越権行為以外の何物でもないのだが、懸命に僕らは無償で気にくわないヤツを撃ち殺す。大盤振る舞い以外の何物でもない。
「まもなくバリュートを開きますよ。ピート中尉」人工的な声にせかされる。
ゴーグルに描かれた追加情報が目にやかましく、目まぐるしい様相で移ろう。規則正しく減少していく距離を見つめ、まもなく目的地点だと悟る
僕は輸送機から放り出されると、空力的にずいぶん整えられた外骨格と人工的な筋肉まで張り付いてる滑空翼のプログラムに案内されて現地集合を命じられた。いつもそうだが、地上から十キロも離れた場所でウーラーと気合いを入れて、部下の胸をこづいたりするのも気疲れする演出だ。が、それが無いと恐ろしくてやっていられない。本当のところ笑ってしまう。
自動音声が警告するとバリュートが開いた。地上まで二百メートル。過保護な物だ。
微かな着地音を響かせると、ブッシュの中で僕達はもう一度集合する。やあ久しぶりだな最近はどうだ、なんて決まり切ったジョークを交わしながら僕も部下に、出張中で忙しいよ要件は手短に頼むぞと言っておどけてみせる。そう言う事をしながらも機材のチェックは欠かせない。何度もチェックする。ガチャガチャと音を立てて、近くの動物が不安げな声を上げる。すまない。
サキオカはクラシカルな本体に馬鹿みたいに本格的な自律アシストデバイスを着けた狙撃銃を、ジョンソンはM4カービンとそれに取り付けられた擲弾発射装置を確認する。
同時に二人は先ほどの僕のジョークをいかがな物かと二人は話し合い、次はもう少し気の利いたものを要望しようと、相談はまとまったようだ。
僕はジョンソンのヤツに、
「お前こそもうちょっと面白おかしくしたらどうなんだ」
とムキになると簡単に目をそらす。
風が吹いて草が音を立てると、静かさに心が洗われるようだ。おしゃべりばかりが捗ってしまう。
ホワイトはやたら丁寧に強装弾が入った弾倉をハンドガンに装填し直すと、途中でループして終わらない鼻歌を歌っている。煩わしいのと笑いを堪えきる自信がなくなってきて、静かにしろと命令すると静かに歌い出した。
僕はそれがどうにもおかしくて。少し強めに彼の左腕を殴ってやると、サキオカのヤツは、僕を巻き込んで、
「中尉、隊長らしくしてくださいよ」と、僕を叱った。
理解した、とサインを送ってしょげると、僕らはお互いの黒い戦闘服(BDU)と、バラクラバで覆い隠した頭を確認し、装備の確認を済ませた。
丸めた薄膜のディスプレイをサキオカがちょっとした大きさの岩に広げると、四人はそれを見つめる。コイツの動きはいつも精密で、ちょっとしたからくり人形だなと感心する。
素子が表示する情報を受け取るとゴーグルがそれに光と色をつけるのを待つ短い間の中に、
「キャンプで四人ポルノを見ているときと何も変わらないな」、とホワイトが輪の中に放り込む。
確かに大の大人4人が真剣にディスプレイに見入る事と言ったら、ポルノか、スターウォーズの新シリーズか、大事な仕事のプレゼンかのどれかしかない。
違いはディスプレイが可視光を発しない事と、これから殺しに行く男の顔やら現在地からの経路候補など全く扇情しない色々な事が簡潔にまとめられている事だ。それから、その男に今更肩に埋め込まれてるかどうかも分からない時代遅れの生体用RFIDタグの周波数を確認すると、草の上に置いて読了ボタンを押す。
素子の格子に挟まれた薬品が自分自身を溶かしていく。そして土のようなかすが草の上に残ったのを確認すると、手ではらった。キャンプファイアも終わったし、行くぞ。と部下に発破を掛ける。
2
虫の音がする。月は細くて星の美しさはちょっとおかしいだろうと言うくらいに、ほかでは見られない。四人で記念撮影をしておきたいくらいに。だけど今僕らは忙しい。五百メートル西に見える、国道に貼りついた小さな町に僕らは釘付けだ。今からやあやあと訪ねにいく町を、ホワイトが精査すると、その画像を僕のゴーグルに送ってくる。
僕が想定する可能性に、ホワイトはモデリングされた町の模型を使って注釈を入れる。右脳の物体認知力を拡大されている僕らは、端末のディスプレイに浮かぶ侵入経路を目まぐるしく頭に流し込む。
地形、建築物、人員、機材。起こりうるトラブルを僕の頭に浮かぶ端末に送り込むと、どうだと言わんばかりの顔でこちらを見ている。大変に憎たらしい。
僕たちの技術的に、それが実力を越える障害にならない問題ばかりだと判断して、3人にクリアのサインを出す。
砂が香って、僕が今いる場所は、僕の家からずっと遠く離れた場所なんだと言うことをふと意識した。そして、ほんの一瞬昔のことを思い出して。ホワイトが立てた布がこすれる音に我に返って、じっと彼を見つめる。
伏せのまま待機していたサキオカは、ホワイトのスポッティングと彼自身の演算に、迷い無く引き金を絞った。くしゃみの様な音を発すると、M24の長いバレルから吐き出されるライフル弾は迷い無く標的に吸い込まれた。
*
小さな家の裏口で風に揺られながら、少年は今日犯した女の叫び方がおもしろかったよ、と同僚に自慢をしていた。
抵抗をやめない彼女の性器にピストルを入れるか黙っているか選ばせたんだと。少しバレルを入れて痛がらせたらもうこっちの勝ちさ。今度は俺のを突っ込んでも大して怖がらなくなるし叫ばなくもなる。お前もまねしてみろよ。と。もう一人の子供になんか言えよと強要する。もうこの話を切り上げたかった彼は「うん、まあ分かったよ」と話をぼかすことにして、たばこを取り出す。
――――。
