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Sky  作者: まいかぜ
1987年
2/6

おやすみ綺麗なお人形



 一通りのことが終わると、参は叶を綺麗に洗った。

 甲斐甲斐しく世話を焼きながら後始末をして、軽めの食事をとらせ、うつらうつらと短く休ませたら、また抱く。その繰り返し。

 初めこそゆっくりと、殊更丁寧なものだった行為が徐々に激しさを増していけば、(じんがい)の叶にもいずれ限界は訪れる。肉体的な疲労は魔力で誤魔化すことができたとしても、精神的にはじわじわと追い詰められていった。

 地下世界(アンダーグラウンド)の明けない夜は、それでなくとも時間間隔を曖昧にする。普段から不規則な生活を送っていた叶は、端末から遠ざけられるとあっという間に現在(いま)を見失い、参と、参に与えられる快楽のことしか考えられなくなった。

 ぐずぐずに蕩かされて、いつの間にか《アンダーグラウンド》から人工島へ復帰していることにも気付かない。

 システム的に外部からの不干渉が定義された《固有領域(マイルーム)》で、望む言葉を自発的に告げられるまで。参はいつまででも叶を捕まえておくつもりでいたし、実際その通りにした。

 そうして篭ること、五日。

 叶から望む言葉を引き出すのに、それだけかかった。

 それだけかけて、参は叶から望む言葉を引き出した。

 何もかもが終わってから丸二日寝込んだ叶は、二日目以降の出来事をほとんど憶えていない。参に抱かれて続けていたことを、一応は自覚しているという程度。

 だから、初めて男に抱かれた日から八日目の朝には――何食わぬ顔で女に戻っている参と二人――爛れた五日間のことなどなかったよう、《アンダーグラウンド》での「日常」に戻っていた。


 《赤札》スナイパー《Q》として、見知らぬ誰かからの依頼通り他人を殺して回る毎日に。


 ひと月もあれば、舐め合う唇の感触を忘れるのに充分だった。

 ふた月も経つ頃には、どんな風に体を開かされたのかさえ忘れていた。

 み月を過ぎると、何もかもが夢だったように思えてくる。

 暦がぐるりと半分も回る頃に、叶は現実を巻き戻して再生するよう参にまた犯された。

 同じ事の繰り返し。

 五日抱かれて、二日寝込んで、八日目にはまた元通り。

 ひと月、ふた月、み月と放っておかれ、半年後にまた犯される。

 三度繰り返して、叶はようやく参へ尋ねた。


「私とどうなりたいの」


 四度目が始まる直前のことだ。


〈叶は答えを知ってるよ〉


 参は答えてやはり五日、叶を犯した。

 二日寝込んで、八日目の朝。叶は言った。


「もうやめて」


 言って、泣いて、今度は日常(もと)には戻らなかった。


「出ていって」


 参は叶と二人の部屋を追い出された。

 半年後には、叶を犯しに部屋へ戻った。


〈叶は参とどうなりたい?〉


 五日犯して、それだけ言って、今度は自分で出ていった。

 二日寝込んで、八日目の朝。叶はシュピーゲルに頼み込み、プペを二人の《固有領域》から引きずり出した。そうして言った。


「お前のせいだ」


 半年後、参は叶を犯せなかった。

 叶と参の《固有領域》はもぬけの殻になっていた。

 大人が両手でようやく抱えられるほどの卵が一つだけ、残されていた。

 黒く、金で斑の入った卵。

 参は中身を知っていた。

 何が生まれてくるか分かっていたから、少しも迷わず卵を温め、孵った竜に叶と名付けた。

 小さいうちはゆっくり育て、大きくなったら存分犯し、卵に還ればまた温める。

 そんなことを、叶と参はもう百何十年と繰り返している。

 何度卵から孵っても叶を育てるのは参で、育った叶を犯すのも参で、叶が還った卵を温めるのも参だった。

 卵から生まれなおした叶は家族や自分のことはだんだんと思い出すのに、参に犯されたことだけはいつも都合よく忘れたままでいた。


「私とどうなりたいの」

〈叶は答えを知ってるよ〉

「もうやめて」


 同じ事の繰り返し。

 百何十年と厭きることなく子育てを繰り返して犯すほど、参は叶を愛している。

 叶も参を愛していた。

 そうでなければ、参が叶を犯すこともない。

 参は欠陥品の《ナンバーズ》。同じ人形機関を持つ姉妹たちのよう、誰構わず節操なしに愛を喰っては生きられない。

 参には叶だけだった。


〈叶は参とどうなりたい?〉


 どうして素直にならないのかと、たった一言愛の言葉を聞きたいばかりの参は考える。

 五日もかけて犯されなければ、叶は素直になろうとしない。

 せっかく本音を零しても、二日も寝込めば忘れてしまう。


(参は叶としあわせになりたい、よ)


 だから、参の両目はいつまでも黒いままだった。






(おやすみ綺麗なお人形/Qと参。たまご)

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