抱きしめる温もり
参がいるから大丈夫。
そんな考えは、甘えだ。
(やっちゃった…)
自分でもちょっとどころでなくはっちゃけすぎた自覚のある叶は、目を覚ますなり自己嫌悪で死にたくなった。
所有者でもない自分が参に随分――対等な相棒として許容される以上の――迷惑をかけていることを自覚しているものだから、途方もない後ろめたさを感じてしまう。
それを「許されている」という事実が叶は嬉しいし、そう感じてしまう自分は許し難かった。
ただ、叶の幸福は参の不幸の上にしか成り立たない。
〈叶〉
同じベッドで向かい合わせに横たわる参。
ケーブル越しの呼びかけは、聞き慣れた合成音声。
いくら人外の体とはいえ、「大怪我」には違いない手傷を負った叶と同じくらいぐったりとした参の様子が示す事実は一つだ。
《マナ》を持つ人外の血肉など、あってないようなもの。それらは所詮魔力によって編まれた《マナ》の器でしかない。さりとて、血を流せば疲弊する。肉を失えば取り戻すのに相応の魔力と時間を消費しもする。
食い千切られたはずの首元へ触れ、叶は確信した。
いくらなんでも、一晩寝込んだくらいで完治するような傷ではなかった。
〈魔力をくれた?〉
自分の首元へやっていた手の平を、今度は参の首にあてて。
叶が尋ねると、参は頷く代わりにゆっくりと一度瞬いて見せた。
〈レッドライン割ってたから〉
それは大事だ。
なにせ、いわゆる「瀕死」という状態なのだから。
〈ありがとう〉
〈うん〉
今ならもう、人工島への復帰も可能だろう。
だからこそその必要性も感じない。
すると、気になってくるのがこなせなかった仕事について。
そんな叶の考えを見透かすよう、参は訊かれてもいないことを自ら口にした。
〈ターゲットのIDは和斗が取りに来たから渡した。叶が踏み潰した男のIDもついでに換金しておいてくれるって。次の仕事は早くても来週〉
〈私殺してない〉
〈参が殺した〉
人から愛されるため作られた自動人形に人を殺めさせるなんて。
自分はなんて酷い相棒だろうと、叶は仄暗い喜悦に笑う。
参は叶のために人を殺したのだ。
〈ありがとう〉
腕を伸ばし、大切な参を抱きしめて。叶はもう一度目を閉じる。
自前の《マナ》から溢れる魔力が器を満たすまで。
参は、擬似的な《マナ》といえる人形機関が生み出す魔力に器を満たされるまで。
叶なら、じっと寝込んでいるだけでいい。《マナ》が生み出す魔力は常に一定だ。
参に必要なのは「自分へと向けられる愛」。《ナンバーズ》の人形機関は、器が愛されることによって魔力を生み出す。
(愛してる)
心の中でだけそっと囁いて、深く深く息を吐き出した。
ここは安全。
参がいるから大丈夫。
まだ見捨てられはしない。
自分自身にそう言い聞かせるよう、繰り返しながら眠りに落ちた。
(参も叶を愛してる)
誰かに愛されなければ視線一つ動かすことさえままならない《ナンバーズ》は、自分が愛されているという事実を自覚することができる。
参の人形機関は叶以外の愛を受け付けない。
街中で偶然すれ違った相手からのちょっとした――それこそ「綺麗だ」と、好感を持たれる程度の――愛さえ糧としているような姉妹たちと、参は違う。
参は叶の愛がなければ生きていられない。
だからこそ、参は叶に愛されている事実をはっきりと自覚することができる。
〈おやすみ〉
叶に抱きしめられただけ抱きしめ返し、参もそっと目を閉じた。
自動人形に睡眠は必要ない。
ただ、その真似事をするだけ。
時折体を離しては、叶の愛が生み出す魔力を返しながら。また抱き合って。
それから二晩は、二人してベッドと仲良くしていた。
(抱きしめる温もり/Qと参。ざいか)