ズンと、肉を打つ鈍い音。中身がはじけて、血と漿液が舞う。
闇の中で頭部を打ち抜かれた全身から力が奪われて、人形から手を離した様に寝転がる。
同僚が突然倒れ込み、居眠りを疑ったおしゃべりな少年は、怒りを込めて罵声を浴びせかけようとした。
その瞬間、
――血の匂い。
鈍い音が、もう一度。そして赤黒い霧が舞う。
彼も頭を撃ち抜かれて、眠りにつく。
友達同士、二人揃って長いながい眠りだ、じっくり休め。
サキオカが狙撃銃を背負うと、クリアのサインを全員が確認した。音も無い疾走は、タクティカルブーツが砂を掴んでわずかにそれを巻き上げた。
町の入り口は南北に走る道路だけでは無い。僕らみたいに、道路側を表とするなら、ブッシュが広がる裏手から侵入する奴らだっている。製造中の麻薬を狙った抗争を仕掛ける同業者や、正義感から防弾ベストも着ずに拳銃一丁で現れるお調子者の警官でもいるのだろう。こうやって裏側にも監視員を置いて、ふらふらと見回りを歩かせる。
町の東側の中腹部にたどり着くと、白い建物の裏口に作られたちょっとしたテラスで歩を止め、いったん周囲を見回す。足下で眠る少年の死体からは血と大麻が匂う。
「ちょっと邪魔するぞ」とかがみ込んで死んでる少年らにホワイトが話しかけると、僕とホワイトは二人で、衛星からのストリーミングをゴーグルに投影する。現在のテロリスト達の位置情報を元にリハーサルすると、今のところ十分に、全くの予定通りの良い仕事だ。
上空からの彼らの位置を確認すると、ARに切り替えて具体的なタグによる警告を入れさせる。五十人ほどの一団は僕たちがいることも知らないで、五人程度に分かれて裏庭や国道をふらふらと行ったり来たりしてる。五百メートル程度の見通しの良い道とはいえ、動き回って警備するには不用意すぎた。
僕らは国道から影に入り、走る。息を深く吸い込んで、あらん限りの疾さで建物を抜けてタクティカルブーツは砂を掴む。そして、彼らを見つけた。
僕は、ナイフに意識を向けて、それを掴む。
*
外界からこの空間に入ってくる誰かはいつも銃を出鱈目に振り回して、その結果人が死ぬ。その死ぬための部品を強要されて気乗りのしない行進に、子供の彼らは参加する。まだ十代の半ばにも届かない。
「異常なし」
と同行する少年に伝えようとしたとき、彼は声が出ないことに困惑した。しかも体が動かない。一瞬遅れてやってきた痛みと、急速に黒くなる視界。虹色の小さな斑点が目の中に溢れた。
何者かが自分の頭と腕を背後から押さえ込み、のど元を切ったということまでは分かったが、その後肝臓に素早く突き立てられたナイフが致命傷だったことに少年は気づかなかった。
だんだん、後ろに仲間がいなくなるホラーのようだ。安っぽさに口元がほころぶ。
最後の一人が、これに気づいて後ろを向いたときだ。
僕は彼の喉にナイフを突き立てて腕の腱を切断した。反抗する能力の全てを奪ってから、丁寧に脇腹にタングステンカーバイトの刃を刺し込んだ。
驚きと死の恐怖に耐えられなくなった少年の顔を見てホワイトは十字を切ったが、死んだ彼らがクリスチャンである保証は無い。
最新のBDUを少しだけ血で汚して、作戦は始まっている。そして、まだ誰も僕らに気づいていない。
町を見張っているつもりになっていた少年達を刺殺した僕らは、彼らの前を黙って走り去る。
衛星によればこの町の勢力は百人程度で、そのほとんどが少年で構成されている。国道を挟んで向かい合う、百戸ほどの建物が集まった小さな町だ。この町は大都市部に一本道でつながる比較的豊かな町だった。農作物と木々と花を町に届け、その対価を得る幸せがこの町にはあったであろう。
だが、彼らが来たときに住民は殺し尽くされた。しかしどう言う訳かあいつらは綺麗好きな奴らなんだろう。その痕跡がすっかり消えるほどにこの町はクリーンで、片付いている。それが僕に不快感を塗り込んだ。何かを焼いた小さな山が出発しすぐ見つかった。言うまでも無くそれは本当の住人達の遺体で、火葬をされることも許されず、ああやってただ燃やされてうち捨てられていた。
――ぬかるんだ道の、轍に覆い被さる雨。
それはなかなか止まなくて、僕は空を見つめる――
瞬間、僕の目の前に浮かぶ幻視はすぐに消えて、だけど不愉快な気分だけはべったりと残る。町にはもはや正しい持ち主はいない。「少なくともおまえらがここは使わなくて良いよね」不意の、一瞬の憤激を感じるが、それを消しさる。
「中尉、前方モスクのテラスに二人」
と僕に伝えるジョンソンの表情筋が形作る彼の顔が、僕の形相に落ち着けと主張している。
仕事を優先させろ。
「止まれ」のハンドサインを出して、僕らは建物の陰に身を寄せる。
ホワイトが様子を伺い、サキオカに射殺の指示を出す。
小さなモスクを中心に身を寄せ合っていた人々の、ほんのわずかに残された生活のかけらが残っていた。植えられた紫の小さな花は、いったい誰が手入れをするんだろうか。それを弄んで引き抜いてはおしゃべりに興じる二人の少年を、サキオカが撃った。
くしゃみのような音が二発。そう離れていない距離でライフル弾を胸に受け、彼らは即死する。
幾つかの建物から聞こえるアフリカ民謡は、天の恵みを神に感謝する詞だが、ここで麻薬を作り、時々女を強姦し、その夫を射殺する少年達はこの歌の意味を本当に理解しているのか。あきらめたような女のうめき声が時折混ざる。自分自身が麻薬に犯されて、殺人小箱に成り下がった自意識を認識することも無い。その罪の大きさを、仮に何かで購う事ができるものかと考えるが、事の重さに想像するのも面倒になった。
その首領ともなると、子供に麻薬を作らせ、世界を恐怖で扇動する動画を垂れ流し、ウィルスを物理的にもネット上にも放り投げる本物だ。だけど、十年前には彼らも子供で、きっと大地の歌を聴きながらAKを抱いて寝た日々を生き延びた。そういう意味ではたいしたものかと思う。だから、僕らが呼ばれたんだと。
国道にたどり着くと、南北の町の出口に計三台あるMAZDAのすべてと送電線に、7.62ミリ弾を撃ち込むとタイヤが空気をはき出し、電柱からはだらしなく糸が垂れ下がった。
その音を不審に思ったのか、少年が一人ドアを開ける。
倒れ込む彼のこめかみにも同じ弾丸が撃ち込まれた。
さあついに開戦だと僕は張り切る。全力で防ぎに来たまえ、と光学ダミーを設置する。言ってみればホログラフィックなデコイを投影するだけの、原始的なデバイスだが、衛星とデータリンクされて、周囲にいる標的との位置関係や向きによりけりで効果的な視覚音響効果を使って人間をおびき寄せる。射殺可能な場合は座標や経路まで送ってくる。過保護だ。さらにはこうしたものが合衆国に存在しない事を演出するために、局面によって時期は前後するが、作戦の最中にすべて爆発して失われる。
それを方々に僕らは蒔いてきた。子供相手に専門の武器を何ダースも並べている。
ここで僕は衛星に注視のリクエストを送る。移動手段を失った目標は、予定通りの建物から移動していないか、移動の途上に無いか、そういった事の諸々だ。
そして予定通りの状況であることを僕らに知らせると、いよいよ仕上げだ。僕らは闇に紛れて南に疾る。
「ホワイトはサキオカと周辺の制圧を、俺とジョンソンはアジトに入る」
「了解」のハンドサインを皆が出すと、ホワイトがぼそりと言う。
「程々にね、中尉殿」と僕のハンドサインをつかんだ。
四人で一斉に手榴弾を投げると向かい側の建物がはじけ飛ぶ。
何人もの死体が跳ね上がり、今度は大騒ぎだ。さっき殺しきれなかった見張りだろう、四十人ほどの素人のような兵隊が、ダミーに向かって殺到する。危ないし邪魔なので悪いねとカービンで撃ち殺すと、敵はばらばらと建物の影に入っていく。
ジョンソンにゴーサインを出し、僕らも匍匐で疾る。
数十メートルに迫った小さな建物が、僕を少しだけ急かす。目前ではじける跳弾に反省すると、闇に紛れて、AKを闇雲に打ち続ける少年を、射殺する。
タン――タタタン
カービンの拍動とその音は、死に神の人数だ。
一瞬で二人が逝く。
僕らは南へ向かって建物の影を全力疾走する。サキオカとホワイトは大声を上げながら殺到する少年らを、狙撃銃で順番に、無造作に処理していく。僕らは前線となったホワイト達から少し離れて、目的の建物の至近に立っていた。
遠くの方であそこだ!と言いながらフルオートで打ち続ける別の彼らは、僕がさっき放った光学ダミーに平気で弾を撃ち尽くす。バラバラと小うるさいAK独特の音を立ててあいつらは大騒ぎだ。少し静かにしてくれないか。
それをホワイト達が全く予測不能な入射角で撃つ。脳みそや内臓が時々こぼれてしまうが、許せ。今この瞬間の彼らの動きを僕は捕捉している訳じゃ無いんだ。丁寧に手順を踏んで人工衛星にアクセスすれば分からないこともないが、申し訳ない。今はそんな事をしてられないんだ。僕らにだってホワイト達がどこから出てきて君らを死体にしてしまうかを教えてあげられることはできない。
だから撃たれてろ。
AKの音が鳴る。撃たれるたびにその発射光を衛星が記録し、それは僕らのゴーグルに映し出される。彼らと出くわさないよう僕らは慎重に走る。賑やかになった戦場から離れるように、僕らは微かな音を立てて、走った。
ジョンソンと僕は目的の建物を十分な近さで目視すると、周囲で息を潜めているつもりの少年達を赤外線で確認し、彼らに手榴弾をプレゼントする。ガラスを割って中に転がるそれは、ちょっとしたサプライズだ。
爆発
衝撃
振動
死
建物の屋根を吹き上げて、死体が躍り出る。
即死できなかったものは、内蔵をぶら下げてよたよたとドア口から現れる。一発で僕が射殺してあげると、彼らは皆一様に地面に伏せて二度と起ち上がらない。子供はもう寝ろ、せめてもの情けだ。
少し大きめの建物に匍匐で忍び寄り、ドアの前にぬるりと現れて、銃を構える。赤外線で中を確認すると、ジョンソンにゴーサインを出す。
3
今、僕はガリガリの少年兵を何人も撃ち殺す作業に没頭している。よせばいいのに彼らは僕に向かって発砲してきて、ここですよ、ここにいますよと親切にも暗闇にマーキングしてくれる。
ゴーグルでそれに補正をかければ、後は訓練に従って彼らを射殺する。思いもかけない場所から発砲されて死に至る彼らには、びっくりする暇も与えずに。
十分前、暗さにものを言わせて僕らはこの町にたどり着くと、その地理的な特徴と記憶とを照合して、最後の確認をした。
この小さな町は隣の町までは何十キロも歩かなければならない。花が咲くこの街とその周辺は、北アフリカのように砂漠が広がる荒野ではないことがせめてもの救いだが、殺害対象にとっては遮蔽物も娯楽も無いただただ荒れた道でしかない。たとえスパイ映画のように僕らをすり抜けて町から飛び出したとしても、あんな場所で僕らと追いかけっこをして逃げ切れる人間を、僕は知らない。
*
十三年前、父の仕事の都合で僕はアフリカの町に居た。この町によく似ているところだった。
僕にも初恋の女の子だって居た。肌の黒い美しい少女だ。頭も良くて足の速い子だった。
全く雲の無い空は凶暴に青くて、いつも母親には帽子をかぶれだの日焼け止めを絶対に忘れるなだのうるさく躾けられた。通っていた私立学校の校庭にはお気に入りの木陰があって、ランチはそこで摂っていた。僕の初恋の女の子はいつもそこに居て、学校でしか会えない絶妙の寂しさや恋しさもあり、毎日の昼食は人生で一番大切な時間だと本気で信じていた。
黒い瞳で時々僕を見つめると、その髪の色がうらやましいと時々言う。肌の色は歴史を乗り越えて輝くダイヤモンドなんだよ、と誇らしげな一方で僕の全く波打たない金髪を触らせてと、ふとしたタイミングで僕の耳元に手をやる。
「綺麗だなあ柔らかい。映画みたいだね」
彼女は自分の短い髪を人差し指にくるくると巻き付けて、うん全然違う。と、確認しておどける。
一方で僕の方は、その辺をほっつき歩いているだけで様になるアフリカ系黒人を、ミュージシャンの様に格好いいものだと嫉妬をしていたのだけれど、自分の髪の毛が映画のようだと言われて悪い気もしなかった。
当時、既に人種差別のような物は表面上アメリカにもアフリカにも存在しなかった。
それは、彼らの宗教であり、生活様式であり、信じるものであり。それらが僕たちの世界のものとは異質なものなんだと言う事を受け入れる事が、平和に繋がる。みんながそう信じていたからだ。
相変わらず世の中に溢れ返るアップル製品の新色が、想像していた物と違う度に、消費者は違和感を心に波打つ。そんな些細なレベルではあるが、普段見慣れない肌の色の人種には、当惑を感じるのは仕方が無い事だった。
そう言う違和感を白人よりも、ほんの一部の有色人種が強く持っていたと言う事を、合衆国と国連の努力でもって得られた一時的な平和が完全に忘れさせてしまったのだった。
人種を問わない、平和を『達成した』と主張する人たち。そのときは僕も実際そうだった。大人の言う『達成した』という充足感は子供達にも伝わって、誰も疑いはしなかった。当時は南米でさえ組織犯罪はなりを潜めていた程だ。
だけどそう言う日は長く続かない。
二一世紀になってから、異常気象は世界のどの地域でも多かれ少なかれ発生していて、それは未だに解決していない。ニッポンが最初に事故を起こした十数年前から、原子力の代替資源としてガスを使い始めた僕の祖国は、よその国にまで広く売るようになった。無尽蔵に吹き出すガス資源は色々小さな問題を作り出した。
それまで有望だった新しい原子力はその価格競争力のなさに圧されてだんだんと下火になっていったらしい。そうやってあまり考えずに増えていく化石燃料発電が空気に支払う様々なコストの一方で、簡単に済ませる僕らへのお釣りは海中温度の上昇と、原子力の人的資源が枯渇しつつあるアジア地域の原発が、これまでに何機も爆発しそうになったことだった。今この瞬間にもアジア大陸のどこかで不正な操業が行われているのだろうけど
その成果でここ十数年で地球上のどこに行っても気候はおおざっぱだ。気温こそ我慢できる水準だが、熱容量の大きい液体に熱は少しずつ確実に封じ込まれていく。
そして、思いがけない雨は、今日も世界中に降る。
あの日は雨期でもないにも関わらず、何日間も続いていた。湿気を帯びた空気を最初は皆喜んだがあまり長く続いてもらってはボウフラだの伝染病だので、また行政に圧迫が掛かるなどと両親が言っていたのを思い出す。
そう言う空気が彼らの心にたまった澱の持つ不快感を強くして、様々に人々の許容応力を超えさせてしまったのかもしれない。
その日、目前で彼女は突然消失した。正確には、彼女は腰骨より上の自身を喪失した。十数年ぶりのテロ事件が発生して、世界中の人間は大いに慌てた。『達成した』はずだった平和は実は、隠蔽した暴力の隠し場所をただ見つける事が出来たという事実の積み重ねに過ぎなかったし、平和を主張する事を次のビジネスにしようという経済団体のコンセンサスが各国で一致してしまった偶然にもよる事だった。アフリカでは各地で燃え残っていた怒りが噴出し、『達成した平和』を壊してやろうという人間が一度に蜂起した。
実際、今でも彼らが一体何に対して怒っているのかなんて事は僕には判らないし、判ったところで何かが変わるとは思えない。だけど、僕が住んでいた地域でも同じようにテロリズムは発生して、色々な人が涙を流した。
僕もその一人だった。
いつも通りの昼休みだった。やっと止んだ雨を喜んで、いつものベンチで昼食を食べるはずだった。だけど、ほんの偶然で僕はそこに行く事はなかった。母親が入れておいてくれるはずのサンドウィッチがバッグの中に無く、彼女に電話を掛けた。母親の慌てぶりからサンドウィッチどころではない何かが起こっているのが分かる。ゆっくりと何があったの? と聞いたが彼女は、
「校舎から出ないで」
と同じようなことを繰り返すばかりで、うろたえていた。
後から判った事だが、このとき父親は殺されていた。都市化を進めて疫病と貧困から解放するという、純粋な気持ちは彼をテロリストに立ち向かう決断をさせてしまったらしい。AKを手にした子供達を見た彼はどういう訳か説得を試みたのだった。
「君たちには未来がある。今すぐ銃を捨てて僕らと未来のアフリカを作っていこう」
最後まで言えたか言えないか、彼の決意は丸々無視されて、代わりに7.62ミリ弾の粗悪な塊を、気の済むまで打ち込まれたそうだ。
この国ではいつだってそうだ。子供が、消費される。一度テロリズムの部品に組み込まれたら、その形状をその子が忘れることはない。嵌まるべき部品の空きを求めて、何世紀もさまよう。部品の空きはいつまでたっても埋まらないのだから。
自宅だけじゃ無い。教室でもクラスメートが悲鳴を上げていた。早く戻ってきてと皆が口々に叫んでいるのを聞いて、彼女が外に行っているかもしれないと言う事を思い出した。
そして、やはり誰かが小学校の校庭で、逃げ遅れた。金属の土砂降りを存分に浴びた彼女の上半身は、突然すかすかになった牛肉か、血を十分に吸い込んだ麩の様な肉片に変わった。
テロリストの、ただ自分達が購入した高額な装備を試してみたいと言う願望。そう言う類いの黒い欲を押し通した者達がした事だった。彼らはぴかぴかのMAZDAに乗って、町にやってきた。新しい、試験中の兵器を盗んできたとかで、それを撃つには広い場所が良いからと、わざわざ教育施設に来た。
彼らは市警察や学校のガードマンを押しのけて、あるいは重火器で恫喝しながら移動をして、唾を飛ばしながら罵声を吐いて高笑いを上げると、機関銃を空に向けて撃つ。
市警察では完全にもてあまし、何かあったら逮捕か射殺すれば問題ないと出来もしない事を考えた。この時点で行政は何も聞いていない、を決めこみ、もう打つ手が無い事を自覚して後は国連が割って入るのを待つしか無いと放り投げたのだった。
だからそれは起こるべくして起こった。
不気味な大人達の理屈は複雑に絡み合っているようで居て、その複雑さを作り上げているのは先人の知恵のような先を見通した根拠の上で何かをする訳じゃない。
複雑だからと言って高度でデリケートな問題ばかりではない。今のこの国のように、大多数が情報端末を持っても、一部の主義者は溢れかえる主張から正しい取捨選択など出来ようが無い。何も知らないで、悪はこの人ですよと言うのを誰かにすり込まれた人間はさらに自分にとって都合の良い悪を探し、それに対しての武力的恫喝を行う。
それが明らかに間違っていても、まるで気にしない。ネットの端末が与えてくれる暴力的な情報は彼らに、国政に携わっているような陶酔感を与えて、永遠に増長と腐敗を生むからだ。
一方的に送られている情報にしたがって器用に政治に対する不満を爆発させるだけだ。
サイレンの響く教室でただ外を見つめていただけの僕は、初恋の女子が突然消失した事を受け容れるまでに数分掛かった。
その瞬間僕の脳が受け容れた、彼女の居なくなった世界は、グロテスクな肉片が載った不気味な二本足が、足しか無いロボットのように無機質に校庭を走る非現実の世界だった。
しかし、その数瞬の後、脳はそれが現実であり、僕の狭い世界の中でもっとも大きな事件であり、もっとも大きな喪失である、という結論を精神に転送し始めた。
その出力がすべて受信されるまでの数分間が、窓の外を食い入るように見つめる僕の、自分自身の脳が浮かぶ頭蓋骨を支えるだけの力を半身に振り分ける本能すら奪った。
僕は床に突っ伏しながら、寸分も自分のせいでこうなった訳ではないはずのこの出来事に、謝罪し続け、
「自分が代わりに死にます、だから許して下さい」
と乞うのだった。
失禁と脱糞の不快感を消し去る衝撃は、彼女の代わりに僕を殺す事も、僕を許す事も無かった。
4
それはPTSDですよ。
毎度、毎回、医師は言う。
「簡単に済まさないで下さい。僕は一体どれくらい長い間苦しんでいると……」思っているんですか。と、最後まで言えずに唇は震えて目から涙が流れている。PTSDの四文字で簡単な説明が済んでしまう僕の心は、簡単な構造ではなかったはずだと、記憶をむやみに掘り返した。よろしければ簡単に説明いたしますが、と慇懃に彼は優しい口調で問いかけるが、さらに簡単に説明されたくは無くて、
「少し、時間を下さい」と言うのが一種の儀式だった。驚く程僕はナイーブだ。それを大まじめに受け止めるドクターはきっと十把一絡げに僕に診断を下す。
だったら投薬よりも調整をしましょう。簡単な注射でそれは治りますよ、と。
新しく血管に注入されて浮いている、小さな機械達は確かに、僕の心の中から不安だとか恐怖感だとか、罪悪感だとか。そう言う諸々をあっという間に消し去ってしまう。
だけど、そう言うものを消してしまった僕は果たして僕なんだろうかと、色々な気持ちをひどく冷静に考えた。本当は、脅迫的に過ぎる気持ちが僕を蝕んでいくのは正しいものでも何でもなくて、それを愛でるような気分自体が『正しく病んでいるんだ』と言う事なのだが。
だからひとしきり医師とのテレビドラマのようなやりとりをした後、僕は彼の提案を受け入れる。現代医療の進歩にいつから置き去りにされていたのかと立ち尽くす程、あっという間にその事に僕は不感症になっていった。
そして、「良し」とされれば僕は今こうやって、現場に戻ってきて敵を撃つ。
百人程度のテロリストが居るこの町は、テロリストの経済と一体になってしまっているじゃないか。
そしてまた撃つ。子供だ。十歳くらいだろうか。重そうなAKを我々が放ったダミーの音につられて発砲している。僕はなぜか腹が立ってきて彼らの首の筋に二発打ち込んでやった。人形みたいに変な吹っ飛び方で倒れていくのを見て、一瞬何かの感情が表れるが、一瞬の空の色のような感覚と幻視は無視した。
*
僕達が送られてきたのは、ここに居るテロリストと資金提供を結びつける、ブローカーの様な男の存在が確認されたからだ。彼らの元請業者は立ちゆかなくなった共産主義国家だ。彼らはこれがテロリズムだとはあまり考えておらず、共産主義では正式な業務である、たんなる汚職の一環だと認識しているようだ。
相変わらず彼らは宗教、貧困、暴力をツールにして、盛大に商売を行っている。
彼らにとっては三種の神器だ。
現実世界と折り合いのつかない信仰を、相変わらず彼らは重宝していて、金や死後のセックス三昧と引き替えに、様々な要望を子供達に強いるわけだ。動機が動機だけに、彼らが作り出す軍隊はまるっきりの素人で、僕らにとっては仕事のしやすいお客さまである事は間違いがない。
しかし、もはや虫の息の共産主義というものは、彼らにとって自分自身が共産主義であることも資本主義であることも、あまり意味を持たなくなった。
絶滅危惧種である彼らは、自分自身の姿がどのようなものになっているかの認識すら出来ずに、生き延びる手段として、とりあえず脆弱な経済を持て余す後進国を見つけ出してかき混ぜている。そこに資金援助やらテロリストの紹介やらをすることで生存をはかっているわけだ。
合衆国がいかに悪人の巣窟であるかを信じてもらうための、自作自演も常に怠らない。本当は無関係なはずの僕らの祖国が、全ての戦争を作り出しているなどと、途上国間に吹き込んで回っている。困ったものだ。
企業と現地政府がしっかりと産出量を調整しなければ、経済が立ちゆかなくなるほどタイトな産油業界などを引き合いに、
「アメリカが石油ほしさに戦争をする」
等と彼らは言うし、
「そんなアメリカを私たちは綺麗な国にしてやらなければならない」
なんて、いらない親切心を振りまく。これはまるで、代理ミュンヒハウゼン症候群じゃないか。我が子を傷害して、
「病気なんですこの子は」と見せびらかす母親のような。
彼らの頭の中にたくさん詰まっているのは、そんな事で注目を浴びようとする母親のような、狂気だ。
国家規模の壮大な代理ミュンヒハウゼン症候群とも言うべきイカレた人類は、イカレてもいない人類を自作自演の中に放り込んでいる。
先進国に住んでしまっている僕らにはあまり関係のないことなのかも知れないが、僕はそれに対して「放っておけ」とは言えない立場であって、きっちりと殺してやるのが相応しい。
そして僕は、また撃つ。撃たれた人間はいつも、こちらに全然気付かない。
全くの無駄死に以外の何物でもないこの子供達にとっては、僕らがやっている殺害というものは良い迷惑でしかないのだけれど、まあ待て。肝心な人間に死んでもらうために、ちょっと死んでてくれ。そう言う願いを込めて僕はまた、撃った。
彼らは思いがけないほど、簡単に死んでいく。
環境補正染料と言われる素材は実際は染料ではなく、中空糸非発光薄膜スクリーンを通常の繊維に織り込んだものだ。何年も前に米軍は陸軍を中心に新しいBDUを支給して、中東での安全な作戦環境を提供できたことに満足すると、僕らのように合衆国の中にいるのにすっかりいないことになってしまっているような、ごくごく小さな分遣隊にまで支給されるようになった。
訓練されていない者がごく近距離で目視し認識出来るレベルを超える事を達成した初めての戦闘服は少しの重量増と引き替えに、画期的に作戦を立てやすくしてくれた。ヘルメットと靴、バックルにそれぞれ付けられたピンホールカメラによる読み取りと、色彩変更の制御は全自動なので、僕らはこれを着込んだら鼻歌交じりに敵を殺せばいい。素人同然の敵が僕らを目視することは滅多にないのだから、斬ってよし、撃ってよしだ。
最新の機材を潤沢につぎ込んだ合衆国は、これらに対抗手段を一切持たない集団を選択的に打撃する事にした。二一世紀の僕らの敵はすっかり国家ではない物になった。
先進の何かやロボットは無人化を促すよりもむしろ、極限に訓練された人間に優先的に割り当てられて、ただ訓練されただけの人間がオペレーションするよりもさらに高度な実行をさせる事になった。結果特殊作戦群はより特殊な存在になってしまったこともあって、合衆国軍の僕らはどこにも識別票がない。探せばあるけれど、それなりの権限が必要になる。
全く統率が取れていない素人丸出しの少年兵は、何十人、何百人居ようがたった四人の精鋭兵にこうも簡単に殺されて行く。
破裂音がするとまた一人の顔がいびつに割れ、爆ぜる。消音器をつける事も、狙撃もしない。どこに撃って良いのか皆目見当もついていない反撃など当たりもしないし、どうせ当たってもボディーアーマーで止まってしまう。AKを振り回しながら、僕達の祖国を呪う台詞を吐きながら、よせば良いのにAKのマズルフラッシュを無意味に焚く。
そして僕らはまた一人と殺して行く。
ホワイトとサキオカは周辺を制圧するために一組で動き、僕とジョンソンは悠々と目標の二階建てに入っていくと、その古ぼけた伝統的なたたずまいに嫌な記憶が少し意識に挟まった。それを全く無視すると、機械的に扉の前でカービンを構える。ジョンソンにバックアップさせて扉を開ける。
一つ開ける度に、逃げ場なんか無いんだから早くお前らは射殺されろと口の中で悪態をつき、それを楽しむ。
階段を上り、手すりを伝って回り込むと、ブービートラップじみたワイヤーと、その先に繋がる手榴弾がいかにも情けないたたずまいで僕たちを迎える。こんなもので僕らがヘマをするとでも。全くもって腹立たしい。もっと、本気を出してこい。今までさんざん本気で世界をかき混ぜようとしてきた悪人なんだから、もっとまじめにやれ、呟く。
ワイヤーにさわらないように僕らはその先に向かおうとすると、扉からいかにも悪の側近じみた、綺麗な戦闘服を正しく着た男が飛び出してくる。彼と、目が合う。
鼻筋の通ったコイツは子供じゃない。コイツが色々余計なことを子供らに教えているわけだ。迷惑だぞというアピールを視線で送る。
ナイフを持ったその男は、意外と素早くて。ベレッタを構えると引き金を引くよりも早く僕の手首のほんの数mmのところまで刃を這わせた。指を切り落とされる前に両手をほどく。拳銃を持ったままである事に危険を感じ、それを放る。
冷や汗に一呼吸を入れた。
そうだな、ぼうっとしてはいられない。この町に来て、初めての興奮に包まれる。
同じようにナイフで応接するために、グリップに手をかける。刀身が鞘を滑る感覚にノルアドレナリンが溢れてくるじゃないか。彼にナイフを向けて、それじゃ良いか? と問い合わせる。床を蹴って二人が同時に牽制した。
腕同士がぶつかり合い、僕らは殺し合う。
ダンスのように、美しい動きだ。接近する技量に意外さを秘めて。
外で殺され続ける少年たちとは違って、コイツは優秀じゃないか。
振りかぶり――フェイクを組み込んで。
受けて――指先で眼球を狙ってみる。
全く上手くいかないもどかしさに、心が躍って。
蹴ってみたらどうだろうかと、上肢を狙ったナイフを受けさせて膝を壊してみようかと試すが、なかなかバランスを崩さない。コイツは僕の脳に興奮物質の分泌を促してくれる。ナノマシンが過剰なそれを押さえて、集中の程度を制御しはじめた。
完璧な調整と、訓練を繰り返した僕と、怠惰な日々を送ってきたであろうこの男の技量が拮抗していることに感心しながら、僕は殺意を受け止める。
刃に火花がわずかに走る。
金属音、堪らない。
なかなか上手いじゃないか。
うっかりすると殺される。願ってもいない楽しみに、僕の口角は上がって、もっと冷や汗をかかせてくれと、さらにコンビネーションを混ぜる。
望み通り、僕の切っ先よりも早く彼のナイフは僕の腹部に迫って、内蔵がこぼれて僕が死ぬはずの、ほんの僅かな行き違いを見逃さない。
僕はそれをすんでの所で抱え込む。小手返しのように彼の腕はねじれると、床に彼の刃物はようやく落ちて、刺さる。僕の目の前で胸元を丸出しにしたまま彼は抑え込まれた。
「残念だよ、なかなかだった」
彼に最後の言葉を掛けて、僕は右腕の上腕二頭筋を切断した後、そのまま頸動脈に調質鋼の刃を食い込ませた。血が匂って、高揚する。死体を捨て置いて、バックアップを続けていたジョンソンにいくぞ、とサインを送り、僕たちは静かに歩き出した。
その数秒後にヘッドユニットが生体内装型の義眼装具の信号を、受信した。
ヘッドユニットがゴーグルに文字を描画する。電波を発信するデバイスまでの距離と、注意事項の諸々。煩わしいが、こいつによれば突き当たりのこの扉の向こうで拳銃でも構えているのだろうか。
そして残った扉を開ける。
が、居ない。くずかごの中に血に塗れた眼球が一つ入っている。そうだろう。民間で使われている、情報端末が実装された眼球などというものをこんな場所でつけていたら、基本的なID情報をどう偽装しようが、あるいはデバイスIDそのものを欺瞞しようが、僕たちが使っているようなシステムのフィルタがそれを見逃すはずがない。固有情報そのものを抹消しようが、僕らに取り付けられてるレシーバーにIDがありませんという情報自体が、それがダダ漏れだ。
そうだ、取り外すしかないだろう。良い判断だ。
「逃げたの?」
クスリと僕は笑う。目に入る風景が実に、なじみ深いじゃないか。白い壁、朽ちかけた漆喰。古く足音を際立たせる床。靴底と床の間に挟まれた砂の感触がどうしようもなくアフリカを感じさせる。だけど、のんびりと感慨に溺れている場合じゃない。
時間が掛かりすぎた事にふと気まずさを感じて、ヘルメットのヘッドマウントユニットに衛星からの情報を写す。外の二人は全く問題なく活動している。
64Mbpsを十六本バインドした回線を衛星に対して開いた。赤道に近いこの地域は静止衛星の運用がたやすく、何時でも合衆国の監視下に置いておける。中東と違い、安全で隠密生の高い作戦環境をNSAはいつも僕らに提供してくれる。一方で、その事を全然知らない哀れな男が二人、どこかに隠れている。神様はもしかしたら居るのかもしれない。毎日の祈りも整った生活には大切な事だろう。だけど、お前達が今すべき事は、祈る事じゃない。
「黙って射殺されちゃえよ」微かに呟く。
すぐに、ジョンソンが僕の左肩をちょいと突いて、その人差し指を唇の上に乗せると子供でも知っている、「シー」のハンドサインを送った。
僕も、仰々しく了解のサインを彼に返す。
時間を遡った赤外線画像で熱の移動をビデオで見るために、衛星からのダウンロードをリクエストする。銃撃戦を始める前の映像を早回しで確認するとこの部屋のベッドの当たりでごそごそやっている。
もう言うまでも無く彼らはまだこの部屋に居るようだ。もう一度集中すると吹き出しそうになる。ジョンソンにハンドサインを送る。
床の埃の密度が違う。
衛星が送り続ける映像からは不自然な赤さが吹き上がる。
不自然な散らかり。慌てているのがよく解るが、だめだ。
もうおひらきだ。
赤外線をゴーグルが受け取る。真上に拳銃を向ける間抜けな男がベッド脇の床下に二人居る。
タンタンという気持ちの良い音を立てて、僕のM4は床に弾丸を吐き出す。
もう一度タンタン。気持ちが良い。
お前ら、楽しんだんだろう?
どうだ、猿のような小さな子供にでたらめな訓練をして機械にするのは?
金? 生活? そうじゃない。
その金で商売でもするべきだったんだよ。
金も知識も無い教育も受けていない人間に、偏った情報をネットで流し続けて何が起こった。世界の火に油は注げたか?。
違う。俺達がお前を殺しに来ただけだ、解るか?
男が二人、膝を打ち抜かれてもだえている。必死に拳銃を真上に向けて、引き金を絞っている。乾いた音が何発も、響く。やかましいが、それが終わるのを待つ。弾倉を換えて、また響く。それも撃ち尽くすと僕は腕を打ち抜くためにM4を構える。タンタン、タンタン、愉快に踊れ。
肘を打ち抜かれた男達は、身動きが取れなくなると神様の名前を唱え始める。
そしてまた、外では部下が子供を射殺する。だらしのないAKの発砲音に混じって、しっとりとしたカービンの音がすとんと混ざると、しばらくの間銃声が止む。その静けさは強姦と殺人と麻薬の享楽しか知らない命が消し飛んだ無音だ。
補聴器が増幅するすんすんと言う部下二人の不気味な足音は、驚く程上手に殺人を作業に落とし込む。ニッポンの機械工がなめらかに機械を操り、金属部品を手作業で削り出していくかのように、愉快に作業に没頭している。マズルフラッシュで居場所を明かす幼いテロリストを、耳を澄ませてみても聞こえないような静けさで、殺す。場合によりけり、場所を変えながら。鉄板を切断するタングステン鋼のナイフを首に突き立ててスライドさせる。大して返り血も浴びずに、死体の衣服が吸い込んだ血だまりが広がらないよう、職人の手つきだ。
それはそれは、おぞましい職人だ。
ジョンソンに床板に見せかけた、パニックルームの蓋を引き上げさせる。血のにおいが室内に満ちていくのと同時に、僕の中でまた何か、残酷な何かがぱちっとつながる。彼らの一人に目が合うと、僕は笑った。屈託の無い笑顔で彼らを迎える。
男は一瞬の哀れみと後悔を知ってほしいんだ、と言う目を僕に向けた。
雲の厚い日の光が見えた。不意に降ってきた雨は、一瞬の幻視の筈なのに、ゆっくりと落ちてきて丸い水滴を僕の顔に打ち付ける。さらに小さな水滴になってそれがもう一度僕の顔を打つ。
「何だったっけ」
意識の外で、僕の口が動く。思い出せないはずの辛い記憶は、僕の乱暴な心をまた少しだけ制止したが、衝動がそれを上回る。
パン――パンパンパンパン
自然な動作で向けた拳銃の、無数の弾丸が彼の頭蓋骨に入っていく。沢山あいた穴から流れる血液に不快感が涌いてくると、僕はさらに引き金を引いた。
何発も、撃つ。
衝撃が腕から脳に伝わって、僕の心は晴れやかかと思うと、そうではない。
だから、何度も何度も、撃つ。
引き金を引く。
そしてまた、何度も。
幻視が視界に交錯する。
雨が降っている。
衝撃。
体中に穴が空いて、すっかり死体になったこの犯罪者に、
「お前早く出てこい」と命令しながら拳銃の弾がなくなるまで、僕は彼の頭を撃つ。
不作法に歩いて彼の目の前に行くと僕は、すっかり死体になってしまった彼に、呆れて言う。言う事を聞かないコイツに少々腹が立って。
「たまがなくなっただろ。早く出てこいよ」
と、小さな穴から死体を引きずり出すと、弾倉を交換してもう一人の頭をまた撃つ。そして僕は、弾が切れたので今度はコイツらを窓から放り投げる事にした。BDUが血で汚れるのも気にならない。勢いをつけテコを利かせて一人ずつ放り投げる。窓ガラスに向かって投げると、穴だらけの頭がガラスを爆ぜさせた後、地面に激突する。
のんびりと歩いて床でだらしなく寝転がる男の襟首をつかんで起こしてあげると、もう一度別の窓に向かってそれを行う。
いい気味だ。全くもって。作戦報告には、この動画をNSAに送ってやろう。黒服の奴ら、どんな顔をするだろう。十把一絡げに僕の仕事を眺めるんだろうか。腹立たしさと、正体不明の感情に僕は、長い雨が止んだその日の事をまた、思い出した。
遠くでまた、カービンの音がする。周期性のある、整然とした発砲間隔はそろそろ優勢が固くなってきたと僕たちに伝えている。
顔面を蒼白にしたジョンソンは、僕を見つめて何も言えないでいた。
外ではAKの音はもうまばらだ。ここに火を放ったらあの子供達はきっとAKを手土産に散り散りに逃げていくだろう。それでまた、同じような組織に組み込まれる。きっと一人も大人になる事無く消耗していくのだろう。ぼんやりと考えて、また思考を作業に切り替える。備蓄されたガソリンを思う様こぼすと、僕とジョンソンはそれに火を放つ。
今日二度目のキャンプファイヤだ。ボーイスカウトでたたき込まれた歌を歌いながら建物を後にした。
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ほかの普通の子供達と同じように僕はその事を理屈の上では受け容れた。しかし、心は受容を許さなかったのだと思い知る。
まだ愛や慈しみなどという感情ではない、つきなみな初恋だった。それを機械的に、目の前で除去された事へ、一体誰に対してその気持ちを向けて良い物やら途方に暮れて何も出来なかった。放っておくと何処からか沸いてくる怒りに体が震えてきて、のどがかれるまで叫ぶ。母親が覆い被さって、泣きながら僕をなだめるのだけれど、止まらない。
歪んだ怒りは、汚らしい狂気で満たされているが、それを誰にも見せる訳にはいかないのに、誰もそれを止められずに傍観した。
あの日、毛布にくるまったまま気を失ったように眠った。枕は僕も知らない涙で濡れたままだった。
夢の中で、僕は何度も上半身を失った彼女のスカートと、そこから伸びる足を見た。
ピョコピョコと飛び跳ねて、何かを見つけるとがちゃりとくっつく様を繰り返し見た。
見つけた何かはすかすかの牛肉か、血塗れの麩だ。
引っ付いたと思うと、それが腰骨のあたりからぐちゃりと曲がって、地面に落ちる。巨大なプリンが地面に打ちつけられた音がスイッチになり、最初からまた、少女の下半身が無人兵器のようにピョコピョコと飛び回った。
この夢の中に僕は居ない。僕は傍観者であったが、傍観しているはずの自分が、この夢の中に居ない。
あの瞬間に傍観者であった僕は、彼女の人生の最後の一瞬に、参加する事はできなかった。
そう言う訳で、この夢の中でも、僕は彼女の最後には参加出来ずに、僕も、僕自身を傍観する事しか許されなかった。
だから今、僕はまたいびつな形をした黒い輸送機に乗せられて、インド洋を揺られている。最新のガジェットを見ろとばかりに部下達と見せびらかし合い、下らない卑猥なジョークを連発して笑う。金が掛かったおもちゃ以上に金が掛かっている僕らは、また無慈悲にアフリカ大陸に遷音速で忍び寄る。
あの日の悲劇を繰り返さないように志願した僕の目的はすっかり筋を違えて履き違え、一八〇度違う方向に行ってしまった。今日のアフリカは日中降雨の可能性があると言う。あの日の事を思い出すだろうが、記憶はもう僕を止められない。
だけれど、いっそ僕の事をテロリストと呼んでさえ構わない。
いつかもう一八〇度違えれば元の自分に戻れるような気がしないでもないから。
了
読了ありがとうございます。